表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デスサイズ  作者: LALA
Episode11 嘘
86/118

嘘4

 


 大神の言っていた“オモチャ”を気にしつつも、身支度を整えて家を出た黒斗。


 凝っている肩を ほぐすように右腕を回しながら門から出ると、黒斗が出てくるのを待ち構えていたように電柱の影から玲二がスッと現れた。



「へへへー、おっはよー兄貴ー!」


 歯を見せながら笑う玲二だが、対する黒斗の表情は渋い。




「……朝っぱらから何の用だ?」


 無愛想に黒斗が訊ねると、彼は「エヘン!」と偉そうに咳払いをしながら胸を張って答えた。



「鈴ちゃんが居ないから、兄貴が寂しがってるんじゃないかなーって思ってさ! 来ちゃった!」


「…………」


 脱力したようにガックリと肩を落とす黒斗。



 確かに鈴が居ないことに物足りなさは感じていたが、彼女よりも騒がしい玲二が やって来たことは手放しに喜べない。


 どちらかと言うと、嬉しさよりも彼のテンションに対する疲労感の方が大きいだろう。




「…………たまには ゆっくりと静かに過ごしたいもんだ……」


「もう、兄貴ったら照れちゃってー!」


「照れてない……お前、ありがた迷惑って言葉 知ってるか?」


「アハハ~、兄貴は本当に素直じゃないんだから!」



 何を言っても通用しない玲二に頭を抱える黒斗。


 とはいえ玲二の好意を無下にする訳にもいかないので、黒斗は そのまま彼と登校をすることにした。




「……あのさ兄貴……実は昨日……不思議なことがあってさ……」


「不思議なこと? 何だ?」


 隣を歩く玲二が不意に発した言葉に反応し、黒斗は足を止めて顔を彼に向ける。


 しかし、黒斗と目が合った玲二は「う~ん」と小さく唸り、そのまま黙りこんでしまった。



「……おい、途中で黙るな。言いかけたことは ちゃんと言え」


「……ううん、やっぱり何でもないよ!」


 ニッコリと笑う玲二だが、その笑顔が黒斗の苛立ちを さらに増加させた。



「……俺は一度 言おうとしたことを途中で やめられるのが一番 嫌いな会話のパターンなんだ……男なら常にハッキリした態度をとれ……」


「ヒイイッ! ごめんなさい兄貴、ちゃんと言いますから睨まないでぇー!」


 苛立ちを露に鋭い眼光で睨みつけてやると、予想通り彼は肩をビクリと跳ね上がらせ、涙目で黒斗にペコペコと頭を下げた。


 それなりに(したた)かには なったものの、やはり力関係には(あらが)えないようである。



「……で? 不思議なことってのは何なんだ?」


「は、はい! えっとね……実は昨日……お母さんに そっくりな人と会ったんだ……」


「…………え?」


 思いがけない言葉に黒斗は息を呑み、目を丸くして玲二の顔を凝視した。



(……佐々木そっくりの人間だと……?)


 数多くの人間が住んでいる この世界、別に佐々木と似ている人物が2、3人 存在していても おかしくはない。


 しかし黒斗は彼の言ったことを、他人の空似だと簡単に聞き流すことが出来なかった。


 何故なら、大神が言った“オモチャ”という謎の言葉が脳裏を過ったからである。



 漠然とした不安が胸中を渦巻くなか、玲二は さらに言葉を続けた。




「……お母さんと そっくりと言うか……同じ顔……だった……まるでドッペルゲンガーでも見た気分だったよ。


  それに その人、何だか不思議な感じだったなあ……ボーッとしてたし……片言喋りだったし……」


「………………」


 玲二の言葉を聞くたび、黒斗の拳を握る力が増していき、それに伴って歯ぎしりの音も大きくなっていく。


 すると、そんな彼の様子に気づいた玲二がハッと目を見開き、動揺した表情で黒斗の顔を覗きこんだ。



「兄貴、どうしたの!? どっか痛いの!?」


「……何でもない……」


 心配そうに見つめてくる玲二から顔を背けると、黒斗は彼を置いて さっさと歩きだした。



「あっ、待ってよ兄貴ー!」


 慌てて黒斗の背中を追う玲二。


 一方 黒斗は沈痛な面持ちを浮かべ、玲二を置いていかんばかりに早足で歩く。




(…………考えすぎ、なのかもしれない……だが……可能性が無い訳ではない……。佐々木が見たという女が……佐々木 のぞみの遺体を再生して造り出した“オモチャ”だという可能性が……!)



 ギリッと さらに歯を食い縛る。



(……俺はまた、アイツが死ぬところを……見なくちゃいけないのか……?)


 胸がズキリと激しく痛み、それと同時に大神への怒りが増していく。




 ──出来るものなら、今すぐに殺してやりたい……!




 強い殺意と共に荒ぶる感情。


 だが、その感情に身を任せてしまう訳には いかず、黒斗は痛みを訴える胸部を押さえ、ひたすら歯を食い縛るしかなかった。




 ******




 放課後




「いよっしゃあああ、授業が終わったあああ!! やい月影、校門の前で待ってっから すぐに来いよー!」


 終礼が終わると同時に席から立ち上がった内河は、耳を塞ぎたくなるような やかましい叫び声をあげると、尋常ならざるスピードで担任である矢吹よりも早く教室から出ていってしまった。




「ハハハ、内河は今日も元気だなあ。でも先生より先に出ていくのは感心しないねえ」


 無表情のまま興味が無さそうに呟く矢吹。



 その一方で、何人かの お調子者な生徒達は黒斗の周囲を取り囲み、からかうようなニヤニヤとした笑みを向けた。




「なあネクラ、お前 内河と いつ仲良くなったんだよ~?」


「さては2人で橘を落とす作戦を立てるとかあ?」


 まるで相手を小馬鹿に しているような口調にイラッとする黒斗だが、いちいち相手にするほど暇ではないので、無視して鞄を片手に立ち上がる。




「ちょっと、無言で立ち上がるとかなくない? だからアンタはネクラって呼ばれるのよ~」


「…………お前らのようなレベルの低い奴らと遊んでる暇は無いんだ」


「レベルが低いだとっ! 相変わらず いけすかない野郎だ!」



 (あざけ)りに腹を立て、息巻くクラスメート達が黒斗の前に立ち塞がる。


 すると、そんな彼らを見兼ねたようにアルバートが黒斗と生徒達の間に割って入ってきた。




「まアまア……同ジ クラスの仲間ドウシ、喧嘩イクナイ! ミスター・ツキカゲも、ミスター・ウチカワとヨージがアルのダロウ? ここはスミヤカに行かせてサシアゲようデはナイカ」


「うっ……わーったよ」


 アルバートに諭され、勢いを削がれた生徒達は渋々と散っていき、黒斗の進行を(さまた)げる者は居なくなった。



「……すまない、助かった」


「イイッてコトだ! ササ、早ク親友の元へ行ってアゲナサイ!」


「……親友ではないからな」


 さりげなくアルバートの間違いを正しつつ、黒斗は彼に頭を下げて教室を後にする。




 ******




 昇降口に辿りつき、黒斗は下駄箱で素早く靴を履き替えて外へ出る。




「あっ、兄貴だ! あーにきー!」


 すると、すぐさま背後から間の抜けた声が聞こえ、黒斗は思わず ずっこけてしまった。



「ありゃ、どしたの ずっこけて!」


「……何だって お前は俺の行く先々に現れるんだ……狙ってんのか?」


 崩れた姿勢を戻しつつ、振り向いて玲二をジト目で見やるも、彼はニコニコと笑顔を浮かべたままだ。



「まあ、オレは兄貴の舎弟だからね! きっと運命の糸で引かれあってるんだよ!」


「他人が聞いたら誤解を招くような言い方をするな、このバカ」


 文句を言いながら、隣に来た玲二の頭を軽く はたくと彼は笑いながら頭を押さえた。



「テヘヘ…………兄貴、今日も鈴ちゃんのお見舞いに行くんでしょ? 宜しく言っといてね……」


「……ああ」



 明るく振る舞い笑ってはいるものの、その笑顔が作り笑いであることに黒斗は気づいていた。


 おそらく、落ち込んでばかりではいられないと思ってる故の作り笑いだろうが、正直 痛みを堪えて笑う その姿は痛々しいとしか言いようがない。



 玲二自身も そのことに気づいているからこそ、鈴の見舞いに行かないのだろう。


 作り笑いを見破られ、逆に彼女を心配させてしまうことを危惧しているのだ。




「……本当にゴメンね。何もかも兄貴に任せっきりでさ」


「別に気にしていない。辛い時は頼れと、いつも言っているだろう?」


「……うん」


 微笑を浮かべて頷く玲二。


 会話が一旦 途切れ、2人は横に並んで校門を目指して歩き出す。




「……ところで、お前 今日は どうする予定なんだ?」


「オレ? この後、洋介の家に借りた画集を返しに行くよ」


「そうか…………佐々木。また お前の母親と似てる奴と会ったら、教えてくれないか?」


「うん、分かった」



 特に何も聞かず、素直に頼みをきいてくれたことにホッとしつつ、黒斗は玲二と共に校門を出た。



 すると――



「この禍々(まがまが)しいチラシめ! この俺が全て引き剥がしてくれるわーー!!」


 聞き覚えのある奇声が向かって左側から聞こえて そちらに目を向けると、案の定 内河が大きく口を開けながらアナスタシオス教団のチラシを引き剥がしている姿が見えた。


 本人は必死かつ真剣なのかもしれないが、正直 大口を開けて顔を真っ赤にして奇声をあげている その姿は、滑稽(こっけい)としか言いようがない。




「……おい内河……チラシを剥がすのは結構だが、もう少し静かに出来ないのか?」


「おおう月影! 遅かったじゃねえか……んん!?」


 声を かけられ そちらに視線を向ける内河だが、玲二の姿を見た途端に目を見開いて固まってしまった。



「……あの内河さん? オレの顔に何か ついてます?」


 小首を傾げながら内河に一歩 近づく玲二。


 すると内河は瞬きも せず、目を見開いたままバックステップで彼から距離をとった。




「え、何!? オレ、何かしました!?」


 内河の行動に素っ頓狂な声を上げつつ、さらに玲二は彼へ詰め寄る。


 しかし内河は「わひゃあ!」と悲鳴をあげ、さらに後ずさりをした。



「お、お……俺に近づくなあああああああああ!!」


 ぷるぷると震えながら内河は そう叫ぶと、凄まじいスピードで その場から走り去ってしまった。


 どうやら内河は黒斗との約束通り、本当に全力で玲二から逃げたようである。


 しかし、あれでは単なる挙動不審の怪しい男でしかない。



 玲二は頭上にハテナマークが点灯していそうな、訳が分からないといった表情を浮かべている。




「……兄貴、内河さん……様子が おかしかったね」


「……まあ、アイツが おかしいのは いつものことだろう」


 さりげなく酷いことを言いつつ、黒斗は玲二から離れて歩き出した。



「じゃあ、また明日」


「あ、うん! バイバイ兄貴!」


 背を向けたままヒラヒラと手を振る黒斗に挨拶を返し、玲二は1人その場に立ち尽くして宙を見上げる。



(……うーん、結局 内河さんから松美ちゃんの死について、話を聞けなかったなあ)


 未だに解消されない疑問に溜め息を吐きつつ、玲二は洋介の家を目指して歩みを進めるのだった。




 ******




 その頃


 赤羽病院内 3階




(……あーあ……病院って退屈やなあ……早く退院してクロちゃん、レイちゃんと遊びたいな……)


 階段の踊り場に置いてある自動販売機で みかん味の天然水を買い、溜め息を吐きながら それを手に取る鈴。



 意識が戻ってから2日しか経っていないものの、鈴は もう入院生活に飽き飽きしているようである。




(……オカンも早く起きたらエエのになあ……そしたら、大神くんのこととか、フラッシュバックの男の子のこととか、色々と聞けるのに……)


 そんなことを考えながら、ペットボトルのキャップを開け、一口だけ天然水を飲む。



 冷たい水が乾いた口内と喉を潤し、みかんの 甘酸っぱくも爽やかとした味が後から口内に広がっていく。


 しかし そのスッキリした味わいとは裏腹に、鈴の心は疑問と不安に包まれて晴れないままだ。


 そんな冴えない気分のまま病室に向かって歩く彼女の足取りは重い。




「あら……貴女、鈴ちゃん? 鈴ちゃんちゃうか!?」


「へ?」


 聞き覚えのない女性の声が聞こえ、無意識のうち俯きがちに なっていた顔を上げる。


 すると、五十代ほどの中年看護婦が手を振りながら笑っている姿が視界に映り、知らない人物の出現に鈴は首を傾げた。



 一方 看護婦は そんな鈴の心情など知らずに彼女の前に立ち、まるで孫娘と久々に会った祖母のようにニッコリと笑って鈴の頬に右手を当てた。




「わー、やっぱり鈴ちゃんやないかあ。お母さんの若い頃とソックリやから すぐ分かったわ~。病室のプレートに橘 鈴って あったから、まさかと思うたらなあ」


 ボールのように丸い身体を くねらせ、左手を己の頬に当てながら そう言って笑う看護婦。


 彼女は鈴のことを知っているようだったが、鈴は彼女のことを知らない為、若干 馴れ馴れしさを感じつつも訊ねる。



「あの……貴女、誰ですか?」


「あー……やっぱり覚えてないか。まあ そら そうやろなあ、ウチが鈴ちゃんに会ったのは、鈴ちゃんが赤ちゃんの頃やからなあ」


 1人で納得したように うんうんと頷くと、看護婦は両手を鈴の肩に置いて話し始めた。


「ウチなあ、鈴ちゃんのお母さんとは高校の頃の同級生やってん。んでな、鈴ちゃんが産まれる時、ウチ、お医者さんの助手として立ち会ってたんよ」


「へー、そうなんですかー」


 自分が産まれた時 側に居た看護婦の出現に驚く鈴。



「いやあ、あないに小さい赤ちゃんやったのに こないに べっぴんさんになってえ。何やか感慨深いわあ」


 過去を懐かしむように遠い目をする看護婦とは対照的に、引きつった笑みを浮かべる鈴。


 赤ん坊の頃に会ったと言われても覚えてる訳がなく、彼女に とっては初対面も同然なのでピンと来ないのも無理はない。




「お母さん、死神に襲われて鈴ちゃんも辛いやろうけど、頑張ってな!」


「は、はい……ありがとうございます」


 グッと拳を握る看護婦に頭を下げる鈴。


 すると看護婦は何かを思い出したように手を叩き、目を見開いた。




「そや! そういや鈴ちゃん、お兄さんは元気か?」


「……は? お兄さん?」



 “お兄さん”と言われても誰のことか分からず、鈴は首を傾げて眉を潜める。


 自分は1人っ子なので兄など居ない。ならば母の兄弟のことだろうか。


 いや、母も兄弟なんか居なかった筈だ。




 考えても誰のことを言っているのか分からず、鈴は訝しげな表情で看護婦に訊ねる。




「あの……お兄さんって誰のことですか?」


 その言葉を聞いた看護婦は一瞬 唖然とした表情を浮かべるも、すぐに大口を開けて笑いだした。



「イヤやわあ鈴ちゃん。そんなの、鈴ちゃんのお兄ちゃんの、義之くんのことに決まっとるやろ!」




「……よしゆき…………?」


 看護婦の口から飛び出してきた、“兄”の名を呆けたように復唱する鈴。


 存在しない筈の兄の名前は聞き覚えのあるものであり、鈴の全身に まるで熱湯でも浴びせられたように熱が こもった。



(義之って……それ…………大神くんと、同じ名前やん……!)



 兄が居るという事実よりも、その兄の名が かつてのクラスメートであり、今では恐怖の対象である死神と同じであることに驚愕する。




「あ、あの……本当にウチの お兄さん……義之って名前なんですか?」


 震え声で訊ねると、看護婦は訝しげな視線を鈴に向けて腕を組んだ。



「本当にって……そんなの双子の妹の鈴ちゃんが一番よく知っとるやろ? 」


「双子!? ウチ、双子なんですか!?」


 さらなる事実に悲鳴のような叫び声をあげる鈴。


 今まで一人っ子として生きてきたのに、兄妹が――それも双子の兄が居るのだと突然 明らかになったのだから、彼女の やや大袈裟な反応は無理もないだろう。


 しかし、事情を知らない看護婦にとって今の鈴の姿は、当たり前のことに いちいち驚く おかしな子にしか見えない。



「……鈴ちゃん、アンタ大丈夫? 良かったら精神科医まで連れてったろか?」


「い、いや大丈夫です! ちょっと寝ぼけとっただけですから! んじゃ、失礼します!」


 さらっと失礼なことを言ってのける毒舌な看護婦に頭を下げ、鈴は逃げるように早足で彼女の前から去っていった。




「……ヘンな子やなあ」


 遠退いていく鈴の背中を見つめて看護婦はポツリと呟くと、彼女もまた踵を返し、この場から立ち去っていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ