拒絶14
一方その頃
事件があった住宅街で、清菜に関する情報を集めている黒斗と鈴。
しかし清菜に関する有益な情報は集まらず、時間ばかりが過ぎていっていた。
(……しかし、この辺りは随分と気味の悪いチラシが多いな……)
電柱に背中を預け、壁に貼られているチラシを見る黒斗。
ちなみに鈴は公衆トイレに行っており、黒斗は彼女の帰りを待っている最中だ。
そして彼が見ているのは普通のチラシではなく、この間 玲二が ぶつかった黒フードの人物が持っていた黒地に赤い文字で『死ね』『こんな世界いらない』等と大量に書き込まれている あの不気味なチラシである。
(いったい何のチラシなんだコレは? 書いてある言葉は物騒なものばかりだが、メッセージ性のある文章という訳でもない……この意味不明さが、おぞましさに拍車をかけているんだが)
チラシから空に視線を移し、ボンヤリと雲を見やる。
すると後方から騒々しい足音が聴こえ、黒斗は ゆっくりと電柱から身体を離した。
「クロちゃーん、おまっとさん!」
声が聴こえて振り返ると、明るい表情をした鈴が手を振りながら こちらに駆け寄ってきていた。
「遅くなってゴメンな! でもでも、トイレから戻ってくる途中でエエ情報を訊けたんやで!」
「良い情報?」
表情が明るいのは その情報の お陰かと思いながら黒斗が首を傾げると、鈴は得意気な顔をしながら話を始めた。
「あのな、通りすがりのサラリーマンの人に聴いたんやけどな……昨日、スーツを着た見慣れない男が車に乗って、この辺りをウロついてたらしいんや」
「……その男が篠塚と何の関係が あるんだ?」
「もう、鈍いなあ! 怪しい見慣れない男がウロついていたってことは、清菜さんが その男に連れ去られた可能性が少なからず あるっちゅうことやろ!?」
「……それは さすがに飛躍しすぎだろ……全くの無関係の可能性もあるし……」
興奮ぎみの鈴に冷めたツッコミを入れると、彼女は ふてくされたように頬を ぷうっと膨らませた。
「そりゃそうやけど……清菜さん、ストーカーに狙われとったから この男が何か関係あるかなって思ったんや…………まあ、クロちゃんの言う通り、無関係の可能性が高いけどな……」
すっかり意気消沈してしまった鈴はガックリと肩を落とし、深い溜め息を吐いた。
まあ、せっかくの新情報が無関係なものだと言われれば落ち込むのも無理は無いだろうが。
「……そんなに気を落とすなっての……まだ無関係だと決まった訳じゃないんだから、覚えておくに越したことは ない」
「せやな! もうクロちゃんも最初から そう言えば良いのに人が悪いんやから!」
「……何か お前、最近 佐々木に似てきてないか?」
ポツリと呟くも、その言葉は鈴に聴こえていなかったようである。
「おや……? 君達は矢吹先生のクラスの生徒達じゃないか」
不意に聞き慣れない声が聴こえ、黒斗と鈴が そちらを見やると、目を丸くして立ち尽くす徳井の姿があった。
「徳井先生! こないな所で どうしたんですか!?」
教師の出現に驚いた鈴が大声を出すと、徳井は慌てた様子で こちらに小走りで駆け寄り、眉間にシワを寄せながら口を開いた。
「こんな所で どうしたんだは僕の台詞だよ! ニュースを見ていないのかい!? この近くでウチの学校の生徒が惨たらしく殺されたんだよ!?
それに、ただでさえ ここの住宅街は物騒だっていうのに……」
「ぶ、物騒!? そないに危ないんですか この辺……人気が無いとは思っとったけど……」
顔に恐怖の色が現れる鈴。そんな彼女を一瞥すると、徳井は「ホラ、あれ」と呟きながら左方向を指さした。
彼が示す方向に顔を向けると、以前 玲二が ぶつかった人物が着ていたものと同じ黒フードとドクロの仮面を身につけた不審な人物達が、縦長の列を作って行進していた。
目深に被っているフードと仮面のせいで顔も見えない集団が足並み揃えて進む姿は、下手なホラー映画よりも不気味である。
「うわ……何なんですかアレ? 何の集まりなんですか?」
「僕も あまり知らないけど、変な宗教の集まりらしいんだよね……アイツらが ウロつくようになってから、この住宅街も寂れたらしいよ」
怪訝な顔をしながら黒フードの人物達を見つめる鈴と徳井。
そんな中 黒斗だけは、黒フードの人物達ではなく集団の先頭に立って歩いている赤髪の人物に注目していた。
集団を先導している、恐らく教祖だと思われる人物は仮面こそ付けているもののフードは被っておらず、燃え盛る炎のように赤く、短く切り揃えられた髪が露となっている。
仮面を除けば いっけん普通の人間に見えるが、その人物からは死神と同じ“気”が僅かに感じられた。
(…………死神……なのか……? しかし、死神にしては気配が弱い……俺の気のせいか……?)
眉を潜めて赤髪の人物を凝視する黒斗。
その時――
“久しいな”
「っ!?」
不意に頭の中に男の声が響き、黒斗は周囲に視線を走らせた。
だが自分の周りには鈴と徳井、そして黒フードの集団しか居らず、その集団に至っては黒斗達に気づいていない様子である。
では今の声は何だったのだろうか。
空耳として片付けるには、あまりにも鮮明な声だった為、黒斗は声の正体について脳内で模索する。
「……とにかく、君達は早く帰りなさい。事件に巻き込まれてからじゃ遅いんだからね!」
集団と黒斗達を交互に見やった後に そう言うと、徳井は早歩きで2人の前から さっさと立ち去っていった。
「……何か、言いたいことだけ言って行っちゃった感じやな……ちゅうか、徳井先生も こないな所で何しとったんやろ?」
「…………さあな」
鈴の素朴な疑問に素っ気なく答えながら赤髪の人物の行く先を目で追う黒斗。
やがて集団が角を曲がって姿を消すと、黒斗は興味を失ったように正面に視線を戻すのであった。
******
同日 午後18時すぎ
とあるアパートの一室にて
(…………ハア……私、どうなるんだろう……)
ベッド以外 何も置かれていない殺風景でカーテンが閉められている小さな部屋の隅で、清菜は1人 体育座りをしていた。
殺害された小笠原の遺体を発見し、ストーカーであった徳井に無理矢理 連れ去られた清菜は この所々が錆びついている古いアパートの一室に居るよう徳井に指示をされたのだ。
徳井によると この部屋は清菜を住まわせる為に わざわざ借りたもので、徳井の自宅ではないらしい。
(……あの男、私に好意が無いとか言っていたのにアパートの部屋まで借りて……何がしたいっていうのよ……)
頭を掻きむしる清菜。
彼女は別に身体を縛られている訳でも、アパートから出られない訳でもない。
逃げようと――このアパートから出ていこうと思えば、いつでも自由に出ていける状況だ。
だが清菜には逃げることが出来ない理由があった。それは――
(……私の指紋が ついた凶器のナイフ……アレをアイツが持ってる限り、外に出る訳にはいかない……)
昨夜 徳井に脅されて、小笠原の喉仏から引き抜いたナイフ。
そのせいでナイフには清菜の指紋がベッタリと ついており、そして そのナイフは徳井が隠し持っている。
この部屋に連れて来られた時、徳井は この指紋つきナイフを彼女に見せびらかしながら こう言っていた。
「もし逃げ出したら、このナイフを警察に匿名で送りつける」と――
小笠原の玄関とガラス戸に清菜の指紋が ついているだけでも怪しいのに、このうえ凶器にまで彼女の指紋が付着しているとなれば ほぼ容疑者として確定である。
清菜が必死に己の無実と徳井が犯人であることを主張しても、徳井に不利な証拠が見つからなければ逮捕は免れない。
それに清菜は徳井の家に向かう際、人目を避けて進んでいた為、アリバイが殆ど無い。
小笠原の死亡推定時刻に外を出歩いていたのを誰かに目撃されていたら話は また変わっていただろうが、今では どうしようもないことである。
「…………誰か助けてよ…………何で私ばっかり こんなめに……」
涙声で呟きながら膝の間に顔を埋める。
「…………悪いことなんかしてないのに……何で皆 私をいじめるの?」
傍らに置いてあるスマホに手を伸ばす。
唯一の持ち物である このスマホは、徳井が「遊び道具が無いと つまらないだろう」と言って、取り上げずに残してくれたものだ。
もちろん、居場所が知られて警察に通報されないようGPS機能は切ってある。
スマホを操作し、大量の受信メールの一覧に目を通すと、『お父さん』と『知代』の名前が いくつも続いていた。
2人は朝からずっと清菜にメールを送信していたのだが、当然 清菜は返信などしていない。
何故なら2人が送信してくるメールの内容は、どれも小笠原を殺したのが清菜だという前提のものだったからだ。
父からは『こんな子に育てたつもりはなかったのに。もう お父さんが頭がおかしくなりそうだ』といった嘆きのメール。
知代からは『ここまでバカだと思わなかった。逃げても罪が重くなるだけよ、自首しなさい』という自首を促す内容のメールが届いている。
家族でさえも無実を信じてくれない、唯一の味方だった小笠原も殺された。
(もう、私には頼る相手が居ない……)
残酷な事実に涙を流す清菜。
その時 手に持っているスマホが振動し、新たなメールが届いたことを彼女に知らせる。
また父や知代からか――そう思いながら受信したメールを確認すると、予想外の人物の名が表示されていた。
「松美ちゃん!?」
思わぬ人物からのメールに驚きつつ、すぐさま文章に目を通す。
『清菜さん、ご無事ですか? お怪我などなさってはいませんか? 心配で仕方ないのであります。
清菜さん、周りが何て言おうと私は清菜さんの味方であります。
ですから、もしも連絡が出来るようならば ご返信下さい……すぐに飛んでいきます』
「松美ちゃん……」
父と妹とは違い、自分を心配してくれている松美に心を打たれる清菜。
それと同時に、あんなにも雑で酷い扱いをしてきたのに こんな状況でも味方をしてくれる松美の優しさに悲しみの涙ではなく、喜びと感動の涙が零れた。
(…………松美ちゃんなら、きっと……助けてくれる…………私の無実を証明してくれる……!)
涙を拭い、松美へ返信するべく清菜は指を動かす。
──私の一番の友達
──いつでも助けてくれる友達
──松美ちゃんが居れば……もう……それでいい
******
その頃
「いやあ、今日は働いた働いた! かつてないほど清菜さんを守り隊として働いた気が するぞお!」
聞き込みを終えた内河・松美・玲二の3人は内河家の前に戻ってきた。
結局 清菜の行方に関する手がかりは得られず、この辺りには住んでいないであろう怪しい男が、昨夜ウロついていたという事件に関係あるのかないのか分からない情報しか得られなかった。
「……あまり進歩が無かったであります……こんなんで大丈夫なのでしょうか……」
「うーん、まあ初日だから仕方ないよ。
でも情報を集める人手は多い方が良いし、警察にはピンと来なくてもオレ達だからこそ分かる話が あるかもしれない!
だから頑張ろ、松美ちゃん!」
松美の肩に手を起きながら玲二が笑いかけると、松美は頬を赤らめ微笑しながら「はい」と呟いた。
「じゃあ、また明日も聞き込みしようね! バイバイ松美ちゃん、内河さん!」
「はい、お気をつけて お帰り下さい」
底抜けに明るい笑顔を浮かべながら両手を振って立ち去っていく玲二に手を振り返す松美。
やがて彼の姿が見えなくなると、松美は溜め息を吐きながら、ついさっきまで玲二の手が乗っていた右肩を名残惜しそうに撫でた。
「……ん? んん~!? 何だ その乙女チックな仕草と赤い頬はっ!? も、も、もしや お前……佐々木に惚れてしまったんじゃなかろうな!?
いかん いかん、断じて いかん! あんな甲斐性なしの女顔男、お兄ちゃん許しませんよ!!」
「……何を勝手な妄想 膨らませてんだバカ兄……であります。大体 佐々木様は友達というだけであります」
勝手に妄想を暴走させて、勝手に興奮してトマトのように真っ赤な顔をしながら叫ぶ兄を尻目に、自宅へと入ろうとする松美。
その刹那、彼女の携帯が着信音を奏でた為、松美は足を止めて携帯を確認した。
すると清菜からメールが届いているのが分かり、驚きのあまり一瞬 息が止まる。
「清菜……さん……」
友の名をポツリと呟きながらメールを開くと、画面には いかにも清菜らしい淡々とした文章が表示された。
『人殺しなんかしてない。お願い助けに来て。来てくれるなら1人で来て、今は松美ちゃん以外 誰も信じられない』
非常に簡潔な内容のメールであったが、これだけでも清菜が切羽詰まっていることが感じられ、携帯を握る手が小刻みに震えだす。
「清菜さんが……私に助けを求めている……と、とにかく行かなくては……」
「松美ー? 1人でブツブツと何を言ってんだあ?」
冷や汗を流し、焦燥感に駆られた表情の松美とは正反対に能天気な声を出す内河。
そんな兄の声を聴いた松美は作り笑いを浮かべながら彼の方へ振り向いた。
「あの、お兄様……私、豆乳を切らしていたのを思い出したであります。だから ちょっくらスーパーまで行って買ってくるであります」
「んん、そうかっ! じゃあ お兄ちゃんも一緒に……」
「結構毛だらけ猫灰だらけだっつーの!! 子供じゃないんだから1人で平気なんだよ、であります! お兄様は お母様が帰るまでに夕飯でも作ってろよ!」
「ひ、ひどい! 妹が酷い! 反抗期になってしまったあ!」
涙目で頭を抱えながら悲しむ様子を見せる内河。
彼は 妹の暴言にわりとショックを受けているようで、冷や汗と涙で顔を ぐっしょりと濡らしている。
そんな兄を見た松美の胸がチクリと痛むも、本当のことを言う訳にもいかず、彼から目を背ける。
「……すいませんであります」
一言 謝罪の言葉を口にすると、松美は弾かれたように走り出して家から離れた。
「ふんぎょあああああ!! あの可愛い松美がグレたーっ!! ドギャー、オギャー、グギャー、ヌギャー!!」
1人残された内河は、号泣しながら この世の終わりが来たかのように絶叫を続けるのであった。
『清菜さん、今どちらに いらっしゃいますか?』
走りながら そうメールを打ち込み、送信する松美。
すると1分もしないうちに清菜から写真メールによる返事が返ってきて、松美は足を止めて送られてきた写真を確認する。
「……これは……清菜さんが居る場所から見た風景……?」
送られてきた写真は建物が少なく、『浜ノ本歯科医』と大きく書かれた看板が目立つ街並みだ。
おそらく清菜が居る場所から撮影したのだろう。
しかし いかんせん これだけでは手がかりが少なく、居場所の特定は難しい。
浜ノ本歯科医の ある場所は知っているが、その周辺の どこに清菜が居るのか分からず頭を抱える松美。
その間に再び清菜からメールが届き、すぐに目を通す。
『詳しい場所は分からないけど、あちこち錆び付いてて古いアパートに居る』
そう書かれた文章を見た松美は、天啓を得たかの如く瞬時に清菜の居場所を推理した。
「浜ノ本歯科医の近くにある、錆び付いた古いアパートなんて、あの幽霊が出るとか言う噂のメゾン・ド・ケイシンしか ないであります。
清菜さん、そんな所に居るなんて……何と可哀想に……幽霊に呪い殺されないうちに助けなくては!」
心の声を叫びながら拳を握り締める。
必ず清菜を助けるという確固たる思いを胸に、松美は駆け出そうとするが、それを阻むかのように1人の男が彼女の前に立ちはだかった。
「……? 貴方、誰でありますか?」
目の前に立つスーツを着た若い男に問いかける松美。
だが男は何も答えず、ニヤニヤと笑ったまま彼女に歩み寄っていく。
「ちょっ……何だよテメー! 変質者か!? であります!!」
松美が胸を隠すように両手で覆いながら後ずさりをすると、男は「クスッ」と笑い声を漏らした後、彼女に お辞儀をした。
「はじめまして、僕は徳井……清菜さんのクラスの副担任をさせてもらってるよ」
「えっ、清菜さんの……?」
「うん……君は内河 松美ちゃんだよね? 清菜さんから話は聴いてる……ちょっと、清菜さんのことについて話したいことが、あるんだ……」
そう言って松美へ近づいていく徳井の口許は、まるで悪魔の微笑みのように醜く歪んでいた。




