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デスサイズ  作者: LALA
Episode10 拒絶
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拒絶12

 


「ただいまー、であります」


 玲二の家を出てから数分後、自宅へと戻ってきた松美は靴を脱ぎながら家の中に居る兄に挨拶をする。


 するとドタドタと騒々しい物音を立てながら、頭に白いバンダナを巻いた内河が奥から現れた。


 ちなみに母は居酒屋のパートをしている為、今は家に居ない。




「まつみいぃぃぃ!! 大丈夫だったかあー!? 何もエロいことは されていないかああ!?」


 完全に目が据わっている状態の内河は帰って来た妹の身体をベタベタと触りだした。


 その行動が あまりにも うっとうしい為、松美は涼しい顔をしながら内河の頭にチョップを食らわして身体から引き剥がす。



「痛いぞ松美! 心配しすぎて落ち着かなくて、家中を大掃除してしまった お兄ちゃんに何て仕打ちを! 俺は悲しいぞー!」


 この世の終わりが来たかのように泣き叫ぶ内河を無視して、さっさと2階の自室に戻ろうとする松美。



 だが階段に片足を乗せた その瞬間、リビングに置いてある家庭用の固定電話機が けたたましいコール音を家中に響かせた。



「……こんな時間に誰でしょう?」


 未だに玄関で踞ったままの内河が動こうとしない為、渋々 松美がリビングに向かって受話器を取った。




「はい、内河であります」


『そ、その声は松美ちゃんかい!?』


「おや……清菜さんのお父さんではありませんか」


 電話の相手が知人であると分かり、気難しい顔をしていた松美の頬が緩む。



『あの松美ちゃん、清菜……今どこに居るのか知らないかな?』


「えっ? 清菜さん、まだ帰宅されていないのでありますか?」


 既に時刻は19時を過ぎているのに、清菜が未だに帰っていないというのは初めてのことであり、驚愕した松美の額に冷や汗が滲んだ。




「……せ、清菜さんに お電話は おかけしましたか?」


『かけたよ、何回も! でも ちっとも出てくれないんだ! 警察に捜索願いを出そうかと思ったけど、知代は そんな大騒ぎにすることないって言うし……もう、どうしたらいいか!』


 話しているうちに声が震え、やがて涙声となってしまう邦之。


 彼は元々 気が弱い人間なのだ。娘が日が暮れても帰ってこないのでは、パニックになっても仕方ないことだろう。




「と、とにかく落ち着いて下さい。清菜さんのことだから、ご家族からの電話に出ないのは怒られるからだと思ってるかもしれません。


  私の方からも清菜さんに電話してみますので、少々お待ち下さいであります!」


『わ、分かった……ごめん、宜しくね……』


「はい。では(のち)ほど」




 邦之との通話を終えて受話器を戻すと、急いで鞄の中から携帯を取り出し清菜の番号に かける。




「……お兄様の お話によると、清菜さんは今日“友達”と一緒に帰ったらしいですが……この友達がクサイ匂いがプンプンするであります。お願いです清菜さん……電話に出てください!」


 友人の無事を祈る松美。



 だが携帯のスピーカーから聴こえてくるのは無機質なコール音だけであり、携帯を握る手が小刻みに震え始める。




 ついに恐れていたことが起きてしまったか――そんな不安が松美の脳裏をかすめた瞬間、ブツッという音と共にコール音は消え、代わりに耳を つんざくような騒々しい音がスピーカーから聴こえた。




「もしもし、清菜さんですか!?」


『そ……けど…………の用……』


 聴こえてくるのは清菜の声で間違いないが、いかんせん彼女の周囲で響く雑音の方が大きく、何を言っているのか殆ど聞き取れない。




「清菜さん、聞こえないであります……静かな場所に移動していただけますか?」


『は? 何言っ………………聴こえないんだ……』


 清菜も清菜で松美の言葉が聞き取れていないようだ。


 地味にイラッとした松美は大きく息を吸い、そして一気に それを声として吐き出した。




「だーかーらー!! 静かな場所に移動するのでありますーっ!! これじゃあ全然聴こえないであります!!」


『…………分かった……』


 今の大声は さすがに聴こえたようであり、清菜は小さな声で返事をした。



 その返事が聞こえてから数秒が経過すると雑音は徐々に遠ざかり、やがて全く聴こえなくなった。


 非常に耳障りな雑音が消えたことに松美は安堵の溜め息を漏らし、さっそく本題に入ることにする。




「ふう……清菜さん、今どこで何をしているのでありますか?」


『何って……友達とゲーセンで遊んでるんだけど?』


「…………心配して損したであります」


 ストーカーに襲われたのではないかと心配していた自分がバカみたいだと、松美は彼女の能天気な返答に唇を尖らせる。



「……清菜さん、もう帰られたらいかがですか? 清菜さんの お父様、とても心配していらっしゃいましたよ? どうして電話に出てさしあげないのです?」


『……だって お父さんも知代も、私が こんな時間までゲーセンに居るって分かったら また うるさいだろうし。だから帰るまで放っておこうかなって』



 数分前 自分が邦之に話した予想が見事に的中し、松美の全身からガックリと力が抜ける。


 そもそも電話に出ない方が帰った時 もっと叱られるのではないだろうか。


 どうも清菜は その場しのぎばかりで後のことは考えないタイプのようである。



「……とにかく、今日は もう帰った方が良いと思うであります。また大喧嘩になってしまうでありますよ?」


 清菜の機嫌を損ねないよう、慎重に言葉を選びながら帰宅を促す松美。


 すると清菜は つまらなそうに鼻を鳴らし、いかにも気だるそうな声で松美に返事をした。



『分かった帰る。アンタの耳障りな声を聴いたら興ざめしちゃったし』


 さりげなく暴言を吐かれる松美だが、ここで彼女に文句を言って怒らせてしまい、今日は帰らないなどと言われては困るので、唇を強く噛んで言葉を呑み込む。



『あっ、そうだ。松美ちゃんから お父さんと知代に、私が怒られないよう上手く言い訳しておいてよ!』


「い、言い訳……私が、でありますか?」


 清菜の思わぬ言葉に松美が目を丸くすると、清菜は『何? 友達の頼みを断る気?』と不満そうに呟いた。



「こ、断るだなんて そんなことは無いです……でも、どう言い訳すれば良いのか分からなくて……」


 戸惑ったように視線をあちこち さまよわせると、清菜は『チッ』と舌打ちをして『役立たずなんだから……』などとブツブツ文句を言いだした。



『とにかく、何でも良いから言い訳してよね! 友達のピンチなんだから、ちゃんと してよ!』


 吐き捨てるように清菜は そう怒鳴ると、松美の返事を聞くことなく電話を切ってしまった。




「…………友達、でありますか……」


 何の音もしなくなった携帯を片手に、その場で立ち尽くす松美。



「……私達は……本当に友達なのでしょうか……」


 幼い頃からの仲で、互いに“友達”と呼びあう関係ではあるが、松美は自分と清菜の間に見えない壁のようなものを感じていた。


 清菜のことは嫌いではない、むしろ好きだ。


 だけど気を許せる相手、言いたいことを言い合える関係かと訊かれれば答えはノーである。



 昔から松美は気難しい清菜を怒らせないよう、常に気を使ってばかりで、彼女の兄が変死してからは清菜の性格は輪をかけて酷くなり、さらに精神的疲労を感じていた。


 松美としては もっと清菜と仲良く、胸を張って友達だと――親友だと呼べる関係になりたいと思ってはいるが、下手をして清菜に嫌われたくない為 行動を起こすことが出来ないでいる。




「……清菜さんのお父様に……電話しなくては……でも言い訳が思い浮かばないし……嘘も言いたくない……それに こんな嘘が清菜さんの為になるのでしょうか……私どうすれば……」


 今にも泣き出しそうな顔をしながら へなへなと座り込む松美。



 そんな妹の様子を内河は歯軋りをしながら見つめていた。




「……ちくしょう清菜さんめ! 友達だとか言って松美を利用しやがって! 海のように広い心を持つ俺も いい加減に我慢の限界だぞ!? それと松美……何でも言うことをきくのが友達って訳じゃないといい加減に気付けーっ!」


 奇声をあげながら内河は地団駄を踏みつつ、松美の様子を見守るのであった。




 ******




 数十分後


 篠塚家前




 松美との通話を終えた後、清菜は小笠原に送られて家の前に戻ってきた。




「先輩、送ってくれて ありがとうございます」


「ううん、いいんだよ」


 頭を下げる清菜に微笑む小笠原だが、その笑みは すぐに曇った表情へと変わった。



「……こんな時間まで付き合わせてゴメンね。清菜さんの家族、怒ってるんじゃない?」


 心配そうに清菜の自宅である一軒家と清菜を交互に見やる小笠原。


 小笠原としては こんな夜遅くまで遊ぶつもりは無かったのだが、清菜が「まだ帰りたくない」と言い出す為、仕方なく彼女に付き合っていたのである。




「大丈夫ですって先輩! 私の友達が上手く誤魔化してる筈ですから!」


「そう……? なら いいけど……何かあったら すぐにラインしてね」


「はい! では先輩、お休みなさい!」




 満面の笑みを浮かべながら清菜は去っていく小笠原に手を振り、軽い足取りで玄関を開けて家の中に入っていった。




 玄関で靴を脱ぎ、まっすぐ進んでリビングに辿り着くとソファーに座って眉を潜めている邦之と知代の姿が視界に入り、彼女は忌々(いまいま)しそうに目を細める。



(……松美ちゃんが上手く言い訳してるでしょうし、素通りしても大丈夫でしょ)


 松美が2人に言い訳をしていると信じて疑わない清菜は、ずっと心配して帰りを待っていた家族に「ただいま」と言うこともなく忍び足で自室に向かう。



 やがて自室のドアノブに手が届くと、彼女は素早い動きで扉を開いて中に入り、バタンと音を立てながら扉を閉めた。




(……何も言われなかった……ってことは、松美ちゃんが成功したってことね。たまにはアイツも役に立つじゃない。まあ このぐらい出来て当然だけど)


 心の中で松美にキツい言葉を浴びせつつ、清菜は心配しているであろう小笠原を安心させるべくベッドに寝転がりながらラインを開く。



 文字を入力しようとスマホの画面に人さし指を当てた その時、乱暴に自室の扉が開け放たれ、鬼のような形相をした知代が中に入ってきた。



「な、何よ知代! ノックもしないで入るなんて失礼じゃない!」


 いきなりの乱入者に文句を言う清菜だが、知代は彼女の言葉に反応することなく部屋に転がっている丸いクッションを拾い、そして それを姉の顔に勢いよく投げつけた。



「っ……!! 何すんの!!」


 投げつけられたクッションを床に叩きつけ、激怒する清菜だが知代は全く動じない。


 それどころか汚い物でも見るような(さげす)みの視線を向けてくる始末である。




「ちょっと知代! それが お姉ちゃんに対する態度なの!? ふざけんじゃないわよ!!」


「……ふざけんじゃないわよは……こっちの台詞よ!!」


 知代は怒鳴ると同時に、清菜の頬を強く叩いた。


 クッションを投げられただけでなく、平手打ちまでされた清菜は目に涙を滲ませながら妹をギロリと睨みつける。




「……こんな時間まで何処で何してたの? 何で電話でないの!? お父さん死ぬほど心配していたってのに、帰って来て一言も無いとか……アンタおかしいんじゃないの!?」


 血走った目をしながら激昂する知代。


 そんな妹の姿が清菜には とても恐ろしい化け物のように感じられ、抱いていた怒りは恐怖へと瞬時に変わった。



「アンタが周りに どれだけ迷惑をかけてるのか分かってんの!? まあ分かってないから こんな好き放題やって いつもブスッとしてるんでしょうね!!


  いつだって不機嫌で愛想が無くてイライラしててさあ!! 私とお父さんは いっつもアンタに気を使ってんのよ!? 何で私達がアンタに合わせなきゃなんないの!?」


 真っ赤な顔をしながら矢継ぎ早に清菜を責める知代。


 しかし清菜としては自分だけが悪者扱いされているのは非常に不服だったので、反論を試みた。



「わ、私から見れば……知代の方が いつも機嫌悪そうで……怖いし……お父さんは お父さんで暗いと……そう思うんだけど……」


 泣いている為か清菜の声は非常に小さく、その かぼそい声と言葉が さらに千代を苛立たせた。



「私が いつも不機嫌で怖い!? お父さんが暗い!? 誰が私を不機嫌にさせてると思ってんの!? 誰がお父さんを暗くさせてると思ってんの!?


  アンタでしょうが! アンタが皆を不愉快にさせて、イラつかせて、迷惑をかけてんのよっ!! その暗くて自分勝手でワガママな性格が全ての元凶でしょう!!」


「っ…………」



 千代の言葉は鋭利な刃物となって清菜の胸に次々と突き刺さり、彼女の胸と頭、そして胃に鈍く激しい痛みが襲った。




 ──痛い、痛い




 あまりの痛みに目眩と気持ち悪さを感じるも、目の前に立つ妹は彼女の痛みなど露知らず、さらに怒りをヒートアップさせて刺々しい言葉を発する。



「何で姉さんって人の気持ちが分からないの!? お父さんが姉さんに冷たい態度をとられて いつも悲しんでるのに……姉さんは自分ばかり可哀想みたいな顔をして、本当にイライラする!!


  私だって こんなこと言いたくないわよ!! でも姉さんが言わせてるのよ!? 姉さんは怒られてる原因が自分に あるんだって何で分からないの!?」




 ──じゃあ、知代は私が今どれだけ傷ついているのか分かるの?




「子供じゃないんだから いい加減 自分が悪いって気づいてよ!! ただ明るくして愛想よくして笑って、積極的に人に話しかけることの何が そんなに難しい訳!? バカじゃないの!?」




 ──そうね、知代にとっては簡単なことでしょうね



 ──でも私には それは とても難しいことなのよ



 ──アンタには分からないでしょうけどね




「変わるなら今しか無いのよ!? 大人になってから性格変わったら気持ち悪いだけでしょうが!! 姉さんが変わるだけで全てが丸く収まるってのに……!!」




 ──いつも私ばかり悪者



 ──お父さんや知代は いつも正しくて、いつも私が間違ってる



 ──何で? 私の何が悪いの? 何が おかしいの?




 大粒の涙を流しながら知代の言葉と痛みに耐える清菜。


 すると手に握っていたスマホがラインの通知音を奏で、反射的に清菜は画面に視線を落とした。


 ラインでメッセージを送ってきたのは小笠原のようであり、画面には『大丈夫?』と気遣いの言葉が表示されていた。



 それを確認した清菜は片手だけで文字を入力し、メッセージを送信する。




『何でもかんでも私が1人で悪いのかよ』


『何で私がこうなったのかも考えないで、ぜーんぶ私1人に責任押しつけ


 あくまでも自分達は悪くありませんって被害者ヅラ』


『ああああ。もうヤだやだやだたやだたやだたやだ』


『アイツらは好き放題文句を言える


 私は疲れてても虫の居所が悪くてもヘド飲み込んで作り笑いしなくちゃなんねえのかよ』


『全部私が悪いんだ

 あー、存在しててごめんなさいね

 生きててごめんなさいね


 何なら死んでもいいですよ


 もう楽しみなんかないわ』



 小笠原への返信というより、今 自身が抱いている感情を清菜は無心で打ち続けた。


 本来なら これらを声に出して叫びたかったが、そうすることも出来ない為、こうしてスマホで文章にして打ち出すしかなかった。


 どんな方法でも良いので、この感情を何らかの形にして外に出さないと頭が おかしくなってしまう――そんな気がしたからだ。



 すると案の定 小笠原から『どうしたの!?』とメッセージが届き、今度は きちんと彼に返信をする。




『知代が めちゃくちゃ怒ってきてる』


『なぜ?』


『私が甘くて私が弱くて私が自分勝手で私が暗いから全部悪いんだって』



 ため口になってしまっているが、敬語に直す暇が無いのだから仕方ないと清菜は割り切る。


 すると知代は清菜がスマホを弄っているのに気づき、再度 彼女の頬を叩いた。




「人が喋ってる時にスマホ!? へえー、姉さんって何様なんだろうねえ!! 明るく笑えない、愛想もない、人に気遣いも出来ない、人の話を ちゃんと聞けない!! ただの屑じゃん、犬以下の人間じゃん!!」


 叩かれたことと犬以下だと言われたことに深く傷つきながらも、清菜は さらにメッセージを送信する。



『知代に叩かれた。明るく笑えないとか愛想がないとか犬以下だとか言われた』


『明るく笑えなくても いいじゃないか。清菜さんには清菜さんの良さがある。良いところを伸ばしていこうよ!』


 清菜がメッセージを送る度に直ぐ様 返ってくる小笠原の返信。


 その素早さと文章が、今の清菜にとって精神の支えだった。



『妹さんが言ってる事はおかしいし、受け止めちゃだめだっ!


 とりあえず、今多分熱くなってヒートアップしてるとこだと思うから、妹さんの言う事は心の中で受け流して』


『とにかく、妹さんの言ってる事は間に受けちゃだめっ(´・_・`)


 清菜さんのこと分かってないっ(´・_・`)』



(…………今は耐えるしかないってこと、か…………でも、先輩が味方してくれるから……頑張れる、かも)


 ギュッ、とスマホを握りしめる清菜。


 その間にも疲れを知らない知代は怒声を浴びせ続けてくる。




「何で他の人が当たり前に出来ることが姉さんには出来ないの!? 何も出来ない、人に迷惑ばかりかける……一体 姉さんは何の為に生まれてきたのよ!! 私達 家族に、周りの人達に不愉快な思いをさせる為なの!?


  言っておくけどね、これはイジメじゃないわよ? 姉さんの為に言ってるのよ!? それに私は間違ったこと言ってない筈よ!


  皆に訊いてみなさい、誰もが姉さんが間違ってると言うから! まあ姉さんみたいに冷たい人間は姉さんが正しいって言うだろうけどね!」




 ──うるさい



 ──うるさい、うるさい、うるさい、うるさい



 ──私を否定する奴らなんか いらない



 ──ありのままの私を受け入れてくれない奴らなんか いらない



 ──そんな奴ら、こっちから拒絶してやる




 悲しみは憎悪へと変わり、清菜は濁りきった瞳で知代を睨みつつ、彼女の怒りが収まり部屋から出ていくまで、必死に耐え忍ぶのだった。




 ******




 数十分後




「…………ハア……もういい、姉さんは どうせ何を言っても無駄でしょうし」


 そう言い捨てると知代は清菜の部屋から出ていき、乱暴に扉を閉めていった。



 長い長い説教に黙って耐えていた清菜は力尽きたようにベッドへ横たわり、未だに涙が止まらない目をゴシゴシと腕で擦る。


 胸や頭も治まってはおらず、胃に至っては鈍い痛みからハサミで刺されているような激痛へとエスカレートしている。



 精神・肉体共に疲弊(ひへい)している為、このまま何もせず、眠ってしまいたい所だが心配している小笠原を放置する訳にはいかず、重たい身体を動かしてスマホを操作する。




『やっと知代がアッチに行った。すごく疲れた』


 それだけ入力してメッセージを送信し、清菜はジンジンと痛む目を閉じて一息つく。


 すると すぐさま小笠原から返事が返ってきて、清菜は片目を開けて画面を見やる。



「……!?」


 目を疑うような文章が視界に入り、慌てて彼女は身体を起こしてスマホを覗きこむ。


 すると、そこには『今から家を出て、ウチにおいで』という文字が表示されており、見間違いでも何でもない小笠原からのメッセージに清菜の思考が止まる。



(おいでって……え? どういうこと?)


 混乱する清菜だが、その間にも小笠原からメッセージが届く。



『今しか無いよ、君が救われるのは』


『そのまま家に居続けたって、誰の為にもならない』


『清菜さんの心が壊れる前に、離れなきゃ、ダメだ』


『今、僕の両親は旅行に行ってて居ないから心配は いらない』


『おいで』






(ど、どうしよう……)


 家に来いという小笠原の誘いに乗るべきか否か、清菜は悩む。



 確かに こんな家に居るよりは一番の理解者である小笠原の元に行った方が清菜の気も休まる。


 だが、問題は知代と邦之が清菜の家出に気づいた時だ。



 普段から中傷レベルの言葉を浴びせてくるのに、家出までして見つかった時には何を言われることか――想像するだけでも全身から血の気が引く。



(……やっぱり無理よ……)


 震える指で『知代が怖いから出られない』と打ち込み送信して小笠原からの返信を待つ。


 すると十秒も経たないうちに返信が来た。




『僕が君を命をかけて守る。だから、おいで』



(せ、先輩……)


 “命をかけて”という言葉に胸を打たれる清菜。


 それと同時に やはり自分には小笠原だけが居ればいいのだと改めて確信し、迷いが無くなった清菜は家を出る決意をした。


 家族に対する愛情など とうの昔に捨てた身である彼女には、父や妹への引け目や罪悪感など無いのである。




『家を出ます。先輩の住所、教えて下さい』


『分かった。打ち込むから待っててね』


 そんな やりとりを交わした後、清菜は小笠原が住所を打ち込んでいる間に家を出ようと自室の扉を開ける。


 すると電気が点いていない薄暗いリビングが視界に飛び込んできて、その薄暗さと静けさが彼女に父も妹も自室に居ることを教えてくれた。




 ──今しかチャンスは無い




 ゴクリと生唾を飲み、スマホが音を鳴らさないよう設定してから忍び足で玄関に向かう。



(……お父さんも知代も、部屋から出てこないでね……)


 心の中で そう祈る清菜。




 やがて玄関に辿り着き、清菜は静かに靴を履いてドアノブを握ると、リビングの方に振り返る。



(……気づかれてない……!)


 誰も居ないことを確認すると、彼女は玄関を開いて外へと飛び出し、家から離れるべく脇目もふらずに全速力で駆け出す。




「ハァッ、ハァッ、ハアッ!」


 無我夢中で走り続ける清菜。



 やがて息が切れた彼女は足を止め、呼吸を整えながらスマホの画面を見る。


 すると そこには小笠原が打ち込んだ彼の住所が表示されており、その下には『気をつけて来てね』というメッセージが あった。



(……もう後戻りは出来ない、だけど後悔はしてない)


 無意識のうちに頬が緩む清菜。


 心なしか身体も軽く感じ、胸や胃を苦しめていた痛みも すっかり消え失せている。



 メッセージを確認した清菜は『はい』とだけ返事をしてスマホを制服の胸ポケットに仕舞い、小笠原の家へと向かい始めた。

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