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デスサイズ  作者: LALA
Episode10 拒絶
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拒絶10

 


 如月高校 昼休み




 憂鬱(ゆううつ)な気分のまま午前中を過ごした清菜は、机で頬杖をつきながらクラスメート達の様子を眺めていた。



(……相変わらず、特定の集まりばっか…………お父さんは この輪の中に自分から入っていけって言ってたけど、無理すぎるでしょ)



 弁当箱を持って友達の元に向かう者、仲良しのグループで集まり談笑しながら弁当を食べる者達。


 クラスメート達の行動は多種多様だが、誰もが皆 笑っていて、そして とても楽しそうだ。


 そんな中 清菜だけが1人で つまらなそうな顔をしており、この穏やかな空気の中で彼女は まるで無理やり ねじ込まれた異物のように場違い感を出していた。




(……誰か1人でも一緒に食べない?って声をかけてくる奴は居ないの? ……まあ、自己中ばっかの奴らに期待するだけ無駄か)


 やれやれと溜め息を吐く清菜。



 今日は黒斗・鈴と共に弁当を食べることになっている。


 だが苦手な2人と昼休みを過ごすなど、考えただけでも気が滅入りそうだ。


 しかし、このまま教室に居ても同級生達の楽しそうな様子を見てイライラするだけである。



 どちらにせよ憂鬱からは逃れられず、清菜は力尽きたように机に顔を突っ伏す。




 すると机の引き出しの中に入れているスマホがラインの通知音を奏で、その音が聴こえた彼女は すぐさま飛び起きて届いたメッセージを確認した。



(せ、先輩だ!)


 メッセージの送信者が小笠原だと分かり、顔が(ほころ)ぶ清菜。


 さらにメッセージを確認すると、『良かったら弁当一緒に食べない?』という今の清菜にとって とても嬉しい言葉が書かれていた。



(やったあ、小笠原先輩と お弁当だあ! 匂いはアレだけど、まあ橘さん達と一緒に食べるよりは遥かにマシだよね!)


 拳を握りしめて歓喜する清菜。



 昨日の一件で すっかり小笠原を信頼した清菜が さっそく了承の返事を送る。



 すると、すぐに小笠原から『屋上で待ってるね』という返事が届き、それを確認した清菜は先程とは真逆に、かなり ご機嫌の様子で弁当箱を持って教室を後にした。





 上機嫌でスキップまでしながら屋上を目指す清菜。


 だが彼女の気分は、廊下の角から現れた男によって一瞬にして壊されてしまった。



「やあ、随分と楽しそうだね」


「……楽しかったんですけど、徳井先生の顔を見た途端に楽しくなくなりました」


「え? 酷いなあ、ソレ」


 苦笑いを浮かべる徳井から目を背ける。



 さっさと立ち去って小笠原の元に向かいたいが、教師に呼び止められたのに無視をする訳にもいかず、顔をしかめながら徳井の言葉を待つ。


 とはいえ、何を言われるのかは あらかた予想がついているのだが。




「なあ篠塚……今日 必ず持ってくるように言ったプリント、また やって来なかっただろ? 今回が初めてなら まだしも、今までにも同じことが何度もあったんだろ? さすがに酷すぎるんじゃないか~?」


 予想通りの言葉に思わず苦笑してしまう清菜だが、徳井は気に止めることなく さらに続ける。



「あんまり言いたくないけど、だらけすぎじゃないか? 若いウチから そんなんじゃダメだと思うけど」


「…………すいません」



 謝罪しているのは口先だけで、清菜は内心 (はらわた)が煮えくりかえるような怒りを感じていた。


 早く屋上に行きたいのに呼び止められた苛立ちもあるが、一番の苛立ちの理由は何も事情を知らないクセに『だらけすぎ』だと のたまう徳井だ。



(……大体、家では いつも息が詰まるような思いをしてて それどころじゃないのよ……! 何も知らないクセに好き勝手 言って!)


 心の中で徳井に怒りを ぶつけるも、徳井の説教は止まらない。


 早く終わらないかと思いながら、彼の言葉を右から左へ聞き流す。



 すると徳井は清菜が話を聞いていないと気づいたのか、腰に片手を当てながら溜め息を漏らし、冷めたような眼差しで彼女を見下ろした。




「まあ、昼休みに説教なんてヤボだね…………うん、じゃあ篠塚。今日の放課後、生徒指導室に来てくれ。そこで先生と じっくり話し合おう」


「ええっ!? いやで」


「あっ、書類提出しないと…………じゃあ、放課後にな!」



 清菜の否定の言葉を皆まで聞かず、徳井は早足で この場から逃げ出した。



「…………最悪っ! ムカつく!!」


 去っていく徳井にも聞こえるように大声で悪態をつきながら、清菜は壁を勢いよく蹴って八つ当たりをするのだった。




 ******




 数分後 屋上にて



(……清菜たん、遅いなあ……来てくれないのかなあ……)


 安物の赤い腕時計で まだかまだかと時間を確認する小笠原。



 自分にしては珍しく積極的に昼食に誘い、了承されたものの やはり彼女の気が変わってしまったのではないかと不安が過る。




(……清菜たん……お父さんにイジメられてヘコんでたからなあ……クソッ、どんな野郎だが知らんが清菜たんをイジメやがって……殺してやりたいくらいだ……)


 顔も知らぬ相手に強い殺意を抱く小笠原。



 長い前髪で隠れているせいで表情は見えないが、歪に歪んだ唇が今の彼は とても恐ろしい形相となっていることを物語っている。




「小笠原先輩っ!!」


 待ち焦がれていた人物の声が聴こえると同時に小笠原は思考を止め、満面の笑みを浮かべながら顔を上げて手を振った。



「清菜さん、待ってたよ」


「ご、ごめんなさい、お待たせして……」


「良いんだよー」


 小笠原は そう言って自身の隣に座るよう清菜に促すと、彼女はコクリと頷いて彼の傍らに腰を降ろして呼吸を整え始める。




「すいませんでした……途中で副担任に呼び止められて…………」


「副担任に……? どうして?」


 首を傾げて小笠原が訊ねると、清菜は咳払いをしてから事情の説明を始めた。



「……プリント……今日 提出しなくちゃいけなかったんですけど、お父さんとケンカしたから出来なくて……それで先生が お前はだらけてるとか説教するから放課後 生徒指導室に来いとか言い出して……」


 簡潔にあらましを述べる清菜。


 未だに怒りが収まっていないせいか口調の所々が刺々しい雰囲気を纏っているが、小笠原は臆することなく彼女の言葉に耳を(かたむ)けている。




「…………教師のクセに生徒の事情を聞かずに一方的な奴だなあ……ああ、清菜さんの周りには ろくでなしばかり……だんだん腹が立ってきたよ」


 顔を しかめて苛立ちを露にする小笠原。


 そんな小笠原の様子を見て、清菜は彼が自分の為に怒ってくれているのだと喜んだ。




「……とにかく、こんな自己中な教師の言うことなんか無視して良いよ。だから清菜さん、今日の放課後は僕と過ごしてくれませんか?」


「えっ!?」


 予想だにしていなかった言葉に目を丸くする清菜。



「あの……先生を無視って……それに一緒に過ごすって……?」


 訝しげな表情で小笠原に問いかけると、逆に彼は何を当たり前のことを訊いているのだと言わんばかりに驚いた様子を見せた。




「先生を無視ってのは そのままの意味だよ。放課後、何も馬鹿正直に先生の所に行く必要なんてない。


 そもそも、生徒の気持ちも知らないで偉そうに説教をする教師なんでしょ? むしろ行かない方が正解だよ」



 小笠原は一息ついた後、さらに言葉を続ける。




「……それに、清菜さん……辛いことばかり ありすぎて疲れてるというか……よっぽどストレス溜まってるんだなって感じてさ……。


  だから、気分転換してもらおうと思って、お誘いしたんだ。カラオケとかダーツとか安く遊べる場所、僕 知ってるし……どうかな?」


「先輩……」



 やはり優しい小笠原に胸がときめく清菜。



 徳井の呼び出しを無視するのは最初どうかと思ったが、小笠原の言葉を聞いて考えを変えたようだ。




「……良い、ですよね? いつも私……頑張ってるんだから」


「良いって良いって! たかが教師の呼び出しを一回無視したくらいでバチは当たらないよ」


「はいっ!」


 輝かしいばかりの笑顔を浮かべて清菜は頷いた。




「じゃ、お弁当食べようか」


 穏やかな表情で弁当箱を開け、食べ始める2人。



 だが、その瞬間を見計らったかのように小笠原の携帯が無機質な着信音を奏で、彼は片手で携帯を取り出して画面を見ると面倒くさそうに舌打ちをした。



「まーた、迷惑メールだ……最近 多いんだよね……削除、削除と……」


 独り言を呟きながら携帯を操作する小笠原。



 すると今度は清菜のスマホがメールの着信音を奏でた。



 2人も ほぼ同じタイミングでメールが届いたことに苦笑いしながら届いたメールを確認する。



「っ!」


 画面に表示された文章を見た刹那、清菜は素早い動きで立ち上がり周囲を せわしなく見渡した。


 隣に座っていた小笠原は清菜の挙動不審な行動に驚きつつ、一体何事なのかと前髪で隠れて見えない両目で彼女を見つめる。




「ど、どうしたの? 何かあったの?」


 携帯を片手に持ったまま呆けたように小笠原が問うと、清菜は「何でもありません……」と呟きながらスローモーションで浮かした腰を再び降ろす。



「…………」


 小笠原に見られないよう身体の向きを変え、改めてメールに目を通す。



『僕以外の男と話をするなんて許さない』



 いつもの変態じみた軽い文体とは まるで違う、怨みがましい文体に寒気を覚える清菜。




(……僕以外の男……って、先輩のことだよね……? 私達のこと、何処かで見てるの……? でも、見た限り近くに誰も居ないし……)


 視線だけを動かして再度 周囲を見渡す。


 だが自分達以外に人の気配は無いし、そもそも屋上には人が隠れられるようなスペースは無い。




(…………ま、いっか。このストーカー、メール以外に何かしてくる訳じゃないし)


 ストーカーに対する危機意識が薄い清菜は、いつもと同様にメールを気に止めず、食事を再開した。




 ******




 昼食を食べ終えた清菜は小笠原と別れ、軽い足取りで教室へ戻るべく廊下を進む。



「あっ、おった! 清菜さーん!」


「…………徳井先生の次は橘さん……? 何だって皆 私をイラつかせるのよ」


 自分でも聞き取れないほど小さな声で不満を口にした後、いかにも気だるそうに振り返る清菜。



 すると振り返った先には案の定、息を切らした様子の鈴と相変わらず無表情の黒斗の姿があった。



 チッと舌打ちをするも、2人は それに気づかず清菜へと早足で近づいてくる。




「ハア……清菜さん……ほんまに無事で良かったあー……もうウチ、どうしようかって めっちゃ焦ったわ……」


「無事って……何で そんな大袈裟なんですか? 何かあったんですか?」


 他人事のように冷たい眼差しで興奮している鈴を見下ろすと、鈴の傍らに立つ黒斗が呆れ果てたように溜め息を吐いた。



「…………お前が護衛である俺達に何も言わずに姿を消すから、橘が血眼(ちまなこ)になって捜してたんだろうが。今まで一体どこで何をしていたんだ?」


「あっ……」


 そこまで言われて、ようやく清菜は昼休みの護衛である黒斗と鈴に何も言わず小笠原と昼食をとっていたことに気づいた。



 護衛の2人は清菜を呼びに来たというのに肝心の彼女の姿が見当たらず、ずっと探し回っていたのだろう。




「…………友達と、お弁当を食べてたんです。言い忘れてて すみません」


 ペコリと頭を下げる清菜だが、心の中では「アンタらには関係ないでしょうが」と2人に悪態をついている。



「そうなんかー、良かったわ清菜さんが何もされてなくて……ついにストーカーに襲われたかと思うてしまったわ…………でも清菜さん、友達と食べる時は一言 言うてからにしてな?」


 心底 安心したように朗らかに笑いながら言う鈴。



 だがヘソ曲がりで偏屈な清菜は そんな彼女の態度にも腹が立ってしまう。




「……もう謝ったんだし、過ぎたことだから良いじゃないですか。いつまでもネチネチと……」


「え、あ……す、すいません」


 刺々しい清菜の言葉にも嫌な顔一つせず素直に謝る鈴だが、その様子を見ていた黒斗は不愉快そうに眉を潜めて鋭い目付きで清菜を睨んだ。




「……橘は本当に お前のことを心配していたんだぞ? お前の都合で周りの人間を振り回しているクセに、その不遜(ふそん)な態度……何様のつもりだ?」


「ちょ、クロちゃん! やめーや!」


 黒斗の肩を掴んで制止の言葉を かける鈴。



 そんな2人を面白くなさそうに一瞥すると、清菜は鼻を鳴らして彼らに背を向けた。




「じゃあ、もういいですよ。清菜さんを守り隊なんか解散しちゃって下さい。貴方達が居なくても、友達が守ってくれますし」


 素っ気なく、そして有無を言わせぬ口調で言い切ると清菜は駆け出した。



「か、解散て……待って下さい清菜さん!」


「護衛は必要ないですー! もう放課後も来なくていいですからね!」



 背を向けて走っているまま清菜は大声で言うと、廊下の角を曲がって姿を消してしまった。




「……ど、どないしよう……清菜さんを守り隊………解散させられてしもた!」


 冷や汗を流し、目線も あちこちに さまよわせながら慌てる鈴。


 だが黒斗は彼女とは対照的に、落ち着き払った様子で腕を組んでいる。



「……本人が もう護衛は良いと言っているんだ。俺達の役目は終わった」


「えええ!? ちょ……ホンマに それでエエんか? 何かあってからじゃ遅いで!?」


「……ああいうのは一度 痛い目に合っとけばいいんだよ」


 そう呟いて教室に戻っていく黒斗。



 一方 鈴は納得がいかない表情を浮かべながらも、彼の後に続くしかなかった。




 ******




 放課後――



 授業が全て終わり、帰り支度を終えた清菜は すぐさま教室を出て、徳井が待っているであろう生徒指導室も素通りして昇降口に向かった。



 脇目も振らず、真っ直ぐに昇降口を目指していた清菜が目的地に辿り着くと 既に到着していた小笠原が笑いながら彼女に手を振る。




「先輩、お待たせしました」


「全然 待ってなんかいないよ。今来た所だし」


「フフフ、そうなんですか」


 まるで付き合いたての初々(ういうい)しいカップルのように言葉を交わし、笑いあう清菜と小笠原。


 そんな彼女達を周囲の人間は まるで この世ではないものを見るような奇異な眼差しで見つめるも、自分達の世界に入っている2人は その視線に気づいていない。




「じゃ、さっそく行こうか。まずはゲーセンかな……新しいシューティングゲームが入ったんだ」


「そうなんですか、楽しみ!」


 そんな会話をしながら、2人は靴を履き替えて学校の外へ出ていく。




 楽しそうに笑いながら校門を くぐる清菜と小笠原。


 その2人の様子を、徳井は生徒指導室の窓から じっと眺めていた。



「……あのクソガキめ……教師をコケにしやがって…………今に見ていろよ」


 低く、ドスの利いた声で呟く徳井。



 その言葉は清菜に向けたものなのか、はたまた彼女の隣を歩く小笠原に向けたものなのか――それは徳井にしか分からない。

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