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デスサイズ  作者: LALA
Episode10 拒絶
71/118

拒絶6

 


 清菜が腹を立てて中庭を立ち去る数分前――


 屋上では黒斗と玲二が共に弁当を食べていた。




「ガツガツムシャムシャバクバク!!」


「…………」


 いつにも増して弁当を かきこむ勢いが凄い玲二を引きつった顔で見つめる黒斗。



「ムグムグ、ゴックン…………ああーっ、美味しかったあー! ごっちそーさまー!」


 弁当を全て食べ終えた玲二は満面の笑みを浮かべると共に手を合わせ、巨大な弁当箱を手拭いで包む。


 ちなみに黒斗は既にパンを食べ終えており、玲二が食事を終えるのを ずっと待っていた。


 何故なら、玲二から相談したいことがあるのだと引き止められていたからだ。



(……まあ、どうせコイツの相談なんて内河の妹のことだろうがな……)


 やれやれと溜め息を吐く黒斗。



 すると早速 玲二が瞳をキラキラと輝かせ、黒斗に顔を向けた。



「あのね兄貴! 相談って言うのは、松美ちゃんに関することなんだ!」


「……やっぱりな」


「何か言った?」


「いや、何も…………さっさと話せ」



 予想通りの相談に思わず苦笑する黒斗。


 そんな彼を特に気にすることなく玲二はモジモジと両人差し指を合わせ、頬を薄桃色に染めながら口を開く。




「あ……あのね……実はオレ…………今日か明日……松美ちゃんに告白しようと思うんだ!!」


「……は?」


 恋愛に関する相談は予測していたが、まさか彼が告白を考えていた等 微塵も思っていなかった為、間の抜けた声を発してしまう黒斗。



 とりあえず自分自身に落ち着けと念じつつ、額に片手を当てて横目で玲二を見やる。



「…………確か内河の妹と会ったのは昨日だろう? まだ友達ですらないのに、もう告白とか早すぎるだろ。色々な過程を すっ飛ばしている気がするんだが」


「もう! 兄貴は分かってないなあ~。最近の若い女の子は出会った その日に恋人になってベッドインするようなスピーディーな恋愛に憧れてるって、女子高生のブログに書いてあったんだよ!」



 顔も知らぬ女子高生の考えを鵜呑(うの)みにして、なおかつ他人の考えを さも自分の考えのように偉そうに言う玲二。



 恋愛経験が さっぱりの黒斗には今時の高校生や若者達の色恋事情など知らないし理解しようとも思わないが、さすがに学生が出会ったその日に身体の関係を持つのは どうなのかと疑問に思う。


 それとも今の時代では これが普通で、自分の考えが古臭い明治時代のまま止まってしまっているだけなのだろうか。




「……しかしな……百歩譲ってスピーディーな恋愛がアリだとしても、互いに どんな人間なのかも よく分からないまま告白するのは どうかと思うぞ……せめて一週間くらいは様子見したら どうだ?」


「一週間じゃ長すぎるよ! その間に松美ちゃんが他の人に告白されたらと思うと……恐ろしや! それに愛ってのは理屈じゃないんだよ……その人に何か感じたら それが愛なんだよ!」


「……愛を達観して語れる程 経験もないガキが何を偉そうに……」



 前向きすぎるうえ こちらの言葉を聞かない玲二にイラつき、思わず本音を漏らしてしまうが やはり玲二は そんな黒斗の刺々しい言葉に臆することなくニコニコと しまりのない笑顔を浮かべている。


 彼が この状態になったら何を言っても無駄だと分かっている黒斗は諭すのを諦め、大人しく玲二の相談に のることとする。



「……最早 何も言うまい…………で、相談ってのは何なんだ……手短に一分以内に解説しろ」


「一分!? わ、分かった……これも修行だね! えと、松美ちゃんに告白しようにも これが初恋だからオレは女の子がキュンとくる告白の仕方なんて分からなくて、だからブログを読み漁って告白の言葉を調べたんだ!


  でも その告白も色んな種類が あってさあ……どれが松美ちゃんの心に一番 響くのが分からなくて……。だから、兄貴に協力してもらって松美ちゃんがキュンとするような告白方法を採用しようかなと……」



「……一分過ぎたが まあ妥協してやる。つまり、内河の妹が気に入りそうな告白の仕方を模索している訳か……だが、そういう女心に関しては橘が俺よりも良いアドバイスを しそうだがな」


「いやあ……さすがに女の子に こういうことを相談するのは、やっぱ気恥ずかしくてさあ……」



 はにかみながら頬を指先でカリカリと掻く玲二をジト目で見つめる黒斗。


 心底どうでもいい相談内容だが、協力しなければ また うるさいだろうと思い、渋々ながらも黒斗は彼に協力することにする。



「……役に立てるかは分からんが、仕方ないから協力はしてやる……で、俺は どうすれば良いんだ?」


 黒斗が訊ねると、玲二は制服のポケットから小さく折り畳まれた紙を取り出し、黒斗に差し出した。



「兄貴には この紙に書いてある告白の言葉をオレに言ってほしいんだ」


「……お、お前に? 俺が、お前に告白するのか?」


「当たり前じゃないか~。オレが女の子の……松美ちゃんの立場に なりきって、どの告白が一番キュンとくるのか確かめるんだからさ!」


 そう言うと玲二は広げていた足を女性のように閉じ、やや腰を くねらせて座り直した。


 言葉通り、女の子に なりきっているようだが正直 気持ち悪いとしか言いようがない。



「さあ兄貴……いいえ黒斗さん……私に告白してちょうだい……オホホ」


「…………」


 身も心も女に なりきる玲二に鳥肌が立ち、身体中の血が凍りつきそうな嫌悪感を覚える黒斗だが、早急に この茶番を終わらせるべく逃げ出したい衝動を抑えて紙に書かれている言葉を読み上げる。




「……好きです付き合って下さい」


 明らかに やる気が見られない棒読みで言葉を発する黒斗。


 すると玲二が顔を しかめながら上目遣いで こちらを見てきた。



「兄貴……じゃなくて黒斗さん。もっと心を込めて下さいませんこと? そんなんじゃ、どんな素敵な言葉でもキュンとしないよ……じゃなくって、しませんことよ」


「……女言葉を喋る おネエのような奴相手に心を込められるか」


「込めないとオレが困るの! ほら、もうオレのことは鈴ちゃんだと思って!」


「……余計 込められないっての」


 文句を言われ、仕方なく黒斗は少しだけ やる気を出すことにする。



「……ゴホン……あー……黙って俺に ついてこい。お前のこと、満足させてやるからよ」


「うーん……ちょっと微妙かなあ……はい、次~」



「俺の為に、毎日 味噌汁を作ってください!」


「あ、いいね いいね! オレ、味噌汁が大好きだしさ!」


「……良くないだろ……大体、これは告白じゃなくてプロポーズの言葉だろうが!」


「ふわ? そーなんだ……じゃあダメかあ。次!」



「……貴女の笑顔は、オレにとってピカピカに輝くダイヤモンドの原石……その笑顔、守りたいんだ」


「おお! 何かキュンと来たかも!?」


「……お前は内河の妹の笑顔を見たことが あんのか?」


「あっ、そういえばないや……うーん……」



 腕を組んで悩む玲二。



 一方 黒斗は――



(…………俺は、何をやっているんだろうか…………)


 言葉では言い表せない虚しさに(さいな)まれていた。




「兄貴? ボンヤリしてないで、早く次を お願いします!」


「あ、ああ…………初めて出会った時から、君のことを愛していた。好きだ。世界中の誰よりも、君のことが好きだ。例え周りが祝福せずとも、認めてくれずとも、俺が君を愛する気持ちは……変わらないよ」




 ガタン




 黒斗が台詞を言い終えると同時に入り口から物音が響き、同時に そちらに視線を向ける黒斗と玲二。



 すると――そこには、呆然とした表情で2人を見つめる黒斗達の担任教師 矢吹の姿があり、彼の足元には落としたのであろうバケツが転がっていた。



「や、矢吹……!?」


「うええ!? せ、先生!?」


 見られたくない場面を見られ、玲二は おろか黒斗までも動揺してしまい、顔から血の気がサーッと引いていく。


 あの呆然とした表情から察するに、黒斗が玲二に告白しているのだと勘違いしているのだろう。



「矢吹……これは……違うぞ。俺は、ただコイツに頼まれただけで、その……」


「そ、そうですよ! オレには ちゃんと心に決めた人が居るんですから!」


 必死に誤解を解こうとする2人だが、矢吹の表情は変わらない為、言葉が届いているのかさえ分からない。



「あの、本当に違いますからっ! 兄貴もオレもノーマルですから!」


「……2人共」


 不意に矢吹が口を開き、声を発した。



「……先生は、アブノーマルも1つの愛の形だと思うぞ。むしろ先生、アブノーマルを見てると幸せになれる人だぞ」


「は?」「はい?」


 矢吹の とんでもない一言に呆気にとられる黒斗と玲二。


 すると彼は開いた口が塞がらない状態の2人に爽やかに微笑むと、落としたバケツを拾って屋上の入り口のドアノブを掴み――



「大丈夫! 先生は口が堅いぞぅ!」



 そんなことを言いながら足早に去っていった。




「……………………」


「……………………」


 後に残された黒斗と玲二の間に流れる重苦しい沈黙。



 されてはならない誤解をされてしまい、さすがの玲二も笑っていられず、完全に落ち込んでしまっている。




「………………佐々木」


 永遠に続くのではないかと錯覚しそうな沈黙を破ったのは意外にも黒斗だった。


 感情を感じられない声音で名を呼ばれた玲二は、壊れかけた中古のロボットのように ぎこちない動きで彼に視線を向ける。



「……罰として何でもいいからスプラッタホラーを3本観て、感想文を提出するように。誤魔化しても無駄だからな」


「さ、さ、3本!? 兄貴、オレ、スプラッタは本当に無理だって……」


「お前に拒否権は無い」



 冷たく突き刺さるような口調で言い切ると、黒斗は振り向くことなく入り口に向かい、そのまま屋上から出ていった。



 一方 生き地獄でしかない処罰を与えられた玲二は、涙目になりながら頭を抱えこむのだった。




 ******




 放課後 2年D組 教室内


 その日 全ての授業を終えた清菜は ふてくされたような顔をしながら鞄に教科書を詰めていく。



(今日は最悪の日……松美ちゃんとは一緒に帰れないわ、徳井先生には目をつけられるし……ストーカーの正体は分からないし……何で私ばかり こんなめに……)


 己の不運を嘆く清菜。


 そもそも、彼女は黒斗達が『清菜さんを守り隊』に入ることを快く思っていなかった。


 だが断って周りから変な目で見られるのも嫌だし、ストーカーから危害を加えられる可能性が下がるのならばと清菜は渋々 了承したのだ。



(帰りの護衛は月影くんと橘さんか……どっちも苦手なタイプなんだよね……ああ、ヤダなあ)


 内心 気が重いが、守ってもらっている身分なのだから文句は言えない。



 帰り支度を終え、清菜は気だるそうに教室を後にした。




 話し声で賑わう廊下を1人歩く清菜。


 曲がり角に 差し掛かった その時、角の向こうから痩せ細った身長の低い男子生徒が飛び出してきた。



 長く黒い前髪は両目を覆い隠しており、腰まで伸ばされたボサボサの髪にはツヤ等 なく、不潔感を醸し出している。


 そのうえ体臭がキツく、その あまりの匂いのキツさに清菜は無意識のうちに距離をとる。




「あ、あの……誰、ですか? 私に何か……?」


 顔を しかめる清菜だが、男子生徒はニヤリと口角を吊り上げて彼女に一歩 近づいた。



「は、はじめまして清菜さん……ぼ、僕は小笠原(おがさわら) 正義(せいぎ)……あ、貴女より1つ学年が上の3年生ですっ」


「はあ……小笠原先輩ですか。ん? 何で私の名前を ご存知なんですか?」


「そりゃあ、清菜さん 良くも悪くも有名ですからねえ。無愛想で友達が居ないって」


「…………悪かったですね」


 不本意な名の売れ方に頬を膨らませる清菜。


 そんな彼女の仕草に興奮したのか、小笠原の荒くなった鼻息が顔に かかる前髪を揺らす。



「全然 悪くなんかないですよっ! むしろ大歓迎ですよ!」


「はっ?」


 小笠原の意味の分からない言葉に呆ける清菜。


 すると小笠原は握りしめていた右手を開き、その手の中から汗に濡れて しわくちゃになった紙が露となった。



「ぼ、僕……前から清菜さんのことを良いなあと思ってたんです! すぐに お付き合い……という訳では ありません! だから……まずは 友達から始めていただけませんか!? これ、僕のラインの番号です!」


「……えっ? ええっ!?」


 いきなりの告白に戸惑う清菜。



 異性に告白されたことは素直に嬉しい。


 こんな自分にも魅力が あるのだと再認識させられたのだから。



 だが嬉しい反面、どうするべきかと清菜は迷う。


 何しろ清菜は小笠原のことなど全く知らないし、そもそも好みのタイプでもない。



 正直、こんな気味の悪い男とは関わりたくないのである。




「……ご、ごめんなさい先輩……私、そういう付き合うとか友達からとか苦手で……だから、さよならっ!」


 逃げるように その場から駆け出すが、右腕を小笠原に掴まれてしまう。



「ま、待って! せめて……せめてラインの番号だけでも受け取ってくれ! 何か困ったことが あったら直ぐに連絡して!」


「わ、分かりましたから……離して下さい!」


 手汗で湿っている紙を乱暴に受け取り制服の胸ポケットの中に入れると、清菜は小笠原の手を降りきって走りだす。



「僕だけは君の味方だから! そのことだけは忘れないで! 辛いことが あったら、いつでも相談して!」


 去り行く清菜の背中に そう叫ぶと、小笠原は満足そうに彼女の腕を掴んでいた手のひらを見つめた。



(やった……ついに、ついに清菜たんと お話出来た……!)


 夢心地のまま、小笠原は踵を返して この場から立ち去った。




 ******




 数十分後――




(……はあ……ホントに今日は最悪だわ……)


 学校からの帰り道、清菜は小笠原の汗まみれの手が触れた制服の腕の裾を忌々しそうに見つめていた。



(帰ったら消臭剤つけなきゃ……)


 そんなことを思いながら足早に歩く清菜。


 後ろを歩く黒斗と鈴の歩幅に合わせていない為、必然的に彼らと距離が少しずつ開いていく。



「おい、勝手に1人で先に歩くな」


「……はい」



(……護衛してる方に合わせるもんでしょう)


 口では素直に返事をして歩く速度を遅めるも、内心で悪態を吐く。



「まあまあクロちゃん、ウチらが合わせようや。清菜さんも急ぎの用事が あるかもしれへんやろ?」


「……そうなのか?」


 黒斗がチラリと視線を向けると、清菜はハッとしたように手を叩いた。



「は、はい! お父さんから晩御飯の材料としてカレー粉を買ってくるよう言われてたんです!」


「……カレー粉を買うくらいで そんな急がないといけないのか?」


「急がないといけないんです……大至急とのことなので……」



 カレー粉を買ってきてほしいと父から頼まれているのは事実だが、急ぎというのは一秒でも早く苦手な黒斗と鈴から離れたくて ついたウソである。




「そっか! じゃあ早く買い物を済まして帰ろうや! この近くにスーパーあった筈やし、急ごうでクロちゃん、清菜さん!」


「は、はい」


 清菜自身、かなり無理のあるウソだと自負していたにも関わらず、疑うことなく信じる鈴に清菜は戸惑いを隠せない。



(……さっきはイライラしてたから八つ当たりしちゃったけど……橘さんって良い人なのかも……)


 昼休みの時、あんなにも無礼な態度を とったのに怒っている様子も見せず笑顔で接してくれる鈴に対する考えを改める清菜。


 そんな彼女の背中を、黒斗は目を細めて睨むように凝視する。



「……そういや……晩御飯の材料を お父さんに頼まれたっちゅうことは、清菜さん家は お父さんが料理しとるん?」


 スーパーへの道すがら、不意に鈴が家族――父に関する話題を持ちかけてきて、清菜は動揺すると同時に不快感を覚える。



 何故なら、今の自分を否定する家族には最早?愛情など無く、憎悪しか抱いていないからだ。


 父は特に厳しい言葉を かけてくる訳ではないが、それでも妹や亡き兄に責め立てられている時は いつもフォローもしてくれず、庇ってもくれない。


 そんな父の態度を清菜は、『いつも助けてくれない、見捨てられた』と感じてしまっている。




「……お母さんは私が小さい頃、不倫相手と駆け落ちして出ていったから、それ以来は お父さんが家事と仕事を両立してるんです」


 家庭のことなど話したくはなかったが、何も言わなければ変な家庭環境の子なんだと思われてしまうと懸念し、小さな声で喋る。


 そのアクセントは まるで愚痴を言っているかのようにネチネチとしたものだったが、鈴の顔には輝かしい笑顔が宿った。



「家事と仕事を両立する お父さんってスゴいで!そないに頑張れるんは やっぱり家族を愛する気持ちがあってこそやろうなあ」


「……家族ですか。お父さんが愛してるのは私の妹と兄だけですよ」


「え?」


 顔を しかめながら呟かれた清菜の言葉に鈴が首を傾げる。




「……えと……今の……どういうことですか?」


「言葉の通りです。お父さんは私のことなんか愛してない……だから、私が いじめられても黙って見てるだけなんです」



 “いじめ”という穏やかならぬ単語を聴いた鈴の表情と肩が強張るが、黒斗は眉1つ動かさないまま清菜を見つめており、その冷めた眼差しには明らかに呆れの色が含まれている。


「私……いつも妹に酷いことばかり言われて、泣いてばかりいるんです。それなのに、お父さんは私が何を言われても妹を止めることなく黙って見続けてるんです……」


「そ、そうなんですか…………ちなみに酷いことって、具体的に どないな感じにですか? あっ、言いたくなければ言わへんでも大丈夫ですけど……」


 慌てて手を突きだす鈴だが、清菜は「別に構いません」と素っ気なく言い、一息吐くと事情の説明を始めた。




「私の妹……昔は良い子だったんです。私の言うことを何でも きく素直で可愛い妹でした。でも、兄が死んでから妹は変わってしまいました」


「……お兄さんが死んでから?」


「はい。反抗期なのか何なのか知りませんが、私に文句ばかり口答えばかり! 挙げ句の果てには私のことを否定して、拒絶するんですっ!!」



 淡々としていた口調が徐々に感情的なものへと変わっていき、大声を出したことで清菜は息切れしてしまう。



 そんな彼女の様子を黙って見ていた鈴は、常にテンションが低い清菜が激情を露にしていることに少なからず驚くと同時に、それほどまでに彼女は追い詰められているのかと心を痛める。



(……清菜さんとは まだ出会ったばかりやけど……それでも、こんなに苦しんでいるなら助けてあげたい……!)


 例え友達と言い合える関係でなくとも、目の前で誰かが困っているのなら放っておけない性分の鈴は、グッと拳を握りしめて彼女の力になることを決意する。



 その間に清菜の乱れていた呼吸は治り、彼女は怒りの形相のまま喋りだした。



「……妹は、死んだ兄と同じ侮辱的(ぶじょくてき)な言葉を私に ぶつけてきます。姉さんは変わらないといけない、とか……そんな偏屈じゃ誰も嫁に貰わないぞ、とか……私、偏屈なんかじゃないのに!」


「……十分 偏屈だろ」



 ツッコミを我慢できなかった黒斗がボソリと呟くも、その声はヒートアップしている清菜と真剣な鈴には聴こえなかったようだ。



「他にも、いつもブスッとしてて怖いとか、もう少し愛想良く出来ないのとか色々 言われてます! それなのに、お父さんは助けてくれない……どうですか橘さん! 酷い家族でしょう!」


「えっ……えっと……」



 物凄い勢いで顔を近づける清菜から さりげなく離れる鈴。


 そんな鈴の表情は、先程までの強張ったものから一変して戸惑ったものへと なっており、何を言えば正解なのか考えあぐねていることが(うかが)える。



「……んっと……ウチが思うに……それは いじめとちゃうような気がするんですけど……」


「は? いじめじゃない? ちゃんと話を聴いていたんですか、こんなに酷い言葉ばかり投げかけられて、そのうえ お父さんは見て見ぬフリをしているんですよ!? どう考えても理不尽な?いじめでしょう!!」


「ちょっ……落ち着いて下さい清菜さん……」



 今にも掴みかからんばかりの勢いに鈴は一瞬 怯むも、直ぐに立ち直って彼女の目を真っ直ぐに見つめる。




「確かに妹さんの言葉はキツいものばかりですけど……でも、それは清菜さんの為を思ってワザと厳しいこと言うとるんちゃうかな……って、ウチは思うんです」


「………………」


 黙って鈴の言葉を待つ清菜。



「多分やけど……妹さんは清菜さんに もうちょっと明るくなってほしいのかもしれません。お姉さんが……清菜さんが大好きだからこそ、心を鬼にしとるんちゃうかな……。


  今 清菜さんから聴いた言葉は、トゲばかり目立っとるけど中身は清菜さんに変わってほしいっちゅう思いが感じられたんや。


  もし清菜さんのことが嫌いで、本当にいじめてるんやったら……もっと言葉がちゃうと思います。清菜さんのお父さんが何も言わないのは、妹さんの真意が分かっとるからやないかな……。


  まあ、ウチが言ってることは全部ウチの想像やけどな……でも、いっぺん妹さんやお父さんと話し合った方がエエと思います」



 思ったこと感じたことを全て言い終わり、鈴は「ほぅ」と一息吐いて肩から力を抜いた。




(……さて、橘の言葉は篠塚に正しく伝わったのかね)



 俯き押し黙ったままの清菜を横目で覗き見る黒斗。


 唇を固く噛み締めながら彼女が握る拳は、プルプルと震えているようだ。


 それを見ていた黒斗は このあと清菜が どんな言葉を発するのか用意に想像でき、溜め息を吐きながら鈴に視線を移した。



「…………な、によ…………」


「えっ?」


 小声で呟かれた言葉を聞き取れず、首を傾げながら鈴が清菜の顔を覗きこもうとすると、清菜はガバッと顔を上げ、鬼のような形相で鈴をギロリと睨みつけた。



「貴女まで私じゃなく、知代の味方をするんですか!! 何で……何で誰も私を庇ってくれないの……何で橘さんも?お父さんも知代ばかり……私、何も悪いことなんかしてないのにっ!!」


 頭を掻きむしりながら叫ぶ清菜の目尻には涙が滲んでおり、怒鳴り声が僅かに震えている。


 一方 鈴は いきなりヒステリーを起こした清菜に絶句しており、頭の中が軽いパニック状態となっている。



「せ、清菜さん……あの、ウチ……そんな、別に誰かの味方を しようっちゅう訳じゃ……」


 混乱のせいで回転が鈍くなった頭を必死に働かせ、ようやく言葉を紡ぐも その言葉尻は清菜の奇声じみた叫び声によって掻き消されてしまう。



「もういやっ!! 私ばかり悪いって言われて、私ばかり責められるなんて もうウンザリ!! 私は私よ、私のままでいいの変わりたくなんかないのっ!! 橘さんのこと、一瞬でも良い人だと思った私が馬鹿だった!!」


「……ウチのせいで清菜さんを不愉快に させてもうてゴメンなさい…………清菜さんの力に なりたい思うてたけど、逆に傷つけてしもうたみたいで……」


 血の気が失せた青白い顔で必死に謝罪の言葉を述べるも鈴の思いは清菜には通じず、彼女は目の前に立つ鈴の胸ぐらを鷲掴みにして さらなる怒声を浴びせる。




「本当に私の力になりたいのなら、私に味方してよ! 私が望む言葉を言ってよ! 私の言う通りにしてよ! この偽善者!!」


「っ!!」




『偽善者』




 この言葉を聴いた瞬間 鈴の頭に鈍痛が はしり、脳裏に鮮明な映像がフラッシュバックとして映し出された――





 “ぎぜんしゃ!!”


 そう言って怒鳴ってくるのは、茶色い髪を持つ幼い少年。


 見覚えが無い筈なのに、全然 知らない少年の筈なのに、何故か鈴には彼の姿が とても懐かしく感じられた。



 “おまえなんか、だいきらいだっ! おまえさえ いなかったら、ぼくは……パパにもママにも……あいしてもらえたのに!”



 大きな赤い瞳から涙を止めどなく流しながら叫ぶ少年を見ていると、鈴の胸が まるで締めつけられるように ひどく痛んだ。




 ──何で?



 ──ウチ、こんな子 知らへん筈なのに……



 ──とっても懐かしくて……とっても、悲しい気持ちになる……




 自分でも よく分からない感情に戸惑う鈴。


 すると目の前に立つ少年は不意にハサミを持つ右手を鈴に突きだし、その幼さと愛らしい顔に似合わぬ邪悪で醜悪な笑みを浮かべながら言った。



 “ほんとうに ぼくのちからになりたいのなら、しんでよ。おまえが いなくなれば、ぼくは すくわれる”



 芯から冷え込むような感覚と共に激しい目眩(めまい)が起き、少年の姿が(いびつ)なものへと変わっていく。




 ──アンタは……誰……なんや……?




 目眩の激しさに呼応して意識も遠ざかり、視界も徐々にフェードアウトしていく。




 “すず なんか キライだ。すず なんか、しんじゃえばいいんだ”




 少年の怨みがましい言葉を最後に、鈴は意識を手放した。







「…………てるの!? ねえ!! 何でさっきから無視するの!?」


「…………………………あ」


 手放していた意識が清菜の甲高い怒声によって呼び戻され、暗転していた視界が“現在”を映し出す。




「…………えっ、と…………アレ……? なんやっけ……」


 意識が戻ったばかりのせいか、寝起きのように頭がボンヤリして状況を思い出せない鈴。



「…………貴女まで私をバカにしてっ!!」


 鈴の態度から清菜はナメられていると感じたのか、怒りに身を任せて大きく広げた手のひらを振りかぶった。



「……あっ……!」


 さすがに鈴も清菜が何をするのか分かったらしく、胸ぐらを掴まれたまま痛みに備えて目を固く瞑る。



 だが、大きく振りかぶられた その手は鈴の頬を殴る前に黒斗に止められた。




「さっきから黙って見ていれば身勝手な理由で逆ギレして、挙げ句の果てには暴力か……いい加減にしておけ篠塚……」


「……っ!」



 黒斗の顔は無表情であったが、その瞳と声には静かなる怒りが感じられ、清菜が怯む。




「…………すみません」


 平謝りすると清菜は鈴の胸ぐらから手を離し、黒斗の手も振り払って1人先に歩き出した。



 そんな清菜を視線で追いつつ、黒斗は俯いたままの鈴に近寄り声をかける。




「……大丈夫か?」


「う、うん……」


 返事をするも、表情は暗く落ち込んだままだ。



「そんなに気にするな……あんなの、興奮した人間が口走った戯れ言だ」


「…………うん。ありがとクロちゃん」



 微笑を浮かべる鈴だが、内心では さっきの映像が気になって仕方なかった。

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