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デスサイズ  作者: LALA
Episode3 挫折
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挫折2

 一方、その頃


 日名田公園で1人、鈴はベンチに座ってボーッとしていた。


 いつも三つ編みにしている長い髪はおろされており、瞼は泣き腫らした後が痛々しく残っている。



(……いい加減にせなアカンな。いつまでも猫1匹に泣いてる方がおかしいんや)


 今朝、母親に言われた言葉が脳内で再生される。



 “いつまでも泣いとったらアカン! たかが猫やろ? 寂しいなら、また違うペットでも探すか?”



 母の言葉を思いだし、更に落ち込む鈴。


 泣いてはいけない、と自分に言い聞かせているのに気分は晴れないし、ふとした瞬間に涙がポロリと零れる時もある。




「ネコちゃんのお姉ちゃんだ」


 愛らしい声が耳に届き、顔を上げると目の前にカナが立っていた。


 林の被害にあった2匹目のペット、チワワのココアの飼い主だった少女である。



「カナちゃん、こんにちは」


 痛む目を無理に細め、重たい口角を強引に吊り上げる。


 だが、出来た表情はとても笑顔とは言えないお粗末なもので、作り笑いであることには幼いカナも気付いていた。



「お姉ちゃん、どうして泣いてるの? どこかイタイの?」


「ちゃうねん……ウチのリン……死んでもうたんや……」


 絞り出されたような鈴の言葉に、カナが息を呑む。



「だから泣いてたんだ……」


「せや……でも、おかんも泣いてばかりじゃアカン言うてたし、いい加減にせなな」


 溜まってきた涙を片手で乱暴に拭うと、カナがそっと手に触れてきた。



「かなしい時は、泣きたい時は、泣かないとダメだって、カナのママが言ってたよ」


 驚いて目を丸くする鈴に、カナは言葉を続けた。



「カナもココアが死んじゃって、ずっと泣いてたの。パパが、いいかげん泣くのをやめなさいって言ったから、泣かないようにがんばったの。でも、知らないうちに泣いてたの」


 目を伏せるカナ。



「でも、ママに言われたの。泣きたい時はガマンせずに泣きなさいって。かなしいのに泣かなかったら、いつまでも心が元気になれないよって」


 カナは顔を上げて、鈴に言い聞かせるように語りかける。



「自分じゃない誰かのために泣ける人は、やさしい心を持ってるんだって。はずかしいことじゃないんだって。だから、お姉ちゃんも泣きたいのにガマンしちゃダメなんだよ」



 “泣きたい時は泣きなさい”


 自分の母親とは真逆の言葉に、鈴は心を大きく揺さぶられた。



「……我慢は体の毒ってヤツやな……」


 視界が涙で(にじ)み、カナの顔がボヤける。



「……かんにんな、カナちゃん。ちょっとみっともないけど、お姉ちゃん……大泣きするわ……」


 その言葉を言い終えると、(たが)が外れたように鈴の両目から涙が溢れ出た。




「くっ……うっ、うぅ……リン…………うわあああああああん!! 守ってやれんで……かんにんな……!」



 本当はずっと我慢していた。


 悲しくて、悲しくて、泣き叫びたかった。


 でも母親に心配をかけたくなかったから、こんなことで泣いてはいけないと思っていたから、我慢していた。


 だけど、それは必ずしも正しいことではない。


 誰もが感情を抑え込んで、我慢できる強い人間ばかりではない。


 涙が出なくなるまで泣いて、ようやく前に進める人間だって居るのだ。




「……ひっ、……グス……カナちゃん、いきなり泣いて堪忍な……」


「ううん。お姉ちゃんは大丈夫?」


 心配するカナを安心させるように、頭を撫でてやる。



「大丈夫や。何か、スッキリしたわ。悲しい気持ちは消えへんけど……リンの分まで生きようって、頑張らなアカンって……そんな気持ちになれてきたわ」


 泣き腫らした瞼が痛むが、鈴が浮かべる笑顔は本物だった。



「ほな、ウチ帰るわ。カナちゃん、またな!」


「うん! バイバイ!」


 手を振って、カナと別れる。




(……リン。ずっと忘れへんからな。安らかに眠ってや)


 心の中で愛猫に祈りを捧げ、しっかりとした足取りで鈴は帰路につくのだった。




******




 放課後




「兄貴!」


 校門を出た黒斗の前に玲二が現れた。


 昼、体育の授業でサッカーボールを顔面で受け止めていたが、ケガをした様子は無いようだ。




「……お前は彼氏が出てくるのを待ってる彼女か」


「彼女じゃないよ、舎弟だよ!」


 皮肉も通じない玲二に、溜め息を吐く黒斗。



「……で、用件はなんだ?」


「実は、オレの家に遊びに来てほしいんだ! 兄貴のこと、お母さんに紹介したいし!」


 ニコッと可愛らしく笑う玲二。


 これで玲二が女だったら、世の男子高校生が憧れるシチュエーションだったろう。


 黒斗は興味も無いし、憧れもしないが。



「どしたのボーッとして? 早く行こうよ!」


 そう言って、腕を引っ張ってくる玲二。

 断れる雰囲気ではないと悟り、渋々着いていく。




******




「……でさ! オレのお母さん、綺麗だけど怒りっぽくてさあ」


 玲二の家に向かう道すがら、隣を歩く玲二は はしゃいでいて、ひっきりなしに話しかけてくる。


 まともに返答するのが面倒くさくなった黒斗は生返事を繰り返しているのだが、玲二はやはりお構い無しだ。




「あと、お母さんの仕事は……」


 前を向き直した玲二が紡いでいた言葉を止め、歩行も停止した。



「……?」


 どうしたのかと玲二の表情を伺うと、彼は信じられないモノを見たかのように、目を大きく見開き、呆然としている。



「よう、玲二」


 前方から聞こえてきた声に反応して、そちらに視線を移すと、片目が前髪で隠れている少年と、髪を肩まで伸ばした長髪の少年が並んで立っていた。




「有理……?」


 名前を呼ばれた長髪の少年が頷く。



「久しぶりだな、玲二」


 ニカッと白い歯を見せて笑う有理だが、玲二の表情は強張った。



「ど、どうして日本に!? 君はフランスに留学中じゃ……」


「僕らに会いたくなって一時的に帰国したんだよ」


 玲二の問いに代わりに答えたのは、隣で立っていた少年――洋介だ。



「そうだぜ。5年ぶりの再会なのに、冷たいなあ」


 ケラケラと笑い出す有理。それにつられて洋介も笑う。



「ところで玲二、その人は? ……あっ、もしかして昨日、話してた先輩?」


「あ、そうだよ! 月影 黒斗先輩!」


 洋介の言葉を聞いて、ようやく玲二の顔に笑顔が戻る。



「へえ、その人かあ! 何だかネクラそうだねえ」


「あ?」


 聞き捨てならない単語に、黒斗が鋭い目付きで洋介を睨むが、当の本人はのほほんとしたままだ。



「あわわわわ!! ごめん兄貴! 洋介って思ったことをストレートに言っちゃうタイプだからさ! 気にしないで!」


 本人はフォローをしたつもりらしいが、その言い方だと、洋介はやっぱり黒斗をネクラだと思っていることになる。




「……プッ」


 不意に有理が吹き出した。



「アハハ! 5年経ったのに、玲二も洋介も変わらないなあ」


「そういう有理もね!」


 笑いあう有理と洋介だが、再び玲二の顔から笑顔が消えた。




「あのさ有理……どうして……戻ってきたの……?」


「え、何? もしかして迷惑だった?」


 ブンブンと勢いよく頭を横に振って、玲二が否定を示す。



「違うよ。フランスに行ってから、音沙汰も無かったし、帰ってくる様子も無かったし……」


 おどおどしながら言葉を続ける玲二。



「いや、俺もさ、一人前になるまでは帰って来ないつもりだったんだよ。偉そうにフランスまで行ったからには、立派になった俺を見てほしくて。でも、洋介の記事を読んだら2人に会いたい気持ちが抑えられなくなってさ」


「有理も相変わらずだね。思い立ったら即、行動」


「まあな!」


 洋介と有理は本当に仲が良いようで、心底楽しそうに笑っている。




「……佐々木、記事って?」


 若干、蚊帳(かや)の外に居るような気がする黒斗が隣にいる玲二に聞く。



「うん。洋介、さ……ほら、腕が無いよね?」


 遠慮がちに洋介を指さすが、洋介は有理との会話に夢中で気がついていない。



「洋介は腕が無いけど、足の指を器用に使って絵を描くことが出来るんだ。洋介が足で描いた絵がコンクールで受賞して、一躍話題になったんだよ」



「そうそう。その記事、フランスでも載っててさ。洋介、頑張ってるなって思って会いたくなった」


 有理はそう言うと、洋介に向けていた視線を玲二に移した。



「ところで玲二は? 何か描いてないの?」


「えっ」


 突然、話題を自分にふられて玲二が動揺する。


 その隣で話を聞いていた黒斗は、美術室で玲二が言っていた言葉を思い出し、首を傾げた。



「お前、絵心無いとか言ってなかったか?」


「あの、その……」


「ウソ、ウソ! こいつ、めっちゃ絵が上手いんだぜ!」


 口ごもる玲二の代わりに、有理が答えるが、その言葉を聞いた玲二の顔から血の気がサーッと引いていった。



「……有理、玲二はもう描くのをやめたんだ」


 俯きながら洋介が言うと、有理は驚いたように何度も瞬いた。



「何でだよ! 勿体(もったい)ないことをするなよ玲二!」


 眉間にシワを寄せ、声を荒げる有理。


 だが玲二は肩を竦め、彼の言葉を黙って聞くだけだ。



「お前には才能があるんだ! このまま埋もれさせていいのか!? なあ、れい……」


「うるさい!! オレはもう描かないって決めたんだ、ほっといてよ!!」



 ビリビリと鼓膜に響く程の怒声が発され、その場にいる全員がビクリと肩を震わせた。



 気まずい沈黙の中で、玲二の荒い呼吸音だけが響き渡る。



「ご……ごめん。つい、カッとなっちゃって……」


 玲二は申し訳なさそうに頭を下げると、黒斗の袖口を掴んだ。



「オレ達、用事があるから…………じゃあ、また!」


 それだけ言うと玲二は黒斗を引っ張って、その場を立ち去った。




 後に残された洋介と有理は気まずそうに顔を合わせる。



「俺、ヤバいこと言っちゃった?」


「……玲二は、まだあの時のことを……」


「まだ引きずってるのか!? もう終わったことだろ!?」


 ゆるゆると洋介は首を振り、俯いた。



「僕らにとっては“終わったこと”なのかもしれない。でも、玲二にはまだ続いてるんだ……」




******




 洋介達と別れ、玲二の家を目指す黒斗と玲二。


 最初は落ち込んでいた玲二だったが、数分後にはすっかり元気を取り戻していた。




「とうちゃーく! ここがオレの家だよ!」


 ビシィッ、と効果音が付きそうな勢いで指さした先には、3階建ての小さく古いアパートが建っていた。



「結構、質素な暮らしをしてるんだな」


 玲二に案内してもらい、1階の2号室に向かう。


 玄関を開けて入ると、短く狭い廊下に出た。



「こっちだよ」


 玄関から直ぐ右にある部屋に誘導され、そちらに移動する。



「ようこそ! ここがオレの部屋だよ! 何か飲み物いる? コーヒーと麦茶があるけど、どっちがいい?」


「じゃあ、コーヒー。ブラックで」


「りょーかい! 適当に座って待ってて!」


 リクエストを受けた玲二は、張り切った様子で部屋を出て行った。



 とりあえず黒斗も、人の部屋をあまりウロウロする訳にはいかないので言われた通り、絨毯の上に座る。




「…………」


 ヒマなので、何気なく部屋の中を見回す。


 玲二の部屋は3畳の手狭な部屋で、小さな勉強机と本棚、クローゼットくらいしか物は置かれていない。


 そして、壁には額縁に入れられた絵が飾られている。



 幼い子供が描いたような絵柄で、親子3人でピクニックをしている様子が描かれていた。


 絵の具で塗られた色は非常に鮮やかで、作者が心の底から楽しんで描いていたことが伝わってくる。


 人間の芸術に疎い黒斗でも、純粋に綺麗だと思える絵だった。




「お待たせー!」


 コーヒーを入れ終えた玲二が戻り、部屋の中央にある丸いテーブルへ持っていたカップを置いた。




「……あの絵、お前が描いたのか?」


 コーヒーを啜りながら黒斗が問う。



「…………うん。お母さん、お父さんと一緒にピクニック行った時のことを思い出しながら描いたんだ。まあ、小さかった頃にだけど」


 一瞬の間があった後、気まずそうに玲二が答えた。



「……本当は絵が好きなんだろ?」


「ま、まさか! オレ、絵心無いって言ったじゃん!」


「描きたくても描けないんじゃないのか? 手が震えて、鉛筆や筆を落としてしまうから」


 黒斗の言葉に、玲二が息を呑んだ。



「み、見てたの……?」


「ああ」


 それを聞いた玲二は、ガックリと肩を落とし、深い溜め息を吐いた。



「…………嘘ついて ごめんなさい……兄貴の言った通り、オレは絵が大好きなんだ。 ……でも……昔の事件がきっかけで描けなくなっちゃったんだ」


「昔の事件?」


「話すと長くなるんだけど……」


 前置きをして、玲二は“昔の事件”について詳しく話し始めた。




******





 玲二は絵を描くことが大好きな子供だった。


 クレヨンや鉛筆を1度握ったらなかなか離さず、落書き帳いっぱいに絵を描いてばかりいた。


 小学生になってからもそれは変わらず、外で遊ぶよりも、絵を描くことを好んだ。



 ある日、玲二がピクニックの思い出として描いた絵を見た父親は、こう言った。



「絵が大好きなら、絵画教室に通ってみるか?」


 父親の提案に玲二は二つ返事で頷き、絵画教室に通うようになる。




 絵画教室を楽しむ玲二だったが、のんびりやで泣き虫な性格のせいか、他の生徒からは からかわれたり、いじめをよく受けていたりして、友達と呼べる者はいなかった。


 両親に心配をかけたくないが為、黙って耐えていた玲二を救ったのが、同じく教室に通っている洋介と有理だった。




 気の良い2人は直ぐに玲二と仲良くなり、これがきっかけに3人でつるむようになったのだ。


 教室では勿論、外で遊ぶ時も、絵を描く時も、3人はいつも一緒だった。




 夢のように楽しくて幸せな日々。



 だが、そんな平穏な日常は“ある事件”によって破壊された。




 玲二が9歳だった時のこと。



 コンクール用の絵を完成させるべく、彼は教室が終わった後も1人残って、描いた絵に色を塗っていた。


 玲二は特に色塗りの作業が好きである。


 白黒の絵に鮮やかな色が塗られていき、“命”が吹き込まれていくような感覚が心地よかったからだ。




 無我夢中で絵筆を動かしていく玲二。



 その時――




 ドスッ




 鈍い音が耳に届くと同時に、腰と腹に違和感を覚えた。




「えっ……?」


 奇妙な感覚を不思議に思い、視線を下に移す。



 すると、自分の腹から赤い液体で濡れた刃先が飛び出ているのが見えた。




 刺されたのだと玲二が理解すると同時に、腰から腹部まで貫通していた刃物がいっきに引き抜かれる。



「が……はぁ……」


 熱を帯びたように熱く痛む傷口から血が吹き出て、玲二は椅子から床に転がり落ちる。




「ハ……ハッ、ハッ……ハァ」


 言葉では言い表せない激痛がはしる腹を、両手で必死に押さえる。


 だが流れ出る血は止まらず、玲二を中心に赤い水溜まりがどんどん広がっていく。



「いた……いた、いよ、い、たいよぅ……」


 出血している腹部を見やると、血で汚れている洋服と、血濡れた己の手と絵筆が目に入った。




(いたいよ、こわいよ、たすけて、だれかたすけて)



 誰かが走り去っていく足音を聞きながら、玲二は意識を失った。




******



 意識が戻った時、玲二は病院のベッドの上に居た。


 刺されて意識を失った直後、幸運にも忘れ物を取りに来た講師が発見し、救急車を呼んでくれたのだ。



 発見と処置が早かったお陰で、玲二は何とか一命をとりとめた。




 だが彼を刺した犯人は、捕まっていなかった。


 現場に凶器の出刃包丁は残っていたが、指紋は検出されず、目撃者もなかった。




 事件は更に続いた。


 今度は洋介が交通事故にあい、重傷を負った。


 玲二の見舞いに行くべく、バス停で立っていた時、突然後ろから誰かに突き飛ばされたらしい。


 だが、事件現場のバス停には大勢の人間が集まって人混みとなっていて、犯人を特定することは出来なかった。


 更に洋介は事故で負った上半身へのダメージが深刻で、手術の際に両腕をやむなく切除されてしまった。




 そして、最後に襲われたのは有理。



 公衆トイレで覆面をした人物に足を何度も刺されたのである。



 現場には玲二の事件と同じく凶器の出刃包丁が残されていたが、やはり指紋も目撃者も無く、犯人は不明のままだった。




 3人を立て続けに襲った不幸。



 特に洋介は両腕を失い、将来の夢である画家になるのは絶望的だと誰もが思っていた。


 だが、洋介は諦めなかった。



「腕が無くても、足があるじゃないか」


 彼はそう言って、足を使って絵を描く特訓に励んだのだ。



 玲二と有理も、必死に頑張る洋介を親身になって支え、応援していた。



 1年の時が流れた後、3人が事件で負った傷も完全ではないものの癒えて、フランス留学が決まった有理は日本を去った。



 何度も挫折しながらも洋介は努力を重ね、ようやく足で絵を描く術を身につけたのである。



 洋介と有理は事件から立ち直り、再び絵を描くようになったが、玲二だけは立ち直れずにいた。


 忌々しい事件のせいで、PTSD(心的外傷後ストレス傷害)を(わずら)ってしまったのだ。


 絵を描こうと鉛筆や筆を持つと刺された時の出来事がフラッシュバックし、手が震えて落としてしまう。




 事件から6年経った今でも、玲二のPTSDは治る様子が無く、あの事件以来、彼は大好きだった絵を描くことが出来なくなってしまった。




******




「……と、こんな訳です」


 話を終えた玲二はコーヒーを啜り、渇いた口内を潤した。



「PTSDか……まあ、あの様子を見た時、大方そうじゃないかと思っていたが」


「アハハ……兄貴には何でもお見通しだね」


 苦笑する玲二。



「6年前の事件……お前ら仲良し3人組を襲った犯人は未だに捕まっていないのか」


「うん……事件は迷宮入り。6年も経った今では、証拠も消えちゃってるよ」


 玲二は深い溜め息を吐いた後、半分残っていたコーヒーを一気に飲み干した。



「オレが兄貴の舎弟になったのは強くなりたいからって言ったよね。オレ、精神的に強くなりたいんだ」


 拳をグッと握り締め、言葉を続ける。



「兄貴は真っ直ぐな目をしてる。そんな目をしてる人は揺るぎない信念を持っているからだって、お父さんが言ってた。兄貴の信念はオレには分からないけど、強い意志を持っていることは分かる」


「…………」


「だからオレは、兄貴みたいに強い意志を持ちたいんだ。トラウマを乗り越えられるくらい、強くなりたい。変わりたいんだ!」


「そうか」


 そう呟くと、黒斗も残っていたコーヒーを全て飲み干した。



「……兄貴。オレ、変われると思う?」


「知らん。だが本当に変わりたいと思わなければ、お前は変われないままだ。口だけなら、何とでも言えるからな」


 すがるような視線を送ってくる玲二に、黒斗はピシャリと言い放った。



「……そ、そうだよね」


 俯く玲二。


 その時、玄関から物音が響き、2人の視線はそちらに移された。



「あっ、お母さんが帰ってきたのかも!」


 パアッと笑顔を輝かせて玲二が玄関に向かうと丁度、扉が開いた。



「ふう、ただいま」


「お母さん、お帰りなさい!」




「……?」


 玲二が“お母さん”と呼んだ女性の声が、聞き覚えのあるもので、黒斗は首を傾げる。




「兄貴が来てるんだよ! 今、オレの部屋にいる!」


「昨日言ってた、学校の先輩?」


「そうそう! こっちこっち!」


 ドタドタと騒がしい音がこちらに近付いてくるのを感じ、黒斗は入り口を見やる。



「兄貴! 紹介します、オレのお母さんだよ!」


 玲二が手を引いて連れてきた女性の姿を目にした黒斗は、思わず言葉を失った。


 女性も同じく、黒斗を見て驚いたように目を大きく見開いて黙っている。



「あ、あれ? どしたの2人共」


 謎の沈黙に戸惑う玲二。



 数秒後、我に返った女性がビシッと黒斗を指さし、大声をあげた。



「つ、つ、月影くん!? 何で、貴方がここに!?」


 静寂を破る騒々しい声に、黒斗も玲二も咄嗟に耳を塞いだ。




「……あんたの息子に、無理やり連れて来られたんだ」


 無愛想に答える黒斗。



 玲二の母親――それは何と、黒斗のクラスの担任教師、佐々木 のぞみだったのだ。

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