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デスサイズ  作者: LALA
Episode9 涙
54/118

涙2



テトラの腕を引き摺りながらゲートから出てきたアルファは、彼の腕を思いきり引っ張り前方に投げ出した。


まさか投げられるとは思わなかったテトラは受け身をとるのに遅れ、顔や胸部を床に打ち付けてしまう。




「いっ、てえ……何て乱暴なんだ……!」


ブツブツ文句を言いながら体を起こすテトラ。


顔を上げると、頑丈で背の高い柵に囲まれている灰色のドーム状の建物が視界に入った。


所々が赤く変色しているのは錆のせいか、もしくは――




「ここは、お前のように心を持つ失敗作が入れられる監獄だ」


地に膝をついているテトラを尻目にアルファは前へと一歩 踏み出して、片手を挙げた。



すると柵が開き、中へ入れるようになった。



「来い」


振り向くことなくアルファが言うと、テトラは慌てて立ち上がり、小走りで彼の後を追う。


テトラがアルファの背後につくと、開いていた柵はガシャンと音を立てて閉まった。




「あの……監獄って……」


「言葉の通りだ。ここに居る者はゴミ。それぞれ処分する日が決まっており、その日が来るまでは生かされる。


失敗作の死神は あまり役にたたないからな……増えても面倒なので、日々 殺処分している訳だ」


怯えるテトラに見向きもせず、アルファは監獄の扉を大きく開け放つ。



開かれた扉の先に見えるのは、薄暗く広い部屋と部屋の隅に置かれている いくつもの牢屋。



牢屋の中には誰かが居る気配がするが、入口からでは部屋が薄暗いのもあって、姿をハッキリと確認することが出来ない。


そのうえ牢屋の鉄格子の一部には血がベッタリと付着しているものがあり、テトラの恐怖感をさらに倍増させる。



だが、アルファはテトラの心情など気にせずに さっさと監獄の中へ入っていき、仕方ないのでテトラも続いて中へ入る。




「…………」


監獄の中は不気味な程に静まりかえっている。


歩きながらテトラは牢獄の中を横目で覗き見るも、中に居る死神は誰もが皆 生気が無い目をして、ボーッと座り込んでいた。


初めて顔を見るテトラを視界に入れても彼らは何の反応も示さず、声も出さず体も動かさない死神達は まるで人形のように見える。




「なあ、アンタ」


不意に しゃがれた女の声が右方向から聞こえ、テトラは首だけを声がした方に向けた。


その視線の先には、牢獄の中に入っているボサボサ頭の若い女の姿をした死神。



纏っているコートは所々に穴が あいており、その穴からは病的に白い肌に真っ赤な切り傷が ついているのが見えた。


特に首には切り刻まれたような無数の傷口が痛々しく残っており、傷口の周辺は うっすらと青紫色に変色している。



「……あ、あの……何か……?」


見るからに怪しく気味が悪い女に警戒心を露にするテトラ。


すると女は口角を吊り上げ、骨が浮き出る程に痩せ細っている手で格子を掴み、テトラの目を真っ直ぐに見つめた。



「アンタもさっさと諦めた方が良いよ。ここに来たら最後、遅かれ早かれ死ぬことが確定してんだから……。それも、無惨で無様で汚ならしくてみっともない死に方でねっ! アッヒャヒャヒャ!!」


格子を掴んだまま大口を開けて笑う女の姿を見たテトラの背中に冷たい汗が伝った。



「…………アルファ……今の……女が言ったことは……」


「紛れもなく真実だ。大体、さっきも言っただろう……ここに居る者はゴミで、それぞれに処分する日が決められていると」


「じゃあ、今の女も……」


「ああ、アイツは確か三日後だったな」



淀みなくスラスラと答えるアルファ。


一方、テトラは呆然とした表情で女を見つめている。




──あの女は、三日後には殺されるんだ



──さっきの性能テストの時みたいに、惨たらしく……




8体の死神が見るも無惨な屍となった場面、そして正当防衛とは言え、死神を殺してしまった感触が甦り、吐き気を催したテトラは咄嗟に口を両手で覆った。



何とか吐き気を抑え、ゲラゲラと笑い続ける女を哀れむような目で見つめる。




「……この人は、あと三日の命だと分かってるのかな……」


「既に思考回路がイカれているようだからな。理解している可能性は低いだろう」


そう言ってアルファは止めていた足を動かし、歩みを進めた。


テトラも それ以上、何も言わずに歩きだす。





「……………………」


無言のまま、薄暗い部屋を進んでいく2人。



やがてアルファは立ち止まり、前方にある牢屋を指さした。



「あれが貴様の独房だ。中へ入れ」


「……はい」


『イヤです』と言う訳にもいかず、テトラは指示されるがまま牢の中に入り、アルファに外側から鉄格子の扉を閉められ鍵をかけられた。



「さて……では、今後のことについて説明しよう」


腕を組んでテトラを見下ろすアルファ。



いよいよ、これからどうなるのか どうされるのかが分かる。


緊張のせいかテトラの肩が強張り、冷や汗が顔から流れ落ちた。




「………………」


唾を飲んでアルファの言葉を待つ。


数秒の間があった後、アルファが口を開いた。




「まずは私の素性を明かしておこう。私はタイプアルファ ナンバー11、ウンデカ。この監獄の管理責任者を任されている……つまり、この監獄のトップだ」


どことなく偉そうなアルファ改めウンデカが言うが、テトラは まるで興味なさそうに彼をジト目で見つめている。


今のテトラにはウンデカが何者であろうと関心が無いらしい。


お前の素性より俺の今後について語れよ、と顔にハッキリと書いてあった。



何となく気まずい雰囲気となるが、ウンデカは咳払いをして再度 口を開く。



「まず、お前の処分日だ。特に問題が無ければ、320年後になるな」


「320年!? そんなに間があるのか!」


明日明後日に処分されると思っていたので、意外と余裕があることに安堵して笑みを見せるテトラ。


しかし、ウンデカは やれやれと肩を竦めて溜め息を吐いている。



「……320年だぞ? 320年も この監獄に居て、正気を保っていられる自信があるのか?」


淡々とウンデカは言うと、テトラから見て向かいにある牢屋を指さした。



すると、獣のような唸り声をあげながらウンデカと同じタイプアルファが格子の前に立ち、テトラをギロリと睨み付ける。


口から唾液を流し、威嚇するようにテトラを睨む男の目からは光が消えており、見るからに正気では無かった。



「……こちらも」


今度は獣のような男の隣にある牢屋を指さすアルファ。



その中に居るのは、顔に深いシワが刻まれている銀髪の女性。



「……フフッ、フフフフ」


壁にもたれて座り、虚ろな瞳で笑う女。



「フフフフフフ、ウヘヘヘヘヘヘ」


笑い声を漏らすたびに口の端から唾が糸となって垂れ落ちる。


糸がプツリと切れ、それが床に落ちると同時に女は奇声をあげながら自分の顔を長い爪で引っ掻き始めた。




「きいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」


金切り声をあげながら顔を引っ掻く女。


長い爪と肉の間には剥げた皮膚が食い込み、顔には赤い線が次々と増えていき、その線から滲み出た血液が顔を汚していく。



やがて顔と指、顔から流れ落ちた血が首筋や服を赤く染めると、女は糸が切れた人形のように膝がガクリと折れ曲がり、そのまま床に倒れこんだ。


顔の傷口からジワジワと滲み、流れる血は止まらず、失った皮膚も回復されていない。




「どうやら魔力が底を尽きているようだな。まあ、毎日あのように自傷行為ばかりしてロクに身体を休めていなければ当然だろう」


呆れているような軽い口振りでウンデカが言うが、テトラは瞬きすらせず固まったままである。



するとウンデカはテトラに向き直り、彼が入っている牢の鉄格子をガシャリと音を立てながら掴み、薄笑いを浮かべた。


「彼や彼女も、君のように何百年も この監獄に収容されている者だ。私が何を言いたいか……分かるか?」


「…………」


無言で頷くテトラ。



先程のウンデカが言っていた「正気を保っていられる自信があるのか?」という言葉と、今 見せられた2人の死神。


あの2人は何百年も牢に入れられて過ごし、何が切っ掛けかは分からないが、精神に異常をきたしてしまったのだろう。


つまり、テトラも ふとした瞬間に彼らのように我を失ってしまう可能性が ある訳だ。



もしも自分も狂ってしまったら――考えれば考えるほどテトラは恐ろしくなる。




「……まあ、頭がイカれようが正気のままで いようが、お前が320年後に死ぬのは変わらんがな」


鉄格子から手を離すとウンデカは手を叩いて埃を払い、踵を返して歩き出した。




「では、320年後の処分日に また会おう」


ヒラヒラと片手を振りながら立ち去っていくウンデカの背中を睨みつける。



彼の姿が見えなくなると、テトラはデスサイズを取り出した。


「……こんな鉄格子……簡単に壊せる筈だ……!」


震える両手でデスサイズを握り、構えるとテトラはそれを勢いよく真横に振った。



しかし鎌の切っ先が格子に当たる寸前、青白い光がはしって鎌を弾き、同時に鉄格子を切り裂く筈だった斬撃が そのままテトラへと跳ね返る。



「うああぁっ!!」


胸部と腹部に深い切り傷が刻まれ、コートの破れ目から血飛沫が飛び散った。



「っ……う、ううぅ……」


ジクジクと痛む傷、そこから流れ出るヌルヌルした血の気持ち悪さに耐えかねて踞るテトラ。



数秒後 身体に負った傷は瞬く間に回復したが、テトラは立ち上がることもせず、恨めしそうに鉄格子を見上げた。




(…………結界……か。そうだよね……そんな簡単に出られるなら……誰も苦労しない……)


デスサイズを消し、両膝を抱え込んで座り直す。



(…………俺は、死ぬ瞬間まで“俺”のままで いられるのかな? やっぱり皆と一緒で壊れてしまう? それとも、絶望のあまり何も感じずになる?)



誰とも話さず、狂った死神の唸り声や叫び声を聞き続け、薄暗い牢屋の中を1人ぼっちで320年間も これから生きていかなければならない。


果たして自分は狂わずにいられるのだろうか。


孤独に耐えられるだろうか。


恐怖に耐えられるだろうか。




今のテトラには、自問を繰り返すことしか出来なかった。




******




ウンデカによって監獄に入れられてしまったテトラ。


その日からの彼の毎日は地獄だった。



別に暴力を振るわれている訳でも、心無い暴言を浴びせられている訳ではない。


何もすることはなく、何かをされることもなく、ただ生きて、死を待つだけの毎日。



起きている間は殺される時の場面を想像しては怯え、耳を塞いでも突き抜ける狂った死神達の叫び声に耐え、床の下から聞こえてくる処分されている死神の悲鳴や断末魔に体を震わせる。



眠りについたら見る悪夢は、死神を真っ二つに切って殺した時のこと、自分が惨たらしく殺されることの どちらか。



誰とも話さず、何も食べず、何も変わらない牢屋で過ごす孤独な日々。



心が無い者ならば苦痛でも何でもないだろう。


だが、まだ生まれたばかりの幼い心を持つテトラには耐え難い苦しみだった。


現実にも夢にも、彼が落ち着く場所はない。



いっそのこと精神が壊れてしまえば何も感じずに済むのに、と考えるようになり始めた。


しかし無情にも彼の精神が壊れる気配は無く、テトラは無駄に強い自分の精神力を呪った。




そして、あっという間に5年の時が流れた。




いつものようにテトラが部屋の隅で両膝を抱えて座り込んでいると、牢屋の前に何者かの気配を感じた。



「久しいな、ナンバー4」


「………………」


5年振りに悲鳴や奇声ではない普通の声を聞いたが、テトラは顔を上げずに俯いたまま反応しない。



「随分な挨拶だな。5年振りに会ったというのに。もっと喜んだり、笑顔を見せたりしたら どうだ?」


「…………アンタに見せる笑顔は無い」



おどけた調子で喋る男――ウンデカの顔を見ようともせずに ぶっきらぼうに言うテトラ。


そんなテトラの態度にウンデカは「やれやれ」と肩を竦める。



「随分と嫌われたものだな。せっかく お前に良い知らせを伝えに来てやったというのに」


“良い知らせ”という言葉にテトラの指先がピクリと反応した。


ウンデカの言葉が気になってはいるものの、それでも顔を上げないのは彼なりの意地だろうか。


一方ウンデカは、テトラの気持ちを見抜いているかのように腕を組んでウンウンと頷いた。




「意固地な奴だ。まあいい、そのままでも聞け。いいか、お前には今から人間界に行ってもらう」


「人間界!?」


思わぬ言葉を聞いて、ついにテトラが顔を上げた。



「どうして人間界に? まさか、人間界に追放されるのか?」


「バカを言え。何故 死神をわざわざ人間界に追放しなければならんのだ。お前には仕事へ行ってもらうんだ」


「仕事……!」



死神の仕事が、人の魂を刈ることだと知っているテトラの顔が青ざめる。



「な……んで? 仕事なら、他の死神が居るだろ? わざわざ俺なんかに頼まなくたっていいじゃないか……!」



「あいにく、誰も手が空いていなくてな。それに、お前は生まれた その日に心があるとバレて、この監獄に収拾された。


いくら失敗作と言えども、さすがに死神の仕事を一度もやらず、人間も見ないまま死んでいくのは気の毒だからな。


せめてもの情けとして、お前に仕事を持ってきてやったんだ。嬉しくないのか?」



「…………」


テトラは何も答えない代わりに、『やりたくない』という思いを持って、上目遣いでウンデカを睨みつけた。


そんな彼の目を瞬きもせずに見つめていたウンデカは、数秒が経過した後 深い溜め息を吐き、「やれやれ」と言いながら首を横に振る。



「初めての仕事で不安なのは分かるが、ターゲットは ひ弱な若い女だ。いくら お前でも大丈夫だろう、心配することはない」


目は口ほどに物を言う、と言われているがテトラの気持ちはウンデカには伝わらなかったようだ。




「…………人間界なんか行きたくない。人間だって殺したくない。仕事なんて引き受けない」


「残念だが否が応でも、お前は人間界に行き、人間の魂を刈らなくてはならん」


「……拒否権なんか無い……処分予定の死神まで、馬車馬のように神々に尽くせって? 死神だなんて名ばかりで、俺もアンタも ただの奴隷じゃないか」



断れないのならば、とテトラは せめてものの反抗として皮肉を口にする。


しかし、その皮肉もウンデカの前では何の意味も成さず、彼は溜め息を吐いてテトラを見つめるだけ。


まるでバカにされたような気がしたテトラは「溜め息を吐きたいのはこっちだ」、とウンデカに聞こえないように小声で呟いた。




「そう ふてくされるな。さっさと始末して、余った時間で人間界を見て回ったら どうだ? 一時間もあれば、ゆっくり出来るだろう」


「一時間?」



「ああ。人間に姿を見られたり、無駄に騒ぎ立てられたりしないように神々が決めた制限時間だ。死神は一時間以内にターゲットを刈り、帰還する決まりとなっている。


いくら相手が人間と言えども、逃げ足が速かったり武器を持って抵抗してきては時間が掛かるからな。


だから、そういった厄介なターゲットは上位死神に回し、女子供など非力なターゲットは……」


「俺のような弱い死神に任せる訳か……」



ひんやりと冷めた口振りでテトラが言うと、ウンデカは こくりと頷いた。



「理解が早くて助かる。では、早速だが行ってもらおうか。時間は厳守で頼むぞ」


ウンデカが手を かざすと、テトラの目の前に黒いゲートが開かれた。


続けてウンデカは懐から小さな目玉を取り出し、鉄格子の隙間から投げ入れる。



コツン、と音を立てながら足元に転がってきた目玉をテトラが拾うと、その目玉から着物を着た黒髪の若い女のビジョンが映し出された。


どうやら、この女がテトラが刈らなくてはならないターゲットのようである。




「では頼むぞ、ナンバー4」


突き放すような冷えきった声でウンデカは一言 呟くと踵を返し、振り返ることなく そのまま立ち去っていった。



後に残されたテトラは女のビジョンとゲートを交互に見た後、重たい腰を上げて手に持っていた目玉を握り潰した。



グチャリという気味の悪い音が耳に届くと握り拳の中からヌルッとした紫色の液体が滴り落ちる。


拳の中にある目玉の残骸を投げ捨てると、テトラはゲートを潜った。



監獄以外の場所や人間界には興味があるものの、好奇心よりも人を殺さなければならない憂鬱感(ゆううつかん)が勝り、重い足取りでゲートの中を進んでいくのだった。

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