涙1
「イヤだあああああぁっ!! 助け、助けてくれえぇ!!」
「何でも するから!! 奴隷にでも何にでもなるっ!! だから命だけはっ! 命だけはああぁ!!!!」
床の下から聞こえてくる、命乞いをする悲痛な叫び。
その声は1人だけのものではなく複数人の老若男女様々な声であり、皆 死への恐怖と生への執着心から悲鳴のような叫び声をあげていた。
「………………」
自然と小刻みに震えだす身体。
それに呼応して、歯がガチガチと耳障りな音を立てながら噛み合う。
何百年も こんな声を聞き続けてきたのに、“心”というものは未だに この声に恐怖を感じるらしい。
俺自身は何ともないと、もう慣れたと思っているのに、心はそんな俺の意思を無視して恐怖の感情を全身に伝えていく。
「ぎゃあぁあああぁぁぁああぁあぁぁあああ!!!!」
耳をつんざくような野太い悲鳴、それに続く何かを粉々に砕くような鈍い衝撃音が響いて俺の肩がビクリと跳ねる。
「だずげっ!! びにだぐなっ……!!」
悲愴なる叫びに混じって聞こえてくるのは、人肉が潰れる生々しく気味の悪い音と痛々しい破裂音、そして肉が細かく粉砕され、ドロドロとした血液に変わっていく音。
やがて泥水を流すような音が聞こえてくると、それを最後に先程までの騒音が嘘のように この場が静寂に包まれた。
だが、その不気味な静寂は多くの仲間達が無惨に死んだことを意味しており、俺の恐怖感を和らげるどころか逆に煽っていく。
「…………」
抱えた両膝に顔を埋めるも、身体の震えは治まってくれない。
──明日は俺の番だ
──明日、俺は彼らが味わった痛みと恐怖、そして絶望と死を体験することとなる
──やっと苦しみから解放されるんだ
──だけど…………
──やっぱり、怖い…………死にたく、ない…………
******
放課後
赤羽病院 3階 病室内
「………………」
暗く沈痛な面持ちで、ベッドに横たわる黒斗を見つめる鈴。
「……クロちゃん……」
黒斗が大神に鎌で刺されてから2週間。
傷は治り、峠も既に越えたというのに彼は一向に目覚めず、昏々(こんこん)と眠り続けていた。
「ヤッホー!! あーにきー、お見舞いに来たよーっ!!」
病室内の暗い雰囲気を破るかのごとく、玲二が底抜けに明るい声を出しながら病室に突入してきた。
いきなりの騒音に鈴は驚きつつも、眉を潜めて玲二に注意をする。
「レイちゃん、病院で大声を出したらアカン!」
「ごめんごめん!」
そう言って平謝りする玲二の片手には、白いカーネーションの花束が抱えられており、それを見た鈴は不思議そうに首を傾げた。
「さっき、学校で別れた時に言うとった見舞品って それのことなんか?」
「うん! 前に兄貴が花屋さんで白いカーネーションを買ってたからさ、好きかなーと思って!」
無邪気な笑顔を浮かべる玲二だが、対して鈴は微妙な表情を浮かべている。
笑っていた玲二だったが、彼女の表情に気づいたのか笑顔から一変、不安そうに眉間にシワを寄せ、恐る恐る口を開いた。
「あの~……何かヤバイ? 見舞いに向いてない感じの お花?」
「ヤバイっちゅうか何ちゅうか…………あのな、白いカーネーションって亡くなった母親に贈る花やで?」
「ぶーーーーーーっ!!!!」
勢いよく唾を噴射する玲二。
言うまでもなく、彼の飛ばした唾は目の前に居る鈴に掛かり、彼女は悲鳴をあげながらハンカチを取り出し顔を拭いた。
「レイちゃんのアホーッ!! めっちゃ汚いわーっ!!」
「な、な、な、亡くなった人への花だったなんてーっ! オレは知らなかったああああ!!」
花も恥じらう女子高生に唾を ぶっかけておきながら気にも止めず、パニックになる玲二。
確かに、良かれと思って買った花束が亡くなった人に贈るものだと分かれば平常心を保っていられないのも無理は無いだろう。
しかも よりによって昏睡状態の人間に――空気が読めないどころの話ではない。
顔面蒼白になって左右を行き来する程の慌てっぷりに鈴の怒りも引っ込み、憐れみを覚えた。
「ま、まあ そないに慌てへんでも……白いカーネーションの花言葉の1つに『尊敬』っちゅう意味も あるんやし大丈夫やろ! …………たぶん」
普通なら“たぶん”に引っかかりを覚えそうなものだが、気持ちに余裕が無い玲二は彼女の言葉にホッと胸を撫で下ろした。
「ああ良かったあ~。尊敬……確かにオレと兄貴の関係にピッタリだねっ! 危うく『お前はもう死んでいる』って意味に なる所だったよー」
すっかり顔色が良くなった玲二は つかつかと窓際まで歩いていき、そこに置かれている花瓶にカーネーションを生け始める。
鼻歌を口ずさみながら作業を進める玲二を一瞥して、鈴は黒斗に視線を落とす。
「…………もう2週間になるのに…………クロちゃん、全然 起きへんな……」
ポツリと呟かれた鈴の言葉に、玲二は何も言わずに手を止めた。
「……お医者さんも、目覚めない原因が分からない言うてたし…………このまま、ずっと眠りっぱなしかも……」
「そんなこと無いよっ!」
バッ、と振り向いた玲二は鈴の顔を真っ直ぐに見つめて拳を握った。
「兄貴は……疲れてるだけだよ。だから眠って休んでるだけ……きっと、そのうち目を覚ますよ」
「ウチかて そう信じたいけど……大神くんは“普通”やあらへんし…………あの鎌で刺された時に、何か されたんやないかって、せやから起きへんじゃないかって思ってしまうんや……」
俯き、半泣きになる鈴。
すると玲二は彼女の側へ寄り、元気づけるように小さな肩へ手を置いた。
「……オレは、兄貴は必ず起きてくれるって信じてる! 兄貴は強い人だから、こんな簡単に やられちゃう訳ないもん!」
「レイちゃん……」
鈴が顔を上げると玲二と目が合った。
優しく微笑んでいる彼に釣られて、鈴の顔にも笑顔が戻る。
「せやな……悪いことばかり考えてると、本当にそうなってしまうって言うし……クロちゃんが起きた時に安心出来るように、笑っとかんとな!」
「うん!」
そう言って微笑みあった後、玲二は花瓶の花を生け直し、パイプ椅子を持ち出して鈴の隣に腰掛けた。
「……ところでさ、さっきの鈴ちゃんの普通じゃないって言葉で思い出したけど……オレ達を保護してくれた警官も普通じゃないって言うか……“変”だったよね?
事情聴取の時、やたらと聞き分けが良かったというか疑わなかったし……」
黒斗が病院に搬送された後、当然 鈴と玲二は警察から事情聴取を受けた。
この時 2人は ありのまま起きたことを包み隠さず全て話したのだが、警官は彼らの言葉を何一つ疑うことなく鵜呑みにして信じたのだ。
もっと しつこくネチネチと尋問されるのではないかと身構えていた為に、この反応は完全に想定外であり、拍子抜けでもあった。
もちろん、必要以上に疑われたり容疑者として見られたりするよりは遥かにマシだが、こんな単純で大丈夫なのかと不安になる。
特に玲二には銃を撃った証拠である硝煙反応や、拳銃の指紋という怪しすぎる要素があるのに、警官は一言二言 会話を交わしただけで直ぐに彼を解放した。
あまりにも自分達に都合の良いように話が進んでいたことを思い出し、鈴も難しい顔をして腕を組んだ。
「確かに変やな……あの警官の反応は、ご都合主義すぎるでホンマ」
「でしょでしょ! 逆に不気味だよね!」
鈴の言葉に玲二がブンブンと首を縦に振り、身ぶり手振り大袈裟に喋った。
「……何か、最近 変なことばかり起きて怖いわ…………クロちゃん……はよ起きてや…………」
ベッドの上に投げ出されている黒斗の手を握りながら、鈴は切なげに呟くのだった。
******
「…………ダメか…………やはり出られない……」
何の色も輝きも無いモノクロの草原で、漆黒のコートを纏っている黒斗が溜め息まじりに呟いた。
鈴を庇って大神のデスサイズで刺され、意識を失った黒斗。
そして彼が意識を取り戻した時には、この草原に居たのだ。
草にも空にも雲にも色が無い草原。
黒斗自身のコートや髪等からは色が失われていない分、さらに異様な風景に見える。
どうにか この場から移動しようと歩き続けていたものの、いくら進めど地平線は何処までも続いており、無色の草が生い茂る地面も変わり無い。
歩いても無駄ならば、と黒斗はゲートを開こうと試みたが、いつも移動に使う黒い穴は現れることも無く、黒斗は宛もなく草原を さまよい続けていた。
(…………さて、どうしたものか…………)
足を止め、この草原からの脱出法を考える黒斗。
その時、突然 彼の目の前で閃光が走り、眩しさに黒斗は一瞬 瞼を閉じた。
(何だ……?)
そっと目を開けて、閃光が走ったであろう方向を見やる黒斗。
すると、金色に輝く光の珠が視界に入った。
黒斗が驚きに目を丸くすると、金色の光はフワフワと宙を漂いながら移動し始める。
ある程度 黒斗と距離が離れると光の動きが止まり、何かを急かすようにプルプルと揺れた。
その不思議な動きは まるで黒斗に「ついてこい」と、言っているかのようである。
(……行ってみるか)
他に脱出する手掛かりも無いので、黒斗は光の元へと歩み寄る。
彼が近づいて来るのに気付くと、光は喜んでいるようにクルリと一回転し、再び移動を始めた。
しばらく光に ついて歩いていた黒斗は、景色の向こうにある大木に気づいて息を呑んだ。
(あれは……何で、あの木が ここに……?)
大木は周りの景色と同様に色が無かったが、黒斗は一目見た瞬間に、これが玲二と“腹を割って”話した裏山にあった思い出の木だと分かった。
その証拠に、樹皮に深く刻まれた横に長い傷口もキチンとある。
黒斗は吸い寄せられるように大木へと近付き、モノクロの樹皮を片手で撫でた。
色こそ失われているが、何年経っても変わらないゴツゴツとした触感がして、黒斗の頬が緩む。
(…………懐かしいな…………コイツを初めて見た時は……確か……まだ生まれて数年しか経っていない頃だったか)
黒斗は樹皮に触れたまま目を閉じて、過去の記憶を辿り始めた。
******
死神
鎌を持って魂を刈り取る者。
人間達には“神”として扱われているものの、彼らは他の神々と違って人の願いや奇跡で誕生した存在ではなく、“死”を神格化した神であるタナトスの肉体の一部から造られたクローン――即ち、本物の神ではなく模造品なのだ。
そんな死神に与えられた使命は ただ1つ。
強い感情エネルギーを持つ人間の魂を刈り、それを神々に捧げること。
喜びや楽しみといったプラスの感情、憎しみや悲しみといったマイナスの感情でも何でも、強ければ それで良い。
人間の感情エネルギーは、神々にとっては力の源。
その感情エネルギーを手に入れて神に捧げる死神は“奴隷”と呼ぶに相応しい存在だった。
死神には心が無い為、神々に馬車馬のように使われても何も疑問を抱かず、与えられた使命を全うするべく人間の魂を刈り、時には新たな死神を造るなどして生き続けていた。
だが そんな彼らの平穏な日常は、ある死神によって突然 終わりを告げられることとなる。
物語は、その死神が造り出された場面に移る。
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死神が住む冥界――
薄紫色に輝く結晶の洞窟の奥で、漆黒のコートを纏った3人の男性が、緑色の液体が入った縦長の水槽を見つめていた。
水槽は横にズラッと5つ並んでおり、その中には男性達と同じコートを纏った黒髪の少年が それぞれ入っている。
これだけでも異様な光景なのだが、水槽の中に入っている5人の少年達は全員が同じ顔、同じ姿をしていて、さらに不気味さを醸し出していた。
しかし、死神の世界では全く同じ姿をした存在は珍しくない。
むしろ“当たり前”である。
死神は それぞれ『青年型』『少女型』など、いくつかの型番に別れており、同じ型番の死神は皆 姿が一緒――つまり、量産型なのだ。
ちなみに、今 水槽に入れられている少年型の死神は新たに開発された新型で、彼ら5人はプロトタイプだ。
彼らの能力値や活躍によって、今後 この型番の死神が量産されるか否か決まる。
「エラー等 特に無し。起動は いつでも大丈夫です」
長い赤髪を1つに束ねている若い男――タイプα(アルファ)が言うと、髪色と同じ、白くて長い顎髭を蓄えている中年男性――タイプγ(ガンマ)が頷いた。
「タイプ“ζ(ゼータ)”、起動」
「了解」
中年男性の言葉を聞き終えると、アルファと同じ顔をしているも髪が短い男が水槽の窓に描かれた魔法陣に触れる。
すると水槽の中に居る少年達が瞼を開き、死神の証である赤い瞳が露となった。
彼らは水槽の窓を殴り付けて破壊し、緑色の液体と共に勢いよく外に飛び出すと、中年男性の前に並んで敬礼をする。
「タイプゼータ、ナンバー1……モノ。動作に問題ない」
「同じくナンバー2、ジ。問題なし」
「ナンバー3、トリ。異常は見受けられません」
「ナンバー5、ペンタ。他3名と同じ」
「ふむ。……むっ? ナンバー4は どうした」
1人欠けているナンバー4を探し、辺りを見回すガンマ。
すると、ナンバー3のトリが水槽の方を指さした。
「ナンバー4、あちらです」
「何?」
トリが示した方向を見やる。
すると、その先には水槽の中でボーッと こちらを見つめるナンバー4の姿があった。
「何をしているナンバー4。早くこちらに来い」
「………………」
ガンマが呼ぶも、ナンバー4は返事もせずに俯くだけ。
「どうした? 貴様を造ってやった私に反抗する気か?」
デスサイズを召喚し、それをナンバー4に向けるガンマ。
俯いていたナンバー4はガンマから発せられる殺意とデスサイズに気づいたのか、顔を上げると水槽の窓を殴って破壊し、駆け足でトリとペンタの間に割って入った。
「ナンバー4、テトラ…………集合に遅れ、申し訳ありません」
頭を下げて謝るテトラだが、ガンマは無表情のまま彼を見下ろし、傍らに立つ髪が長いアルファに声をかける。
「どうも反応が鈍い欠陥品が1体 まじっているようだ」
「そのようです。いかがいたしましょうか? すぐに処分いたしますか?」
“処分”という言葉を聞いたテトラの肩が僅かに震える。
会話をしているガンマと髪が長いアルファ、そして正面を見つめたままのモノ達はテトラの動きに気付いていなかったが、髪が短いアルファだけは彼が震えているのを しっかりと見ていた。
「いや、まだ いい。性能を確認してみないことには何とも言えないからな」
「かしこまりました」
ガンマの言葉に頷くアルファ。
一方、髪が短いアルファはテトラを見つめたままだ。
「さっそくタイプゼータの性能を確認してみるとしよう。場所を移動する、着いて来い」
淡々とした口調でガンマは言うと、踵を返して歩きだした。
そんな彼の後を追って2人のアルファ、そしてゼータ達が綺麗に整列して歩き出す。
「…………」
戸惑った様子のテトラも、目線を あちこちにさまよわせながら列の最後尾について歩みを進める。
無言のまま水晶の洞窟を進んでいく一行。
やがて入り口の辺りまで辿り着くと、その脇にある小道にガンマが進んでいき、アルファとゼータ達も彼に続いていく。
長い道を進んでいくと、やがて開けた場所に出てきた。
「今から お前達の性能をテストする。その為の相手を連れてくるので、ここで待機していろ」
「了解」
モノが頷くと、ガンマとアルファ達は広場を後にした。
「………………」
残されたゼータ達は、何も言葉を発することなく直立不動のままガンマの帰りを待つ。
その中でテトラだけが落ち着きが無く、そわそわしている。
「…………なあ。性能テストって……何をやらされるんだ?」
「………………」
一番近くにいるゼータに声をかけるも、返ってきたのは沈黙だけだ。
「おい……えっと…………ペンタ、だっけ?」
「私はペンタではなく、ジだ。ナンバーは2である」
「ご、ごめん」
「謝罪など いらぬ。黙って待機をしていろ」
ジに ぴしゃりと言われると、テトラは肩を落として彼から離れた。
(…………同じ顔が4人も並んでるのを見ると気色悪いな……。まあ、俺もアイツらと同じ顔なんだろうけど)
溜め息を吐いて天を見上げるテトラ。
天井は非常に高く、その高さ故に天井の壁が見えない程だ。
(…………落ち着かない……何か嫌な予感がする…………)
漠然とした不安感を抱くテトラ。
だが その不安感を解消する手段は無く、ガンマが戻るのを待つことしか出来ない。
(死神には心が無い筈なのに、何故 俺は落ち着かないんだろう。どこかに異常が あるのだろうか)
広げた手のひらをジッと見つめた後、微動だにしない他のゼータ達に視線を移す。
彼らは無表情のまま、広場の出入口付近で待機している。
本来なら彼らのように大人しくしているべきなのだろうが、不安を抱えているテトラには そうすることが出来なかった。
『いやあああ!! お願い、やめてえっ!!』
「えっ!?」
不意に若い女の声が聞こえて辺りを見渡すが、近くにはゼータ達しか居ない。
『やめてくれ、やめてくれ!!』
今度は若い男の声――さっきのアルファ達と同じような声が背後から聞こえ、テトラが振り向くと黒いゲートが開いていた。
「っ!!」
ゲートに驚いたテトラがバックステップで距離をとると、そこからボロボロの白い服を着た8人の死神が雪崩の如く倒れこんできた。
死神達は男女が入り交じっており、男の方はアルファ・ガンマと同じ型番が それぞれ2人ずつ。
女の方は人間で言うと二十代ほどの若い金髪の女が3人、ガンマと同じ年頃の銀髪の女が1人。
年は違えど、男女が半分ずつバランス良く別れている。
「な……何なんだ……?」
突然の出来事に困惑したテトラが呟くと、倒れていた死神達は顔を上げ、彼の姿を見た途端 怯えた表情に変わった。
「うわああああああ!!」
「死にたくない、死にたくないっ!!」
悲鳴をあげながら死神達は出入口に向かって駆け出した。
「どけっ、邪魔だっ!」
ガンマと同じ姿をした、背中に『No.101』と書かれている男がモノを突き飛ばし、一足先に出入口に辿り着く。
だが彼の目の前に黒いゲートが開き、そこから現れたガンマと2人のアルファによって道を阻まれてしまう。
「ひいいいっ!」
顔から血の気が引いていく101。
しかしガンマは目の前に居る101のことなど見向きもせず、ゼータ達に視線を向けて口を開いた。
「今からお前達の性能をテストする。この8体の死神を殲滅しろ。手段は問わん」
「……っ!?」
ガンマの言葉を聞いたテトラが目を大きく見開く。
すると、テトラの反応を見ていた髪が短いアルファが補足を付け加えた。
「コイツらは心という欠陥を抱えて生まれた、いわば“失敗作”だ。遠慮はいらん、好きにやれ」
「了解。殲滅行動に入ります」
アルファが冷たく言い放つと、ゼータ達はデスサイズを構え、怯えている失敗作の死神達に歩み寄った。
「ぎゃああああ!! 殺されるううぅっ!!」
背を向けて逃げ出す死神達。
だが、そのうちの1人である中年女性の背中をトリのデスサイズが無慈悲に貫いた。
「ぐばぁ」
口から血を吐き出し、白目を剥く女性。
トリがデスサイズを引き抜くと、彼女は そのまま前のめりになって倒れこむが、体が床に つく前にトリが女性の首を跳ねる。
切断された首は宙を舞い、傷口から噴き出している血がシャワーのように辺りへ降り注ぐ。
「トリコサ……トリコサアアアァァァ!!」
首を跳ねられて絶命した女性を見た101が彼女に駆け寄るも、前に飛び出してきたペンタに首を掴まれてしまう。
「は、離せぇ……!!」
首を掴まれて持ち上げられるも、必死にペンタの右手を引っ掻いて抵抗する101。
爪が食い込んだペンタの右手から血から流れ出るが、ペンタは右手に力を込めて彼の首を握りつぶし、101の頭は潰れた首の肉片が混じっている血だまりへ飛沫を立てながら落下していった。
「……………………」
次々と虐殺されていく失敗作の死神達。
そんな残酷な光景を見たテトラは青ざめた顔で、デスサイズを持ったまま放心したように立ち尽くしていた。
「たっ、助けてぐれっ!」
胸元に『No.64』と書かれているタイプアルファがテトラの足にしがみついてきた。
彼は傷を負っているようで、頭部から流れている血が顔を濡らしている。
「た、たのむ!! だずけて!! なんでもするから! アンタの奴隷にでも何でもなるがら、だから助けで!」
「ひっ……」
血走った目で見つめてくる64に恐怖を感じるテトラ。
それと同時に虚しさと切なさも込み上げてきて、胸が痛んだ。
「いた……い……」
チクチクと刺されているような、ジリジリと焼かれているような、よく分からない痛みに戸惑うテトラ。
一方 64は命乞いをしても無駄だと思ったのか、テトラの足から手を離し、右手に魔力を溜め始めた。
「…………死にたくない。死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくないっ!!」
彼が叫ぶと、右手が巨大な黒いオーラに包まれた。
「殺されてたまるかあああぁ!!」
「!」
──やられる
反射的にテトラはデスサイズを64に降り下ろした。
グワシャ
鈍い音が耳に届き、テトラは閉じていた目を ゆっくり開く。
「………………あ」
64の頭から股にかけて縦に入っている切れ目に血が滲み、数秒が経過すると彼の身体は真っ二つに割れて床に倒れた。
切断面からは大量の血液と血に濡れた臓器が飛び出しており、テトラは思わず顔を背ける。
「……殲滅完了まで5分未満……ふむ、まあまあだな」
「ええ。スピードは あるが、パワーに欠けるのがタイプゼータです」
「だが悪くはない。タイプゼータは今後 量産していこう」
やはり淡々とした口調でガンマは言うと、大きめのゲートを開いた。
「お前達の居住区へ移動する。着いてこい」
そう言ってガンマと髪が長いアルファはゲートを潜り、デスサイズを消したゼータ達も後に続いてゲートを潜っていく。
「……行かなく、ちゃ……」
出遅れたテトラは慌てて彼らを追おうとするが、足に力が入らず、カクンと膝が折れて床に へたりこんだ。
「何で……」
床に手をついて立ち上がろうとしても、ガクガクと震えている足に力は入らず、腰を浮かしても直ぐにまた落としてしまう。
その間にゲートは閉じ、テトラは冷や汗を流した。
そんな彼の様子を見ていた髪が短いアルファは、彼の前に立つと冷たい目で見下ろす。
「ナンバー4、テトラ。お前は私と共に来てもらう」
「え……? どうして、ですか?」
恐る恐るテトラが尋ねると、アルファは鼻を鳴らしつつ腕を組んだ。
「お前自身も気づいているだろうが、お前には心がある。つまり、“失敗作”だ」
テトラの全身から血の気がサーッと引いていく。
──俺は、“失敗作”
──今、殺された死神と同じ失敗作
──じゃあ、俺も殺される……!
“死”への恐怖を感じて逃げようとするテトラだが、こんな状況だと言うのに足は言うことを利いてくれない。
「……っ、動けよ!」
苛立って足を叩くテトラ。
当然、それで何かが変わる訳もなく、殴り付けた箇所がズキズキと鈍い痛みを訴えるだけで震えは止まらない。
「クソ、クソッ!」
再び足を叩こうと拳を振り上げるも、その腕をアルファが掴んで止めた。
「そう慌てるな。失敗作とて、我らが父タナトスの肉体から造られた子であることに変わりはない。直ぐには殺したりなどは しないさ」
「……“直ぐには”ってことは……いずれは殺すってこと……?」
「そう ひねくれるな。とにかく、私に着いてこい」
有無を言わせぬ口調でアルファは言うと、ゲートを開き、テトラの腕を掴んだまま引き摺り始めた。
「い、イタイイタイ! 離してくれ!」
「仕方ないだろう? 歩けないようなのだから」
臀部が擦れる痛みと、強引に腕を引っ張られる痛みに耐えかねて苦情を言うも、アルファにバッサリと切り捨てられてしまうテトラであった。