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デスサイズ  作者: LALA
Episode8 復讐
51/118

復讐10

 

 玲二がレバーを引く数分前――




「…………」


 血だまりの上で うつ伏せで倒れている黒斗の傍らで、恵太郎は放心しているようにボンヤリと座り込んでいた。



「…………やった…………のか? 兄ちゃんの仇を……とれた?」


 ピクリとも動かない黒斗を横目で見ながら呟く恵太郎。



 そんな彼は全身が血みどろとなっており、髪や顔からは赤い雫がポタポタと滴り落ちていく。




 一方、黒斗の右足の付け根は悲惨なことになっており、損傷箇所には千切られた皮膚がブラブラと垂れ下がり、肉が抉り取られた部分は風通しの良さそうな穴が開いている。


 彼の足元で散らばる固いような柔らかいような塊は、恐らくナイフで切り裂かれた肉片なのだろう。



 もはや彼の胴と右足を繋ぐのは骨だけで、その骨にも鋭利な刃物で傷つけられた痕が ついている。




「……やったよ、兄ちゃん……! 俺、俺……ついに月影を!」


 血糊がベッタリと ついた手で拳を握り締める恵太郎。



 だが不意に明るかった部屋から光が消え失せ、暗闇が この場を支配する。




「なっ……!?」


 いきなり暗闇になったせいで、視界が真っ暗となり先程まで見えていた己の拳さえも見えなくなる。



 想定外の事態に、恵太郎は戸惑った様子で周囲に見えない目を走らせる。



 すると頭部に何かが勢いよく ぶつかってきて、恵太郎は大きく吹き飛ばされた。




「……っ、てえ……!」


 強かに打ちつけてしまった腰を擦りつつ上半身を起こし、恵太郎は目を細めて前方を見据える。



 徐々に目が暗闇に慣れ、少しずつボンヤリと“何か”の姿を映していく。




「……チッ、生きてやがったか」


 舌打ちしながら立ち上がり、デスサイズを構えている黒斗と対峙する。




 黒斗の右足の皮膚や肉は再生されてこそいるが、やはり損傷が激しかったせいか、周りの肉が引きつる程の深く、真紅に開いた傷口が残っている。


 また、死神が着る漆黒のコートではない為か、彼の服には破れ目や血液が消えずに残ったまま。


 だが恵太郎の体に付着していた返り血や、床の血だまり等は跡形も無く綺麗に消えている。




「その鎌を向けられるのは二度目だな」


 黒斗の持つデスサイズを一瞥し、恵太郎もナイフを構えて彼へ向ける。



「…………まだ やる気か?」


「当たり前だろうが……俺は……兄ちゃんの仇を討つ……!」


 復讐心にまみれた憎悪の瞳で黒斗を睨む恵太郎。


 そんな恵太郎に鋭い眼光を向ける黒斗。




「……いいだろう」


 それだけ言うと黒斗はデスサイズを振りかぶり、彼の動きを見た恵太郎もナイフを突き出し、目にも止まらぬ速さで黒斗へと急接近していく。






「死ねえええぇ!!」


 黒斗と恵太郎の武器が、同時に降り下ろされた。




 ガキイィン




 金属同士が ぶつかったような鈍い音が鳴り響く。






「………………」


「………………」


 2人は睨みあったまま動かない。






 ブシュウッ






 不意に黒斗の左胸から血が噴き出した。


 血が噴き出した部位には、恵太郎が持つナイフが突き刺されており、一方 黒斗の持つデスサイズは何も刺さっていない。




「……ざまあ……」


 黒斗の顔を見てニヤリと笑う恵太郎。


 しかし黒斗も また口角を吊り上げて余裕の笑みを浮かべている。




「…………お前の負けだ」


「はあ?」


 恵太郎が間の抜けた声を発すると同時に、視界の下から濃い血が噴き出して目の前に居る黒斗の姿を覆い隠した。




「……っ!」


 咄嗟に血が出ている方向へ視線を落とすと、自分の左肩から右脇腹にかけて袈裟懸けに斬られた傷口から血が出ていることが分かった。


 さらに視界が揺れ、傷口の辺りから身体が ずれていく。




「うわああああぁああ!!」


 悲鳴をあげながら、恵太郎の斜め上半身は坂道からずり落ちるように切断面から床へ落下した。



 切り離された上半身が床に落ちると同時に高所から落とされたトマトが潰れたようにベチャッ、と血を ぶちまけ、身体に指示を出す脳を失った下半身は壊れた噴水のように鮮血を噴き出した状態で膝から崩れ落ちた。


 その拍子に中途半端に切られた肺や肋骨(ろっこつ)横隔膜(おうかくまく)と肝臓の一部分が飛び出し、鼻を摘まみたくなるような悪臭を周囲に漂わせる。




「…………ひ、ぐ……」


 残った右指をピクピクさせる恵太郎の両目は、互いに違う方を向いていた。



「………………終わりだ」


 心臓に刺さったままのナイフを おもむろに引き抜くと、それを床に投げ捨て、恵太郎の上半身に近づいていく。




 が――





『……コロス コロス コロス コロスッ!!』


 不意に恵太郎の下半身が起き上がり、黒斗の鳩尾を右足で思いきり蹴りつけた。


 まさかの急襲に不意をつかれた黒斗は蹴り飛ばされ、固い鉄の柱に身体を叩きつけられてしまい、その反動で手に持っていたデスサイズが吹き飛ばされてしまう。




「ぐ、っ…………」


 直ぐ様 起き上がろうとするが、何故か身体が動かない。




「な…………!?」


 身体も指も足も、石にでもなってしまったかのようにピクリとも動かない。



 まさかと思い恵太郎の右足を見ると、複数の目玉のうち1つが黒斗をジーッと見つめていた。




(金縛りの術か……!)


 パーツ自体の魔力で動きを封じられていることに気づくも、その術を破る手立てが無く黒斗は歯噛みする。




 そんな黒斗を嘲笑うかのようにパーツは目を細め、恵太郎の目の前に立つ。




「………………あ」


 上半身が無く、胃なのか肝臓なのか判別できない赤黒い臓器を垂らす下半身に恵太郎の焦点が合う。



『イマ イチド ワレ ト トモニ フクシュウ ヲ』


「……………………ふくしゅう………………」


『シニガミ コロス オンナ モ コロス ミナゴロシ』


 “オンナ”という言葉を聞いた瞬間、恵太郎が目を見開いた。




『アノ オンナ シニガミ ノ メノマエ デ コロス


  ソウスレバ ヤツ ニ オマエ ガ アジワッタ ウシナウ カナシミ ワカラセ……』


「黙れよ」


 皆まで聞かず、恵太郎は右腕を伸ばしてパーツの足首にある目玉に指を突き刺した。




『ギイイイイイ』


 苦痛に呻く声と共に、恵太郎が突き刺していた指を引き抜く。


 指を刺された目玉の穴からヌルヌルした血液が漏れる。


 続けて恵太郎は右腕を振って身体を左に倒し、黒斗を見ている目玉に指を突き刺す。




『オロロロロロロロ』


 野太い声で悲鳴をあげるパーツ。




『ナ・ゼ? オマエ フクシュウ モクテキ……』


「うるせえよ……散々 人を操っておいてよ……! 確かに俺は月影が憎い……! だがなあ、橘は関係ないんだよ! アイツに手を出すことは……誰であっても許さねえええっ!!」


 恵太郎は そう叫ぶと、目玉ごと指を引き抜いた。


 血が滴る目玉の背面には神経なのであろう細長い線が くっついており足と繋がっていたが、恵太郎が そのまま目玉を強引に引っ張るとブチブチと音を立てながら線が千切れた。




『オオオオオオオオッ!!!!』


 全ての目玉が潰されたパーツに ヒビが入り、そのままガラスのように音も無く砕け散った。



 右足を失った下半身は無様に倒れこみ、切断面から飛び散った血と臓器が恵太郎の顔に掛かる。




「……………………ハアッ……」


 そのままグッタリと脱力する恵太郎。


 すると彼の後頭部に冷たく硬質な刃が当てられた。




「…………力に溺れず、自分の意志を貫き通したことだけは評価に値するな」


「ハッ……お前に褒められても嬉しくねえよ」


 軽口で言う恵太郎だが、その目からは涙が零れている。




「……結局…………兄ちゃんの仇を……とれなかっ、た……ぐ、うぅ……ヒグッ……」


 涙と鼻水、そして血で汚れる顔。




「兄ちゃん……兄ちゃん……ウエェ……」


「みっともなく泣くな。泣いたって何も状況は変わらない……惨めになるだけだ。それに……この結末も……お前が選んだ選択の結果だ」


 淡々と言う黒斗だが、恵太郎の涙は止まらない。



「…………お前には分からないだろうけどな……兄ちゃんは俺の特別だったんだ……。


  兄ちゃんは、おふくろや親父と違って無条件に甘やかすだけでなく……俺が悪いことをしたら、ちゃんと叱ってくれたんだ。


  スゴく怒ってるような悲しんでるような顔をして…………叱って、くれた」



 恵太郎の脳裏に兄との思い出が次々と走馬灯のように過る。




 ******




「恵太郎っ! お前は命を何だと思ってるんだ!!」


 まだ恵太郎が小学2年生だった時、自室でカエルの腹に画ビョウや鉛筆を刺して遊んでいたのが見つかった時の伸也の言葉。


 串刺しとなっているカエルを見た途端に激昂し、怒鳴りつけてきたが恵太郎は気にも止めずにカエルの目玉にシャーペンを突き刺す。



「やめなさい!!」


 伸也が手を振りかぶり、恵太郎の頬を平手打ちする。



「…………は?」


 一瞬 何が起きたのか恵太郎は分からなかったが、頬がヒリヒリと痛みだすのを感じ、殴られたのだと理解する。


 それと同時に生まれて初めて殴られたことに怒りを覚え、手にしていたカエルを床に叩きつけて伸也を睨んだ。



「何すんだよっ!! 父ちゃんも母ちゃんも、カエルで遊んでる所を見ても怒らなかったぞ! この俺様を叩きやがって……何様のつもりだよっ!」


「何様だって? お前の兄さんだよ!! お前こそ何様のつもりだ!? 何の罪も無い生き物の命を奪って、神にでもなったつもりかい?」


「そうだよ! 俺様は偉いんだ! 父ちゃんも母ちゃんも、俺様の言うことを何でも聞いてくれる! 俺様が一番偉いから……」


 再び、恵太郎の頬を伸也が叩く。



「っ……! ざけんなよ!」


 キレた恵太郎は伸也に掴みかかるが、逆に押し倒されてしまい、身動きが とれなくなってしまう。




「う、ぐ」


 何とか伸也の拘束から逃れようと もがく恵太郎だが、不意に彼の顔に水が落ちてきた。



「………………え?」


 前を向いた恵太郎は己の目を疑った。



 何故なら伸也が、やるせない表情で涙を流していたから。




「…………恵太郎…………お前には、正しい道を歩んでほしい。強くなくても賢くなくても良い……人としての道を踏み外さなければ……!」


「……おにい、ちゃん……」



 涙を流してまで弟を厳しく叱りつける兄の姿を見た恵太郎は、幼いながらも感じとった。



 兄は本当に自分のことを大切に思っていると。


 大切だからこそ、優しくするだけでなく厳しくも接するのだと。




 ******




「…………兄ちゃん……優しくて厳しくて……最高の兄貴だった……。唯一の不満は、兄ちゃんは忙しくて なかなか構ってくれなかったことかな……。


  だから兄ちゃんの気を引きたくて、悪さばっかり続けて兄ちゃんにワザと叱られるようにしたんだ……」


 乾いた笑みを浮かべる恵太郎だが、黒斗は眉1つ動かさずに彼を見下ろしている。




「…………残念ながら、兄の思いは お前に届かなかったようだな」


 デスサイズを振りかぶる黒斗。




「お前はやりすぎた。犯した罪に対する罰を受けてもらう」




 素早い動きで恵太郎の頭部にデスサイズの刃を突き刺すが、恵太郎は悲鳴すら あげずに虚ろな瞳で何も無い前方を見据えている。


 そしてそのまま、彼の身体は大きく膨らんでいく。



「…………………………兄ちゃん、俺、生まれ変わったら、今度こそ正しい道を歩むよ………………だから…………」









「もう一度、兄ちゃんの家族として生まれたいな」









 その言葉を最後に、恵太郎の身体が破裂した。




 けたたましい破裂音と共に血と肉が飛び散り、黒斗の全身や周囲を汚していく。



「……………………」


 身体に掛かった恵太郎の“残骸”だけを魔力で消し去り、黒斗はデスサイズの血を振って落とすと、闇の中へとデスサイズを溶け込ませた。




 唯一 形を残している恵太郎の下半身を一瞥すると、黒斗はゲートを開く。




 “もう一度、兄ちゃんの家族として生まれたいな”




 恵太郎の最期の言葉が脳裏を過るが、黒斗は首を振ってゲートを潜った。




 ──もう二度と……お前は生まれて来ない



 ──それが、何度も罪を繰り返した お前への罰だ

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