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デスサイズ  作者: LALA
Episode3 挫折
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挫折1

 


 オレ達はいつも3人一緒だった。




 2人と出会ったのは絵画教室で、いじめられていたオレを、あの2人が助けてくれたのが全ての始まり。




 仲良くなるのに時間はかからなかった。


 オレ達は本当に絵が大好きだったから、直ぐに絵の話で盛り上がれた。




 将来は3人揃って画家になろうって、誓いあった。




 あの時は、とても幸せだった。


 いつまでもこうして、3人で仲良く絵を描いて、絵について語れると信じて疑わなかった。




 あんな事件が起きるまでは――




******




 1人で学校に向かう黒斗。



「……オラ、出せ!」


 ドスを効かせた怒鳴り声が耳に届き、黒斗は足を止めて、声の出所を探す。




「泣いてないで早くしろよ!」


 人気の無い路地裏から声が聞こえ、その場所へと歩いていく。




「早く金を出せっつってんだろ!!」


「ひ、ひいい……」



 狭い路地裏で、5人の大柄でガラの悪い男が1人の少年を取り囲んでいた。


 猫っ毛の幼い顔立ちをした少年は、恐怖のあまり腰を抜かして尻餅をついている。



「お前がボケッと歩いて、俺のダチにぶつかったせいで腕の骨が折れちまったんだぞ! 治療費と慰謝料よこせや!!」


「で、でも……」


 目に涙を溜めて狼狽うろたえる少年の胸ぐらをスキンヘッドが乱暴に掴む。



「落とし前つけねえってのか!? こんなにも痛がってるってのに!」


 スキンヘッドがそう怒鳴ると、後ろにいたモヒカン頭がわざとらしく右腕を押さえる。



「ああ、イタイよー! 腕が痛くて死にそうだー!」


 小学生以下のヘタクソな演技に思わず黒斗が失笑すると、気配を感じた5人の不良が振り向いた。



「何見てんだコラア」


 リーダー格の金髪がお決まりの台詞を口にして、黒斗が鼻で笑う。



「野郎! 何がおかしい!」


 金髪が怒りを露に黒斗に詰め寄ってくる。




「別に……自分より弱い相手にしか威張れない、情けない奴らだと思っただけだ」


「この野郎がああ!!」



 嘲笑する黒斗に、血管を浮き出させながらキレた金髪が拳を振り上げて殴りかかる。




 だが――




「遅い」


 拳が黒斗に当たるよりも早く、右足が金髪の股間にヒットしていた。


 グラリと金髪の巨体が仰向けに倒れこむ。


 白目を剥き、口からは泡を吹いており完全に気絶している。




「う……うわあああ!! リーダーがやられたーっ!」


 一瞬でリーダーを倒され、残りの4人はさっさと退散していった。



 後に残されたのは黒斗と少年、そして倒れている金髪だけだ。


 辺りを見回した黒斗は つまらなそうに溜め息を吐き、踵を返す。



「あっ、ま、待って!」


 呼び止められて振り向くと、尻餅をついたままの少年が黒斗を見つめていた。




「あの、助けてくれて、ありがとう! この間も、ご迷惑おかけしました」


「この間?」


 身に覚えのないことを言われ、腕を組んで暫し思考する。




「覚えてませんか? コンビニで、タマゴ割っちゃった客ですけど」


「タマゴ……ああ」



 合点がいったように黒斗はポン、と手を叩き少年を見下ろした。




「サイフを落として小銭をバラまいた挙げ句、突き飛ばされてタマゴを割った奴か」




 黒斗がバイト中にレジを打ち、モタモタと小銭を出して、林に突き飛ばされた客と容姿が一致する。




「はい! いやー、まさか同じ学校だったとはー」


 ニコニコと笑う少年。




「……で、何でチンピラに絡まれていたんだ?」


「えと、その………」



 口ごもる少年よりも先に黒斗が憶測を口にする。



「どうせボンヤリと歩いていたらチンピラにぶつかって、連れ込まれたんだろ」


「そ、そーです! 何で分かったんですか!?」


「見るからにボーッとしていて頼りない奴だからな」



 ハッキリと言われた印象に、少年は苦笑する。




「じゃあ、俺は行く。お前も急がないと遅刻するぞ」


「あ、あのー……」



 立ち去ろうとする黒斗に、すがるような視線を送る少年。




「腰が抜けて立てません……どーしましょう……」


 のんびりとした口調で言い放たれた言葉に、黒斗は呆れたように額を押さえるのだった。




******




 学校へと向かう道すがら、黒斗は肩に背負った少年と自己紹介を交わした。


 少年の名前は佐々ささき 玲二れいじ


 年齢は15歳で、学年は1つ下の1年生だ。




「すいません、ご面倒おかけしました」


「歩けるか?」



 黒斗の言葉に玲二は頷き、肩に回していた手を外し、自分の足で立つ。



「何とか治ったみたいです! ありがとうございました、月影先輩!」


 敬礼のポーズをとり、ヨロヨロと歩き出す玲二の背中を見送る。




 すると――




「やーい! ノーローマー!」


「ふわっ!?」


 颯爽さっそうと現れたロングヘアーの男子生徒に、手に持っていた鞄を引ったくられてしまった。




「か、返してよー!」


「返してほしけりゃ、追い付いてこいよー!」



 男子生徒を必死に追いかける玲二だが、その動きは鈍重で、追いつくのは難しいだろう。



「本当にどんくさい奴だな……」



 独り言をもらしながら、黒斗は昇降口に向かった。




******




 2年A組 教室内



 朝礼が始まっておらず、賑やかな会話が響いている教室に、扉を開いて入る黒斗。




「あっれえ? 今日は月影だけ?」


 入口側の席に座っている、髪をオールバックにしているダンゴ鼻の同級生 内河うちかわ 松男まつおが、得意気な笑みを浮かべて黒斗を見る。




「橘はどうしたんだ?」


「…………」


「ハハア、そうかそうか。遂に橘に愛想尽かされたんだな」



 黒斗の無言を都合よく解釈した内河は、勝ち誇ったように頷く。




「邪魔な月影さえ消えれば、橘が俺の女になるのも時間の問題だな」


 内河が鈴に好意を抱いていることは、本人は秘密にしているつもりだがクラスメート全員にバレている。


 彼は思ったことを無意識に口に出してしまう癖があり、良くも悪くも嘘がつけない人間なのだ。




「どうでもいいが、また言葉に出てるぞ」


 ニタニタと不気味に笑う内河にツッコミを入れるが、全く耳に入っていない。


 無視して黒斗が席につくと、見計らったかのように担任の佐々木が出席簿を持って入ってきた。



「はい、静かにー! 席につきなさーい」


 パン、パンと手を鳴らして静かにさせ、朝礼をすませる。



「今日は橘さんが体調不良でお休みですので、そこの所、宜しくお願いしますね」


 鈴が体調不良と聞いて、生徒達はそれぞれ「風邪、大丈夫かな」「いつも元気な橘が珍しいな」など、鈴の体調を気にする声を呟く。


 一方、欠席の理由が体調不良ではないことを知っている黒斗は、他人事のようにクラスメートの声をボンヤリと聞いていた。



 ふと、同じように事情を知っている大神の反応が気になり、佐々木がよそ見をしている間に振り向いて様子を伺った。



 大神の顔を見た黒斗は、己の目を一瞬疑った。


 いつも感情を面に出さない大神が笑っていた。満面の笑顔で。


 その笑顔はまるで鈴の不幸を面白がっているように見えた。



 頭に血が上り、立ち上がって大神をぶん殴りたくなるような衝動に駆られるが、唇を噛んで怒りを抑える。



(……落ち着け。俺は死神だ……死神に人間らしい感情など必要ない)


 前を向き直し、額に手を当てて気持ちを落ち着ける。


(あいつを見ていると感情の制御が効きにくくなる……たかが人間相手に何故……)


 黒斗の自問に答える声は、無い。




******




 放課後


 1日の授業を終えた黒斗はさっさと鞄に荷物を詰め込み、足早に教室を出ていった。



 大神の顔を見るのが嫌だったからだ。


 今、大神の顔を見れば、朝の醜悪しゅうあくな笑顔を思い出し、怒りを爆発させてしまうかもしれない。


 特に今日はストッパーでもある鈴が居ないから、尚更だ。




 昇降口に辿り着き、自分の下駄箱を開く。


 しかし、下駄箱に入っていたのは下履きではなく1枚のメモ用紙だった。


 無言でメモを手に取り、書いてある文字に目を通す。




『やーい、ざまーみろ! バーカ、バーカ! by クラスのイケメンより』




 ビリッ




 地味にイラッとした黒斗はメモを引き破り、辺りを見渡す。



「プッ……クスクス」


 廊下の陰から笑い声が聞こえ、その場所へ向かうと内河が爆笑を堪えていた。



「いい気味だ月影の奴! 下履きを美術室に隠したことも知らずに……」


 相変わらず、心の声がだだ漏れの内河から下履きの場所を聞きだし、美術室へと向かった。




******




 生徒の多くは既に下校しており、特に部活動も無い日なので特別教室のある廊下は人気が無かった。


 踊り場の近くにある美術室の扉を開き、中に入る。




(ん……? アイツは……)



 広い教室の中で1人、玲二がキャンバスの前に座っている。


 黒斗の存在にも気づいていない彼は、真剣な表情で目を閉じており、瞑想めいそうでもしているようだった。



「……ハアー」



 深く息を吸って吐き出すと、傍らに置いてあったデッサン用の鉛筆を手に取り、キャンバスの前に掲げた。




「…………」



 鉛筆を持つ手が僅かに震える。



「っ……ハ、ハアー……ハァッ」


 苦しげな呼吸音が玲二の口から漏れると同時に、彼の額から大量の冷や汗が流れ落ちる。


 手の震えは大きくなり、そこから伝染したように玲二の全身が小刻みに揺れ動く。




「おい」


 その様子を見ていた黒斗は玲二に近づき、肩を掴んで声をかける。


 すると玲二の震えは止まり、手から鉛筆が滑り落ちて、床に転がった。




「……あっ……月影先輩?」


 ようやく黒斗に気づいた玲二は、冷や汗を拭って立ち上がる。



「ど、どうしたんですか? 今日は美術部の活動は休みですけど?」


 青ざめた顔で、玲二は無理に笑顔をつくる。



「知ってるし、別に美術部員でもない。下履きを取りに来たんだ」


 素っ気なく答えると、黒斗は美術室内の探索を始めた。


 机の下や後ろのロッカーなどを馴れた手つきで探る黒斗を、玲二はキョトンとしたまま見つめている。




「お、あった」


 教壇きょうだんの下に隠してあった下履きを発見し、黒斗はやれやれと溜め息を吐いた。



「あ、あの……何で美術室に下履きが?」


「うちのクラスのバカが隠したんだ」


「ええーっ!? 先輩みたいな強い人でも、いじめられてるんですか!?」


 ひどく驚いた様子をみせる玲二に黒斗は「別に、いじめられてる訳じゃない」と、何でもないように答えるが、彼は疑うようにジト目で見つめてくる。



 しかし、これは嘘ではなく、本当のことだ。



 内河の“下履きを隠す”という行為は、黒斗が鈴と親しくなった頃から始まっているが、単に“下履きを隠す”だけなので、いじめかいじめではないかと聞かれれば、違うだろう。



 正しくは“恋敵への嫌がらせ”というべきか。



「……まあ、うざったいのは間違いないけどな」


 ポツリと呟かれた黒斗の言葉に、玲二は「いろいろ大変なんですね」と同情の目を向けた。



「ところで、お前は何をやってたんだ? 何かを描こうとしてたようだったが」


 突然、話題が自分のことになり、玲二がビクリと肩を強張らせる。



「あ……いやー、ちょっと画家さんになった気分を味わいたかっただけですよ」


「……絵を描くのが好きなのか?」


 大げさに手を振って、否定する玲二。



「とんでもない! オレ、絵心とか無いし芸術とかサッパリなんで!」



 にこやかに笑う玲二だが、黒斗は彼の嘘を見破っていた。


 死神である黒斗には、人間の魂の状態が手に取るように分かる。


 感情はもちろん、罪を犯した回数も黒斗にはお見通しなのだ。


 先程、震えていた時の玲二の魂は恐怖を感じていた。


 彼が感じた恐怖は、何が原因なのかは分からない。


 だが、玲二自身が話したがらない為、黒斗もそれ以上は聞かないようにする。



「……まあ、いい。じゃあな」


 下履きを持って美術室を後にしようとする黒斗だったが、不意に右腕をグイッと引っ張られる。



「あのっ! 待って下さい! お、お願いがあるんです!」


「お願い……?」


 渋々と振り向いた黒斗の目に映る玲二は、非常に真剣な表情をしていた。



「何だ? 言ってみろ」


「はい……」



 黒斗の右腕から手を離し、1、2歩ぐらい後ろに下がる。


 ゴクリと生唾を飲み込み、玲二は勢いよくお辞儀をした。



「お願いします!! オレを舎弟にして下さい!」





「…………」


「…………」



 長い長い沈黙が、美術室に舞い降りた。


 腕を組んで無表情のまま、玲二を見下ろす黒斗。


 頭を下げたまま動かない玲二。




「……今、何と?」


「オレを舎弟に……」


「聞こえなかったという意味じゃない」


 冷静にツッコミを入れると、黒斗は頭を抱えた。




「舎弟って何だ、舎弟って。どうしてそうなった」


 気持ちを落ち着かせようとするが、あまりにも予想外かつ突拍子なお願いに、さすがの黒斗も動揺を隠せない。


 一方、玲二は黒斗の気持ちも知らずに、瞳を輝かせて口を開いた。



「だって先輩、かっこいいし、ケンカ強いんですもん! オレ、先輩に憧れたんです!」


 興奮ぎみに言葉を続ける玲二。



「オレ、先輩みたいな強い人になりたいんです! だから お願いします! 舎弟にして下さい!」


 今度は床に膝をつき、土下座をして頼み込んできた。




(……面倒な事になってきたな……)


 腕を組んで最良の選択肢を思案する黒斗。


 これは断っても諦めずに何度でも頼み込んでくるパターンだろう。


 玲二と まともに話したのは今日が初めてではあるが、彼には意外と しつこい一面がある所を黒斗は薄々と感じていた。



 しばらく考えた後、適当に話を合わせてやることにして、重たい口を開く。




「わかった。好きにしろ」


「ほ、本当ですか!?」


 ガバッと顔を上げる玲二に頷く。



「あ、ありがとうございます!! じゃあ、明日から宜しくお願いしますね、兄貴!!」


 満面の笑みを浮かべながら、玲二はドタドタと騒がしく美術室を出ていった。




「……何で、俺のまわりには騒がしい奴しか居ないんだ……」


 深い溜め息を吐き、頭を抱える黒斗はグチるように呟くのだった。




******




 半ば強引に黒斗の舎弟となった玲二は、スキップでもしだしそうな軽い足取りで、とある場所へと向かった。


 住宅街にある、2階建ての一軒家に辿り着いた玲二はインターホンを鳴らす。


 小気味よいチャイム音が響いたあと、ドア越しから女性の声が聞こえてきた。



『はい、どちらさま?』


「佐々木です! 洋介(ようすけ)居ますか?」


『あら、玲二くん いらっしゃい。今開けるわ』


 ロックを外す音が聞こえた後、扉がゆっくりと開かれる。


 現れたのは泣きホクロが特徴的な、ショートヘアの主婦だ。



「洋介なら部屋に居るわ、どうぞ」


 主婦に促された玲二は、お辞儀をしながら家に上がる。



 勝手を知っている様子の玲二はスムーズに2階へと上がり、“洋介”と書かれた札が付いている扉の前に立ち、ノックをした。



「どうぞー」


 爽やかな声音が聞こえ、玲二は扉を開く。




「よーすけーっ!」


 いきなりハイテンションで部屋に入り込んだ玲二だが、部屋の主は特に驚いた様子もなく椅子に座ったままだ。



「聞いて聞いて! 今日、すっごく良いことがあったんだ!」


 荒い鼻息のまま、玲二は椅子に座っている少年へと近付いた。


 少年の足元には大きなキャンバスが置いてあり、デッサンの途中であろう絵が描かれている。



「へえ、何があったの?」


 振り向くことなく、少年はキャンバスを見つめたまま、鉛筆を持つ右足を器用に動かし、デッサンを続けている。



「あのね! 学校の先輩に、舎弟にしてもらえたんだ!」


 思わぬ言葉に少年の動きが止まり、勢いよく振り向いた。



「舎弟!? 良かったじゃないか玲二! やっと学校で相手にしてくれる人が出来たんだ!」


 バンザイのポーズでもしそうなテンションで、自分のことのように喜ぶ少年には両腕が無かった。



 少年の名前は三成(みなり) 洋介(ようすけ)


 玲二の親友であり、画家を目指して勉強中の少年だ。



「相手にしてくれる人って……何だよソレ~。まるでオレが学校で孤立してるみたいじゃん」


 洋介の言葉に、玲二はふてくされたように頬を膨らませる。



「アハハ、ごめん。だって玲二が同級生の話をしてくる時は、鞄を取られたーとか、パシられたーとか、そういうのばっかりだったからさ」


 ケラケラと笑う洋介に、玲二は何も言い返せない。


 その通りだからだ。


 能天気でノロマな玲二は、からかってくる相手こそ居るものの、仲が良い同級生や先輩は居なかったのである。



「ふふん、でもオレはもう“ぼっち”ってのじゃないよ! 強くてカッコいい兄貴が居るからね!」


 エヘン、と偉そうにのけ反る玲二に、洋介は苦笑する。




「そういえば洋介。今は何を描いてんの?」


 話題を変えて、床に置かれたキャンバスを見つめる玲二。



「エッフェル塔だよ。ほら、あそこに写真があるだろ」


 洋介が左足で示した方向を見やると、そこにはエッフェル塔の写真が入っている額縁が壁に飾られていた。



「ホントだ。この写真、どうしたの?」


有理(ゆうり)がフランスから送ってきてくれたんだ」


「えっ」


 有理という名を聞いた瞬間、玲二の顔から表情が消えた。



「アイツも絵の勉強、頑張ってるらしいよ。ボクも頑張らなきゃ」


 友のことを考え、笑顔を浮かべる洋介。



 だが玲二は無表情のまま立ち尽くしている。




 (まゆずみ) 有理(ゆうり)


 玲二と洋介の親友であり、昔はいつも3人でつるんでいた。


 今はフランスに留学中で、洋介同様、画家を目指している。




「……玲二? どうしたの、震えて」


「えっ」



 言われて初めて、玲二は自分が震えていることに気づいた。


 呼吸も、激しい運動をした後のように荒い。



「ご、ごめん洋介……オレ、今日は調子悪いから帰るよ!」


「えっ、大丈夫なのか」



 心配そうに見つめる洋介に「大丈夫」とだけ言って、玲二は逃げるように部屋から出ていった。




「どうしたんだろう……有理のこと話した途端に、様子がおかしくなったような……」



 後に残された洋介は、首を傾げるだけだった。




******




 翌日の朝



 外から鈴の部屋を見つめる黒斗。


 今日も窓のカーテンは閉められている。



(……今日も欠席、か)


 無言のまま踵を返し、学校へと向かう。




「あーにーきー!!」


 背後からやけにテンションの高い声が聞こえ、嫌な予感がした黒斗は素早く横に跳ぶ。



「ありゃっ!?」



 間抜けな声を出しながら、玲二は地面にヘッドスライディングした。




「避けるなんて酷いよー、挨拶しただけなのにー」


「タックルは挨拶に含まれません」


 冷ややかな反応をする黒斗だが、玲二はニコニコしたままだ。




「あのさ兄貴、今日ね、学校終わったら……」


「断る」


「まだ何も言ってないよ!?」


 座り込んだままの玲二を無視して、通り抜けようとする黒斗。



「待ってよー! オレ、舎弟なのに冷たくない!?」


「俺は甘やかさずに、ビシバシ鍛えるタイプなんだ」



 それらしいことを言う黒斗だが内心、関わりたくない気持ちで一杯だった。


 第一、昨日の舎弟うんぬんの話は半ばノリというか、勢いに負けただけである。


 適当にあしらっておけば、相手の方から離れていくだろうと考えて、冷たく厳しく接している。



「なるほど! 強くなる為には、やっぱりビシバシが一番だよね!」


 が、肝心の本人は鍛えてくれていると都合よく解釈しているようだ。




 ───ダメだコイツ……。




 ポジティブすぎる玲二に、頭が痛くなるような思いを抱く黒斗。


 どうやら面倒な相手を舎弟にしてしまったようだ。




「じゃあ、兄貴! 学校が終わってからねー!」


 手を振る玲二から、足早に遠ざかった。




******




 如月高校 2年A組 教室内



「……と、ここまでがテストに出る範囲だから、ちゃんと覚えておくように!」


 黒板に記された文字をチョークで示しながら、担任教師の佐々木が言う。


 担当科目である歴史の授業なので、佐々木は張り切った様子をみせる。



 そんな佐々木の授業を黒斗は聞き流し、ボンヤリと窓の外を横目で見る。



 丁度、グラウンドでは別のクラスが体育の授業を受けていた。


 男子と女子に別れてサッカーをしているようで、男子のグループの中に見覚えのある猫っ毛があった。



(……アイツ、佐々木じゃないか)


 他のクラスメートが素早く動きまわっている中、玲二だけは戸惑った様子で立ち止まったままだ。



(相変わらずどんくさいな……)




「コラ、月影くん! 聞いてるの!?」


 黒斗がよそ見をしていることに気づいた佐々木が注意するが、彼は外の観察に夢中で聞こえていない。



 グラウンドを見つめ続ける黒斗。


 さすがに動かなければヤバイと思ったのか、ようやく玲二が走り出した。




 だが――




(あ、マズイ)


 黒斗がそう思った刹那、玲二の顔面にサッカーボールがぶつかり、そのまま仰向けに倒れこんでしまった。




「ハア……バカだな……」


「誰がバカですって?」



 傍らから声が聞こえて そちらに視線を向けると、眉間にシワを寄せた佐々木が立っていた。



「何だ、いたのか」


「何だ、いたのか……じゃないわよ!! いつもいつも私の授業を聞き流して! バツとして、今日は多目に宿題を出すからね!」


 すっかりご立腹の佐々木は、言うだけ言って教壇に戻っていった。



「クスクス……」



 内河の笑い声を聞きつつ、黒斗は視線を黒板に戻した。

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