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デスサイズ  作者: LALA
Episode8 復讐
49/118

復讐8

 

 黒斗と恵太郎が死闘を繰り広げている頃、廃工場の前に1つの人影が立っていた。



(…………町外れの廃工場……ここで間違いない)


 グッと拳を握り締める人影の正体――それは玲二だった。



 昼、黒斗から大丈夫だとは言われたものの、黒斗と鈴が心配で堪らなかった玲二は、父に気付かれぬよう家を抜け出してきたのだ。




(うぅ……やっぱり、怖いなあ……)


 不気味な廃工場を前に、玲二の足がガクガクと震えだす。



 やはり死神――大神が居るであろう建物に入るには多少の躊躇(ちゅうちょ)がある。


 何しろ、下手をすれば一瞬で殺されてしまう可能性があるのだ。



 だが恐怖を感じはしても、やはり帰ろうという気には不思議となれなかった。



(……しっかりしろオレ! 鈴ちゃんは もっと怖い思いをしてるかもしれないんだぞっ!)


 (かつ)を入れるべく、頬をパンパンと強く叩く玲二。




(……出来ることなんか無いかもしれない…………でも……オレだって、少しでも2人の助けになりたい……!)


 今まで何度も助けてくれた黒斗と鈴。


 そんな2人の役に立ちたい、助けたいと優しくも強い思いを胸に、玲二は扉に手をかけた。




(行くぞっ!)


 勢いよく扉を開ける玲二。




 ――が、その思いとは裏腹に扉はビクともしない。





「あ、あれっ?」


 開かない扉を怪訝に思い、ならばと押したり引いたりしてみるが、扉は まるでセメントで固められているように全く開く気配は無かった。




 まさかの展開に、玲二の額から汗が滲みだす。


 扉を開けた瞬間に刃物で刺される、死神が目の前に立っている等、ホラー展開は予想していたが、入れないと言うのは予想外だった。



 せっかく覚悟を決めたというのに、これでは しまらない。



(……開いてる窓とか無いかな……)


 ピクリとも動かない扉を諦め、玲二は建物の周辺を回って忍び込めそうな窓を探す。


 しかし、どの窓も鍵が掛かっていたり、割れている面積が小さかったりで玲二が入り込めそうな窓は中々 見つからず、窓ガラスを割ろうにも雑草ばかりが生い茂る この辺りには小石1つすら落ちていない。



 こうなったらケガを覚悟して、素手で窓を叩き割ろうかと玲二が思い立った その時――




 ガシャアン




「ふわっ!?」


 けたたましい音が後方から聞こえて振り向くと、先程までヒビ1つ入っていなかった窓ガラスが粉々に砕け、破片がパラパラと雑草の上に散っていた。



「な、何で……?」


 怪訝に思いながら割れた窓を見上げる玲二。


 ガラスが粉々に砕けたお陰で、ここから中に入ることは出来る。


 だが、嫌な予感がする。



 まるで 罠に おびき寄せられているような嫌な予感が――




 しかし、ここで立ち止まっていても何も変わらない。


 ゴクリと唾を飲み、玲二は背伸びをして窓の枠に手をかけて よじ登り 中に入った。




 ******





 廃工場内




 電気が通っていない筈なのに、工場中の照明が ついていて明るいことを妙に思いながらも玲二は黒斗や鈴を探して、1人探索をしていく。



 扉を見つける度に開いて中を確認していくも、なかなか2人の姿は無く、不安ばかりが募っていく。



 既に殺されているのでは――そんな考えが浮かぶが、首を振って不吉な予想を脳内から消し去る。



(兄貴は必ず鈴ちゃんと生きて戻るって言った……だから死んでる訳ないよ!)


 黒斗の言葉を信じ、しっかりとした足取りで工場内を進んでいく玲二。




 通路の突き当たりにある扉を開き、中の様子を覗き見る。


 すると、玲二の表情が一瞬の内に驚愕へと変わった。




「鈴ちゃんっ!?」


 バンッ、と扉を勢いよく開けて部屋へと踏み込む玲二。



 彼の視線の先にあるもの――それは、大型プレス機に横たわる鈴の姿だった。



「鈴ちゃんっ! 鈴ちゃん!!」


 必死に呼びかける玲二だが、彼女は意識が無いようで、目を閉じたまま動かない。


 そんな彼女を潰すべく、無情なプレートがゆっくりと迫っていく。




「今、行くよっ!」


 慌てて鈴の元へと駆け寄ろうとする玲二。



 だが、彼女に手が届く あと一歩という所で硬い何かに額を(したた)かにぶつけ、反動で尻餅をついてしまう。




「イッタア……」


 ズキンズキンと鈍く痛む額を押さえながら立ち上がり、何かとぶつかった場所に片手を伸ばす。



 すると指先が硬質な何かに触れ、玲二は見えない壁のようなものが鈴に近づくことを(はば)んでいるのを理解した。




(これも、大神さんの仕業……!? このままだと、鈴ちゃんが……!)


 プレートと鈴の距離は まだ離れてはいるが、このままでは やがて彼女は潰されて死んでしまう。


 だが助けようにも、見えない壁の妨害で どうすることも出来ない。




 近づきたいのに近づけない状況に歯噛みをする玲二。




(…………お、落ち着けっ! 考えるんだ……鈴ちゃんを助ける方法を……!)


 焦るばかりの心を落ち着かせるように こめかみへ指を当て、目を閉じて最良の案を考える。



(機械を操作して止めようにも、近づけない…………なら、どうやって止める?)


 あまり出来の良くない頭をフル回転させて、必死に考える。




(電源…………電気…………落とす…………!)


 ある案が思い浮かび、玲二は思わず手を叩いた。



「機械を動かしてる電気を遮断すれば……ブレーカーを落とせば、プレス機も止まるかもしれない!」


 興奮のあまり、考えを吐露(とろ)する玲二。



 彼は工場の仕組みや電気関係に詳しい訳では無いので、必ず この案が上手くいくとは限らないと自負はしている。


 だが、ここで何もせず指を加えて鈴が潰されるのを見ているよりは行動を起こした方が良いに決まっている。




「……待っててね鈴ちゃん! 絶対に助けるからっ!」


 気を失っているままの鈴に声をかけると、玲二は駆け足で部屋を出ていった。




 ******




 一方、その頃




 黒斗と恵太郎の互いに一歩も譲らない戦いは、熾烈(しれつ)を極めていた。



 黒斗は魔力こそ封印されているものの、懐中電灯のように強い光を浴びせられている訳では無いので、身体能力の弱体化は そこまで無く、装置で肉体を強化している恵太郎と互角に渡り合っていた。


 だが受けた傷が回復しないのは やはり厳しく、傷を負う度に彼の動きは鈍くなっていく。




「ハハハッ! いい加減に諦めろっての!」


「…………黙れ」


 攻撃の手を止めて笑いだす恵太郎に、右拳を振りかぶって接近する黒斗。


 恵太郎が攻撃をかわそうと動き出すのを見て、意表を突くべくハイキックを繰り出した。



「ぐっ」


 不意打ちを食らい、後ずさる恵太郎に更なる追い打ちをかけようと続けて回し蹴りを繰り出す。


 しかし恵太郎は素早く体勢を立て直し、顔の前にクロスさせた腕を構えて黒斗の左足を受け止めた。



「くっ……!」


 黒斗は左足に力を込め、恵太郎はそれを弾こうと腕に力を込める。



 長く続いていた競り合いは、渾身の力で恵太郎の防御を崩した黒斗に軍配があがり、よろめく恵太郎の腹に正拳突きを食らわせた。



「がはっ……」


 強烈な一撃を受けた恵太郎が苦しそうに踞るのを黒斗は確認し、一気に接近して拳を振りかぶる。



 だが、拳が 振り下ろされる直前に恵太郎の姿が一瞬にして消えてしまう。




(何処だ……!?)


 周囲を見渡して恵太郎の姿を探す黒斗。



 不意に背後から殺気を感じて振り向くと、恵太郎の姿があった。



(しまった、背後か!)


 振り返って身構えるも時すでに遅く、猛スピードで接近してきた恵太郎が黒斗の首を掴んで壁へと勢いよく叩きつける。


 そして彼は間髪入れずに、ベルトポーチから切っ先が鋭く長いナイフを取り出し、黒斗の両手に突き刺した。



「ああぁっ!!」


 ナイフが皮膚と骨を突き抜ける激痛に、苦痛の声をあげる黒斗。


 刺されている鋭いナイフは手のひらを貫通して後ろの壁に刺さっており、黒斗を縫いつけるような状態となっている。


 手のひらの傷口から漏れた血がダラダラと流れ出て黒斗の手を赤く染め、床に歪な形の小さな血溜まりを広げていく。


 生ぬるい血が手を濡らしていく感触が気持ち悪いが、拭うことも出来ない。




「アヒャヒャヒャ!! 無様な格好だなあ、オイ!」


 大口を開けて笑う恵太郎は身動きがとれない黒斗から離れると、足のホルスターから巡査を殺して奪った拳銃を取り出し、発砲した。



「ぐぁっ……!」


 銃声と共に黒斗の右肩から鮮血が飛び散り、傷口から止めどなく血が溢れだす。




「どんな気分よ?」


 ニヤニヤ笑いながら恵太郎は発砲を続け、肩や腕、大腿(だいたい)等、わざと急所を外して黒斗が苦しむ様子を見て楽しむ。




(…………ナイフさえ、どうにか出来れば……!)


 手に刺さっているナイフを忌々しそうに見やる黒斗。


 この状況を打開するべく、必死に思考を張り巡らせる。



 しかし痛みと焦りのせいか、考えが上手く纏まらず何も思い浮かばない。




「まだまだ終わらないぜぇ?」


 恵太郎は黒斗の右足の付け根に弾丸を撃ち込むと、手にしていた拳銃を床に投げ捨てて、ナイフを片手に 歩み寄ってきた。




「お前が俺の右足を切り取った時はさあ、マジで痛かったぜ……死ぬかと思うような激痛……いっそ一思いに殺してくれと思ったよ」



 黒斗の前に立つと、恵太郎は手に持つナイフの刀身を舐め、撃たれて出血している黒斗の右足に視線を落とす。




「どれだけ俺が痛みに苦しんだか……お前は分からねえだろ?」


「…………」


 獲物を狙う蛇のような舐め回す目に屈することなく、負けじと黒斗も恵太郎を射抜くように睨みつける。


 そんな黒斗の反応に満足したように恵太郎は笑うと、ナイフを大きく振りかぶり、そして勢いよく黒斗の右足に突き刺した。




「ぅあああああああああっ!!」


 我慢しきれない痛みに黒斗が悲鳴をあげる。



 耳を塞ぎたくなるような苦痛の声に恵太郎は動じることなく、片膝をつくと彼の右足にある傷口にナイフの切っ先を捻じ込んだ。


 ナイフで強引に広げられた傷口の穴からは どろりとした赤黒い血が溢れ出し、飛び散った血液が恵太郎の顔や身体、手を赤く染めていく。




「ウヒャヒャヒャ!! どうだあ!? いってーだろ!? 俺の受けた痛み……思い知らせてやるよっ!!」


 返り血に染まった顔で醜悪(しゅうあく)な笑みを浮かべながら、恵太郎は黒斗の傷口を抉っていく。



 グチュグチュと音をたてながら血が噴き出す。


 皮膚を千切られ肉を切り裂かれる激痛に、黒斗は呻き声をあげながら耐える。




「おっ、良いもん見っけ!」


 狂気に満ちた笑顔で無邪気に言うと、恵太郎は突き刺しているナイフを捻り、傷口に指先を突っ込んで何かを取り出した。




「ほら、さっきの弾丸! 摘出してやったんだから、ありがたく思えよな!」


 血が滴り落ちる弾を黒斗の眼前に持ってきて見せつけると、その弾を床に投げ捨て、さらにナイフを深く刺していく。




「ぐ、ぁっ……」


 薄くなった皮膚が生々しい音と共に裂かれ、苦悶の表情を浮かべる黒斗。




「しかし、弱っちいなあ。確か……失敗作なんだっけ?」


「………………」


「死神には本来 感情が無い筈なのに、お前には感情がある。だから弱いんだろ? 大神が そう言ってたぞ」


 ケラケラ笑う恵太郎の言葉に、黒斗は唇を噛み締めたまま何も答えない。




 確かに黒斗の力が弱いのは、生来の能力が低いのもあるが、一番は“感情”のせいだ。



 死神が司るのは“死”。


 “死”とは“無”。



 無の属性を持つ“死”を司る死神は、無感情だからこそ力を発揮できる。



 だから本来、死神は感情を――心を持たない。



 しかし、時折いるのだ。黒斗のように心を持つ失敗作が。



 死神にはプラスの感情もマイナスの感情も、“無”を妨げる障害でしかない。




(……心は、不必要……)


 痛みで朦朧(もうろう)とする黒斗の脳裏に、数百年も昔の記憶が過る。




 “無価値なる存在”


 “脆弱(ぜいじゃく)で、何の役にも立たん”


 “お前が息子か……何と嘆かわしい”




 “貴様のような欠陥品は、存在価値も無ければ何も出来ない無能だ”




 心が あるから捨てられた。


 心が あるから苦しんだ。


 心が あるから強くなれない。




 不必要なモノ。


 だけど、捨てろと言われて簡単に捨てられれば苦労はしていない。


 捨てられるのなら、とうの昔に捨てている。




(…………何も、出来ない……心が あるから……誰も……守れない、のか……?)


 目の前で死んだ何よりも大切だった人。


 守りたかった、失いたくなかった。



 だけど、失ってしまった。


 自分の力不足のせいで。


 そして今度は、鈴を失ってしまうのか。




 黙ったまま何も言わない黒斗を上目使いで見つめ、恵太郎は口角を吊り上げる。



「お前って、中途半端な奴だよなあ。死神として生きるには心が邪魔をして、人間として生きるには死神の体が邪魔をする。


  死神にも人間にもなれない……弱くて どっちつかずで半端な存在……ケケッ……こんなんじゃ、橘を救うなんて夢のまた夢だなあ」


 鈴の名前を聞いて、朦朧(もうろう)としていた黒斗の意識が覚醒する。



(……今は、心だとか悩んでる場合じゃ、ない……! 橘を……助けに来たんだろうが……!)



 自分を見つめる恵太郎を、射抜くような目で睨みつけると、彼は目を逸らして面倒くさそうに 溜め息を吐いた。




「あのさあ、こんな圧倒的に不利な状況なのに諦めてないとかバカじゃねーの?」


「……約束、したからな……必ず橘を無事に連れ戻す、と……」


「わー、泣けるわー。素晴らしき友情~。……アホかと」



 恵太郎は、突き刺していたナイフを勢いよく引き抜いた。



「うぁっ……」


 傷口から大量に血が溢れ、瞬時に黒斗のズボンや足元の床を赤く彩る。




「ハハハハ……カッコつけてる場合かよ……なーにが約束だよ」


 血液で どす黒く染まっているナイフの刀身を恵太郎は、目を細めながらベチャベチャと舐めまわし始める。



 刀身に付着している血液を舐め回した後、滴っている血をズズッと汁のように飲み干すと黒斗を見て笑い、あまりの醜悪さに黒斗は薄ら寒さを感じた。




「約束……守れなくて残念だなあ……ヒッヒッヒ……」


 片膝をついていた恵太郎は ゆらりと立ち上がると、唾液と血で汚れたナイフを大きく振りかぶった。







「やめろーーーーっ!!」


 不意に制止の声が聞こえ、恵太郎の動きがピタリと止まる。



「あぁん?」


 気だるそうに振り返る恵太郎。


 一方、黒斗は驚愕の表情を浮かべている。




「あ……兄貴から、離れろっ!」


 黒斗と恵太郎の視線の先に居たのは、目に涙を溜めながら拳銃を恵太郎に向ける玲二だった。


 ちなみに彼が持っている拳銃は、先程 恵太郎が投げ捨てた物である。




「何なんだよー、お前はー」


「お、オレは……兄貴の……月影 黒斗の舎弟だよっ!!」


 震え声で紡がれた玲二の言葉に、ポカンと口を開ける恵太郎。


 数秒 経って恵太郎は黒斗と玲二を交互に見やると、腹を抱えて笑いだした。



「アハハ!! お前が橘の言ってた舎弟とやらか!! 見るからに頼りなさそうな野郎だな、オイ!」


「なっ、何をー!」


 バカにされた玲二は拳銃を持つ手に力を込めるが、その腕や足はガタガタと大きく震えている。




「無理すんなっての! 全身ガクブルじゃねえか、このヘタレが! ギャハハハハ!」


「うぅ……」


 恵太郎の言う通り、手の震えに呼応して銃口も揺れ 狙いが全く定まっていない。


 そんな玲二に、黒斗は険しい表情を浮かべながら声をかける。



「このバカがっ……何で来た!? さっさと逃げろ!」


「ヒッ……だ、だって……オレだって、兄貴や鈴ちゃんを助けたくて……」


 怒鳴られた玲二の肩がビクリと跳ね、目に溜まっていた涙が一筋 零れ落ちる。




「逃げろ? バカじゃねえの、お前……逃がす訳ないだろーが、ヒャハハハ!」


 そう言って恵太郎は、ゆっくりと玲二に近づいていく。


 近づいてくる血まみれの恵太郎に怯える玲二の身体が さらに大きく震えるが、恐怖のあまり その場に立っているまま動けないようだ。



「やめろ竹長! ソイツに手を出すな!!」


 必死に叫ぶ黒斗だが恵太郎が従う訳もなく、一歩、また一歩と玲二に距離が近づく。



「クソッ……!」


 身体を動かそうとするも、手に刺さっているナイフが抜ける気配は無く、力を込めたせいか出血の量が増える始末である。




 ──また、目の前で失うのか?



 ──また、何も出来ないのか?




 焦燥感に駆られる黒斗。


 気持ちばかりが焦り、心臓がドクドクと脈うつ速度が増していく。



(アイツの母親だけじゃなく、息子まで俺のせいで死なせるのか……!?)


 佐々木が死に様に発した言葉が脳裏で再生される。




 “…………れい、じ……あのこ、を、おねが……い、ね…………わたしは、もう……まもっ、て、あげられ……ないか……ら…………おね、がい……”




 死神だと分かって尚、彼を庇い、自分の代わりに息子を頼むと、そう言って息を引き取った佐々木。


 それなのに今 自分の目の前で彼女の息子が殺されようとしている。




 ──守れない


 ──助けられない




 全身から血の気が引いていくのが分かった。



「頼む、佐々木…………逃げてくれ…………」


 絞り出された声は か細く、声を発した黒斗自身にも聞き取れなかった。




「…………兄貴…………」


 不意に呼ばれ、俯いていた顔を上げる。




「……オレ、大丈夫、だから……!」


 涙を流しているせいで、声の震えが増して涙声となっている玲二。


 そんな彼の様子は見るからに“大丈夫”ではなく、黒斗を安心させるどころか、かえって不安にさせる。




「何が大丈夫だ……頼むから、逃げてくれ……!」


「大丈夫だよっ! オレは……兄貴に、守られるだけの存在じゃないんだ!」


 震える身体で胸を張って答えた玲二に、黒斗は目を丸くした。




「守られて、助けられて……そうやって甘えてばかりはダメだ…………オレは舎弟なんだよ? 兄貴に頼るばかりじゃない……


  お互いに助け合える、頼られる……そんな、平等な関係になりたいんだ……!」


 そう言い切ると玲二の身体の震えは小さくなり、涙を流しながらも鋭い目で恵太郎を睨んだ。



「……はいはい、感動的な場面ですねえ。麗しき師弟愛ってヤツ? ヒャハハハ、泣けるぜ」


 わざとらしく目元を覆って泣き真似をする恵太郎。



「ば、バカにしないでよ! それ以上 近づいたら撃つぞ!」


 凄む玲二だが、恵太郎は全く動じず それどころか嘲るように見下ろしている。




「お前みたいな弱虫が人を撃てる訳ないだろ? 虚勢を張るのは やめとけよ」


「撃てるよ……! 兄貴を助ける為だったら!」



 恵太郎の頭に銃口を向け、引き金に指をかけた。




(…………魂に迷いが見られない……コイツは……本当に、撃つ……!)



 恵太郎は玲二を(あなど)っているせいか、彼の殺気に気付いていない。


 だが黒斗は、決意を秘めた瞳と淀みなく紡がれる言葉から玲二の覚悟を感じとっていた。


 いくら黒斗が制止の言葉を かけようとも、玲二は「兄貴を助けたいんだ」と言って きかないだろう。




 確かに玲二は強くなったようだ。


 だが、黒斗が彼に求めていたのは簡単に人を殺すような強さじゃない。




 彼の綺麗な手を、血で汚す訳には いかないのだ。




 しかし、このままでは玲二は恵太郎に殺されてしまうし、鈴の身も危ない。


 今 頼れる相手は彼しか居ないのも確かだ。



 玲二に銃を撃たせることは心苦しかったが、命が懸かっている状況だ、こうなっては仕方ない。



 意を決して、黒斗は ゆっくりと口を開いた。




「佐々木……」


「は、はいっ?」


 いきなり声をかけられて驚いたのか、玲二の声が裏返る。




「……狙うなら右足だ……いいな?」


「えっ!? で、でも右足じゃ致命傷には……」


「何が致命傷だ! 正当防衛とは言え人殺しになりたいのか!? つべこべ言わずに右足を撃て!!」


 黒斗の勢いに圧倒され、玲二は銃口を恵太郎の頭から右足に向ける。


 だが、立ち止まっていた恵太郎が素早い動きで玲二へ急接近してきた。



「死んじまえ!!」


「う、うわあああああ!!」


 咄嗟に玲二は目を閉じ、そして引き金をひいた。




 ダーンッ




「ぎゃああああああぁぁあぁっ!!」


 銃声のすぐ後に、恵太郎のけたたましい悲鳴が響き、彼は勢いよく床に倒れ込んだ。



「ひぎっ、ぎいいぃぃ……!」


 血走った目を大きく見開き、膝を押さえながら床をのたうち回る恵太郎。


 膝を押さえる指の隙間からは、歪な形の穴からドロドロとした血を溢れ出す目玉が見える。



 玲二が撃った銃は恵太郎の右膝に命中し、その右膝に付いていた不気味な目玉に命中したようだ。


 弾丸を撃ち込まれた目玉は破れて血を噴き出し、白目の部分まで赤く変色している。



 右足を撃たれて ここまで痛がると思っていなかった玲二は あんぐりと口を開けるが、逆に黒斗は予想通りと言わんばかりに得意気な表情だ。



(偶然にも目玉に当たって助かった……あれで少しは洗脳も弱まっただろう)



 パーツの弱点は、所々に付いている あの目玉。


 目玉を潰せばパーツの力は弱まり、洗脳も弱まるのだが防衛意識が強く、先程の戦闘で黒斗は何度も狙っていたのだが、結局1つも潰せていなかった。



 今の一撃が命中したのは、恵太郎が玲二を甘く見ていた お陰である。



「佐々木……こっちに来てくれ……」


「分かった……」


 未だに呻き声をあげて苦しむ恵太郎に注意しながら、玲二は黒斗の側に駆け寄っていく。




「っ……」


 だが、彼の姿を間近で見た途端、玲二は息を呑んで足を止めた。



 恐らく、全身血まみれの黒斗に愕然(がくぜん)としたのだろう。


 黒斗が出血していることは遠目でも分かっていたが、やはり間近で生々しい傷を改めてハッキリ見るのは中々にキツい。



 右足の皮膚の破れ目から見える赤黒い肉と血が付着している骨。


 胴体と右足を弱々しく繋ぐ、薄くなった皮。


 辺りに充満する鉄の匂い。



 作り物である映画とは まるで違う本物の、現実の残酷な光景。



 それを目の前で見た玲二の身体が震えだす。




「……悪いが震えている暇は無い……俺の手に刺さっているナイフを引き抜いてくれ」


「ええっ!? で、でも……刺さってる物を抜くと大量出血で死んじゃうとか何とか聞いたけど……」


「……いいから抜いてくれ。このまま身動きとれずに殺されるよりはマシだ」



 ぶっきらぼうな黒斗の言葉に玲二は躊躇いながらも頷き、彼の言う通りに刺さっているナイフへ手をかける。



「…………痛い、だろうけど……我慢してね……!」


 そう呟くと玲二は目を固く閉じて、右手に刺さっているナイフを引き抜き始めた。


 しかし壁に刺さっている為に、中々 抜けない。




「ぎ、ひっ……このっ……小賢しいっ!」


 玲二がナイフを引き抜こうとしていることに気づいた恵太郎が、彼を睨みつけながら這いずってくる。


 まだダメージが回復していないようで、立ち上がることが出来ないようだ。



「く、うぅ……!」


 畑の大根を引き抜いているように力を込める玲二。


 (りき)んでいるせいか、その顔はトマトのように真っ赤になっている。



 だが、その甲斐もあってナイフはズルッと音を立てて動きだし、そのまま一気に引き抜かれた。




「っうぁ……!」


 ナイフが引き抜かれると同時に傷口から脳の先まで鈍い痛みがはしり、フタとなっていたナイフが無くなったことで血が堰を切ったようにボタボタと零れ出す。


 だが痛みに呻いている暇は無い。


 黒斗は唇を噛んで激痛に耐え、自由になった右手で左手に刺さっているナイフに手をかけて自ら引き抜いた。



「くっ……ふぅ……!」


 堪えきれない激しい痛みに悲鳴をあげそうになるが、必死に唇を噛んで声を押さえる。


 血糊でベタつくナイフを投げ捨てると、黒斗は力尽きたように膝をついて座り込んだ。




「ハーッ、ハァッ……ハア……」


 額に脂汗を滲ませながら、苦しそうに浅い呼吸を繰り返す黒斗を玲二が真っ青な顔をしながら支える。



「あ、兄貴っ……!」


「だい……じょうぶ、だ……心配、ない……」


「心配ないって……こんな状態で心配しない訳ないじゃないですかっ!」


 今にも泣きそうな顔で叫ぶ玲二。


 実際、全身血まみれで傷だらけの黒斗は どこからどう見ても心配の要素しかない。


 丈夫な身体を持つ死神だからこそ生き延びているが、普通の人間ならば失血死、もしくはショック死しているだろう。




「……俺のことより…………橘だ……今、こうしている間にも、アイツの身に危険が、迫ってるかもしれない……」


「鈴ちゃんなら見つけたよ! 何かデカいプレス機にかけられてて、潰されちゃいそうなんだっ! でも、見えない壁みたいなのが邪魔をして助けられないんだ……!」


「なにっ……!?」


 泣きながら玲二が言った言葉に、黒斗は舌打ちをする。

 


(やはり、大神の小細工をどうにかする方が最優先か……電気さえ止めれば俺もデスサイズが使えるし、橘の危機も一先(ひとま)ずは去る……!)


 作戦を立てた黒斗は、傍らに立つ玲二へ顔を向ける。




「佐々木……頼みがある」


「頼み……何ですか?」


 面と向かっての頼み事に緊張しているのか、玲二は背筋を伸ばして肩を強張らせた。




「……この工場には電気が通っていない……それなのに照明が点いていたり、プレス機が作動していたりするのは、大神が何らかの小細工をしたからだと思う」


「う、うん……」


「だから、お前には その小細工を見つけだし、それを止めてほしい。そうすれば工場内の電気は消え、プレス機も止まるだろう」


「……待って……兄貴は……兄貴は どうするつもりなの?」


「お前が電気を止めるまで、何とか持ちこたえる」


 さも当然のように黒斗が言い切ると、玲二は黒斗を凝視した後、勢いよく首を横に振った。



「そんなのダメだよ、死んじゃうよっ!! 兄貴もオレと一緒に行こうよ!」


「俺は右足に重傷を負っている……こんな足じゃ まともに歩けない。却って足手まといになるだけだ」




 そう言って黒斗は肉が抉られ、皮膚が破れている右足の付け根を指さした。


 仮に玲二が肩を貸して一緒に行動したとしても、移動速度は格段に遅くなり、万が一 大神と遭遇したら今の自分には対処が出来ない。


 玲二1人ならば何とかなるかもしれないが、ろくに歩けもしない黒斗が居ては逃げられるものも逃げられない。




 黒斗が諭すように言うと、玲二は首を縦には振らなかったが彼の言葉が最もなことは理解しているようだった。


 だが、それでも腑に落ちないような表情をしているのは黒斗を置いていくことに抵抗があるからか、それとも1人で行くことに不安があるからか。




「……でも、兄貴……もし、間に合わなかったら……? オレなんかに……上手くやれるの……? 自信ないよ……」


 大粒の涙をポロポロと零し、俯きながら呟く玲二。



 そんな彼の頼りない様子を見た黒斗の表情が緩み、思わず吹き出してしまう。


 この緊迫した状況で いきなり笑った黒斗に驚いた玲二が顔を上げると、人指し指で額を つつかれた。



「一皮剥けても卑下(ひげ)するのだけは治ってないな……。いいか、俺はお前を信頼して全てを託しているんだぞ?


  お前“なんか”じゃなく、お前だからこそ俺は信頼しているんだ」


「……!」


 涙で濡れた瞳を大きく見開く玲二。




 ──オレなんかじゃなく、オレだから……



 ──他の誰でも無いオレだから兄貴は信頼してくれている……




 信頼して、初めて頼ってくれた黒斗。


 そんな彼の信頼を裏切る訳にはいかない。




「…………分かったよ…………オレ、やるよ……!」


「ああ、頼んだぞ」


 黒斗と微笑みあうと玲二は立ち上がり、しっかりとした足取りで歩きだす。




「……兄貴も……絶対に死なないでね」


「…………言われるまでもない」


 振り向くことなく呟かれた言葉を黒斗が軽口で返すと、玲二は駆け出し広場を後にした。




「頼んだぞ……佐々木」


 玲二の姿を見送ると黒斗は片足で立ち上がり、右足を引き摺りながら、苦しむ恵太郎へと近づいていく。



「つきかげえぇ……!」


 地の底から沸き上がるような恨みがましい声を出し、鋭い眼光を向ける恵太郎を冷めた目で見下ろす黒斗。



「……互いに右足がイカれちまった所で、第2ラウンドといこうか……」




 再び、戦いの火蓋が切って落とされた。

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