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デスサイズ  作者: LALA
Episode8 復讐
45/118

復讐4

 


 如月高校 1年E組




「おっはよー!」


 明るい気分で教室の扉を開けた玲二。




 しかし教室から何とも言えない負のオーラが漂っているのを感じ、教室の後ろの方で人だかりが出来ているのを見て(いぶか)しく思った玲二は恐る恐る、人だかりに近寄った。




「……!」


 人だかりが注目している光景を目の当たりにした玲二は、己の目を疑った。




「うあああああ!! やめ、やめてくれっ!」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」


「た、頼むから……やめてくれよお……」




 人だかりの中心に居たのは、それぞれ腕をガッシリと掴まれて身体をホールドされながら叫ぶ雅也・信男・秀の3人。


 そして彼らの前に立ち、ニヤニヤと笑っている坊主頭と栗色の髪の男子生徒。


 この2人はゴム手袋を嵌めた手で、犬のフンとゴキブリの死骸をそれぞれ持っていた。




 この状況が何を意味するか――今 来たばかりの玲二でも理解できた。



 坊主頭が大声を出している信男の口を掴み、無理やり開ける。



「信男っ! 信男ーっ!!」


「やめて、やめてっ!! お願いします、やめてください!!」



 雅也と秀が必死に叫ぶが、坊主頭は聞こえていないかのように信男の口を右手で強引に開かせる。


 無理に広げているせいか、信男の唇がひび割れている場所や口の端から血が滲み、目からは生理的な涙が流れる。



 必死に身体を動かして抵抗しようとする信男だが、彼をホールドしている男子生徒の力は強く、抵抗は何の意味もなさなかった。




 そして、そんな彼の口に、坊主頭が持っていたゴキブリの死骸が突っ込まれた。




「っ!! ~ッ!!」


 口にゴキブリの死骸を入れられた信男が血走った目で必死に暴れるも、逃れられない。




「ほらほら食えよ! ゴキブリを食べる国だってあるんだぞ? だからゴキブリは れっきとした食い物なんだよ!」


 坊主頭が言うと、まわりで見ている生徒達が笑いながら手拍子を始め、その手拍子のリズムに合わせて「食~べろっ!」と煽り始めた。




「っ、っ、っ」


 手とゴキブリを突っ込まれている信男の口の隙間から嘔吐物が漏れ、坊主頭が慌てて手を抜いた。




「ヴォォオエッ!! げっ、グッ、ゲヘッ!!」


 ゴキブリと胃の中にある消化途中の米粒や野菜が混じった汚物を吐き出す信男。



 目からは涙、鼻と口からは嘔吐物が漏れる彼の頭を坊主頭が叩く。



「きったねえなあ! このブタがよお!」


「ギャハハハハ!!」



 笑う生徒達。



 人だかりに混じっていない数人の生徒は、その光景を見ようともせず、自分は関係ないとばかりに席について授業の準備を進めている。




「…………いい加減にしなよっ!!」


 残酷で醜悪な一部始終を見ていた玲二が大声をあげると、教室中の生徒が彼に注目した。




「おー、佐々木じゃん。丁度良かったわー」


「ち、丁度……?」


 ニコニコ笑いながら近寄ってくる坊主頭と栗色の髪の男子生徒を、眉間にシワを寄せて見つめる玲二。




「俺達さ、今 錦織達に『オシオキ』してやってたんだよ」


「オシオキ……?」


「そう。今まで散々ワガママ放題、やりたい放題やってきたコイツら……」



 ケラケラと笑いながら坊主頭が雅也達を見ると、彼らの身体がガタガタ震え出した。



 そして坊主頭は踞って咳き込んでいる信男に近づき、頭を掴むと


「悪いことした奴には ちゃんとオシオキしないとダメなんだぜ……こんな風になっ!!」


 床に吐き出された汚物に押しつけた。



「ゲッ、ヴオエッ!!」


「アハハハハ!!」


 苦しみもがく信男を笑う坊主頭。


 そして、それを映画やアニメでも観ているように指を差しながら笑う生徒達。




 ─狂っている




 人を人とも思わない行為。


 まるでオモチャで遊んでいる幼児のように、無邪気に笑う者達。



 一番 恐ろしいのは、この行為を遊びだとしか認識していないことだ。


 悪意すらない彼らには、ただ狂気しか無い。



 その狂気が玲二には何よりも恐ろしかった。




「やめてよ…………もうやめてよっ!!」


 涙目になりながら玲二は坊主頭の肩を掴み、思いきり引いた。


 いきなり身体を引っ張られた坊主頭は しりもちをついた状態で玲二に引きずられる。




「ふ、ぐっ……げへっ、ううぅ…………」


 顔を汚物で汚した信男が泣き出す。



「なんだよ佐々木! 何で邪魔するんだよ!」


「だって……こんなの おかしいよ! こんなことして何が楽しいんだよ!」


 睨みつけて文句を言ってくる坊主頭に怯むことなく、玲二は しっかりと彼の目を見て言葉を発した。



 睨みあう玲二と坊主頭。



 そんな2人の様子を見ていた栗色の髪の生徒は、「ああ、そうかあ」と何かを理解したように頷き、玲二の隣に立った。




「そうだよな、一番 腹が立ってるのは佐々木だもんな。気が利かなくて悪かったよ」


「な、何を言ってんの?」



 栗色の髪の生徒が言っていることを理解できない玲二は訝しげな顔をしながら首を傾げる。


 すると栗色の髪の生徒は、持っていた犬のフンを坊主頭に手渡し、装着していたゴム手袋を外して玲二に突き出した。




「やらせてやるよ佐々木。思う存分 仕返ししちまえ」



 その言葉を聞いた刹那、玲二の心臓の鼓動が劇的に早くなった。




「お前、この3人に散々 酷いめにあわされたじゃん。犬のクソを机に入れられたりさ……だから、今が仕返しのチャンスだぜ。犬のクソを食わせちまえ」


「…………そんな、こと……オレは…………」


 裏返っている声で呟かれた言葉は、最後まで紡がれることなく消え入った。




 ドクンドクンと やかましく鳴り響く心臓。


 その心臓に呼応するように急激に高まる体温。


 緊張のせいか、頭の中に熱がこもる。




 ─今がチャンス……




 心の奥に住む、残酷な自分が顔を出す。




 ─何を迷うことがある? 奴らが許せないんだろ?




「やられたら倍にして仕返しすればいいだろ」



 心の中と目の前に居る2人の悪魔が(ささや)く。




『「今が復讐の時だ」』



 2人の悪魔が同時に言った。




「……………………」


 無言のまま玲二はゴム手袋を受けとる。


 それを見て満足そうに笑う栗色の生徒。


 恐怖を顔に張りつける雅也達。




 手に持つ汚れたゴム手袋を見つめた後、玲二は――




「オレは…………復讐なんか しない」


 それを投げ捨てた。




「ハア……?」


 まるで理解できないといった表情を浮かべる周囲の生徒達。


 雅也達もまた、目を大きく見開いて玲二をジッと見つめる。



 瞬きすらしない雅也達の顔には「どうして」と疑問の色が見えた。




 クラス中からの視線を集めながら玲二はソッと目を閉じ、未だに激しく鼓動する心臓を落ち着かせるべく深呼吸を繰り返す。



 そうしている間に心臓の動きは少し静まり、頭にこもっていた熱も逃げ、上がっていた体温も下がる。



 ゆっくり瞼を開くと、肩に誰かの手が乗せられている感覚がした。


 実際には誰も玲二の肩に触れていなかったが、確かに誰かの温かい手の感触があり、その温もりに玲二は勇気づけられる。




「あのさあ、良い子ちゃん振るのは やめろよな。お前、コイツらから何をされたか忘れたのか?」


「忘れてなんかいないよ。今だって……許せないと思ってる」


 坊主頭の言葉に、玲二は淀みなく答える。



「だったら、やり返せばいいじゃん! お前が味わった苦しみの分だけ仕返しすればいいじゃん! なあ皆!?」



 大袈裟に手を広げて同意を得ようとする坊主頭。


 すると、まわりで見ていた数人の生徒達が拳を振り上げて「おーっ!」と彼の考えに賛同した。



「やれっ、やれっ!」


「倍返しイケー!」



 スポーツ観戦をしている観客のようにヤジを飛ばす生徒達。



 教室中が喧騒に包まれ、誰もが感情を高ぶらせている中、玲二だけが落ち着いている。




「…………苦しみを味わったからこそ……誰にもオレと同じ思いをさせたくないんだ。例え、それが憎い相手でも」


 玲二が言い終わると、喧騒が止んだ。




「……綺麗事だとか偽善だとか言われるかもしれないけど……オレは自分がされたからって相手に同じことは したくない」


「……ふん、そんなの意気地無しの考えだ。バレたり、酷いめに合わせたりするのが怖いだけだろ? だから お前は弱者なんだ」


「人の心を傷つけるって、そんなに偉いことなの? 誰かを貶めることが出来るのが強者なの?」



 坊主頭達が一瞬 言葉に詰まる。




「皆は、いじめをやっていて楽しいの? 誰かを傷つけることで強くなってる気分に浸ってるの? 君達は強くなんかない……自分より強い相手には へりくだって、弱い立場の相手にしか威張れない……意気地無しで臆病なのは君達だよ」


「俺達が意気地無しだとっ!? 言わせておけば好き勝手 言いやがって!」



 カッとなった栗色の生徒が玲二の胸ぐらを掴んだ。



 だが玲二は表情を変えずに、真っ直ぐ栗色の生徒を見つめている。



 胸ぐらを掴んでいるのは、強い立場にあるのは自分の筈なのに、栗色の生徒は逆に追い込まれているように感じる。



 玲二の瞳が、まるで自分の心の奥にある弱さを見透かしているようで。




「……君達は意気地無しだよ。自分より弱い相手にしか威張れない、弱い相手を貶める時だって1人ではやらず、こうして大勢で集まらないと出来ない…………1人では何も出来ないから、怖いから。


 本当は分かってるんじゃないの? 自分達は弱いって。だから集まって自分達より弱い相手を踏み台にして、優越感に浸ってるんでしょ?


 オレ達は強いんだって……弱くないって……貶められる方じゃないって……」




「………………」


 誰も何も言わない。




 その沈黙が肯定を意味するのか、否定を意味するのか、はたまた図星を突かれて何も言えないのか――彼らにしか分からない。



 玲二が言っていることが全て正解という訳ではないだろうが、いくつか当てはまるものがあったのかもしれない。




「…………一時限目……移動教室だったよな……行こうぜ」


 栗色の生徒が玲二から手を離しながら言うと、他の生徒達も教科書を持って、逃げるように教室を出ていった。




 あっという間に生徒達が居なくなり、残されたのは玲二・雅也・信男・秀の4人だけとなった。



「…………」


 雅也達を一瞥した後、玲二も自分の席に戻って教科書や筆記用具を取り出し始める。



「…………何で助けたんだよ………………お前、また いじめられるぞ……アイツらに……」


 俯いたままの信男を支えながら、雅也は玲二を見ることなく言う。



「……助けた訳じゃないよ……さっきも言ったけど、オレは君達を許してないし許す気もない」


「じゃあ何で? 許す気が無いなら、言われるがまま俺や雅也にクソを食わせれば良かったじゃん」


 振り向かない玲二の背中に問いかける秀。


 もしも自分達が玲二の立場にあったら間違いなく復讐していた。


 それなのに玲二は復讐のチャンスを棒に振り、あまつさえ敵を作るような発言をした。



 圧倒的に不利な状況になることを分かっていながら、あんな行動をした玲二の考えが彼らにはまるで理解できない。




「君達は許せない……だけど、いじめはもっと許せない。オレはただ……大嫌いないじめをやりたくなかっただけだよ」


「…………!」



 その一言だけで、雅也達は玲二の信念を感じとった。



 彼は本当に“いじめ”を憎んでいると。


 “いじめ”が許せないのだと。


 憎いから、許せないからこそ自分は決して“いじめ”をしないのだと――




「………………負けた、よ…………」


 ポツリと呟かれた信男の言葉は、隣に居る雅也や秀は愚か、声を発した信男自身にも聞き取れなかった。




「………………」


 玲二は無言のまま、教科書を持って教室を出ていった。




(…………正しかったのかは分からないけど……これがオレの答えだ……後悔はしてない!)


 清々しい顔の玲二は、しっかりとした足取りで廊下を歩いていく。





「………………」


 そんな玲二をE組近くにある角に隠れていた黒斗が見つめており、彼の傍らには佐々木の姿もあった。




「……見た通りだ。アイツは少しずつ変わって、成長している…………もう、大丈夫だ」


 玲二を見たまま黒斗が言うと、佐々木は腰に両手を当てて口を開いた。



『何を偉そうに保護者ぶってんのよ! 心配なんかしてなかったわよ。普段はヘナチョコでも、やる時はやる子だもの! 何たって私の息子なんだから!』


「……親バカが……だったら、さっさと あの世に行け」


『アンタねえっ!! 故人に向かってバカとは何よバカとは!! 亡くなった人は大切に扱いなさい!』


 ギャアギャア騒ぐ佐々木を、黒斗は耳を塞いで やり過ごす。




「……死人なら死人らしく静かにしておけ……死してなお うるさいとか救いようが無い……」


『ほんっとーに最期の最期までムカつくガキね……大体ね……アンタも危なっかしくて心配なのよ』


「…………アンタに心配される程、落ちぶれちゃいない」


 素っ気なく答える黒斗。


 普段の佐々木ならば、こんな言葉を聞いたら ぶちギレているだろうが、今の佐々木はキレる所か悲しげな表情で黒斗を見つめていた。



『…………我慢しなくていいのよ。怒りたいなら怒って、泣きたいなら……泣きなさい』



 佐々木の言葉に黒斗は何も答えない。


 ただ無表情のまま、腕を組んで俯いているだけだ。



 そんな黒斗の頭に佐々木は手を乗せ、優しく微笑みながら撫で始める。




『…………貴方も……いつか救われることを祈ってるわ』


 そう言い終えると佐々木の姿は消え、その場には黒斗だけが残された。




「…………」


 黒斗は、未だに撫でられた感触が残る頭を片手で擦ると、何事も無かったように教室へ向かって歩き出すのだった。




 ******




 放課後


 早々と帰り支度を済ました鈴は席を立ち、黒斗の前に移動した。



「へへっ、クーロちゃん!」


「……何だ、気色悪いな……」


 いつになく ご機嫌な様子の鈴に黒斗が苦笑すると、彼女は両手を後ろで組みながらニコニコと笑った。


 鈴が何を言うのか予測できた黒斗は、黙って言葉を待つ。




「レイちゃんも誘って一緒に帰ろうや!」


 予測通りの言葉が鈴の唇から紡がれ、思わず笑みをこぼす黒斗。


 いきなり笑う彼を、鈴は不思議そうな顔をして覗きこむ。



「何が 可笑しいんや?」


「いや、何でもない」


「ん~? 変なクロちゃんやな」


 首を傾げる鈴。


 そんな彼女の様子を見て、黒斗は本当にいつもの日常が戻ってきたのだと改めて実感する。




 そう、いつもの日常。


 朝は鈴とご飯を食べて、登校中に玲二がタックルしてきて、昼休みは3人で弁当を食べて、放課後は3人で寄り道しながら帰る――そんな何気ない日常。



 数ヵ月前は何とも思っていなかったのに、今では この日常が大切で楽しくて仕方ない。



 自分の心情の変化に戸惑いつつも、これはこれで悪くないと黒斗は思い始めた。





「……じゃあ、先に佐々木を誘って外で待っててくれ。俺は図書室に借りた本を返していくから」


「了解やっ!」


 ビシッ、と敬礼のポーズをとると、鈴はスキップしながら教室を出ていった。



 そんな鈴を苦笑しながら見送ると、不意に目の前を内河が(さえぎ)った。




「ふっふっふ……何やら良い雰囲気を作ろうとしているようだが、そうは 問屋が(おろ)さないぞっ!」


「相変わらず何なんだ、お前は……」


 半目で内河をジロリと見る黒斗。



 鈴と玲二に抱く感情は変わったが、黒斗が内河に抱く、面倒くさい変人という感情は残念ながら変わっていないし、これからも変わることは無い。



 そんな認識をされているとは知らずに、内河は得意気な顔でベラベラ語り始める。




「何しろ橘との付き合いが長いのは俺だし、橘が好きになった順番も俺が早いっ! つまり俺の方が お前より、遥かに橘を愛する心が大きいのだああっ!!


 ハハハ、時間の差というものはデカい! やはり橘と俺は運命の赤い糸で結ばれているのだ!


 聞いて驚け、こないだ俺が倒れた時、橘は保健室まで俺を……」


(……バカは放っておこう……時間の無駄だ)



 自分の世界に入っている内河を無視して、黒斗は さっさと教室を出ていった。

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