空虚感10
数分経って、ようやく玲二のしゃくりも止み、どうやら落ち着いてきたようだ。
「……なあ玲二。お前、学校でいじめられてるんじゃないのか?」
竜二の質問に玲二の眉が一瞬だけ引きつるも、すぐに笑って取り繕う。
「いじめられてなんか……」
「こらー! ウソを言ったって分かるんだからな! こないだ家に来た変な3人組がいじめの主犯じゃないのかーっ!?」
「へ、変な3人組?」
竜二の言葉に玲二は首を傾げた。
「ほら、こないだ玲二が洋介くんから帰った時、お父ちゃんが月影くんが来たって言ってたろ? あの時は月影くんの顔を知らなかったから、あの3人組が嘘を吐いてるって気づかなくてな……」
「じゃあ……あの日、家に来たのは兄貴じゃなかったんだ……!」
つまり、あの絵を破ったのは黒斗と名前を偽って部屋に入り込んだ3人組ということになる。
思わぬ事実に驚く玲二。
犯人が黒斗じゃなかったことにホッとするも、黒斗を少しでも疑ってしまった自分と真犯人に対する怒りが沸々(ふつふつ)と沸き上がる。
「ねえ、お父さん! その3人組ってどんな人達だったか覚えてる!?」
「ああ……えっと、細かい所は覚えてないけど、デブ……あ、いや……太めの男と、ツンツン頭と、ロングヘアーの3人だったな」
特徴を聞いた玲二は、すぐに彼らの正体が分かった。
この組み合わせで、玲二に酷い仕打ちばかりするトリオは1つしかない。
「…………分かった……その人達…………オレのクラスメートだ」
ガックリと項垂れる玲二。
学校だけでなく、わざわざ家にまで来て大切な物を壊した彼らに怒りを通り越して憎しみを抱く。
─どうして、ここまでされなきゃいけないんだ
─オレが君達に何をしたって言うんだよ!
感情が高ぶった玲二がギリギリと歯軋りをする。
憎い、悔しい――
それしか頭に浮かばない。
弁当を捨てられ、絵を破られ、机に糞は入れられて。
陰湿で残酷なことを平気で――むしろ楽しんでいる彼らの心理が理解出来ない。
─思い知らせてやりたい……オレの……気持ちを……!
燃え盛る憎悪の炎。
やられたら、やり返す。
目には目を、歯には歯を。
─アイツらも、オレと同じ……いや、もっと悲惨なめに合わせてやる……!
「佐々木」
玲二が纏う憎悪のオーラを見た黒斗が声をかける。
「変なことは考えるな。あんな屑達の為に、お前が堕ちる必要は無い」
「っ!」
考えを見透かされていた玲二の身体から、サーッと血の気が引く。
いつもならここで素直に「はい」と言うだろうが、胸の奥にある憎悪が彼を奮い立たせた。
「……だって……悔しいんだ! オレが弱いばかりに、いじめられて虐げられて……! もう弱い自分は嫌だ、変わりたいんだ!」
弱い自分から脱却したい玲二にとって、復讐は“強さ”への第一歩だ。
何も出来ず、一矢報いることが出来ないのは“弱い”人間でしかない。
“強さ”は力、力で相手をねじ伏せること。
玲二の頭の中には、そんな考えしか浮かばない。
そんな彼に、黒斗は軽蔑の眼差しを向ける。
「この先もずっと、やられたらやり返して生きていくつもりか? そんなの強さじゃない……ただのバカだ」
「…………」
「自分がされたから、相手にも同じことをする。それで何になる? 得られるのは一時の快感と虚しさぐらいだ」
唇を噛み締める玲二。
「力だけの強さなんか、強さじゃない。憎しみに駆られて復讐を目論み、己を失っているお前を……俺は認めない」
「っ!」
そう言って黒斗は病室の扉に向かう。
その背中を玲二は、ただ黙って見つめることしか出来ない。
扉に手をかけると、黒斗は玲二達に背を向けたまま口を開いた。
「……思い出すんだな……お前が本当に変わりたかった自分を……」
そう言い残して黒斗は病室を出ていった。
「ああ、クロちゃん! 堪忍やで、レイちゃん達!」
鈴も慌てて後を追って病室を出ていき、玲二と竜二だけが残された。
(オレが……本当に変わりたかった自分……)
何も言わずに黙りこむ玲二の頭に、竜二がポンと手を乗せる。
「なあ玲二。お父さんな、玲二がどんな道を選ぶも玲二の自由だと思うよ……だけど、胸を張れるような……自分が好きな自分になってほしいと思う」
「………………」
「まあ、今はゆっくり休んで、ゆっくり考えなさい」
優しい声で話す竜二に、玲二はコクリと頷いた。
******
「ハア、ハア……足が早いなあクロちゃん。もう見えなくなってもうた」
黒斗を追ってきた鈴だったが、黒斗の姿は見当たらず、もう帰ってしまったのだろうかと考える。
(……レイちゃんに、クロちゃんの気持ちが伝わってると良いなあ……)
病室の扉を見ながら、2人の溝が埋まることを考える。
このままケンカ別れだけはしてほしくない。
父と母のように。
父のことはあまり覚えていないが、最後に見た姿はハッキリと覚えている。
怒鳴る父と、泣き叫ぶ母。
何を話しているのかは分からない。
夜中トイレに起きた幼稚園児の鈴が、声が聞こえたダイニングを覗いた時の光景。
やがて母が父の頬を叩き、父は悲しそうな顔をしながら家を出ていった。
その光景を見ていた鈴は、またいつものケンカかと軽く考えながら部屋に戻り、眠りについた。
これが、最後に見る父の姿だとは夢にも思わずに。
翌日、父が亡くなったことだけを母から知らされた。
事故で死んだのか、殺されたのか、病気だったのか、原因は教えてもらえなかった。
亡くなった理由は未だに教えてもらえない。
(……何が起こるか分からない世の中なんや……このまま決別なんか……嫌やで……)
また明日からはいつもの2人に戻ることを、鈴は強く祈った。
******
午後21時52分 錦織家
「勝手なことしやがって! バレたらどうするんだっ!」
信男に突き飛ばされた雅也が、ベッドへ仰向けに倒れこんだ。
雅也は上半身を起こして、自分を突き飛ばした信男を睨み、信男は荒い呼吸を繰り返している。
そんな2人の様子を見守る秀は、冷静さを保っているようで内心ヒヤヒヤしていた。
「アイツは記者なんだぜ!? 佐々木が死んだなんてウソ、すぐにバレるに決まってる! 後から何をされるか、書かれるか……分かったもんじゃないってのに!」
握りこぶしをブンブンと振りながら、怒りを露に信男が怒鳴る。
玲二が助かり、病院に運ばれた後 雅也達は悩んでいた。
意識を取り戻した玲二が自分達のいじめを告発することを危惧していたのだ。
自殺未遂の生徒の証言ならば、信憑性も高くなる。
そして自分達が弱い立場になれば、玲二いじめを肯定していたクラスメート達も手のひらを返して証言するだろう。
玲二が生きていることを知った雅也達は、これからどうするか今夜 話し合おうと学校で別れ、夜になって泊まりに来たという理由で雅也の家に集まったのだ。
しかし、雅也の家に来た信男と秀を待っていたのは、雅也のとんでもない発言だった。
何と、信男達と別れた後に相談もなく富永に、玲二が死んだと嘘を吐いたと言う。
それを聞いた信男は、勝手なことをした雅也に怒りをぶつけているのだ。
「こ、これが最良の手段だったんだ! ああいうタイプの人間は、役立たずや用済みになった奴を簡単に捨てる! いずれ今回のことがバレるなら、金だけ貰った方がマシだろ!?」
「そういう問題じゃねーんだよ! 余計な問題を増やしやがって……どう誤魔化すかを今夜、相談するっつったのに!」
互いに意見がぶつかりあう雅也と信男。
秀も2人の争いを止めたいとは思っているが、興奮している2人の中立になることは難しいし、下手をすれば自分に矛先が向く場合もある。
なかなか口を挟む隙が無いのだ。
「……俺、トイレ」
少し間を置いてから考えようと、秀は雅也の部屋を出る。
しかし雅也も信男も、秀が出ていったことに気づかない。
両者共にヒートアップしていき、今にも殴りあいが起きそうな緊迫した雰囲気である。
「ギャアアアアアアアア!!」
「なっ」「!?」
秀のけたたましい悲鳴が部屋の外から響き、驚いた雅也と信男の心臓が大きく鼓動した。
「今の……秀だよな? な、何があったんだ?」
「し、知るかよ!」
さっきまでの剣幕が消え失せ、顔を青くしながら戸惑う2人。
そして、戻ってこない秀。
「お、おい……秀の奴、どうしたんだよ? それに、あんなデカい悲鳴なのに、お前の親も起きないなんて変だろ? 様子を見に行こうぜ……」
冷や汗を流しながら紡がれた信男の言葉を、雅也はブンブンと首を振って否定する。
「俺は行かないぞ! 行くなら、お前1人で行けば!?」
そう言うと雅也は腕を組みながら、ベッドに腰かけた。
眉を潜めながら腕を組み、大股で座る雅也は「何があっても動かないぞ」と全身で物語っている。
雅也が動く気が無いと悟った信男は説得を諦め、1人で様子を見に行こうとドアノブを掴み「腰抜けめ」と吐き捨てて部屋を出た。
「………………」
1人、ベッドに座る雅也。
あれから何分経過しただろうか。
随分と長い間、1人で居るような感覚がする。
秀も信男も戻らない。
両親が悲鳴を聞いて起き出した様子も無い。
静寂の中、雅也の荒い呼吸音とチクタクチクタクという壁時計の針の音だけが響く。
(……ちくしょう!)
1人で居るのか心細くなり、雅也は部屋を出る。
廊下には電気がついておらず、真っ暗だった。
見えにくいので照明をつけようと、自室のドアの横にあるスイッチを押す。
しかし、カチカチと音を鳴らすだけで照明はつかない。
(な、何でだよ? 停電か? いや、だったら俺の部屋の電気も消える筈……)
まったくつかない照明を諦め、雅也は部屋に戻って携帯を懐中電灯代わりにしようと、ドアの方に顔を向ける。
が、首を動かした途端に顔をガシッと鷲掴みにされ、急な出来事に雅也の全身の毛が逆立った。
「何度目だ?」
「な、にが……!」
信男でも秀でもない男の声に怯える雅也。
顔を掴む指の隙間から声の主の姿を見ようとするが、黒い穴しか見えない。
「佐々木 玲二の心を傷つけたのは何度目だ?」
「なっ、何で知って……!」
驚く雅也だが、顔を掴む手がギリギリと力を込めてきて苦悶の表情を浮かべる。
「……お前達が佐々木 玲二の心を傷つけたのは三度目だ。一度目は佐々木の弁当を捨てたこと、二度目は佐々木の絵を破ったこと、三度目は机の中に汚物を入れたこと……」
顔の皮膚に爪が食い込まれ、そこから痛みと共に温かい血液が流れるのを感じる雅也。
「お前はやりすぎた。一緒に来てもらおう」
冷たく言い放たれると、顔を鷲掴みにされたまま強い力で引かれ、黒い穴に引きずり込まれていく。
「うあああああああっ!!」
恐怖のあまり悲鳴をあげる雅也だが、その身体は黒い穴に飲み込まれ、姿を消した。
黒い穴が消えると同時に、誰も居なくなった廊下に明かりがついた。
******
その頃、富永はアパートの自室で九条に関する記事の原稿をパソコンで打ち込んでいた。
カタカタとキーボードを叩く音だけが部屋に響く。
『精神的に追い詰められた母……誰も彼女を救えなかったのか?』
そんな書き始めの後に、次から次へと入力された文字が画面に映し出されていく。
順調に原稿を作り上げていく富永。
(……いい……いいぞ! これで、明日は佐々木
玲二の記事を書けば……また俺の時代がやってくる!)
文字を打ち込む度に上がっていく富永のテンション。
その時
「うわあああああっ!!」
悲鳴がした後にドタドタと、何かが倒れるようなうるさい音がして、富永は何事かと勢いよく後ろへ振り返った。
振り返った先に居たのは、床に尻餅をついている雅也・信男・秀の3人組。
「な、何でお前達がここに!? いや、そもそもどうやって!?」
椅子から立ち上がり、3人の元へと駆け寄る富永。
雅也達の目の前に来た刹那、固い物が床に叩きつけられたようなガチャンという音がして、咄嗟に振り返る。
「…………は?」
富永は思わず己の目を疑った。
視線の先に居たのは漆黒のコートとドクロの仮面を着けた巨大な鎌を持つ――死神のような姿をした人物だった。
その死神の足元に転がっているのは、画面にヒビが入った愛用のノートパソコン。
「……死神……?」
いきなり現れた死神に現実感が無い富永。
ポカーンと立ち尽くしている富永とは対照的に、彼の後ろで座り込んでいる雅也達3人は身を寄せあって震えている。
「…………何度目だ?」
身動き1つしない富永に問いかけながら歩み寄る黒斗。
足元にあったパソコンを踏みつけると共にバキッと音が鳴り、辛うじて画面が表示されていたパソコンは息の根を止められた。
「……ああっ! 俺の記事がああっ!」
数時間かけて完成寸前だった記事がパアになり、ようやく我に返った富永が黒斗をギロリと睨みつける。
「どうしてくれんだ! 今まで原稿に費やしていた時間と苦労が水の泡じゃねえか!」
「人を死に追い込んだのは何度目だ?」
富永を無視して問いかける黒斗。
そんな彼を見下すように鼻で笑うと、富永はゆっくりと口を開いた。
「……そんなこと、いちいち覚えてねえんだよ。だいたい、俺が直接 殺した訳じゃないしな」
クックックと笑う富永。
どうやら、死神であり黒斗に対する恐怖感など無いようである。
もともと死神が出てきても正体を暴いてやる、と張り切るほど肝が座っていた男だ。
改めて見てみた死神の、どう見ても人間がコスプレしているようにしか見えない姿に彼は怯えようが無いのだ。
それどころか「もっと化け物じみた姿なら良かったのに」と不満を漏らす始末である。
黒斗はそんな富永の態度に苛立っているのか、仮面の奥から鋭い目付きで睨む。
「……お前が人を死に追い込んだのは、三回だ。一度目はAV女優、松井。二度目は一児の母、九条。三度目は男子高校生、佐々木……」
「だから何だっての! 俺が直接殺した訳ではないんだぞ!? 確かな証拠だってないし、死を選んだのもアイツら自身! 法は俺を裁けない! アハハハハ!」
腹を抱えてゲラゲラと笑いだす富永を見て、雅也達の背中を冷たいものが伝った。
自分達は、こんな頭のイカれた奴に従っていたのかと、今になって怖くなる。
何がそんなに可笑しいのかと思う程、笑い続ける富永に黒斗はデスサイズを向ける。
「お前はやりすぎた。犯した罪に対する罰を受けてもらう」
「ハハハ……これ以上 笑わすなよ。落ち着けって、法じゃ俺を裁けな……」
まあまあと両手を突き出しながら言う富永の目の前を、デスサイズの白い刃先が下から上へと勢いよく横切った。
「えっ」
いきなりの出来事に、富永の脳の理解が追い付かない。
今の一瞬の間に、富永が突き出していた両手からは五本の指――合わせて全部で十本の指が無くなってしまったのだ。
固まる富永の頭にポタポタと落ちる水。
ボンヤリと上を見ると、今まで富永と共にあったモノが血を吹き出しながら宙に浮かび上がっていた。
細長い肉は天井にぶつかると、そのまま真下へと急降下し、富永へと降り注いだ。
ボタボタと降ってきた肉と生ぬるい液体の雨が、富永の頭や顔を赤く濡らしていく。
「…………」
無言のまま、足元に散らばる肉を見下ろす富永。
頭が傾いたことで、頭部に乗っかっていた肉がズルズルと床に落ちた。
「うぎゃあああああ!!」
雅也達の悲鳴を聞き、我に返った富永の身体がガタガタと震えだした。
「ゆび、ゆび、ゆび……俺の、ゆびがっ」
焦点の定まらない目でダラダラと血を流し、あっという間に真っ赤に染まった手のひらを見つめながらブツブツと呟き――
「ひあああああああっ!!」
錯乱したように叫びだし、部屋の出口に向かって足を縺れさせながら駆け出した。
「たすけっ! 誰か助けてくれえええっ!!」
喉が潰れそうな大声で叫び、ひたすら手のひらでドアを叩く富永。
指が無いせいでドアノブを回せず、ドアを叩く度に血が飛び散る。
「ひ、ひっ」
瞼を固く閉じて、耳を塞いで惨劇から目を逸らす雅也達。
そんな彼らに黒斗がデスサイズを向けると、殺気を感じ取ったのか3人は震えて泣きながら抱き合った。
「……これが現実だ。ゲームや映画とは違う、現実。斬られれば血は出るし、心ない言葉を投げつけられれば傷つく者がいる」
黒斗の言葉を聞いた3人は、陰湿ないじめをしていた時のことを思い出す。
ゲームに出てくるスパイみたいだとはしゃぎ、人を傷つけ貶めることがミッションで、玲二の自殺がゲームクリア。
そう思って、ゲーム感覚で楽しんでいた。
だからこそ、彼らは玲二を傷つけることをためらわなかった。
玲二はゲームに出てくる脇役キャラクターだという認識だったから。
だけど。
今起きていることはゲームじゃない。
錆びた鉄のような臭い。
耳を塞ぎたくなる悲痛の叫び。
無造作に散らかる肉。
それらは全て“現実”だ。
ゲームから現実へと引き戻された彼らは知る。
現実はゲームよりも遥かに残酷なのだと――
「上手くいかなかった、取り返しがつかないミスをした、死んでしまった……ゲームならいくらでもやり直せる。だが、現実は一度起きたことを無かったことには出来ない」
大きく目を見開き固まる雅也達に冷たく言うと、黒斗は富永へと歩み寄っていく。
「助けてくれっ!! 助けてくれっ!!」
ドアを叩き続けていた富永だったが、疲れたのか手を痛めたのか、ドアに手のひらをつけたまま膝から崩れ落ちた。
それに伴い、ズルズルと落ちる手のひらがドアに赤い線がベッタリとつけていく。
「……よく見ておけ。罪を犯した愚かな人間の末路を」
振り向くことなく雅也達に言うと、黒斗はデスサイズを富永の左足首に降り下ろした。
「がああぁあぁぁ!!」
痛々しい悲鳴と共に飛び散る血飛沫。
刃が刺さっている左足首から引っ張られた富永はうつ伏せに倒れ、黒斗の元へと引き寄せられる。
「ぎっ!」
富永を引き寄せた黒斗は、デスサイズの柄を持ったまま身体の向きを変え、彼の左太ももに片足を上げる。
そして、デスサイズを刃に刺さっている足ごと上に持ち上げた。
「ああああぁあぁぁあぁ!!!!」
「うわあああああ!!」
富永と雅也達の悲鳴が重なる。
「う、ぐっ……」
欠損箇所を見てしまった秀は吐き気を催し、口を手で押さえる。
しかし我慢できずに結局、吐き出してしまった。
「……もう嫌だ、もう嫌だ、もう嫌だ……」
恐怖のあまり信男が自分の髪をブチブチと引きちぎりながら、虚ろな目で呟く。
「………………」
何も言わない雅也の股間がジュワッと濡れる。
「あ、あ、ひぃ、ひいっ」
黒斗が片足をどけると、富永が地を這いながら逃げ出す。
這った後に血の線を描き、無様な姿で動く富永はまるで害虫のようだ。
刃先にある左足首が割れたのを確認し、次は右足首に刃を突き刺す。
「ぎあ…………ひ、ひ、ひ……」
もはや悲鳴をあげる体力も残されていないのか、富永はグッタリとその場に倒れ伏した。
「……俺が、何、したってんだ……」
酷く掠れた声で富永が呟く。
「俺は、ただ、面白い記事を、書こうとしただけだ……皆、好きなんだろ……? やれ殺人だとか、自殺だとか、そ……いう刺激的な記事が……」
「…………」
黒斗は黙って富永の言葉を聞いている。
「……取材された側だって、本当は注目されたいんだろ? だからテレビや雑誌に取り上げてもらうんだろ? 自分は可哀想なんだってアピールして同情されたいんだろ!?」
徐々に大きくなる声。
「注目されて何が悪いんだ? 皆から同情されて良い気分になれるってのによ! なのに、俺が取材して死んだ奴らは取材に応じようとしなかった! 意味わかんねーだよ! 皆、注目されたいもんだろ!?」
混乱しているのか、富永の言っていることはめちゃくちゃだ。
彼の言葉が終わると、黒斗はポツリと呟いた。
「……なら、お前も注目される側の人間になればいい」
言い終えるや否や、黒斗はデスサイズで刺していた肉を引きちぎった。
ブシュッと損壊箇所から飛び出た血液が黒斗の身体を濡らすが、動じる様子は無い。
「はっ、は……は、は」
四肢から止めどなく血を流し続ける富永は、弱々しく荒い呼吸を繰り返している。
「…………」
そんな富永を一瞥すると黒斗は彼に背を向けた。
刃先の足首が割れて消えた後に、デスサイズをヒュッと振って付着していた血を払う。
「…………次に罪を犯した時は……消えてもらう。永遠にな」
低い声で言うと黒斗はゲートを開き、その中へと入って姿を消した。
「…………………………」
後に残された4人は何も言わず、ただ身体を震わせて、部屋の中央にある指と血溜まりを見つめるだけだった。