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デスサイズ  作者: LALA
Episode7 空虚感
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空虚感9

 


 同日 午後16時すぎ 住宅街




「……と、まあ私も気遣ってあげてたんだけどねえ。本当にこんなことになってしまって悲しいわ」


 わざとらしく目を両手で覆う折原。



 そんな彼女を汚い物でも見るような(さげす)んだ目で見つめる富永。



(あー、うぜー。いかにもな私いい人アピールうぜー)


 イライラしながら手帳に折原の話を書き(つづ)る。




 気にくわない人間ではあるが、九条の家の近所に住んでいるだけあって九条の私生活にはそこそこ詳しいので、富永もぶん殴りたい衝動を抑えて取材を続けていた。




「ああ、アヤちゃんなんてまだ10歳なのに……本当に九条さんは身勝手だわ!」


「ですねえ。あ、ご協力ありがとうございました」


 さっさと話を切り上げようと、富永はキリの良い所で礼を述べた。




「あらあら、もういいの? 私、まだ話したいことが沢山あるのに」


「いえ、奥さんの気持ちは十分に伝わりました! このお話は、ちゃんと記事に書かせていただきますね!」



 営業スマイルを浮かべて、富永は折原に背を向けて逃げるように走り去った。



(……はあ、つっかれた~)


 折原への取材に疲弊(ひへい)する富永。



(よくもまあ、いけしゃあしゃあと可哀想可哀想連呼出来るな。九条が生きてる間は助けたりなんかしなかったくせに)


 ペッ、とタンを吐き捨てる。




 ─人が自殺した時の反応なんか、皆同じだ。




「可哀想」「どうしてあの人が」「力になりたかったのに」



 生きている間は誰も助けなかったのに、手を差し伸べなかったのに。


 死んだ途端に誰もが「可哀想」だと口にする。



 可哀想だと思うなら、何故 誰も助けなかったのか。



 そう考えるとキリが無い。




(……まっ、人間なんかそんなモノだよな。人が死んだら同情して良い人を演じればイメージが良くなる。死人なんか、自分上げの踏み台でしかない)


 人の心の醜さを思い、富永はクックックと笑う。




(俺も昔は踏み台だった……だけど今は違う。今度は俺がアイツらを踏み台にしてやるんだ)




 まだ出版社に勤めていた時――富永は先輩記者達から陰湿ないじめを受けていた。



 ストレスが溜まってるから殴らせろと言われて殴られて。


 遊ぶ金が無いからよこせと言われて強奪されて。


 存在自体が気にくわないとケチをつけられ、リンチにあって。


 お前には勿体ないと、恋人を寝取られて。



 毎日が地獄だった。


 まるで出版社には「富永 隼人には人権が無いと思っていい」という暗黙の了解があるようだった。



 成績が良くない為に文句を言えず、ただひたすらストレス解消の為の道具扱いをされ続ける。




 富永が一躍有名記者となった時には、いじめは無くなっていたが、また成果が無くなった途端にいじめは再び起きて、ついに会社はクビになった。



 フリーライターになった時、富永は心に誓った。



 自分をバカにして見下した奴らを、今度は逆にバカにして見下してやると。


 そして、その為ならどんなに汚い手段でも使うと――




 ピリリリリ




「……っと」


 胸ポケットから携帯を取りだし、画面に表示されている文字を見た富永は首を傾げた。




(錦織 雅也……佐々木 玲二のことで依頼を頼んだ悪ガキのリーダー格か……電話なんかしてきて何のようだ?)


 疑問に思いながらも富永は電話に出る。




「はいはーい。ご用件は何かなー?」


『……………………』


「あれ? もしー?」



 声が聞こえない為、富永は携帯を耳から離して画面を見るが、ちゃんと通話中になっている。




「雅也くん? 無言はやめようか、無言は」


『…………死んだ』


「はあ?」



 ようやく喋ったかと思えば意味の分からない言葉を発する雅也に、富永の苛立ちが募っていく。




「ちゃんと話せよ。意味分かんないから」


『……だからっ! 佐々木が……佐々木 玲二が……死んだんだよ!』



 声を震わせながら紡がれた雅也の言葉に、富永の思考が一瞬フリーズする。


 しかし、すぐに気を取り直した富永はニヤリと満足そうに笑った。




『今日の朝、体育倉庫で首吊って死んでるのが見つかって……皆が、自殺じゃないかって……』


「アハハハハ!! やったじゃん! 君らはちゃんと仕事をやり遂げたんだね、ありがとう!」



 怯えた様子の雅也とは違い、富永はまるで宝くじでも当たったかのように満面の笑顔を浮かべながら拳を振り上げた。




 ついに最終目的を達し、うなぎ登りになる富永のテンション。


 だが雅也のテンションは低いままだ。




「成功報酬は明日、支払うよ。あ、勿論君達のことは秘密にしておくから安心しなよ」


『…………はい』



 雅也が返事をすると、富永は電話を切ってゲラゲラと笑いだした。




 ─ついに来た、俺の時代が



 ─俺を見下したアイツらを、逆に見下してやる



 ─今に見てろよ、クソ野郎共




「ハハハハ……アーッハッハッハ!!」



 富永は1人、狂ったように笑い続けるのだった。




 ******




 ─重い



 ─身体が重い



 ─瞼も重い




 まるで強い重力に押し潰されているように身体が怠く、そして重い。


 身体を動かすのも目を開けるのも億劫(おっくう)で、睡魔が襲いかかる。




 ─眠い……




『…………じ…………れ……!』




 遠くから声が聞こえる。


 何処かで聞いたことがあるような声。


 だけど眠くて怠くて、その声が誰のものなのかどうでもよく感じる。




 ─いいや、どうでも



 ─そんなことより眠いや




 眠りに身を委ねようとする。




『…………きろ……ささ……!』


『レイ…………てや!』


『おき……いじ!』




 しかし、声はやまない。



 必死に呼び掛けてくる声は、大切な人達の声だったような気がする。



 何よりも大切な人達。


 嫌われたくなかった人達。


 居場所をくれた人達。


 優しくしてくれた人達。


 大好きな人達。




 ─呼んでる



 ─皆が、呼んでる




 ─戻りたい



 ─皆の所に、戻りたい




 ゆっくりと目を開けると、暗闇の中で1人の女性がこちらに手を差し伸べていた。



『こーら、いつまで寝てんの。いい加減に起きなさい』


 そう言ってニッコリと笑うのは、一番会いたかった――だけど二度と会うことが出来なかった人。




 ─おかあ……さん……




『もう、相変わらず泣き虫ね。そんなんじゃ、お母さん心配で仕方ないわ』


 母に向かって手を伸ばす。




『貴方はいらない存在じゃない……貴方が死ぬことで悲しむ人がいることを決して忘れないで』



 伸ばした手は、母にしっかりと握られた。




 ******




「………………う…………」


 小さな呻き声が漏れると同時に、ベッドで眠っていた玲二の瞼がピクッと動く。




「…………!」


 玲二の変化に気づいた黒斗が彼の顔を覗きこむと、鈴と竜二も彼に続いて玲二を見る。




「…………おか……さん……」


 ポツリと呟きながら瞼が上がり、綺麗な翡翠(ひすい)色の瞳が露になった。




「うわあああああん!! 息子よおおっ!」


 涙と鼻水を流しながら、竜二が横たわる玲二にガバッと抱きついた。



「ヒック……良がった! 本当に良かっだあああっ!!」


 幼子のように泣きじゃくる父に対して、頭にハテナマークを浮かべる玲二。



 身体はガッチリと竜二に拘束されて動けないので、目を動かして辺りを見回す。




 白い部屋はどうやら病室のようであり、窓からは黄金色(こがねいろ)の光が射し込んでいる。


 病室には自分の他に、父・黒斗・鈴が居るようだ。


 特に鈴は今まで泣いていたのか、目が赤く腫れていた。




「……えっと……オレ、どうしたんだっけ……?」


 父から開放されて身体を起こすも、目覚めたばかりで上手く働かない頭を重く感じながら玲二が訊ねる。



 目が覚めたら病院だった。


 だけど何故、自分が病院に居るのか――そもそも何があったのか玲二には分からず、ただ混乱するばかりだ。



 しかし、玲二の問いにさっきまで笑顔だった鈴の表情が見る見る内に険しいものとなり、玲二の傍らに立つと怒鳴ってきた。




「どうしたんだっけ、やないわ! 何で……何で首なんか吊ったんや! 危うく死ぬ所やったんやで!!」


「……首……吊った……っ!」



 鈴の言葉を聞いた玲二の脳裏にフラッシュバックが起きる。




 大神に連れられて体育倉庫に行ったこと。


 いざとなって尻込みし、死ぬのをやめようとしたら大神に足場を蹴られて首を吊らされたこと。


 苦しみながら首を引っ掻き、力尽きて意識を失ったこと。




 首を吊っていた時の苦しみを思いだし、身体がゾクリと震える玲二。


 そっと首を指先でなぞると、布の感触がした。


 おそらく包帯を巻かれているのだろう。




「……レイちゃん、あとちょっと遅かったら死んどったんやで…………クロちゃんが気が付かなかったら…………もう……」


 うつむき涙を流す鈴。




 少し離れた場所から鈴と玲二を見つめる黒斗は、玲二が首を吊っている時のことを思い出していた。




 ******




 数時間前 2年A組教室内




「………………」


 静かな教室の中に、カリカリとペンを走らす音が響いている。



 現在、中間テストの真っ最中であり、生徒達は真剣な表情で答案用紙と睨めっこをしながら答えを記入していっている。




「…………」


 矢吹はそんな生徒達を教師用の椅子に腰掛けながら、カンニング等の不正行為が行われていないか目を光らせている。




「…………むむっ!? “Cogito ergo sum”……だと!? こ、こんなん習ったっけ? というか英語スキルが低いせいで読めんし意味も分からん! ぬおおおー、これでは橘にバカだと思われてしまうー!」


 問題に行き詰まったのか、今まで黙っていた内河がいきなり奇声をあげ始めた。



 テストに集中していた生徒達はビクリと身じろぎ、そして冷たい視線を内河に向ける。




「うっちかっわくーん」


「ぬおっ!な、何でしょう!?」



「騒いだ罰として、減点30点ね」


「ぐおおおーっ!!」




 30点の減点に大ダメージをくらった内河は、机に顔を突っ伏してしまった。




 そのまま動かなくなってしまった内河を、黒斗は呆れたように見つめている。




(……習っただろうが、しかも最近……それに英語じゃなくてラテン語だ)




 “Cogito ergo sum(コギト エルゴ スム)”を習ったことをすっかり忘れている内河に心の中でツッコミを入れる。



 ちなみに意味は「我思う、ゆえに我あり」であり、黒斗の答案にはちゃんと答えが書かれている。




 気を取り直して答案に視線を移す黒斗。




「…………っ!」


 その時、死神の強い気配を感じた。




(……これは……(まゆずみ) 有理(ゆうり)の時と同じ…………まさか奴が、また誰かを……!?)



 焦る気持ちを抑え、目を閉じて気配を――そして誰に力が使われたのかを探る。




 ─死にたくない 死にたくない 死にたくない 死にたくない!!




 死を怖れ、拒絶する思念を感じとった黒斗。



 脳裏に首を吊ってもがく玲二の姿が一瞬だけ映り、席を立った。




「んー、どうしたのかな月影くん」


 いきなり立ち上がった黒斗に矢吹が(いぶか)しげな視線を送り、他の生徒も何事かと黒斗へ注目する。




「……クロちゃん、どないしたんや……」


 小声で話しかける鈴。



 そんな彼女の右手を黒斗は黙って掴む。



「えっ!? ちょクロちゃん!?」


「……いいから一緒に来い」


 有無を言わさずに腕を引いて、強引に立たせる。




「……すいません、橘が具合が悪いようなので保健室に連れて行きます」


 それだけ言うと、黒斗は鈴の手を引いて教室を出ていった。





「な、何だ……? 何か様子がおかしかったぞ?」


「駆け落ちみたーい、素敵」



「月影と橘が駆け落ちだとおおおっ!?」


 聞き捨てならんとばかりに顔を上げる内河。




「これは夢だー! 何かの間違いだー! 夢であってくれ、夢で終わらせてくれええっ!」


 この世の終わりが来たように叫ぶ内河。


 そんな彼を笑いながら見つめるクラスメート。



 テスト中とは思えない喧騒を、矢吹は注意することなく面白そうに見つめるだけだった。




 ******




「ちょ、クロちゃんっ!! そないに慌てて何処に行くんや!?」



 手を引かれたまま廊下を走る鈴が黒斗に問いかける。




「佐々木が死ぬ」


「え?」


 黒斗の言葉に目を大きく見開く。




「……体育倉庫で佐々木が今、首を吊っている。急がないと……アイツ死ぬぞ!」



 真剣な表情で言った黒斗が嘘やデタラメを言ってるようには見えず、鈴は困惑する。



 何故、黒斗が玲二の首吊りを知っているのか。


 玲二は何を思って首を吊っているのか。



 色々と疑問が浮かび上がるが、1つだけ分かっていることがある。




 それは、玲二に命が今まさに失われようとしていることだ。




 ─レイちゃんが死んじゃう



 ─そんなの絶対にイヤや!



 ─もう……もう誰も亡くしたくない、死んでほしくない!




 玲二を助けたいという思いを胸に、鈴はそれ以上何も言わずに必死に黒斗と共に走る。




 体育倉庫に辿り着き、黒斗が扉に手をかけて一気に開け放つ。




「っ!!」


 倉庫の中の様子を見た鈴は声なき悲鳴をあげ、口を両手で覆った。



 黒斗と鈴の目に映ったのは、部屋の中央でロープに首を通してブラブラと揺れている玲二の姿。


 目、鼻、口からは液体が流れ、白目を剥いて力なくぶら下がっている彼の姿は、まるで死んでいるようだ。




「イヤアアアアアアッ!!」


 玲二が死んだと思い、鈴は悲鳴をあげてその場に膝から崩れ落ちた。



「レイちゃんが、レイちゃんが…………イヤアアア!!」


 大粒の涙をボロボロと零しながら絶叫する鈴。




「落ち着け、佐々木はまだ生きている! 気を失っているだけだ」


「え……ホンマ……?」


 黒斗に言われて、玲二を再度見る鈴。


 言われてみれば、確かに口の端がヒクヒクと引きつり、指先も僅かに動いている。




「まだ……生きてるんやな……? 助かるんやな!?」


「助かるんじゃない……助けるんだ!」


 そう言って黒斗は玲二の前に駆け寄り、身を屈めて肩に通した彼の足を持って身体を起こし、肩車をした。


 身体を下から持ち上げられたお陰で、ロープが(たゆ)み、玲二の首を絞めつけなくなる。




「橘、足場を持ってきて佐々木の首に巻かれてるロープをほどいてくれ」


「わ、分かった!」




 黒斗に指示された鈴は急いで足場を取ってきて、それに乗ると玲二の首の輪っかの結び目をほどいていく。


 焦りと緊張感からなかなかロープをほどけず、結び目もキツイせいで更に手間取るが、玲二を助けたい一心から諦めずにロープをほどいていく。




「と、取れた!」


 ようやく玲二の首からロープが取れ、それを確認した黒斗は玲二をゆっくりと肩から降ろし、床に寝かした。



 首の引っ掻き傷からは血が流れ続けており、黒斗は清潔なハンカチを取り出して傷口を押さえ、止血する。




「レイちゃん……助けられたんやな……ウチら……」


 緊張の糸が切れたのか、足場から降りた途端に鈴が座り込んだ。


 身体も僅かにブルブルと震えている。




「橘、悪いが仕事が残っている。救急車を呼んでくれ、しばらく脳に酸素が行き届いていなかったんだ。何かあってからじゃ遅い」


「せ、せやな!」



 鈴が制服の内ポケットから携帯を取り出し、番号を打ち込んでいくのを見届けると、黒斗は玲二に視線を戻す。




(……今回はお前の負けだ……)


 玲二を死なせようとした大神へ、黒斗は心の中で呟いた。




 ******




(……大神の奴……まさか佐々木を狙っていたとは……だが、何とか助けられて良かった)


 死神がその力を使って、人を惑わし死に至らしめることを嫌う黒斗は玲二を助けられたことに安堵する。



 だが、大神の企みを阻止できた喜びよりも玲二が生きていてくれた喜びの方が大きく、自分の気持ちに戸惑いを感じていた。




(……命を奪う死神が、命が助かって喜ぶなんて……滑稽だ)


 自嘲(じちょう)するように笑う黒斗。




「……ごめんなさい。オレ……また迷惑をかけちゃった……」


 暗い表情でうつむく玲二。




「……迷惑とかそんなんどうでもエエんや。……どうして……死のうとしたんや……」


 拳を握って涙を堪えながら、鈴は玲二を真っ直ぐ見つめて問いかける。


 その表情には、自殺という行為に対する怒りや悲しみが含まれていた。




「……何か、悩みがあったなら……ウチは相談してほしかった。そら、力にはなれないかもしれへんけど……頼ってほしかった……」


 やりきれない様子の鈴。




 頼ってもらえなかったこと、玲二が死を選んだこと――それら全てが許せない。



 そんなに自分は頼りなかったのか、頼っても変わらないと思われていたのか、何の為の友達なのか。



 肝心な時に力になれなかったことに、鈴は切なさを感じるばかりだった。




「……俺も言った筈だ。1人じゃないことを忘れるなと」


「……あ、兄貴……」



 淡々とした口調ではあるが、眉を潜めて話す黒斗の表情からは怒りが感じられ、玲二は申し訳なさそうに頭を下げる。



「……何も相談せず、全てを1人で背負い込んで悲劇の主人公ぶって何が変わった? 頼れる相手が居るのに誰にも頼らなかった結果が首吊りか?」


「……それは……その……」


「遺された者の気持ち……お前なら分かっている筈だろう」



 黒斗の言葉に玲二は唇をギュッと噛み締め、うつむいた。




「……………………」



 病室に居る誰もが押し黙り、重い空気と沈黙がその場を支配する。



 黒斗は険しい表情のまま玲二を睨み、鈴と竜二は何と声をかければ良いのか分からず、言葉が脳内に浮かんでは消えていく。




「…………嫌われたく……なかった、から…………」


 沈黙を破ったのは、意外にも玲二だった。


 震えている涙声で辿々しく話し始める。




「……オレは、皆を不愉快にさせて…………迷惑ばかりかけて……それ、なのに……オレは皆に何も恩返し出来ない……ずっと、迷惑かけて……るから……嫌われるんじゃないかって……怖かった…………だから、嫌われる前に、死のうって……」


 ベッドのシーツをギュッと握り締める玲二の肩は小刻みに震え、しゃくりあげる度に瞳から涙が零れてシーツを濡らしていく。




「オレは……生きてる価値が無い……皆を不幸にすることしか出来ない……有理も、お母さんも……オレのせいで……死んじゃったんだもの……」




 有理は自分への嫉妬に狂い、最後には死神に夢を奪われ自殺した。


 母は息子を殴った通り魔を探しだし、返り討ちにあってしまった。



 親友だった男と母――2人が死んだのも自分のせいだと玲二は己を責める。




 ─もし、オレが居なかったらどうだった?



 ─有理もあそこまで狂わなかったかもしれない



 ─お母さんだって死なずに済んだ




 自分さえ居なければ――ついには自身の存在をも否定する。




「皆を不愉快にさせて……迷惑かけて……不幸にして……! それなのに、何一つ恩を返すことが出来ない! オレなんか……オレなんか生まれてこなければ良かったんだっ!!」



 静かな病室に悲痛の叫びが響き渡り、しゃくりあげる音が後に続く。




「…………」


 真剣な表情をした竜二は無言で玲二の前に立ち、手を伸ばして彼の肩をガッシリと掴んだ。




「……この…………バカ息子がああああああっ!!」




 いきなりの大声に、竜二以外の3人が肩をビクリと震わせた。




「生まれてこなければ良かったなんて言葉はな、腹を痛めてお前を生んだお母さんへの冒涜(ぼうとく)なんだぞ! もう二度とそんなことを口にするな! 分かったな!!」



 いつも優しくて、穏やかで天然な父が本気で怒っていることに、玲二はただ戸惑うばかり。


 こんな凄まじい剣幕で怒り狂う父を見たのは、生まれて初めてだった。




 一方、黒斗と鈴も竜二の変貌ぶりに驚きを隠せないでいた。



 普段、優しかったり大人しかったりする人ほど怒ると怖い――という言葉を、竜二は見事に体現している。




「…………生まれてこない方が良かった訳ないだろうが……そんな……そんな悲しい言葉、お前の口からは聞きたくなかった!」



 玲二の肩から乱暴に手を離し、竜二は今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべて言う。


 さっきの剣幕は消え失せたが、心底 悲しんでいる様子の父を見た玲二の胸がチクリと痛む。




「……だって……お父さんに、迷惑ばかりで……何も恩返し出来なくて……」


「子供が親に迷惑をかけるのは当たり前だろう! お前はまだ“大人”じゃない“子供”なんだ! 子供の内から恩返しなんか、そうそう出来るもんじゃない!」



 熱く語る父を見上げる玲二。



「子供は親に迷惑をかけながら成長して、大人になってから迷惑をかけた分、恩返しすればいいんだよ……! 今は……今は、ただ元気で真っ直ぐに育ってくれれば……お父ちゃんは満足だっ!」


 そう言うと、竜二は腕を広げて息子を抱き締めた。




「……お父ちゃんな……お前が居るから頑張れてるんだぞ! お前が居なかったら……もう何もかも捨てて諦めてる…………お前が居るから、お父ちゃんは……今、生きてる! だから……死ぬなんてバカな考えはもう止めてくれ!」


「……おと……う、さん…………」



 幼子をあやすように頭をポンポンと撫でられ、玲二の両目から涙が(せき)を切ったように溢れ出た。




「…………ぎらわれるんじゃないがっで……こわかっだ……めいわく、ばっかりで……ぎらわれるって……おもって、だ……」


「嫌う訳ないだろう! この……親の気持ちに鈍感なバカ息子めっ!」


 しっかりと抱き合う父と息子。




「……いいなあ、父親って……」


 様子を見ていた鈴が涙を拭きながら呟いた。



 父が居ない彼女にとって、父親の愛情というものは見ていて微笑ましくもあり、同時に羨ましく感じてしまうものでもある。




「……そういえば、お前は父親が居なかったな」


「……うん。ウチが幼稚園だった頃に死んでもうたんや……どんな人だったかは、あんまり覚えてへんけどな」



 控えめに笑い、竜二へと視線を戻す鈴。




「……やっぱり、親って良いなあ。唯一無二の存在で、普段はうるさく感じても、時には無性に甘えたくなる……不思議なモンやなあ。レイちゃんと竜二さん見てたら、オカンに甘えたくなったで」


「……そうか」


 黒斗が返事をし、数秒が経過した後に鈴が慌てた様子で口を開いた。




「ご、ゴメンな! クロちゃん、親御さんが家に居ないのに……」


 悪いことをしてしまったと、申し訳なさそうに頭を下げる鈴。


 しかし、黒斗は表情を変えずに気にしていない素振りを見せる。




「……気にしてないさ。親が居ないのは……もう慣れた」


「……そうなんか?」


 本音を言ったつもりだが、鈴の表情は曇ったままだ。


 しかし、それ以上 詮索することもなく黙って玲二達を見つめる。




(……慣れたって言っててもな……クロちゃんが自分で気付かないだけで、寂しそうにしとる時あるで……)



 心の中で、そう呟いた。

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