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デスサイズ  作者: LALA
Episode7 空虚感
38/118

空虚感8

 


 気がついた時、玲二はモノクロの空間で1人佇(たたず)んでいた。



(……どこ、ここ?)



 辺りを見渡すも、この場所には何も無い。


 ただひたすら、空間が広がっているだけだ。




『お前さえ居なければ』


 地の底から沸き上がるような低い声が玲二の脳裏に響くと同時に、彼の目の前に目玉がギョロリと飛び出した。



(ヒッ!)


 血走った目玉に恐怖を感じて遠ざかろうとするも、足が動かない。


 まるで、その場に縫い合わされたように足が地に着いたままピクリとも動かないのだ。




『お前さえ居なければ、俺が狂うことは無かった』


 頭に声が再び響く。




 長い間、聞いていなかった声だけども忘れられない声。


 大切な親友だった男の声。




(ゆ、有理(ゆうり)……)


 口をパクパクと動かすが、声は発せられずに沈黙が続く。




『お前が、どれだけ周りの奴らに迷惑をかけているか、不快な思いをさせているか分かっているのか?』


(迷惑……不快……?)


『やっぱり分かってないのか……やっぱり、お前クズだわ。周りを見てみろよ』



 有理に(うなが)されるまま、玲二は上半身をひねって後ろを見る。



 すると、無数の目玉が玲二を睨みつけているのが視界に映った。



(うわああああっ!!)


 声にならない悲鳴をあげる玲二。


 そんな彼を、大小さまざまな大きさの目玉が憎悪を込めた鋭い目付きで睨む。


 あまりにもグロテスクかつ、精神的にエグい場面を玲二は目を閉じて(さえぎ)った。



 しかし、有理の声は消えない。




『お前が居たから、俺は狂った』


『だらしなくて泣き虫で……見てるだけでストレス溜まる』


『不愉快だ』


『邪魔くさい』


『死ねばいいのに』




 有理だけでなく、クラスメートの声も聞こえてくる。



 無駄だと分かっていても、目を固く瞑って耳も塞ぐ玲二。




 そんな彼の頭を誰かが鷲掴(わしづか)みにし、驚いた玲二は目を開けた。


 目の前に居たのは、漆黒のコートを纏った大神だった。




「君と親しい友人でも、裏では何を考えているか分かったもんじゃない」



 そう言って笑う大神の口が半月形となり、その不気味な微笑みが玲二の心に恐怖感を植えつける。




 それは本能に訴えかける恐怖。


 得体の知れないものに対する恐怖。


 目の前に居る大神は確かに人間の姿をしている、それなのに――まるで人の皮を被っている化け物のように思える。




 ガタガタと震えだす身体。



 そして脳裏に響く声。




『……本当に面倒くさい。顔を見るだけでウンザリする……』


『泣きついてこられると厄介やから、良い顔してやっとるだけや。勘違いしおってからに』


『ボクみたいな優れた人間は、あんなバカの相手をするだけで精神が疲労するんだよ』


『あんなんでも息子だから世話をしてやらなきゃならない……本当はウンザリなんだよ』




 黒斗の、鈴の、洋介の、竜二の声で紡がれる、玲二を疎ましく思う言葉。



 そして――




『アンタがあの時、止めてくれなかったせいで私は死んだのよ』




 大好きな母の声が最後に聞こえた――




 ******




「うわあああああああああ!!」


 悲鳴をあげながら飛び起きる玲二。




「ハーッ、ハッ……ゆ、夢……か……」



 これ程夢で良かったと思った事はない。


 悪夢の影響で若干吐き気もするし、冷や汗も大量。


 動悸も呼吸も、激しい運動をした後のように荒い。




「落ち着け……夢だ……最近ナーバスになっているから、あんな縁起でもない夢を見るんだ……」



 気持ちを落ち着かせるように、玲二は額に手を当てた。


 ヒンヤリとした冷たい手が心地よく、少しずつ気分が落ち着いていく。



「……夢だ。そう、ただの夢……」


 自分に言い聞かせるように呟き、玲二は登校の準備をした。




 ******




 玲二がキッチンに向かうと、テーブルに顔を突っ伏している竜二の姿があり、彼の頭の前には手拭いに包まれた弁当箱が置かれていた。




(……お父さん……オレに弁当を作ってくれて……疲れて寝ちゃったんだ……)



 苦手な料理に悪戦苦闘しながらも、弁当を作ってくれる父に感謝の気持ちを抱く。


 その反面、自分のせいで父に迷惑をかけている罪悪感も感じる。




「……お父さん、起きてよ風邪ひいちゃうよ」


「んあ?」


 玲二が身体を揺さぶると、竜二は間抜けな声を出しながら顔を上げた。



 寝ぼけ(まなこ)をゴシゴシと(こす)ってから玲二の顔を見つめると、やっと意識がハッキリしたのか息子と認知したのか、パアッと明るい笑顔を浮かべた。




「おおっ! おはよう玲二! 今日も愛情弁当が出来てるぞ!」


 そう言って竜二はテーブルに置かれていた弁当箱を手に取り、ズイッと玲二に突き出した。



「あ、ありがとうお父さん……でも、大声で愛情って言われると、ちょっと恥ずかしいかも……」


「何が恥ずかしいんだ? お父ちゃんは玲二にあいじ……ぶえっくしょい!!」



 引きつり気味の笑顔を浮かべていた玲二の顔に、竜二のくしゃみによる唾のシャワーが浴びせられた。



「ズズッ……ん? おわー、すまん玲二っ!! 今 拭くから!」


 竜二は慌てて、シンクの上にあった薄汚れた布を手に取り、それを玲二の顔に当てようとする。



「ちょ、それ雑巾(ぞうきん)だよっ!」


「ほ、本当だ! すまん、愚かなお父ちゃんを許してくれ息子よ!」



 頭を抱えて、この世の終わりが来たような悲愴(ひそう)の面持ちとなる竜二。




「そんな大げさな……顔を洗えば済む話じゃん……」


 オーバーな父の肩をポンッと叩くと、玲二は流し台で顔についた唾を洗い流した。




「ふう、スッキリした! それにしても、お父さん大丈夫? 風邪ひいちゃったんじゃないの……?」


「確かに昨夜は肌寒かったしな……でも大丈夫だ! お父ちゃんは丈夫だからな!」



 胸をドンと叩きながら得意気に言う竜二。


 しかし玲二の表情は曇ったまま晴れない。



 父が風邪をひいたのは弁当を作り、キッチンでうたた寝してしまったせいなのだと、玲二は罪の意識を強く感じていた。



 そんな自責の念に駆られる息子の頭を、竜二はわしゃわしゃと撫でてやる。




「自分を責めるな玲二! お父ちゃんが好きでやってることなんだから!」


「……お父さん……」


 身長が高い父を見上げる玲二。




 “本当はウンザリなんだよ”




「っ!!」


 竜二と目が合ったその刹那(せつな)、玲二の脳裏に夢の中で聞いた竜二の言葉がよぎり、反射的に頭に乗せられていた手を振り払った。




「れ、玲二……?」


 振り払われて行き場を無くした右手を宙に浮かべながら、ショックを受けた顔をする竜二。



 捨てられた子犬のような切ない目をする父から、玲二はバツが悪そうに目を逸らす。




「ご、ごめん……学校、遅れちゃうからもう行くね」


 竜二の顔を見ずに呟くと、玲二は逃げるようにキッチンを後にした。



 1人残された竜二は、振り払われた手を悲しそうに見つめた。




 ******




 如月高校 下駄箱




 学校に辿り着いた玲二は、人目を忍ぶようにコソコソと昇降口に入り、そそくさと靴を上履きに履き替える。



 登校途中、黒斗や鈴とは出会わなかった――否、出会わないようにしていた。


 いつもとは違う遠回りの道を選び、2人だけでなく他の生徒達とも遭遇(そうぐう)しないようにしたのだ。




(……今は誰とも話したくない……夢の内容を思い出すから……)


 重い足取りで教室へと向かう玲二。



「……おい、佐々木」


 後ろから声をかけられて、足を止めた。




「……何ですか?」


 振り向くことなく、声の主――黒斗に答える玲二。




 ─会いたくない時に限って、兄貴が出てきちゃうなんて



 誰とも話したくないと思ったそばからコレだ。


 あまりのタイミングの悪さに、玲二は己の運の悪さを呪う。




「……お前、様子がおかしくないか? 何かあったのか?」


 黒斗の言葉に玲二は乾いた笑みを浮かべる。




 ─兄貴はいつでも、オレの気持ちがお見通しだ



 ─だけど、言いたくない



 ─迷惑かけたくないから



 ─夢の言葉が、現実になってほしくないから




「……何もおかしくなんか、ないよ! 兄貴の勘違いだよ……!」



 上手く誤魔化そうとする玲二だったが、紡がれた言葉が震えており、涙声であることは明らかだった。


 もう少しマシな演技が出来ないのかと、内心忸怩(じくじ)たる思いで唇を噛む。




「…………」


 ハア、という黒斗の溜め息が聞こえた。


 背を向けている為、顔は見えないが、きっと呆れているような怒っているような表情をしているのだろうと玲二は想像する。




「……言ったよな? 1人じゃないことを忘れるなって」


「…………」



 弁当を捨てられた日、屋上で黒斗に言われた言葉を思い出す。




「……辛い時は頼れと言っただろう……そうやって1人で抱え込んで、悲劇の主人公を気取って……何が変わると言うんだ?」


「………………」


 堪えていた涙がついに零れる。




 ─お願いだから優しくしないで



 ─優しくされると甘えてしまう



 ─ダメなんだよ、オレは甘えたら



 ─ずっと甘えて、迷惑かけてしまうから



 ─これ以上、誰かの負担になりたくない




「……ごめ……なさい…………」


 消え入りそうな声でポツリと呟くと、玲二はその場から走り去った。




「…………」


 遠ざかる玲二の背中を見つめている黒斗。




(…………死神の気配を……僅かに感じる……注意しとくか…………)




 ******




 1年E組教室前




(………………兄貴、怒ってるかな……逃げちゃって……)


 目に溜まっている涙を拭いながら黒斗のことを思う玲二。



(……いや、コレで良かったんだ……きっと……)




 “……本当に面倒くさい。顔を見るだけでウンザリする……”




 夢で聞いた黒斗の言葉がリフレインする。


 繰り返される脳裏の言葉をかき消すように頭をブンブン振って、玲二は溜め息を吐きながら教室に入る。




 ガラガラガラ




 無言のまま教室に入る玲二。


 教室に入ると同時に、いつもの冷たい眼差しをクラス中から向けられるとビクビクしていたのだが、今日は誰一人として玲二の方を見る同級生は居なかった。




 ホッと胸を撫で下ろし、席につく玲二。


(……アレッ? 何か臭いな……)


 鼻を突く悪臭が何処からか漂ってきて、顔をしかめる。




(誰かがオナラしたのかなあ)



 深く考えずに、鞄の中の教科書や筆記用具を取り出し、それらを持ったまま机の引き出しに手を突っ込む。




 ベチャ




 引き出しに入れた右手に、何か温かくて柔らかいものが当たった。



「うわっ、何?」


 驚愕の声をあげながら、バッと手を引き出しから抜く。



 奇妙な触感がした右手を見ると、甲に黒茶色の物体がついていた。




「…………え?」


 その柔らかさ、独特の悪臭から玲二はソレが何なのか理解する。




 慌てて机の中を除きこむと、その中は口にするのも悲惨な状態となっていた。




「あれー? 何か糞臭いぞー」


 いきなり雅也が大声を出すと、信男と秀も後に続いた。



「本当だ、クセー! 誰か糞でも漏らしたか?」


「糞ったれ、素直に名乗り出なよ」



 3人で席を立って、教室を歩き出す。




 ─ああ、そうか




「あっ」


 玲二の横を歩いた雅也が足を止め、玲二の手についている汚物を指差す。




 ─また やられちゃったんだ




「おい、見ろよ! 佐々木が手に糞をつけてるぞ!」


「マジかよ! うわ、マジだぜー!」


 雅也と信男が騒ぐと、クラス中の生徒が玲二に注目した。




「何か、佐々木の机の中、臭い」


 秀はわざとらしく机の中を覗きこむと、眉を潜めながら鼻をつまんだ。




「あのさあ、机の中はトイレじゃないんだけど」


 秀が言い終えると、クラス中からどっと笑い声があった。





「汚いなあ、マジ最悪だよなあ」


「一時間目からテストだってのに、教室を臭くするなよな」


「皆の迷惑」



 玲二は固まったまま動かず、(まばた)きすらしない。




「どれだけ俺らに不愉快な思いをさせりゃあ気が済むんだ?」


「マジでウザいわー……死ねばいいのに」


「むしろ死ね」




 ガタン




 玲二は突然席を立ち、教室から飛び出していった。




「……ギャハハハハ!! あー、面白い!」


 腹を抱えて笑う雅也。



「あの顔! 反則だっての……腹痛いわー!」


「あそこまで固まってもらえると、犬のフンをかき集めたかいがある」




 玲二の机に犬のフンを入れたことを暴露する3人。


 しかし、それを聞いたクラスメート達は3人の行為を(とが)める所か手を叩いて拍手を送る。




「ナイスドッキリ!」


「見ていて楽しかったわ!」


「ざまあみろって感じ!」




 笑いあう生徒達。



 もちろん、全員が雅也達のいじめを心よく思っている訳ではない。



 逆らえば、次は自分がこうなると分かっているから、彼らに合わせてやっているだけだ。



 力ある者に媚びを売って、へりくだる。



 立場が下の者は、そうすることでしか自分の身を守れないのだから。




 ******




 廊下をフラフラと歩く玲二。



(……また迷惑って言われちゃったよ……)




 宛もなく、ボンヤリと歩き続ける。




「……佐々木は、テスト抜きなんですよね?」


 自分の苗字が聞こえて足を止める玲二。



 声がした方を見ると、そこは職員室だった。


 扉こそ閉められているが、中に居る教師の声は廊下にまで聞こえてくる。




「当たり前だろう、親を亡くしたばかりの子にテストをさせたなんてPTAに知られてみろ。またうるさく言われるぞ」


 うんざりとした様子で答える声は体育教師の有野のものだ。




「ふう……本当に面倒ですよね……気を配るのも神経使いますし……しばらく学校を休んでくれた方が楽なのに」


 溜め息まじりの声の主は、担任教師。




「私も学校を休めと勧めたんですよ。でも、言うことを聞いてくれなかった……空気を読んでほしいわ」


 苛立った様子で喋る声は、保健室に居た養護教諭である。




「迷惑なのよね、無理して学校に来られても」


「本当ですよ。下手したら責められるのは私達なんだから」


「うっとおしくて仕方ない」




 最後の辺りの会話は、もう玲二の耳には届いてなかった。




 ─迷惑



 ─オレは、皆に迷惑をかけている



 ─オレは、何で生きてるの?



 ─皆に迷惑かけて、夢もお母さんも(うしな)って、いつまでも弱いまま



 ─誰かに迷惑しかかけられないのなら



 ─オレなんか居なくなった方が良いよね?





「ああ、君は皆の為に死ぬべきだよ」


「!?」


 声が聞こえて振り返ると、そこには夢の中と同じ漆黒のコートを纏った大神が立っていた。




「ど、どうして貴方が……貴方は転校した筈じゃ……」



 玲二の問いには答えずに、大神は玲二の目の前まで歩み寄ってきた。




「他人には迷惑ばかり、いつまでも弱虫で泣き虫のまま……そんなクズみたいな君は生きてる価値なんてないんだよ」


「…………」


 急速に冷え込んでいく玲二の心。




「君だって、周りに迷惑かけることも辛い思いをすることもイヤだろう?」


 大神の言葉を聞く度に、死ななくてはいけない――むしろ死ぬべきだと強く感じる玲二。




「僕が手伝ってあげるよ」


 ニッコリと笑いながら紡がれた大神の言葉に、玲二はコクリと頷いた。




 ******




「さあ、今なら誰も邪魔しないよ」



 物が雑多に仕舞われた体育倉庫には大神、そして木製の台に立って、目の前に吊るされている輪の形に結ばれたロープを見つめる玲二の2人しか居ない。




「……コレで……オレは死ねるの?」


 目の前の細いロープを見て不安そうに呟く玲二だが、大神は「大丈夫だ」と頷く。




「苦しいのかな」


「苦しいのは最初だけ、すぐに楽になれる。さあ」



 大神がパンッと手を叩くと、玲二は輪のふちに両手をかけた。




 ─これでいいんだ



 ─皆に迷惑ばかりかけるくらいなら、オレなんか居なくなった方が良いんだ




 輪に首を通す。




 ─兄貴や鈴ちゃんに、嫌われたくない



 ─だから……嫌われる前に死んだ方がマシだよね




 “……本当に面倒くさい。顔を見るだけでウンザリする……”



 “泣きついてこられると厄介やから、良い顔してやっとるだけや。勘違いしおってからに”



 “ボクみたいな優れた人間は、あんなバカの相手をするだけで精神が疲労するんだよ”



 “あんなんでも息子だから世話をしてやらなきゃならない……本当はウンザリなんだよ”




 ─こんな言葉を現実では聞きたくないから



 ─傷つかない為に……嫌われる前に死ぬんだ




「……ハァー……ハァー……」


 輪に首を通した状態で、荒い呼吸を繰り返す玲二。



 これでいいと、これが正しい選択だと思っているのに、足場を蹴って首を吊ることが出来ない。



 さっきまでは絶対に死ぬんだと張り切っていたのに、今になって尻込みしてしまうなんて。


 最期の最期まで優柔不断な自分を腹立たしく思ってしまう。




「……出来……ない…………怖い、怖いよ……」


 震える声で呟き、涙を流す玲二。




 いざ“死”への一歩を踏み出そうと思っても、その一歩をなかなか踏み出すことが出来ない。



 それは死にたくないからだ。



 本当に死を覚悟した人間は、死を恐れたりなんかしない。



 その者達にとって、死は“救い”だから。



 人が死を恐れるのは、まだ生きていたいから――思い残していることがあるから。



 いくら玲二が頭の中で「死んだ方が良い」と思っていても、心は正直に「死にたくない」と訴えている。


 石のように固まって動かない足が、彼が生きたいと思っている何よりの証拠だ。




「ごめん……なさい、大神さん……オレ……やっぱり……」


「だから、手伝うって言っただろ?」



 大神はニッコリと笑うと、玲二が踏んでいる台を思いきり蹴飛ばした。



「がっ!!」


 足場を失い、宙に浮く玲二の首をロープが絞め付ける。




「ぐ、う、うぅ……」


 ギリギリと首を絞めていくロープをどうにか外そうと首に爪を立てて引っ掻くが、見た目より丈夫なロープがちぎれることはなく、玲二の首にばかり傷が増えていく。




 ─苦しい 痛い 痛い 痛い




 口からも鼻からも空気を吸い込むことが出来ず、苦しみにもがく。



「だ……げで…………」


 必死に言葉を紡いで大神に助けを求めるも、彼の姿は既に無かった。




 ─オレ……死んじゃうの?




 迫り来る“死”に怯える玲二。




 ─さっきまで死ぬ気満々だったのに、今になって死ぬのが怖いだなんて笑っちゃうよね




「がっ、……ぎぃ……」


 苦悶の声が漏れる口からは胃液まじりの唾液が止めどなく零れ落ちる。


 大きく見開かれた目からは涙、鼻の穴からは鼻汁が溢れ出て、玲二の顔を濡らしていく。



 ロープで絞められている首の傷口からは真っ赤な血がダラダラと流れ落ち、未だに首を引っ掻く爪の間には血のついた皮膚が食い込んでいる。




 ─死んだらどうなるんだろう




 徐々に薄まる意識の中、玲二は(しかばね)となった己の姿を想像した。




 ロープに吊られたまま、ダラリとぶら下がっている身体。


 身体中の穴という穴から吹き出る体液。


 飛び出している赤く血走った目玉。


 グニャリと伸びた首。


 耳や鼻から飛び出る脳の一部。


 汚物でぐっしょりと濡れた股――そこからポタポタと床に落ちる、濁った液体。




 醜くて汚い自分の遺体――それを思い浮かべてしまった玲二はさらに死にたくないと感じた。




 ─イヤだ イヤだ イヤだ イヤだ



 ─死にたくない 死にたくない 死にたくない 死にたくない!!



 ─オレはまだ……生きていたいんだ!




 生きたいと強く願うも現実は無情で、ロープが弱まる気配は全く無い。



 意識がだんだん遠ざかり、ついに腕を動かす力も無くなった。


 赤く染まっている指先がだらんと垂れる。




 ─おか…………さ…………




 母の姿が脳内に浮かんだのを最後に、玲二の意識は深い深い闇の中へと沈んでいった。

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