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デスサイズ  作者: LALA
Episode7 空虚感
34/118

空虚感4

 



 その頃 屋上にて




「……レイちゃん遅いな」


 黒斗と隣り合いながらベンチに腰掛けていた鈴が呟く。



 膝の上には開封していない弁当箱が乗せられている。




 昼休みになると早々に鈴と黒斗は屋上に向かい、玲二が来るのを待っていたが、昼休みの残り時間が半分以下になっても彼が現れる気配が無い。




「……何かあったんやろか」


 心配そうにうつむく鈴を見て、黒斗の脳裏に昨日の男子生徒――雅也が言っていた言葉がよぎる。




 “元気に決まってるじゃん! 絶対に仮病っしょ! 良いよなあ、母親が死んだからって先生達から甘やかされて特別扱いされて”




(……今の佐々木の状態は、他のクラスメート達に良い目で見られていないようだな)



 この年頃特有の不安定な感情を持つ子供達は、浮いていたり特別な扱いをされている他人に、攻撃的かつ否定的になりやすい傾向がある。


 特に同級生が教師から学校を休んでもいい、授業を受けなくてもいい等、甘やかされていては余計に負の感情を抱きやすい。



 それも親しい人間の“死”を経験したことがないなら尚更だ。



 普段からニュースや雑誌の記事で人の死を毎日のように聞いて、「可哀想」「気の毒に」――そういった同情を声に出したり、心に抱いたりしても所詮は“他人事”という認識でしかない。



 玲二のクラスメート達も、誰かを亡くす悲しみを知らない者ばかりなのだろう。


 だから玲二の気持ちも分からず、ただ自分の不満や鬱憤(うっぷん)ばかりをぶつけるのだ。




 “普通”ではないものに対する敵意。


 自分が認められないものに過剰反応する者も大概、“普通”ではないのだが――




 だが、玲二の状況が分かっても黒斗には何も出来ない。


 強いて言うなら、いつも通りに彼と接して心身共に支えるぐらいだろう。



 (うしな)う悲しみを知らない生徒達にいくら説教をしても彼らの心の奥には何も響かないし、むしろ事態は悪化するかもしれない。



 これは玲二の問題だから、玲二が自分で乗り越えなくてはならないのだ。




 ガタン




 屋上の扉を開く音が聞こえて、黒斗は思考を中断させてそちらを見る。




「……! レイちゃんどないしたんや!?」


 扉を開いて現れた玲二の姿を見た途端、鈴が驚愕の声をあげて彼に駆け寄った。


 黒斗も玲二の姿を見て、思わず眉を潜める。




「ごめーん。遅くなっちゃったあ」


 苦笑いを浮かべる玲二の目は充血して顔色も悪く、どことなくやつれていた。


 それに服装も制服ではなく体育用のジャージだ。



 今朝とはまるで違う様子の玲二を心配した鈴が詰め寄る。




「レイちゃん、真っ青やないか! それに何でジャージ!? 何があったんや!?」


「何にもないよー! 鈴ちゃん心配性だな!」



 ニッコリと笑う玲二だが、赤く腫れた目と青ざめた顔で浮かべる笑顔はとても痛々しく見えて、鈴の心配を(あお)る。


「……じゃあ何でジャージなんや? それにお弁当はどないしたん?」


 鈴の質問にビクリと身体を震わせる玲二。



「え、えーとね……その……それには深い……ようで、深くない事情が……」


 口ごもって視線をそらす玲二に、鈴の眉間のシワが深くなる。


 さらに追究しようと鈴が口を開こうとした刹那(せつな)、玲二が顔を上げて言葉を発した。




「早弁!! 実は、途中でお腹空いて早弁しちゃったんだ、アハハハハハ!!」


 不自然なまでに明るく話す玲二。




「……ジャージの理由は?」


「水道の蛇口を捻ったら、水が勢いよく出て来て制服が濡れたんだ! あー、災難だったよー!」


 引きつった笑顔で無理がある言い訳をする。


 自分でも苦しい言い訳だと思っていたが、咄嗟に思いついたのはコレしかなかった。




「…………そっか」



 玲二が話したがらないことを察してそれ以上の追究を止める鈴。


 彼女が言葉を止めると玲二は密かに胸を撫で下ろした。




 僅かに感じた玲二と自分の間にある壁をもどかしく思いながらも、普段通りの笑顔を浮かべる。




「じゃあレイちゃん、お腹空いたやろ! ウチの弁当を分けたるから、はよ座りや!」


 明るく言いながらベンチに戻っていく鈴を追う玲二。




(……うまく誤魔化せた……のかな?)


 嘘を吐いたことに対する申し訳なさと、うまく誤魔化せたことに対する安堵(あんど)感を同時に覚える玲二。



 黒斗と鈴に心配をかけたくないという思いもあったが、同情されたくない気持ちが一番強かった。



 母親を亡くして、いじめまで受けている“可哀想”な子。



 2人には、そんな哀れみの感情や視線で見られたくなかった。



 教師からは特別な目で見られて、同級生からは妬みの目で見られて肩身の狭い学校生活は、いつも通りに接してくれる黒斗と鈴が救いなのだ。



(……もしも、オレに向けられてくる特別な目の中に兄貴と鈴ちゃんのものが含まれたら…………オレ、もう笑えなくなるかも)


 2人がそんな人ではないと分かっていても、心の何処かで不安を抱いてしまうのは人間の(さが)だろうか。




 嫌な考えを振り払うように首を振りながら、玲二は黒斗と鈴の間に座った。



「待っててな、今よそうから……」


 いそいそと(ふた)に弁当をよそう鈴を何気なく見つめる玲二。




「……佐々木」


 すると、黒斗が声をかけてきた。


 その声は潜められており、鈴には彼の言葉は届いていない。




「何?」


 玲二も同様に小声で返事をする。




「……お前の抱えている問題は、お前自身が解決するしかない。立ち向かうも逃げるも、お前の自由だ」


「…………」



 黙って黒斗の言葉を聞く玲二。




「……俺達は変わりに解決してやることは出来ないが……支えてやったり、手を差し伸べることは出来る」


「…………!」


 赤くなっている目を大きく見開く玲二の頭に、黒斗の手が乗せられる。




「……言いたくないならそれでもいい。だが本当に辛い時は周りに頼れ……お前は1人じゃないことを忘れるな」



 幼い子供の頭を撫でるように優しく手を動かす黒斗。


 その手と言葉の優しさに、先程あれだけ泣いたのに、また涙が零れそうになる。




「…………ありがとう、ございます…………兄貴……」


 (うる)む目を見られないようにうつむきながら、玲二は黒斗に礼を述べた。




 ******




 一方その頃




 スーパーでのバイトを終えた九条は、肩をガックリと落としながらトボトボと自宅に向かって歩いていた。


 誰が見ても落ち込んでいると一目で分かるほど、強力な負のオーラを一身に(まと)っている彼女の脳裏には、先程帰り際に店長に言われたことが繰り返されていた。




 ******




「……ハア…………疲れた」


 仕事を終え、事務所でエプロンを取って黒いアウタージャケットに袖を通す九条。



 来週の勤務時間を確認しようと、壁にかけられているシフト表に目を通す。




「……な、何よコレ」



 シフト表を見た九条は驚きのあまり、無意識に声を出す。




 何と、来週の九条の勤務日数は二日しか入っていなかったのだ。




「店長! 店長っ!」



 週二日のシフトに納得出来る訳がない九条は声を張り上げながら、店内で品物の整理をしている店長に駆け寄った。



「あー……? どうしたのかな九条くん」


 口元のチョビヒゲと、全体的に丸い体格が特徴的な中年男性の店長が振り向く。



「どうしたのかな、じゃありませんよ! 何ですかあのシフトは! たったの二日しかないなんて、そんなんでどうやって生活していけって言うんですか!!」


 九条の金切り声に耐えかねた店長が耳を塞ぐ。




 そんな店長の様子などお構い無しに九条は言葉を続ける。


 何しろ生活がかかっているのだ。


 耳を塞がれたくらいで、引き下がったり遠慮などしてたまるかという思いを持って九条は言葉を続ける。




「いくら何でも少なすぎます! 何か私に至らない所があるなら言って下さい、直しますから」


「ちょ……分かった、分かったから店内で大声を出すのはやめなさい。お客さんにみっともないったら」



 耳から手を離し、困り果てた表情を浮かべながら店長は額に(にじ)んだ脂汗を拭く。




「……あまり、こう言いたくないけどね……」


 そう言って店長は声を潜めて九条の耳元に顔を寄せた。




「……九条さんがバイトするようになってから、店の評判が悪くてさ……」


「ハア!?」


 思わぬ言葉に目を丸くする九条。



 自分が勤めてから評判が悪くなったと言われても、九条には思い当たる要因が無い。


 客に無礼を働いたことも、致命的なミスをしたこともないのだ。



「…………君に付きまとっている記者の人、居るよね? 彼だけでもアレなのに、君も彼に対して相当アレな態度をとるからさ……」


「そ、それは……あの人が……」



「確かに君も大変だろうけど、お客様には知ったこっちゃないんだよね。傍目(はため)には店員が客に暴言を吐いてるように見えるわけ」


「そ……そんな……」



 確かに九条は感情的になりやすく、富永と接する時は頭に血が登って仕事中だということを忘れて怒鳴り散らしていた。


 自分でも良くないと思っていた所を突かれ、後ろめたい気持ちになる。




「……申し訳ありません……今後は気をつけます、ですから……」


「いや、君がいるとあの記者が…………っと何でもない! とにかく、お客さんからもクレーム出てるからさ、しばらくはシフト少なめでいくよ」



「そんな……週二日じゃやっていけません! 集金も払えないわ」


「クビじゃないだけマシだと思ってよ……不満なら、掛け持ちとか他のお店を探すとか……行動を起こさなきゃ」



 遠回しに「辞めてほしい」と言われたような気がした九条は、これ以上言っても無駄だと悟り、軽く頭を下げて店を出ていった。





 そして現在




(……このままじゃ生活が出来ない……掛け持ちは無理だから、違う仕事を探さなきゃ……)




 十歳の娘と2人暮らしをしている九条は、仕事と家事を両立している。


 娘のアヤは炊事・掃除・洗濯など全く出来ず、家政婦を雇う金など無いし、頼める相手も居ない。



 両親は数年前に事故で他界しており、人見知りな性格ゆえに親しい友人も居ないのだ。




『~♪』




 鞄の中に入れていた携帯の着メロが鳴り、取り出す九条。



「っ!」



 画面に表示された番号を見て、表情が固まる。




「……も、もしもし?」


 緊張した様子で電話に出る九条。




「……はい…………分かりました……すぐに伺います」


 ペコペコ頭を下げながら通話を終えると、深い溜め息を吐いた。



「…………本当……嫌なことって続くものね」


 ポツリと独り言を漏らすと九条は歩いてきた道を引き返し、小走りで駆け出した。



 ******




 雛菊(ひなぎく)小学校 校長室




「本当に申し訳ありませんでした!!」


 勢いよく、娘の同級生の母親に頭を下げる九条。



「まあまあ、そんなにお気になさらないで下さい。 うちの笹美(ささみ)も悪いんですから」


「ですが、女の子の顔に引っ掻き傷だなんて……痕が残ったら……」


 一度上げた顔を再び下げる九条に、相手の母親も困ったように笑う。




 九条は、学校から娘のアヤが同級生にケガをさせたと呼び出しを受けた。



 何でも笹美という子がアヤに喧嘩を売るようなことを言い、それに腹を立てたアヤが笹美の顔を引っ掻いたらしい。




 女の子の顔に傷を付けてしまったことに罪悪感を抱き、必死に謝る九条だが、ケガをさせた張本人であるアヤは他人事のような顔をしてソファに身を沈めている。




「アヤ! 貴女も笹美ちゃんと笹美ちゃんのお母さんに謝りなさい!」


「………………いや。アヤ、悪くないもん」


 九条に叱られても、ふてくされた表情でそっぽを向くアヤ。



 全く反省していない娘の不遜(ふそん)な態度に(いきどお)った九条はアヤの腕を掴んで無理やり引っ張る。



「いたいっ! 離してよ!」


 おさげを振り乱しながら抵抗するアヤだが、力で敵うはずもなく笹美の母親の前に引き出された。



 アヤが出てくると、母親の後ろに隠れていた笹美が顔だけ出して様子を伺う。


 少しだけ見える笹美の口元にはバンソーコーが張られており、ショートボブの黒い髪は喧嘩のせいかバラバラに乱れていた。



「ほら! 頭を下げて!」


 隣に立たせたアヤの頭を押さえて無理やり下げさせる。




「離してえ! アヤは悪くないもん! 悪いのはアヤに酷いこと言った笹美ちゃんだもん! ママまで笹美ちゃんの味方するなんて信じらんないっ!!」


 そう叫ぶとアヤは暴れて九条の手から逃れ、ソファに膝を抱えて座り込んだ。




「アヤ!」


「まあまあ、アヤちゃんのお母さん! 無理強いはよくないですわ。本当に大丈夫ですから、今回のことは笑って水に流しましょう。ね?」


「笹美ちゃんのお母さん……」



 心が広い笹美の母親に、頭が下がる思いの九条。




「ほら笹美、ちゃんとアヤちゃんに謝りなさい」


「…………アヤちゃん、特別扱いされて(うらや)ましいって言ってゴメンなさい」



 母親の背中に隠れながら笹美がペコリと頭を下げるが、アヤは笹美に見向きもせずに立ち上がり、校長室から出ていった。




「アヤっ!!」


 九条が怒鳴ってもアヤは戻って来ない。



「全くあの子ったら! 本当に、皆様ごめんなさい!」


「いえいえ……あ、お母さん。アヤちゃんのランドセルです」


 黙って見守っていた中年の女性担任教師から手渡されたランドセルを持って、九条はアヤの後を追った。

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