空虚感1
「……………………」
とあるマンションの一室――1人の年若い女性が部屋の隅で膝を抱えて座り込んでいた。
決して広いとは言えない部屋の中は脱ぎ捨てた服や下着があちこちに散らばっており、他には一部のページが破りとられた雑誌、穴から綿が飛び出しているぬいぐるみ等も乱れたベッドの上で転がっている。
小刻みに身体が震えている女性の栗色の長い髪は痛んでパサついており、化粧っ気の無い顔は青白く、目には大きなクマがあった。
ヴー、ヴー
着メロと共に振動する携帯に、女性がビクリと身体を大きく震わせた。
キッチリ3秒経過した後に音と振動は鳴り止み、丸いテーブルの上に置かれた携帯に手を伸ばして新着メールを開く。
「…………イヤアアアアアアアッ!!」
メールに目を通した途端に、女性は頭を抱えて絶叫した。
「こんなもの……こんなものぉっ!!」
乱暴に携帯を地面に叩きつけると、女性はカーテンと窓を開けてベランダに飛び出した。
手すりから身を乗り出して、下を見下ろすと暗闇の中で輝く小さな光が見えた。
光と言えば聴こえは良いが、彼女にとってこの光は絶望への道しるべでしかない。
「…………そう……ムダなのね……いくら逃げても、どこに逃げても……」
ほぅっ、と小さく息を吐く女性。
「…………もう、疲れた………………」
ポツリと呟くと彼女は手すりに足をかけて、そして――
光に向かって飛び降りた。
パシャッ
頭を下に向け、風を切って落ちていく彼女が最後に聴いた音はカメラのシャッター音だった。
誰も居なくなった乱雑な部屋で、携帯が再び鳴り響く。
しばらくした後に音は止まり、先程彼女が開いたままにしていたメールの画面に戻った。
『ボクから逃げようだなんて無駄ですよ。今、貴方のマンションの前に居ます』
差出人の名前が無いメールには、そう書かれていた。
******
如月高校 2年A組 教室内
「…………と言うことですから、ここからここまでがテストの範囲になります」
亡くなった佐々木の代わりに、歴史と2年A組の担当教師となった矢吹 幸夫が黒板を眺めたまま生徒達に言った。
「……………………」
「あれー、返事はー?」
無言の生徒達に返事を促す矢吹だが、やはり振り向かない。
「……皆、お返事はー?」
「…………はーい…………」
「はい、よく出来ましたー」
無表情のまま淡々と答える矢吹。
彼は有名な大学を首席で卒業した若きエリート教師ではあるが、無愛想で生徒とも積極的にコミュニケーションをとろうとしない為、指導面に問題があると注意を受けている。
しかし、それでもなお 彼は自分のキャラを貫き通している。
その決してブレない一面が、一部の女性教師からはウケが良いらしい。
生徒達からは、何を考えているか分からなくて不気味だと逆にウケが悪いが。
「はーい、それじゃあ今日はここまでー。お疲れ様ー」
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、矢吹が出ていくと生徒達はガックリと肩を落とした。
「あー、疲れた……矢吹とかマジ勘弁なんだけど……」
「本当にねー……無駄に緊張して疲れる」
ハアー、と溜め息を吐く多くの生徒達。
「……比べるって訳じゃないけど……やっぱり佐々木先生は良い先生だったな」
「もう佐々木の話は止めろよ……いくら言ったって死んじゃったもんは死んじゃったんだ」
佐々木の死を知らされた時、2年A組の生徒達はショックを受け、彼女の死を悼んだ。
やや幼稚な性格の佐々木をからかってはいたものの、それはある意味親愛の裏返しだったのだろう。
彼女の死から3日経っても、生徒達は佐々木のことを割りきれずにいた。
(…………何だかんだで、アンタも生徒達から慕われていたんだな)
頬杖をついたまま他の同級生達を見渡す黒斗。
(……アンタが居なくなって、退屈だった授業が更に退屈になっちまったよ……)
心にポッカリと穴が開いてしまったような――そんなどうしようもない空虚感に苛まれる。
彼の後ろに座っている鈴も、黒斗が落ち込んでいる様子を感じとったようであり、どう声をかければいいか悩む。
(……クロちゃんと佐々木先生、ケンカばっかりだったけど仲良かったし……やっぱりショックやろうな……)
席に座ったままうつむく鈴。
─皆、居なくなっていく
─リンも、みきほさんも、佐々木先生も
大切なペット、友達、教師――この数ヶ月で親しい人達が次々に死んでいった。
今まで平和だったのに、いつからこうなってしまったのだろうか。
(……大神くん……大神くんが転校してきてから、事件ばかり起きて……)
そこまで考えた所で鈴はブンブンと首を振った。
(アカン……人を疑うなんて……これじゃまるで大神くんのせいみたいやないか……ゴメンやで大神くん……)
今はもう居ないクラスメートに心の中で謝る。
しかし、嫌な考えを消し去っても不安は消えない。
今度は母が、玲二が、黒斗が居なくなってしまったら――
大好きな父と同じように――
「……橘」
不意に声をかけられ、鈴はバッと顔をあげた。
「ど、どないしたんクロちゃん」
「お前がどうした……さっきから百面相して……」
「百面相っ!? ウチ、そないな顔しとったん?」
「ああ……泣きそうになったり顔をしかめたり、難しい顔をしたり、な」
黒斗がそこまで言うと、鈴は顔を赤くしながら頭を抱え込んだ。
考え事に夢中になりすぎて、知らず知らず百面相していたとなると結構恥ずかしいものである。
しかも見られていたとなると、羞恥も二倍だ。
「もう……見てたならもっと早く声かけてや」
「面白かったからな」
「面白がるなっ!」
軽く黒斗の頭を叩く鈴。
(……こうして冗談言い合える友達も、クロちゃんとレイちゃんぐらいやもんな……)
忘れかけていた不安が甦る。
(……クロちゃん……居なくなったりしないでな)
心の中でそっと祈った。
******
放課後
いつものように玲二を誘って帰ろうと、黒斗と鈴は彼のクラスに向かう。
「レイちゃーん、帰ろうやー!」
ガラガラと扉を開けて声を出す鈴。
しかし、返事は無い。
「あれ?」
キョロキョロと教室を見渡すが、玲二の姿は見当たらない。
「……居ないみたいだな」
教室の出入口で立ち尽くす2人に、廊下側の席に立っている男子生徒が声をかける。
「先輩ら、佐々木を誘いに来たんですかあ? 佐々木なら居ませんよー」
「じゃあ、何処に行ったか分かるか?」
黒斗が訊くと、男子生徒は底意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「保健室ッスよ。昼休みの後から顔色が悪いから保健室で休んでもいいって先生が言ったから」
「ええっ!? レイちゃん大丈夫かなあ……昼休みの時は元気そうやったのに……」
玲二の体調を心配する鈴だが、男子生徒はニヤニヤと笑ったままだ。
そのニヤケ顔からは玲二を蔑む感情が見え隠れし、不快に思った黒斗は眉を潜める。
「元気に決まってるじゃん! 絶対に仮病っしょ! 良いよなあ、母親が死んだからって先生達から甘やかされて特別扱いされて、うらやまし……」
ケラケラと笑う生徒に鈴が文句を言う前に、黒斗が彼の胸ぐらを掴んだ。
物々しい雰囲気に、近くに居た他の生徒達が一斉に距離をとる。
「なっ、何だよ……!」
虚勢を張る生徒だが、黒斗に睨まれて怯えていることがひきつっている顔から見てとれた。
「……大切な家族を、母親を喪った人間のどこが羨ましいんだ? 2度とそんな口をきくな……」
激情を抑えるように低い声で言うと、黒斗は乱暴に男子生徒から手を離した。
「ガッ……ゲホ、ゲホッ!」
咳き込む男子生徒を気に留めることなく、さっさと教室を出ていく黒斗。
鈴も慌てて後を追う。
(……クロちゃんも最近、感情を出すことが多くなってきたなあ……前はもっとクールというか冷たそうだったのにな……)
早足で廊下を進む黒斗の背中を、小走りで追いながら鈴は思う。
一方、黒斗は歯軋りをしながら咄嗟に生徒の胸ぐらを掴んだ先程の自分に苛立っていた。
(……前と比べて、感情の抑制が効かなくなっている……)
ギリッと、更に歯を食い縛る。
(死神に感情なんか必要ない……それなのに………………どうすればいいんだ…………助けて、母さん…………)
“過去”と同じように切なさや虚しさ、悲しみが胸中を駆け巡り、苦しむ黒斗。
無意識の内に“母”に助けを求めるが、救いの手が差し伸べられることは無い――
******
保健室
ベッドで横たわっていた玲二は壁にかかっている時計を見て、終礼が終わった時刻だと確認すると上半身を起こした。
(…………ハア……何かスッキリしない気分だなあ……)
保健室にまで来たものの、玲二は一睡もしていないし、体調が悪い訳でもない。
では何故保健室に来たのかというと、話は五時限目の授業中に遡る。
鬱々(うつうつ)とした気分で授業を受けていた玲二。
そんな気分で授業に集中出来る訳もなく、溜め息ばかり漏らしていた玲二を見て、気遣った担任教師が彼に声をかけた。
「佐々木くん、顔色が悪いわよ? 大丈夫?」
「へっ?」
突然声をかけられ、呆けたような声が出た。
「具合が悪いなら保健室で休んでいたら?」
「あ、いや……」
別に体調が悪い訳ではないので断ろうとするが、周囲からヒソヒソと聞こえてきた言葉に、思考がフリーズする。
「テスト近いのに保健室行くとかどうなんのよ」
「どーせ免除さ。あーあ、羨ましー。俺の家族も誰か死なないかなあ」
「親が死んだからって特別扱いとか、マジでムカつくよ」
「あの『オレ、可哀想』みたいな顔イライラする」
「……………………」
教師には聞こえていないようだったが、玲二の耳にはしっかりと届いた心ない言葉。
発せられているのは悪口だけなのに、まるで指を差されて嘲笑われているような嫌な感覚。
悪いことなどしていない筈なのに、浴びせられている冷たい視線のせいで感じる背徳感。
それらが三位一体となって玲二を襲い、吐き気を催した。
─早く逃げたい
吐き気だけでなく、居心地の悪さも感じた玲二は早口で保健室に行くことを告げて教室を出ると、一目散にトイレへ駆け込んだ。
「おぇ……ゲエエェ…………ガハッ、ゴホッ……」
胃の中の物を全て吐き出し、出てくるのが水だけになってしばらくした後にようやく吐き気が治まった。
鼻にツンとくる悪臭と口内の苦味にまた吐きそうになるが何とか堪えて汚物を流し、手洗い場でうがいと洗顔を済ます。
「……うわあ、ひっどい顔……」
嘔吐の直後の為か、鏡に映った自分の顔は酷くやつれていて思わず苦笑する。
“あの『オレ、可哀想』みたいな顔イライラする”
自分はそんなつもりではないのに、周りにはそう思われているのか――
先程の言葉を思いだし落ち込む玲二。
それと同時に、あの居心地の悪さと胸焼けのような気持ち悪さが甦り、忘れようと首を振る。
(こんなんじゃ、お母さんに怒られちゃうよ……)
気を取り直し、玲二は保健室に向かった。
******
――そして現在に至る
(そろそろ、皆帰ったかなあ)
鞄を取りに行きたくとも同級生と顔を合わせにくく、人が居なくなる時を見計らっていた玲二は、頃合いかとベッドから降りる。
「あら、佐々木くん。大丈夫?」
カーテンを開ける音に反応して、四十代後半の養護教諭が玲二に声をかけた。
「はい、大丈夫です!」
ニッコリと笑う玲二。
「辛いなら無理して学校に来なくてもいいのよ?」
「いえいえ! 何かしてないと、逆に気分が滅入っちゃうんで!」
「そう? なら、いいけど……」
訝しげな表情を浮かべる彼女にペコペコと頭を下げながら、玲二は保健室を後にした。
廊下に出た玲二は、保健室から少し離れると溜めていた息を吐き出した。
「ハアー……疲れた」
何とも言えない堅苦しさから解放され、身体を伸ばす。
(皆、心配してくれるのは良いけど……居心地悪いんだよね……)
母親を亡くした玲二に教師達は優しく甘く、気遣ってくれる。
しかし、玲二は教師達と接している時に息の詰まるような思いをしていた。
気遣ってくれる彼らには悪いと思っているが、腫れ物に触るような扱いをされるのは嫌だし、逆に疲れるのだ。
そんなに気遣わなくても、今まで通り接してくれればいいのに――と玲二は思う。
(……オレって嫌な奴だよね……先生達にも不満ばかり抱いて…………こんな息子でゴメンね、お母さん……)
今は亡き母に、心の中で謝る玲二。
「レイちゃーん!」
前方から明るい声が聞こえて顔を上げると、鈴と黒斗がこちらに歩いてくるのが見えた。
2人の姿を見た玲二は、パアッと笑顔を浮かべた。
「兄貴ー! 鈴ちゃーん!」
手を振って駆け寄る玲二。
「レイちゃん大丈夫? 具合が悪くて、保健室に行ったって聞いたけど……」
「あー、うん。でも、もう大丈夫だよ! 元気いっぱーい!」
「そっか、それなら良かったわ」
いつものように笑って答える玲二の様子を見て、心配そうな表情を浮かべていた鈴も安心したように胸を撫で下ろす。
「…………」
2人のやり取りを見ていた黒斗は、玲二が空元気を出していることに気づいていたが敢えて何も言わずにいた。
玲二自身も気遣われたり、落ち込んでいることを指摘されたくないようだったので、黒斗も余計なことは言わずに普段通りに接することにする。
「ゴメン、鞄を取ってくるからさ! ちょっと待ってて!」
「ああ、一分で取ってこい」
「一分!? 絶対に無理だから! アスリートでも無理だからっ!」
「人間、死ぬ気でやれば何でも出来る」
「出来ないよっ! ハッ、これも修行なのか……分かったよ兄貴! オレ頑張ってくる!」
いつものノリで走って行った玲二の背中を、黒斗はボンヤリと見送った。
******
「……で、良い所で終わったわけや。あー、あの続き気になるっ! 一週間すら長く感じるわ~」
「本誌ならではのじれったさだね。オレは単行本派だけど、次の巻が出るまでが長くてさー!」
他愛ない話で盛り上がる帰り道。
すっかりいつものテンションに戻った3人は、いつも通りに接しあい、いつも通りの道を進んでいく。
しかし、そんな彼らの前に1人の男が立ちはだかった。
「……何だ、アンタは」
黒斗が足を止めて進路を邪魔する男に声をかけると、笑いあっていた鈴と玲二も会話を中断し、キョトンとした表情で男を見つめた。
無精髭を生やし、くたびれた革ジャケットを着こなす灰色の短髪。
年の頃は三十代後半くらいの男の首には、キズだらけのカメラがかけられていた。
「君達の、その制服……如月高校の生徒だね?」
「は、はい……そうですけど……」
返事をする鈴だが、いきなり声をかけられたことと、全身から滲み出る胡散臭さのせいで警戒心を露にしている。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。僕は決して、怪しい人じゃないからね」
「……十分怪しいわっ! 誰やねんアンタ」
1歩前に出る鈴だが、彼女の肩を黒斗が掴んで後ろに引く。
「あまり相手にするな橘。その男……記者だ」
「記者!?」
目を丸くする鈴と玲二。
一方、男は苦笑いを浮かべる。
「アハハ……何で分かったの、僕が記者だって」
「いかにもマスコミらしい、しつこそうな雰囲気と首から下げたカメラから見るに明らかだ」
黒斗が淡々と述べると、男は大袈裟に手を叩いて笑った。
「大した洞察力だねえ! 君の言う通り、僕は記者……それもフリーのライターだよ。実は如月高校の生徒達に取材したいことがあってさ」
そう言って笑うと男は、懐から手帳とペンを取り出した。
「三日前に亡くなった佐々木 のぞみ先生を知ってるだろ? 彼女は如月高校の教師だったんだから。佐々木 のぞみ先生がどんな人だったか、亡くなってどう思うかとか、聞きたいんだけど」
「さ、佐々木先生の……?」
佐々木の名を聞いた鈴がチラリと玲二を見ると、彼は顔を真っ青にして、呆然と立ち尽くしていた。
「さあさあ、君達の名前は出さないから大丈夫だよ。佐々木先生に関することなら、不満でも悲しみの言葉でも何でもいいよ」
「……答えることなど何も無い。行くぞ橘、玲二」
「玲二だって?」
玲二が佐々木の息子だとバレないように、黒斗は敢えて名字ではなく下の名前で呼んだのだが、どうやら意味が無かったようである。
彼の名を聞いた途端に、男の眉がピクリと動いて舌舐めずりをした。
「……君、佐々木 玲二くん?」
「は、はい……」
声をかけられて肩を強張らせる玲二を、まるで獲物を狙う獣のように鋭い目付きで見据えた。
「……佐々木 のぞみ先生の息子さんだね! いやあ、こんな簡単に会えるなんて! 色々と話を聞かせてほしいんだけど!」
戸惑う玲二に容赦なく男が手帳片手に詰め寄る。
「お母さんが亡くなったと聞いて、どう思った? やっぱり悲しかったのかな、詳しく聞かせてよ。学校の皆は、君にどんな対応してるの? 気まずい感じ? それともいつも通りに接してくれる?」
「あ…………や、やめ……」
「出来れば、お母さんとどんな風に暮らしていたか聞かせてほしいなあ。感動的なエピソードを交えれば、読み手のウケも狙えるし……」
拒否の意思を示そうとする玲二だが、涙声で呟かれた言葉は男の早口に掻き消されてしまう。
─やめてよ
─オレに構わないで、そっとしてよ
─お母さんが亡くなってどれだけ悲しいかなんて、言葉で言い表せる訳ないだろ
─せっかく前に進もうとしてるのに、傷を掘り返さないでよ
無遠慮にデリケートな問題に踏み込んでくる記者の態度に苛立ちを覚える玲二。
それと同時に母を喪った直後の悲しみと虚しさが甦って、苛立ちの感情に混ざる。
─ああ、また吐きそうだ
様々な感情が入り混じったせいで、またも玲二を吐き気が襲った。
玲二自身は前向きに生きようと頭では思っていても、心はなかなか思い通りにはいかないもの。
母を亡くしたばかりの玲二の心は少しつつけば簡単に壊れてしまいそうな程、不安定なのだ。
度々襲ってくる吐き気も、その不安定さの現れだろう。
「……ちょっとアンタ! 黙って見とれば調子にのって……ええ加減にせえよ!!」
叫びながら鈴が強引に玲二と男の間に割り込み、2人の距離を離した。
怒りの形相の鈴に対して、男が困ったような表情をする。
「ど、どうしたのかな? そんなに怒って……」
「どうしたのかな、やないっ!! レイちゃんがこんなに苦しそうな顔をしてるのに分からへんの!?」
鈴に言われて男が玲二の顔を見ると、確かに彼はうつむき目に涙を溜めていた。
「読み手のウケだが何だか知らへんけど、人の悲しみを稼ぎにするとか……ウチはそんなん絶対に認めへんからな」
キッパリと言い切ると鈴は玲二の手を引いて、黒斗の元に向かった。
「ご、ゴメンよ! つい興奮していて……心にも無い言葉を言ってしまった。でも僕は面白おかしい記事を書くつもりじゃなく、母を亡くした息子の心情を綴って、皆に母の大切さを知ってもらおうと……」
「……その為には、取材対象の心を踏みにじっても構わないと? 人の心を傷つけるような人間が母の大切さを語る…………笑わせるな」
黒斗は蔑むような目で男を睨みながら言うと、背を向けて立ち去った。
彼の後に鈴と玲二も続く。
「……………………」
1人残された男は、何も言わずに遠ざかっていく3人の背中を見つめていた。
「……あ、あの……兄貴、鈴ちゃん」
鈴に手を掴まれたままの玲二が声をかけると、2人は立ち止まって玲二を見た。
「……ありがとう。オレなんかの為に、本気で怒ってくれてさ……すっごく嬉しかった」
涙目のまま、柔らかい笑みを浮かべて玲二が2人に礼を述べると、鈴も笑いながら彼の頭を撫でる。
「礼なんてエエって。レイちゃんは大切な友達なんやから、傷つけられて怒るのは当たり前やろ」
「……う、うぅ…………ありがと……」
優しい言葉をかけられて、遂に玲二の目からポロポロと涙が零れ落ちた。
「うええ……止まんないや…………」
拭っても拭っても涙が溢れる玲二を見兼ねて、黒斗がハンカチを差し出す。
「こんな道の真ん中で泣くな、みっともない。さっさと涙を拭け」
「ず、ずみまぜん……ありがだく、お借りじまず……」
清潔感がある白いハンカチを受けとると、玲二は迷うことなくソレを鼻に当て、そして――
「チーン!」
勢いよく鼻をかんだ。
「あーあ……」
鼻水がベッタリついたハンカチを見て、ひきつった笑みを浮かべる鈴。
黒斗は無表情のまま、玲二とハンカチを交互に見る。
「ふう……ありがとうございました兄貴! これ、かえ」
ボカッ
玲二がハンカチを差し出すと同時に、黒斗のゲンコツが頭にヒットした。
「イダーッ!! な、何ですか? オレ、悪いことしたっ!?」
頭を押さえながら訳が分からないという表情を浮かべる玲二に、黒斗が怒りのオーラを纏いながら詰め寄る。
「誰が鼻をかめと言った……涙を拭け、と確かに言った筈だ……お前の耳は腐っているのか?」
「ふわああ! 鼻水が出そうだったから、つい……ごめんなさーいっ!!」
ワリと本気でキレている黒斗に平謝りする玲二。
「フフッ、やっぱりレイちゃんは元気が一番やな!」
そんな2人のやり取りを見て、鈴は笑顔を浮かべるのだった。




