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デスサイズ  作者: LALA
Episode6 思い
28/118

思い5

 


「テメエに恨みは無いが……見られた以上、仕方ない」


 無表情のままシローは懐から石を出して、それを佐々木の脳天目掛けて降り下ろす。




 その動きが、今の佐々木には随分とゆっくりに感じられた。




 ─人は死ぬ時、時間の流れが遅く感じると聴いたわ



 ─じゃあ、やっぱり私は死ぬのね




 ソッと目を閉じる佐々木。


 彼女の脳裏に愛する夫と息子の姿、そして悪ガキだらけの2年A組の生徒達の姿が過った。



「……ひゃっ!?」


 不意に佐々木は腕を後ろから掴まれ、そのまま強い力で引っ張られる。


 勢いそのままに地べたに倒れ込むと、ガンッと鈍い音が耳に届いた。




「イッタア……な、何?」


 横たわったまま佐々木が目を開けると、目の前に漆黒のコートの人物が立っているのが見えた。


 その人物は懐中電灯の光によって照らされており、こめかみの辺りを片手で押さえている。




「ハハッ、来やがったな死神。テメエもバカな奴だなあ……俺に懐中電灯がある限り、(かな)う訳ないってのに」


(……し、死神っ!?)



 ほくそ笑みながらシローが言った言葉に佐々木は目を見開く。




(こ……こいつが連続殺人犯!? でも……私のことを(かば)った……?)



 死神が手を引かなかったら確実に佐々木は脳天を殴打されて負傷していたか、打ち所が悪ければ死んでいただろう。


 それに、痛そうにこめかみを抑える死神の様子と先程の鈍い音から察するに、佐々木の代わりにシローの一撃を受けたことは明らかだ。




 ニュースや新聞で報道されている冷酷無情な殺人鬼が自分を庇う理由が分からず、佐々木はただ身を硬くすることしか出来ない。


 一方、背中を向けているので佐々木に顔を見られていない死神――黒斗は血が滲んでいる傷口を押さえながら、チラリと彼女の様子を見る。


 佐々木は未だに座り込んだままだ。




 強い光に照らされている為に死神としての力を失っている状態で佐々木を守ることは難しい。


 顔を隠そうにも、ドクロの仮面はデスサイズと同じ素材で出来ているので光で溶けてしまう。




(……とにかく、顔を見られない内に佐々木を逃がすしかない……)


 そう思った黒斗は彼女に背を向けたまま、口を開いた。




「おい、ボケッとするな! 死にたくなければ、早く逃げろ!」


「えっ……あ!」


 声をかけられ、佐々木は我に返る。




「死神が人を助けるのか!? 笑える話だな!」


 笑いながらシローは、石を黒斗目掛けて振り上げた。




(……避けたら佐々木がヤバイ)



 かわすことは容易だが、そうすれば後ろにいる佐々木の目の前にシローが立つことになる。


 勢い余って佐々木が殴られたり、黒斗が体制を整えている間に人質にとられる可能性がある。


 一瞬で状況を把握(はあく)した黒斗は衝撃に備えて、両腕で頭部を防御する。




 ガッ




 覆いきれなかった前頭部を強く殴りつけられた黒斗はドサリと倒れ込んだ。




「…………えっ」




 横たわる姿勢で倒れた為、佐々木は黒斗の顔を見てしまった。




「月影……くん……?」


 信じられないといった表情で黒斗の顔を覗き込む佐々木。




(嘘…………そんな……この子が……死神だなんて!)


 目の前で苦痛に表情を歪める死神が、確かに自分の教え子であることを確信し、佐々木の顔が青ざめる。





 その間にもシローは黒斗の身体に馬乗りとなり、再び石で彼を殴りつけた。



「ハハハハハ!! 今まさに殺されかけてる気分はどうだ? 死神さんよお!」


 人を殴りながら狂ったように笑うシローの姿を見て、佐々木の背中を冷たいものが伝う。




「……何してる…………早く、逃げろと言ってる……」


「で……でも…………」



 いくら死神とはいえ、自分の教え子を置いて逃げるなど出来ない佐々木。


 そんな彼女の様子に苛立った黒斗は声を荒げる。



「いいから逃げろ! お前が居ると邪魔なんだ!!」



 怒鳴られた佐々木はビクリと震え、ヨロヨロ立ち上がると逃げるように走り去った。




「死神のクセに人名救助かよ……意味が分からねえな」


 シローはつまらなそうに鼻を鳴らす。



「……俺だって普段から人の生き死にには関与はしない…………だが、これ以上お前に人の命を奪わせる訳にはいかないからな…………」


「カッコつけてんじゃねえよ」



 シローが真っ赤に濡れた石を振り上げる。




******




「ハアッ、ハアッ!」



 必死に逃げてきた佐々木は息を切らし、へなへなとその場に座り込んだ。


 今、彼女が居る場所は河川敷から少し離れた人気も無く、建物も無い路地である。




「ど……どうしよう…………とにかく、警察を!」


 震える手で携帯を取り出し、110番にかけようとする佐々木。




 しかし、携帯の画面は真っ暗なまま起動しない。




「な、何で!? まだ充電は残ってた筈なのに!」


 ボタンを連打する佐々木だが、携帯は死んでしまったように全く反応しない。




「何で、何で……早くしないと……月影くんがアイツに殺されちゃう……!」


 焦燥感(しょうそうかん)に駆られ、涙を流しながらボタンを押すも、画面に光が宿ることは無い。




「……どうしてよおっ!!」



 叫びながら佐々木は役に立たない携帯を投げ捨てた。



 放り出された携帯はガチャンと音を立てながらコンクリートに叩きつけられ、画面にヒビが入る。



「お願いっ!! 誰か助けてええ!! 私の生徒が殺されちゃうっ!!」




 必死の佐々木の助けを求める絶叫は、誰の耳にも届くことなく虚しく消え入った。



 ガックリと項垂れる佐々木。




 ─どうしよう



 ─月影くんが、私の教え子が死んでしまう




 脳裏にウシオと同じような、見るも無惨な姿となった黒斗がよぎり、佐々木はブンブンと首を振った。




(…………私が……私が助けるしかないの……?)



 今から人の居る場所に行って助けを求めても手遅れだと悟った佐々木は、自ら黒斗を助けに行くことを考えた。




(でも……あの子は死神……沢山の人を残虐な殺し方で命を奪った殺人鬼……そんな月影くんを助ける価値なんてあるの?)


 少し冷静さを取り戻した佐々木は黒斗が死神であることを思い出し、助けるべきであるかどうか迷いはじめた。




(……月影くんを助けたら、また誰かが殺されてしまう……それだったら…………今ここで死んだ方が世の中の為に……)


 黒斗を見捨てることで、これ以上死神による被害者を出さずに済む。


 そう考えた佐々木はゆっくりと立ち上がり、交番に向かおうと足を踏み出す。




(あのオジさんが人を殺したことを伝えればいいの……月影くんは……どうせ、もう死んでるに決まってる)



 ドクンドクンと心臓がやかましく鳴り響く。




 ─私は間違っていない




 一歩、また一歩と進んでいく。




 ─死神なんか居ない方が良いのよ




 自分の選択は間違っていない――そう信じる佐々木。



 それなのに、足はそれ以上踏み出すことを拒否して動いてくれない。




(本当に……これで正しいの? のぞみ……)




 もう1人の自分が心に問いかける。




(あの子は確かに死神で、恐ろしい殺人鬼……だけど、私を助けてくれたじゃない……)



 気まぐれだったのか他に理由があるのか佐々木には分からないが、黒斗は確かに身を(てい)して庇った。




 それに――




(玲二も、殺されかけた所を死神に助けられたって言ってた……)



 冷酷無情で無慈悲な死神。


 本当にそうなのだろうか。



 彼が殺人を続けるには、何か理由があるのではないか。


 もしも彼が人を殺すことを何とも思わないような男ならば、あんなに必死な表情で「逃げろ」と言うだろうか。



 そんな考えがよぎる。




(……月影くんは、私のことも玲二のことも助けてくれたじゃない…………それなのに……私は彼を見捨てようとした……)


 涙が頬を伝い、ポタリと地面に落ちた。




(……無情なのは私じゃない……! 彼が何者であろうと、教え子に変わりはない……)



 グッ、と拳を握りしめる。




 ─教え子を守るのが、教師の役目よ!




 決意を胸に、佐々木は来た道を戻って行くのだった。






「……危うい正義感だなあ…………せっかく、彼が苦しむ所が見られると思ったのに」



 佐々木の様子を木の影に隠れて見ていた大神が溜め息混じりに呟いた。


 纏っている衣服は黒斗と同じ漆黒のコートであり、鎌こそ持っていないが“死神”らしさが滲み出ている。



「まあ、やりすぎて月影が死んだら恵太郎が不憫だからな……丁度良いか」



 大神は片手を振って黒いゲートを潜って、姿を消した。




 ピー




 大神が姿を消すと同時に、地面に転がったままの佐々木の携帯が、電子音と共に起動した。

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