思い2
老体にムチを打ちながら、必死に走るシロー。
目的地など無い。
ただ黒斗から逃れる為、デタラメに町を走っていた。
「ハッ……ハアッ、ハア……ゲホッ!」
まだ3分も走っていないというのに、シローは既に息が切れていた。
いくら自分では大丈夫だと、まだ若い、元気だと言い張っていても身体は正直だ。
やはり、寄る年波には勝てない。
「クソッ……ハッ、ハッ……」
体力に限界が来たシローは立ち止まり、汗を拭いながら呼吸を整える。
「ここは、繁華街か……ハア……」
ふと、周囲を見渡し独り言を呟く。
(…………ん?)
自分が今いる場所に違和感を覚えるシロー。
(……おかしい)
繁華街そのものに異常は無い。
異常なのは“人”だ。
いつも沢山の人が行き交う賑やかな場所なのに、今は人っ子一人いない。
人の数が少ないならともかく、シロー以外に誰も居ないというのはあまりにも不自然だ。
まるで違う世界に迷いこんでしまったような不安を覚えるシロー。
「鬼ごっこは終わりか?」
「うわああああーっ!!」
背後から声が聞こえて、シローは弾かれたように走り出した。
「ハアッ、ハアッ…………クソ、あの化け物め!」
チラチラと背後を見ながら走るシロー。
(とにかく、隠れやすい場所に!)
走って逃げていては、いつか追いつかれる。
ましてやシローは若くない為に体力が低い。
だったら逃げ回るよりも身を潜めていた方が良いと考え、人目につかなそうな場所を探す。
(……おっ、アソコだ!)
店と店の間の薄暗い路地を見つけ、シローはそこへ入って行った。
(こ、ここなら簡単に見つかるまい……!)
路地裏に入り込んだシローは、ダンボールやら酒樽などの雑多の間に身を潜めた。
(……追ってきてはないな……)
全神経を研ぎ澄まして気配を探り、誰も近くに居ないことを確認してホッと溜め息を吐く。
身体中に流れていた汗が衣服に染みて、疲労した身体を冷やしていき、シローは身震いしながら身を丸めた。
(…………チクショウ…………何て惨めなんだ……)
汗で濡れた泥だらけなボロボロの衣服を身に纏い、死神に怯えて路地裏で1人息を潜める。
(今まで頑張ってきた報酬がホームレスで、最後には殺される? ふざけた話だぜ!)
過去の栄光を思い返すシロー。
シローは昔、自営でマッサージ屋をやっていた。
始めた頃は客も少なく、話題にもならず、近所の住人ばかりが訪れていたが、負けん気の強いシローは挫けることなくがむしゃらに頑張っていた。
やがて常連が出来て、その客がクチコミでシローの店の噂を広めていき、マッサージの腕前が良いだけあってシローの店は徐々に人気が高まっていった。
雑誌やテレビにも取り上げられて知名度が一気に高まり、客が増えるにつれて収入も増えていく。
やがて妻が出来て、子供も出来て、孫も出来た。
優しい妻、甘えん坊な息子、気の良い息子の嫁、可愛い孫息子。
暖かい家庭を持ち、仕事も順調で収入もたっぷりある。
この頃のシローは幸せの絶頂にあった。
だが、幸せというのは得るのは難しいというのに、失うことは容易いもの。
彼の幸せは、たった1つの病によって粉々に打ち砕かれた。
腱鞘炎。
親指を中心に、何本かの指が不自由になってしまったのだ。
医者からは安静にするように、また指に負担がかかると再発する可能性があると言われた。
再発すれば症状は悪化し、後遺症が残る可能性がある――そう言われて、シローは指を使うマッサージ屋を辞めることにした。
マッサージ屋じゃなくても他に仕事はあるし、優しい家族なら分かってくれる。
そう信じて疑わなかった。
それが間違いだと知らずに――
******
カツ カツ
不意に足音が狭い路地裏に響き渡り、シローがビクリと肩を震わせた。
(き、来やがった……!)
石を持つ手に力が入る。
眼球だけを動かして辺りの様子を窺うが、真っ暗でろくに見えない。
ましてや黒斗は漆黒のコートを纏っている。
闇に紛れて、余計に姿が見えにくい。
カツ カツ
徐々に近づいてくる足音に、シローの心臓が激しく波打つ。
ここで見つかったら、もう逃げられない
逃げるチャンスがあるとしたら、まだ見つかっていない今――逃げ道を失う前にここから飛び出すのだ。
カツ
(今だっ!)
足音がした方向へ石を投げるシロー。
すぐさま鈍い音が聴こえ、命中したと分かるとシローは足音がした方とは逆方向に駆け出す。
しかし、駆け出すと共に足元に落ちていた物体を踏みつけて転倒してしまった。
「でっ!」
俯せに倒れこみ、胸部を強かに打ち付けるシロー。
そんな彼の眼前に、踏みつけた物体が引き寄せられているように転がってくる。
よく目を凝らすと、それは懐中電灯だった。
「……終わりにしようか」
背後から聴こえる声。
迫る殺気。
「チック……ショオオオ!!」
シローは懐中電灯を手に取るとスイッチを入れて、目眩ましのつもりで光を黒斗に向けた。
「っ!?」
目映い光に黒斗は驚き、片手で目を覆った。
「ハア、ハア…………」
シローは光を黒斗に当てたまま、彼の様子を伺う。
すると黒斗が持っていたデスサイズはドロリと形が崩れ、やがて溶けるように消え入った。
「鎌が、消えた……!?」
「チッ……」
驚くシローと、舌打ちをする黒斗。
そんな黒斗の左目には切り傷があり、そこからドクドクと血が流れ落ちていた。
(血が出ている……? さっきは治っていたのに……それに鎌も光を当てられて消えたような……………………まさか)
ある考えに至ったシローは起き上がり、光を当てながら黒斗に近づいていく。
「……お前、光が弱点なのか?」
「……………………」
黒斗は何も答えなかったが、忌々しそうに細められた右目と、若干焦りが見られる表情からシローは確信した。
コイツは光に弱いと。
「なるほどねえ……光があると鎌も出せないし傷も治らない……死神ではなく、ただの“子供”になる訳だ」
「…………だから、どうした」
にじりよるシローと、後ずさりする黒斗。
先程とは形勢逆転だ。
「……つまり、今なら殺せる訳だ」
そう言い放つとシローは積まれていた酒ビンを手に取った。
「皮肉な話だな! 死神が人間に死を与えられるなんてよ!」
シローは酒ビンを振り上げながら黒斗に走り寄った。
「……そう簡単に殺されない」
黒斗はポツリと呟くと、高く積まれているダンボールを思いきり蹴飛ばした。
ガタガタガタ
ダンボールは音とホコリを立てながら黒斗とシローの間に倒れこむ。
「チッ、小癪な真似を!」
行く先をダンボールに遮られたシローは苛立ちを露に叫ぶ。
ダンボールの山の向こうに、黒斗の姿は無い。
「……逃げられたか……まあ、いい。こっちには電灯がある……これなら奴も迂闊に来れない筈だ」
懐中電灯を持ったままシローは路地裏を出て、繁華街に戻った。
繁華街には、さっきまで居なかった人が数えきれない程歩いていた。
******
翌日の朝――
黒斗は自室の鏡の前に立っていた。
「……………………」
険しい表情で鏡に映る自分の顔を見つめる黒斗。
左目には昨日、シローに石をぶつけられて出来た傷が未だに残っていた。
出血は止まっているが皮膚には裂け目があり、その箇所を中心に瞼が腫れている。
そっと傷口を指でなぞると、ズキリと痛みがはしった。
(……やっぱり再生が遅かったか…………完治にはもう少しかかるな)
深い溜め息を吐きながら左目に眼帯を付ける。
(昨夜はしくじった……弱みを握られてしまうとは……)
黒斗の弱点はシローが言っていた通り“光”である。
実は黒斗は死神の中では、能力が低い部類に入る。
強い力を持つ死神ならば、光があろうが無かろうが関係なくその力を振るえるのだが、黒斗のように弱い者は光ある場所で死神の力を失う。
死神の象徴であるデスサイズも溶かされ、魔力も封印されてしまうのだ。
力が未熟であることも黒斗が“出来損ない”と呼ばれる理由の一つでもある。
(厄介なことになった……どうにか上手いこと裁かなければ……奴が“四度目”の犯行を犯す前に……)
眼帯を付けた自分の顔を一瞥した後、部屋を出て、騒音が響くリビングに向かった。
リビングに辿り着くと、シンクでジャバジャバとフライパンを洗っている鈴の背中が見えた。
「あっ、おはよークロちゃ……」
黒斗に気づいて振り向いた鈴が大きく目を見開いて固まった。
どんな反応をされるか 大体予想出来た黒斗は、事前に言葉を考えておく。
「…………クロちゃんっ、どないしたんや、その目はっ!!」
シミュレーション通りの言葉を紡ぎながら、鈴は手に洗剤の泡をつけたまま駆け寄ってきた。
「……お前……泡が……」
床に落ちた白い泡を何処か遠い目で見つめる黒斗だが、鈴は お構いなしに詰め寄ってくる。
「泡なんて拭けばエエ話やろ! それより、何で眼帯しとるん!? キャラチェンなんか!?」
「……キャラチェン……?」
予想外かつ謎の単語に首を傾げるが、気を取り直して予め用意しておいた答えを言う。
「……ものもらいで腫れてるんだ」
「あー、なるほど。お大事にな!」
あっさりと信じた鈴はニッコリと笑ってシンクに戻り、途中で放り出したフライパンを洗い出した。
「ウチ、洗い物しとるから先に食べとってや!」
鈴に促され、黒斗は席に座った。
テーブルの上にはヒトデのような歪な形をした緑色の物体。
「……これは?」
「オムレツや! 野菜をたっぷり使ったんやで!」
(……野菜をたっぷり使ったらオムレツは緑色になるのか……そんなバカな)
とはいえ毎度のことなので、それ以上何も言わずに黙ってオムレツを口に入れる。
『……続きまして、連続通り魔殺人事件に関するニュースです。未だに犯人は捕まっておらず、被害者は3人……』
シローが起こした事件が報道されており、黒斗の関心がテレビに向けられた。
『凶器が同じ鈍器であり、殺害方法が共通していることから同一犯人の通り魔として捜査を進めています…………』
「通り魔やってね。いったい誰が犯人なんやろ……」
洗い物を終えた鈴が席に着いた。
「……さあな」
犯人の姿を思い浮かべながら、黒斗は素知らぬフリを決め込むのだった。
******
自宅を出て、鈴と共に登校する黒斗。
「あーにーきー!!」
「ハア……」
これまた毎度お馴染みの挨拶という名のタックルを容易くかわす黒斗。
「うっひゃー!!」
今日も見事なヘッドスライディングが決まった。
「もー、避けなくたっていいじゃないか!」
「避けない理由が無い…………ん?」
玲二の顔を見た黒斗と鈴の顔色が変わる。
「レイちゃん、その青あ……」
「うわわっ!! 兄貴、どーしたの眼帯なんかしちゃって!」
玲二の素っ頓狂な声が、鈴の言葉を遮って響き渡る。
「……ものもらいだ」
あと何回、同じことを違う人間に言わなくてはいけないのか、と思いながら黒斗が答えると、玲二は納得したように何度も頷いた。
「それより、お前の方がどうしたんだ? その青アザ」
玲二のこめかみに出来ている痛々しい青アザを指差しながら黒斗が言う。
傷の具合から、転んだりしてついたものではなく人為的なものであると察していた。
「……誰にやられた?」
「え、やられてないよ~」
「誰にやられた?」
しらを切る玲二を睨みつけながら再度問うと、玲二は諦めたように肩を落とした。
「……昨日、帰り道でさ……あんまりこう言いたくはないけど……ホームレスのお爺さんを見かけたんだ」
「ふんふん」
鈴が相づちを打ち、玲二は言葉を続ける。
「缶がいっぱい入ってる袋を重たそうに引き摺ってたからさ、運んであげようと思って声をかけたんだ。そしたら……」
「そしたら……どうなったんや?」
「こめかみに思いっきりパンチを食らわされてKOされました! その後、『俺を騙そうったってそうはいかねえぞ!』って台詞をはいて立ち去られました!」
「ハア!?」
あまりにも理不尽かつ不条理な結末に、鈴が怒りを露に声を張り上げた。
「何やねん、そのオッサンは! 意味分からんわー!」
「まあまあ……オレがお節介すぎたんだよ、きっと」
玲二が宥めようとするも、鈴の怒りはおさまらない。
「なおさら意味分からん! レイちゃんは善意で助けようとしたのに、騙そうったってとか何とか……被害妄想にも程があるで!」
「殴られた佐々木よりお前が怒っても仕方ないだろ……」
「クロちゃんっ!!」
黒斗をキッ、と睨みながら鈴が詰め寄ってきた。
「舎弟が理不尽に殴られとるんやで!? それなのにクロちゃんときたら、ちっとも怒らへんし……冷たすぎるんちゃう!?」
「……怒っても佐々木の青アザが消える訳じゃないだろ」
黒斗の先程の言葉は、落ち着けという意味合いの言葉だったが逆効果だったようだ。
「す、鈴ちゃん大丈夫だよ! オレ、兄貴から冷たくされるの慣れてるから!」
「慣れてるって…………クロちゃん! 兄貴なら、もうちょっと舎弟を可愛がったらどうやー!」
玲二のフォローが更なる爆弾投下となり、火に油を注いでしまった。
「だいたいクロちゃんは冷たすぎや! いつもブスっとしとって、そんなやからネクラ言われるんやで!」
(……何で俺が朝っぱらから説教されなきゃならないんだ……)
怒りの矛先を向けられた黒斗は、昨夜から続く不運にげんなりするのだった。
******
時刻は夕暮れどき――
シローは1人、コンビニのゴミ箱を漁っていた。
(……チッ、出遅れたか。もう捨てられた後みたいだったな)
何も入っていないゴミ箱を見たシローがゴミ箱を蹴りつける。
「ママー、あのオジちゃん何でゴミ箱を見てるのー?」
「しっ! 指を差しちゃダメ!」
声が聴こえて振り向くと、幼い女の子がシローを指差しており、母親がそれを諌めていた。
シローがギロリと睨むと母親はペコリと頭を下げ、女の子の手を引いて店内に入って行った。
(ケッ、あのガキもせがれと同じで近い将来、ろくでなしになるだろうよ)
12年間、顔を合わせていない息子の姿を思い浮かべる。
最後に言われた言葉は何だったか、今でもシローは昨日のことのようにハッキリと思い出せる。
“何の役にも立たない親父なんか、生きてる価値も無いじゃん”
それが赤ん坊の頃から深い愛情を注いでやった息子が父親に向けた別れの言葉だ。
(今までの恩も忘れやがって……しょせんガキは親に媚びを売って小遣いを貰うことしか考えてねえんだ!)
足元に転がっていた小石を蹴飛ばし、コンビニを後にする。
大きさに反して中身がスカスカのゴミ袋を持ってトボトボと歩くシロー。
朝から歩き回ったのに収穫が少なかった為、自ずとテンションが下がっていく一方だ。
「お母さーん! 待ってよお~」
シローの暗い心中とは裏腹な明るく間の抜けた声が前方から発せられた。
声を出した人物――玲二は母親の佐々木と共に大きな買い物袋を抱えて歩いていた。
透明な買い物袋の中に入っているものは全て食材であり、パンパンに詰められている為に下手をすれば裂けそうだ。
(……あのガキ、昨日ぶん殴ってやったヤツじゃねえか)
「重たそうだから、お手伝いしましょうか?」と、いきなり声をかけてきたのでシローは迷うことなく、こめかみにパンチをかましてやった。
人を信用出来ないシローは、玲二の気遣いでさえも誰かの差し金ではないか、何か企んでいるのではないかと疑い、暴力に物を言わせたのである。
(アレが母親か……はん、子育てに向いてないタイプだな)
離れた場所から佐々木親子の様子を眺める。
「待ってよお~、お母さん早いよおっ」
買い物袋が重たい為か、ヨロヨロと頼りない足取りの玲二。
気がつけば佐々木と大きく距離を離されていた。
声をかけられて振り向いた佐々木は息子のトロさに呆れたような視線を送る。
「全く、男の子のクセにだらしないわねえ! たくましい子に育ってほしかったのに、どうしてこんなヤワになっちゃったのかしら」
「知らないよう……ていうか、お母さん買いすぎっ! 持たされる方の身にもなってよ……」
「私だって好きで買い込んでる訳じゃないわよ! アンタもお父さんも揃って大食いなんだから、これぐらい無いと足りないのよ!」
昨日の夜、玲二の父親であり佐々木の夫である竜二は単身赴任から戻ってきた。
久し振りの愛する夫に会えた佐々木は喜びと同時に不安を覚えた。
食費に関する不安である。
竜二は玲二の父親というだけあって、玲二の2倍はよく食べる性質だ。
しかも、腹一杯食べなければ本来の力を半分しか発揮出来ないという厄介なオプション付きなので更にたちが悪い。
その為、竜二が家に居る間は食費だけで家計が火の車寸前にまで追い込まれる。
だが食べさせずに仕事で失敗をされても困るので、半ばヤケクソ気味に食材を買い込んだのだ。
「とにかく、お父さんが帰るまでにご飯を作っとかなきゃ、また空腹で倒れられてしまうわ。急いで帰るわよ!」
「ラ、ラジャー! ……でも、重たい物は重たいんだよね……はあ……どっこらしょっと」
買い物袋を抱え直す玲二。
「…………んー?」
ふと、視線を感じてそちらを向くと玲二にとって見覚えのある老人の姿があった。
「あっ……ヤベ」
老人――シローは玲二と目が合い、逃げようと踵を返す。
「玲二? 何を見てるの」
「あっ、いや昨日の……」
佐々木が玲二の側に寄って、同じ方向を見ると走り去るシローの後ろ姿が見えた。
「誰あれ? 昨日のって…………あっ」
シローの後ろ姿と玲二の青アザを交互に見て、ピンときた佐々木が声をあげた。
「あのオジさんに殴られたのねっ! 許せない! ちょっと文句言ってくるわ!」
「えええ! ま、待ってよお母さん!」
今にも駆け出さんばかりの佐々木を、玲二が慌てて止める。
「別に大したケガじゃないし、オレは気にしてないよ。それに騒ぎを起こしたら、また同僚さんに嫌みを言われちゃうよ?」
ニコニコ笑いながら玲二は、母に騒ぎを起こさないよう言い聞かせる。
もちろん、玲二だって聖人君子じゃないのだから理不尽に殴られて腹が立ってない訳ではない。
だが、ただでさえ教師の中でも浮いている母の立場をこれ以上――それも自分のせいで苦しくさせる訳にはいかないので、怒りを飲み込んで母を落ち着かせた。
「…………うー……何かモヤモヤするけど……アンタが良いって言うなら……」
腑に落ちない様子だが、渋々と佐々木は頷いた。
「うんっ! じゃあ帰ろーよ!」
「ええ……」
買い物袋を抱えて、再び2人は帰路についた。
「……………………ケッ、見ていてイライラする親子だぜ」
物陰に隠れて佐々木親子の様子を窺っていたシローが、ペッと唾を吐きながら呟いた。
「息子が偽善者なら母親も同じだなっ! 裏では汚いことを考えてるクセに、表向きは良い顔してる……俺が一番キライな人間だ!」
ブツブツと文句を言いながらゴミ袋を担いで、住みかを目指して歩き出す。
「あっ、シローさんじゃないですか」
「チッ」
背後から胸糞悪いウシオの声が聴こえて舌打ちをするが、足は止めずに歩き続ける。
しかしウシオは無視をされたというのに気にした様子もなく、シローの横についた。
「今、帰りですか? 良かったら一緒に……」
「やかましいっ! 俺に構うなと言ってるだろうが!」
ウシオの顔を見ることなくシローは怒鳴ると、さっさと走って行ってしまった。
分かりやすい拒絶をされたウシオは、ただでさえ曲がっている背中を更に曲げて落ち込む。
「ハア……シローさんの人嫌い、治らないなあ……昔、何があったと言うんだろう」
ポツリと呟かれたウシオの独り言は、虚空に消え入るだけだった。




