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デスサイズ  作者: LALA
Episode1 断罪者
2/118

断罪者2

 精神的に相当 参っている恵太郎を見て、自ずと落ち込む黒斗と鈴。


 沈鬱(ちんうつ)な空気のまま、互いに一言も発することなく病院の出口に向かって歩いてゆく。




「ふざけんな! アンタが姉ちゃんを嵌めたんだろ!!」


 静かな病院内に似つかわしくない怒声が響き渡り、いったい何事かと2人は声が聴こえた受付へと急いだ。



 受付では派手な化粧をした金髪の少女が、先ほど恵太郎の病室を尋ねた看護婦に詰め寄っており、2人の周囲には野次馬が集まっている。




「落ち着いて下さい。ここは病院ですよ、他の方の迷惑になります」


「良い子ちゃんぶるんじゃねえ! アタシは、アンタの本性を知ってんだよ! アンタはとってもずる賢くて汚い女だってな!」


 穏やかな表情を浮かべていた看護婦の眉が僅かに吊り上がる。



「いい加減にして下さい。今の言葉は侮辱的すぎます」


「そうじゃそうじゃ! 江角えすみさんは誰にでも優しい美人で良い人じゃぞー!」


「うっせえ!! ジジイは引っ込んでろ!!」


「ヒイイッ!」


 野次馬の1人が江角という名の看護婦を擁護ようごするが、少女の気迫に怯えて縮こまった。




「患者さんが怯えています! やめて下さい、警備の者を呼びますよ!?」


「はんっ、呼べるもんなら呼んでみなよ! この悪魔!!」


 金髪の少女はかなり興奮しており、今にも江角に殴りかかりそうな勢いである。




「アカン、止めへんと!」


「やめるんだ」


 背後から聞き覚えのある声がして、黒斗と鈴が同時に振り向く。



「お前は……大神」


 振り向いた先には、転校生の大神が腕を組んで立っていた。



「関わりあいになるのはやめた方がいい」


「何でや……」


「あの金髪の女は、殺人犯として昨日逮捕された田島 良子の妹だ」


 大神が口にした名前に、鈴がハッとする。



「田島 良子……って3人の男をホテルで殺した、あの連続殺人犯の!」


「今朝、テレビのニュースで報道されていた女か」


 2人の言葉に頷く大神。




「で、でも……その田島の妹が何で、あの看護婦さんに、いちゃもんつけとるんや?」


「無実の罪で大好きな姉が逮捕されたからさ」


「無実の罪やて!?」


 予想外の言葉に驚愕する鈴。


 対照的に黒斗は驚いた様子もなく無表情のまま、少女と江角のいさかいを見つめている。




「貴女のお姉さんには仲良くして頂いたし、今回の事件には私もショックを受けています。信じたくない気持ちはわかります。


 ですが、いくら騒ぎ立てても貴女のお姉さんが罪を犯した事実は変わらないんですよ!」


「姉ちゃんは女手1つでアタシを育ててくれた優しい人だ!! 姉ちゃんが人を殺す訳ないんだー!!」


 奇声を発しながら少女が江角に掴みかかり、黙って見守っていた野次馬たちが悲鳴をあげる。


 ようやく騒ぎを聞きつけた警備員が現場に到着し、江角から少女を引き剥がす。



「ホラ、こっちに来るんだ!」


「離せよっ! まだ話は終わってねえ!!」


 羽交い締めにされながらも少女は江角に対して怒りをぶつけ続ける。




「テメーがデカを誘惑して家に連れ込んでんのは知ってんだ!! 絶対に姉ちゃんの無実を証明して、ブタ箱にブチこんでやるからなあぁぁっ!!」


 少女は声を張り上げながら、警備員に引きずられていった。




「どうやら収拾がついたようだな」


 嵐が去ったことを確認し、黒斗が一息つく。



「……あの子……看護婦さんが警察を誘惑したとか言うとったけど……田島さんがホンマに無実やとしたら……」


「怒りに任せて吐いたデタラメじゃないってことになるな」


「じゃ、じゃあ……ホンマの犯人は……」


「あの江角という看護婦さ」


 抑揚なく紡がれた大神の言葉に、鈴の全身からサーッと血の気がひいた。




「ヒッ……あ、あの人が……殺人者……!?」


 恐怖で震える鈴を黒斗が支える。




「江角は捜査の指揮をとっている警部を買収して、罪を見逃してもらっていた。そして3回目の犯行に及んだ時、友人である田島に罪をきせるように警部に頼んだんだ」


「でも、あの子はソレを知っとるんやろ!? それやったら警察に話せば無実を証明出来るんとちゃうか!?」


「現場の指揮をとっている警部が買収されてるんだ。揉み消されるか、容疑者の家族が言うことなんか最初から信じられずに終わるかだろう」


 黒斗が告げた無情な現実に、鈴はガックリと肩を落とした。



「あの女は、人を殺しておいて何の裁きも受けへんの? そんなん……そんなんおかしいわ!!」


「俺達が知らないだけで、世の中には罪を犯しながらも裁きを受けない奴らは沢山いるんだ。法律、権力、金、隠蔽いんぺい……そういったものに守られた罪人がな」



「……ソイツらは、誰も裁けへんの……?」


「…………」


 絞り出されたような鈴の言葉に、黒斗は何も答えられなかった。




「人が裁けないのなら……人ならざる者が…………死神が裁けば いいんじゃないのか?」


 大神の言葉に、無表情だった黒斗の眉がピクリと動いた。




「死神、か…………いくら無差別の殺人鬼でも、そう都合よく罪人を殺すのか?」


「僕はね、死神は無差別に人を襲ってる訳じゃないと思ってる…………例えば、悪党だけを狙ってるとか……何か理由があるんじゃないのかな」


「悪党って……ケイちゃんは悪党ちゃうで!」


 身を乗り出す鈴を黒斗は片手で制し、大神の赤い目を見つめる。




「……死神を美化しすぎじゃないか、転校生さんよ」


「別に美化しすぎてる訳じゃないさ。もし、そうだったらなって考えただけだ」


 口角を僅かに吊り上げる大神に、黒斗は舌打ちをする。



「…………仮にそうだとしても、人の命を奪っている時点で死神のやっていることは罪であり、許されたことじゃない。軽々しく、死神が悪人を殺せばいいとか言うな」


 目を細めて大神をギロリと睨みつける黒斗。


 しかし大神は そんな彼をバカにするように へらへらと笑っている。



「正義感アピールどうも……そろそろ失礼させてもらう。僕は暇人じゃないからな」


「あ、ちょっと待ってや!」


 鈴が呼び止めるが、大神はさっさと病院の出口に向かって歩いて行く。



「じゃあね、偽善者さん達。君達は もう少し、世の中の汚さというものを知った方が良いと思うよ」


 背中を向けたまま手を振り、大神は2人の前から立ち去っていった。




「偽善者…………」


 大神が去り際に発した言葉を虚ろな表情で呟く鈴。



「……気に入らないな、アイツ……」


 一方、黒斗は眉間にシワを寄せて不機嫌な表情を浮かべるのだった。




******




 午前0時18分


 とある高級マンションの一室――



 大きなダブルベッドに2人の男女が寄り添いあって座っている。



「言われた通り、田島を犯人として逮捕したよ」


 キザな笑みを浮かべながらタバコを取り出したのは警視庁の平田警部だ。


 彼がタバコを加えると、直ぐ様隣に座っていた女――江角がライターで火を点ける。




「いつもありがとう。貴方のお陰で助かってるわ」


 妖艶ようえんに笑いながら、江角は平田の頬へと軽く口づけた。



「田島の奴、どう? うまいこと有罪に出来そうかしら?」


「そこの所は問題ないよ。君が現場に残しておいてくれたナイフから田島の指紋が検出された事にしておいたから。検察官にも俺に恩がある奴がいてさ、逆らうことは出来ないわけ」


「なあに? それ自慢?」


 クスクスと笑う江角の肩に、平田は手をまわして更に引き寄せる。



「ねえ、あの女の取り調べしたんでしょ? どんな様子だったか聞かせてちょうだい」


「ああ、いいとも」


 話をせがむ江角に、平田は得意気に田島の取り調べをした時の状況を語りはじめた。




******



 警視庁内の手狭な取調室で、平田と田島がテーブルを挟んで向かい合っている。


「やれやれ、強情な女だな。いい加減に自白したらどうだ? 私がやりましたって」


「どうしてやっていない事を自白しなくちゃいけないの? 私は山口さんを殺してなんかいません!」


「証拠はあがってんだよ。昨日の夜、お前さんが被害者と一緒に、死体発見現場のラブホテルに入っていったのを見た奴は大勢いるんだ!」




 田島は18歳の時に両親を事故で同時に失い、まだ小学生だった幼い妹を養う為に必死に仕事を探した。


 だが典型的な不良少女だった田島の素行の悪さはあちこちに知れまわっており、いくら面接をしても雇ってはもらえず、時には門前払いをされたこともある。


 仕事が見つからなかった田島が金を稼ぐために選んだ手段は[援助交際]だった。


 10年経った今でも、田島は売春婦として様々な男性と交わっている。




「確かに山口さんとラブホテルに入りました。でも……その……いたした後にちゃんと代金を貰って、私は先に部屋を出ていきました」


「被害者の財布は空っぽだった。代金が気に入らなかったお前は被害者をナイフで惨殺し、全財産を抜き取った……違うか?」


「違います!」


「今回の被害者も、これまでの2人の被害者も売春婦との交わり多数、死体発見現場はラブホテル、財布の中身は空っぽという共通点がある。……より多くの金を得る為にお前は片っ端から男を誘い、殺して金を奪い取った。そうだろう?」


「違います! 私、人殺しなんかしないわ!!」



 涙目になりながら無実を訴える田島。


 平田は椅子から乱暴に立ち上がり、彼女へ詰め寄った。



「今回、現場から発見された凶器のナイフからはお前の指紋が検出された。まだ認めない気か?」


「そんなナイフ、私は知らない!! お願い、もう一度捜査をし直して!」


 彼女は懇願こんがんするような眼で平田を見た。



「私には妹が居るの! 私が居なくなったら、誰も頼れる人が居なくなる……お願いだからちゃんと捜査して! きっと何かの間違いよ!」


 声を荒げる田島の頬を平田が容赦なく叩き、長く艶やかな黒髪を掴んで無理やり顔を向けさせる。



「うっ、く……」


「やった、やっていないとかどうだっていいんだよ。お前が有罪となることは最初から決められてるんだ。諦めな」




 平田は乱暴に田島の髪から手を離し、取調室の出口へと向かった。


 その背中を田島は怒りと憎しみを込めた眼で睨みつける。




「……こんなこと許されると思ってるの……? いつか、きっと天罰がくだるわよ……」


 田島の言葉を平田は鼻で笑い、取調室から出ていった。




******



「フフッ、いい気味だわ田島の奴」


 平田の話を聞き終えた江角は、満足気に何度も頷いた。




 田島と江角は幼馴染みであり、友人としての関係も良好だった。


 看護婦の給金だけでは満足出来なかった江角は、田島にならって売春を始めたのだ。


 だが江角は、ある日田島の客を横取りし、それ以降2人の関係はギスギスしたものとなり江角は田島を疎ましく感じ始める。


 商売敵となった田島が邪魔になった江角は、彼女に罪を着せる事を思い立ったのだ。



「良かったな。これからも誰かを殺す時は俺に一声かけてくれよ」


「じゃあ早速で悪いけど、明日の夜に1人殺そうと思ってるから、また工作を頼めるかしら」


「なんだ、随分とペースが早いな。また金持ちのオヤジでも見つけたのか?」


 平田の問いに、江角は首を横に振る。



「田島の妹よ。病院にまで乗り込んできて、私に文句をつけてきたの。本当、姉妹そろって目障りな奴らだわ」


 夕方の出来事を思い出し、苛立った江角が爪を噛む。



「あのガキは今までで一番むごたらしく殺してやるわ。そうねえ……まずは腹部を刺して、次は動脈を切る。そして最後には心臓をひと突きよ……」


 頭の中で殺害方法を思い描く江角の頬は赤く染まり、呼吸も荒くなっていく。



「いい、いいわ……これなら沢山の血を見れる…フフ……楽しみだわ……早くあのガキがどす黒い血をぶちまけながら死にいく様を見たいわ……!」




 江角は血を見ることが大好きだった。




 まだ幼かった頃は大人しい性格で将来の夢も無く、何処か冷めていた江角。


 そんな彼女に大きな変化を与えたきっかけは1匹のノラ猫だった。


 自宅に帰宅する途中、ノラ猫が車に跳ねられる場面に出くわしたのだ。


 思わずノラ猫に駆け寄り様子を見ると、ノラ猫は瀕死の状態で、その身体からは大量の血が噴き出していた。




 ──きれい




 赤黒い血液を見た江角は心からそう思い、はじめての興奮を覚え、夢中でノラ猫の血を見つめ続けた。


 猫が息絶えても全く気に止めずに。




 それ以来、江角は何度も血を見たい衝動に駆られた。


 看護婦を志した理由も、手術中に血が見られるからという不純な動機からである。




 だが――




 やがて手術中の血だけでは満足出来なくなった江角は、たまたま病院に入院していた警部の平田を誘惑して従え、客の殺害に及ぶようになったのだ。


 大量の血を見れるうえ、殺した相手の金も全て奪える。


 江角にとってこれ程おいしい話は無い。




「今日は気分が良いわ。いつもより、たっぷりサービスしてあげる」


 肩にまわされていた平田の手をそっと外すと、江角はベッドに腰かけている彼の前に立ち、身に付けている衣服をゆっくりと1枚ずつ脱ぎ捨てていく。




「おお……」


 興奮から平田の顔が赤くなり、身体も火照ほてる。



 平田にとって江角は、はじめて身体を重ねた唯一の女だ。


 妻も恋人も居ない、無精髭ぶしょうひげを生やした冴えない中年男性。


 女っ気のない人生を送ってきた平田は1度味わった快感が忘れられず、刺激的なものだった。




 私服を脱ぎ捨てた江角の姿は黒い下着を纏ったものとなり、平田はゴクリと生唾を飲み込む。




 ──何度目だ?




「っ!?」


 突然 誰かの声が聞こえ、驚いた平田が部屋を見回した。




「どうしたの?」


 平田の不審な行動に、江角が訝しげな視線を送る。




「今……声がしなかったか? 男の……」


「いいえ、聞こえなかったわ。大体、他に誰か居る訳ないでしょ。空耳じゃない?」


 特に気にしていない江角だが、平田には確かに声が聞こえた。


 そして今も、江角ではない誰かから見られているような不気味な感覚がしている。


 気味が悪くなった平田は立ち上がり、警戒の態勢をとった。




「おかしい……人の気配を感じる!」


「変なことを言わないでよ。誰もいないじゃない」


 呆れたような言い方をする江角だが、平田は警戒をとかない。



 気配はすれども姿は見えず。


 この奇妙で不気味な感覚に、平田の脳裏にある考えが過った。




「まさか……死神が俺達を殺しに来たんじゃ……」


「死神って、あの無差別に人を襲ってるってアレ? 馬鹿馬鹿しいわね……死神だって騒がれてるだけで中身は ただの人間でしょ?」


 幽霊やU.F.Oなど、非現実的なものを信じない江角は死神など居ないと吐き捨てるが、平田が食いかかる。




「違う! 奴は人間じゃなく本物の死神だ! 死神に襲われた生存者たちは皆、口を揃えて黒いフードを被った髑髏ドクロの仮面の男にやられたと証言している!


 それに……現場には被害者の血痕が残っていても、傷口は全く無い……人間には不可能な芸当だ!」


「……貴方、それでも警察? 死神だなんてバカ言ってないで、さっさと捕まえなさいよ。夜も落ち着いて歩けやしないわ」

 深い溜め息を吐き、腕を組んで江角は更に続ける。


「黒フードと仮面は単なるコスプレ! 傷口が消えているのは、きっとうまいこと細工をしているからよ! 全く……貴方が死神なんかを信じているだなんて……」


「あ、あ……あ…………」


 青ざめた平田が震えていることに気付き、江角は言葉を止めた。



「なに?」


 江角の問いに、平田は震える指で彼女の後ろを指さす。



 ゆっくりと振り向いた江角の目の前には、髑髏があった。




「ヒッ!」


 いきなり髑髏を目にした江角は驚き、1歩後ろに下がる。


 そこに居たのは、髑髏の仮面をつけた黒フードの死神だった。



「あ、ああぁ!! 死神だ!! 死神が俺達を殺しに来たっ!!」


 素早く江角の背中に隠れながら平田が叫ぶ。


 一方、江角は死神を目の当たりにしながらも冷静に立ち尽くしたままだ。




「……俺を見て怯えないとは、なかなか度胸のある女だな」


 死神の言葉を、江角は嘲るように鼻で笑い飛ばす。



「悪いけど、私は死神の存在なんか信じてないの。どこからどう見たって死神のコスプレをした普通の人間にしか見えないわ。素顔を見せたらどうよ」


「いいだろう。俺も、仮面を着けているのは好きじゃない。邪魔だからな」


そう言うと死神は片手で仮面を外して投げ捨てて、被っていたフードも外す。


 露になった素顔に、思わず江角は息を呑んだ。




「アンタは……今日、病院に来てた……」






 血のように赤い瞳。


 サラサラとした綺麗な黒髪。




 見覚えのある顔に、江角は一瞬言葉を失ってしまう。




「…………あの小うるさい関西娘と一緒にいた暗そうな子が“死神”だったなんてね」




 江角の言葉に死神――月影 黒斗は何も答えない。



「顔を見せるだなんて随分と余裕じゃない」


「これから死ぬ奴に顔を見られたところで、困りはしないからな」


 江角の背中に隠れていた平田が おずおずと、顔を出す。



「し、知ってる奴なのかい?」


「ええ。うちの病院に来てた学生に間違いないわ。やたらとテンションの高い関西弁女と一緒に居たから、印象に残ってる」


 その言葉を聞いた平田は立ち上がり、余裕の笑みを浮かべた。




「は……ははっ。何が死神だよ、普通の人間じゃないか! ガキのくせに俺達を殺そうだなんて……ナメてんじゃねえよ!!」


 平田は素早く拳銃を取り出すと同時に、黒斗の眉間に銃口を向けた。


 この拳銃は警官が使うものではなく、彼自身が裏の取引で手に入れたものだ。



 撃ち出された弾丸は黒斗の眉間を貫き、眉間と後頭部に開いた穴から勢いよく血が噴き出す。




(やった!)


 思わずガッツポーズをとる平田。


 だが銃弾が頭部を貫通したにも関わらず、黒斗は血を流しながら平然と立ち尽くしたままだ。




「な、何で……っ!?」


 放心する平田と江角。


 そんな2人を嘲るように、口角を吊り上げる黒斗。


 数秒が経過すると傷口が塞がり、眉間から流れていた血と、辺りに飛び散った血が虚空に溶け込むように消え去った。



「……う………うわあああああああぁぁっ!!」


 パニック状態の平田は、黒斗へ銃を乱射する。


 何度も銃声が響き渡り、それに比例して飛び散る血の量も増えていく。



 弾切れに気付いた平田は黒斗の姿を一瞥いちべつするが、先ほどと同じく傷口と血は消え去り、服の穴までもが塞がっていた。



「ば、化け物……」


 腰を抜かし、へばる平田。


 そんな平田には目もくれず、黒斗は江角にゆっくりと歩み寄る。



「っ……い、いやっ!! 来ないで!!」


 死神を信じていなかった江角だったが、銃弾をいくら撃ち込まれても死なない黒斗に恐怖を覚える。



「助けて平田さんっ!!」


 助けを求めるが、平田は腰を抜かしたまま動けない。




「使えないわね! このヒゲオヤジ!!」


 平田に暴言を浴びせながら、江角は素早く部屋の出口に向かって走り、ドアノブを掴んで回すが、扉は開かない。



「な、何で!?」


 鍵は掛かっていないというのに、いくら回しても扉は開かない。


 ガチャガチャという音が、虚しく響くだけだった。




「何度目だ?」


 真後ろから声が聞こえ、江角は振り返って黒斗と向き合った。



「な、何がよ!?」


「人を殺したのは何度目だ?」



 江角は恐怖を感じながらも、高圧的な態度で黒斗の質問に答える。



「とっくにご存知なんでしょ? 3回よ、3回! それがどうしたってのよ!」


 黒斗は無言のまま右手を上に挙げる。


 すると空間に黒い穴が開き、そこから大鎌を引っ張り出した。


 現れた大鎌の柄は血を連想させる深紅色で、刃の付け根には死に恐怖する人間を嘲笑うような表情の髑髏ドクロがかたどられている。


 まさに死神の鎌“デスサイズ”に相応しい形状である。




「お前はやりすぎた。犯した罪に対する罰を受けてもらう」




 冷血にそう言い放つと、黒斗は身の丈ほどあるデスサイズを片手で軽々と振り上げ、江角の胸に降り下ろした。



「ひ、ぎあああ゛あ゛ぁ゛っ!!」


 激痛に悲鳴をあげる江角。


 反射的に胸に刺された刃に手をかけて引き抜こうとするが、逆に肉へと食い込んでいく。


 鎌が食い込み皮膚や肉を抉る度に、傷口から溢れる血液も増えていく。



「あ……がっ…………」


 ふと江角は、鎌が刺さっている箇所を見やる。




 己の身体から溢れてくる大量の血。


 己の身体を真っ赤に染めていく血。


 床に滴り落ち、広がっていく血だまり。




「き……れい………もっと……もっ、と……見たい………!」


 狂気の笑顔を浮かべると、江角は胸に刺さっているデスサイズの刃部分を掴み、自ら胸に食い込ませた。




「アハハ……いい……ゲボッ、……いいわ……」


 生々しい音と共に溢れ落ちる赤黒い血を見て、感嘆かんたんの声を上げる。



「……愚かな女だ」


 黒斗は冷淡にそう呟くと、グッと鎌を食い込ませる。


 確かな手応えを感じて、ニヤリと笑うと一気にデスサイズを引き抜き、江角の傷口から破裂した水道管のように血が噴き出した。




「うわあああああああああ!!」


 それを見た平田が悲鳴をあげるが、江角は満足そうに笑っている。


 噴き出ていた血がおさまると、江角の目に心臓がうつった。


 黒斗の持つ鎌に刺さり、血が滴り落ちている心臓は脈を打っており、血管で江角の身体と未だに繋がったままだ。




「……アハッ……き、れ……い………」


 鎌に刺さった心臓が砕け散り、跡形もなく消え去ると、江角は倒れて事切れた。


 その死に顔は満足そうに笑っていた。




「…………」


 江角の死亡を確認した黒斗は振り返り、うずくまって嘔吐している平田の元へ歩み寄る。




「うげえぇ……ゲホッ……」


 咳と嘔吐を交互に繰り返す平田は、黒斗に気付くと青ざめた顔でガタガタと震えた。



「イヤだあああぁ!! 死にたくないっ!! 頼む、助けてくれえぇっ!!」


 恐怖に叫ぶ平田の口を、黒斗は血濡れた手で塞ぎ、彼を射抜くような眼で睨む。



「お前には全ての真実を公表し、田島の無実を証明してもらうという大事な役目があるからな。殺しはしないさ」


 そう言うと黒斗は鎌の切っ先を、平田の首に突きつける。



「言うとおりにしなければ……殺す。何処に逃げても無駄だからな」


 涙を流しながら頷く平田の反応を見て、黒斗は手を離す。



「今まで積み上げてきた功績と社会的地位を全て失う。それがお前の受ける罰だ」


 背後に開いた黒い穴に入り、そのまま黒斗は姿を消した。




 ドンドンドン




 玄関から騒がしいノック音が響く。



「江角さん、大丈夫ですか!? 銃声がしたという通報を受けたのですが……」


 立ち上がる気力もない平田は、放心したまま江角の死体を見やる。


 すると江角の傷口は塞がり、消え去っていった。




******




 放課後




 学校から帰る途中の黒斗と鈴は、大型ビルに表示されているモニターを眺めていた。


 モニターで流れている映像は、警視庁の平田警部の不祥事、田島の誤認逮捕、真犯人江角の死亡、無実だと判明した田島がもうじき釈放される等々の速報だった。



「田島さん、無実が証明されたんか。よかった」


 鈴の言葉に、黒斗は黙って頷く。


「でも……江角は死神に殺されてもうた……。……死神のお陰で事実がおおやけになったようなもんやけど……やっぱり、ウチは死神なんか認められへんわ」


 ギュッと拳を握りしめながら、鈴は更に続ける。



「無差別に人を殺して、襲って……死神なんか居なくなればええんや……!」


 その言葉に、黒斗は無表情のまま淡々と答える。



「……はじめから居るべきじゃないんだよ。人間の世界に、死神なんか。だが……理由があるのかもしれない。死神がこの世界に居続ける理由が……」


「…………」




 何も答えない鈴と共に、黒斗は再び帰路につくのだった。



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