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デスサイズ  作者: LALA
Episode5 連鎖
17/118

連鎖2

翌日の朝――




「……う~……」


学校へ向かう道を、鈴が苦しそうに腹部の辺りを押さえながら歩く。



「鈴ちゃん大丈夫?」


「ほっとけ。ただの食いすぎだ」


心配そうな玲二に、黒斗は無関心な様子で言った。



「ちょ……クロちゃん、それが弱っとる女の子に言う言葉なん?」


「弱ってるのは自業自得だろう。昨日、俺はちゃんと止めた」



鈴の不調の原因――それは胃もたれである。


昨日の恵太郎の誕生日パーティーで出された肉のフルコースを調子にのって食べ過ぎてしまったのだ。


黒斗が言ってる通り、彼は鈴に「胃がもたれるぞ」と警告したのだが「大丈夫」と言って聞かなかったのだ。




「だって美味しかったんやもん……うぷっ」


今度は口を押さえる鈴。


そんな彼女の様子に、玲二が腕を組み、考えているような素振りで喋りだす。



「オレが思うには、鈴ちゃんは胃の鍛え方が足りないんだよ。オレみたいに頑丈な胃袋を持たないと、食事を完全に楽しめないよ! まずは、朝食を食パン4枚、コーヒー1杯に天然水をコップ3杯、味噌汁を大盛り2杯にご飯を大盛り3杯に増やすんだ! 胃が鍛えられ……」



バシン



言い終わる前に黒斗が容赦なく玲二の頭を叩いた。



「黙ってろ。お前の胃袋は頑丈というより化け物じみてんだよ」


「えー、そうなの? でも晩ごはんはもっと……」


「レイちゃん、悪いけど今は言わんといて……更に……気持ち悪く……ウプ……」



いつもなら、もっとノリよく会話に混じる鈴だが、よっぽど重症のようだ。


鈴の歩幅に合わせて進んでいくと、前方に同じように腹を押さえて歩く女性の姿が見えた。



「あっ、小野寺先生だ! おはよーございまーす!!」


玲二がブンブンと手を振りながら駆け寄ると、小野寺はゆっくりと振り向いた。



「あら佐々木くん……おはよ」


「うわわっ! 先生どうしたんですか!? 死にそうな顔して!」


玲二がビシッと指差した小野寺の顔は、確かに悪い。


冷や汗が流れていて、顔色も青く、目は充血している。



「んー……食あたりかしらね。朝ごはん食べてから調子が悪くて……」


艶やかな短い赤茶色の髪を撫でながら小野寺が言った。



「調子が悪いなら休めば良かったのにー」


「大丈夫よ、ありがとね佐々木くん」


それだけ言うと小野寺は踵を返し、フラフラと先に行ってしまった。




「アイツが小野寺か……様子がおかしくなかったか?」


玲二の元に辿り着いた黒斗が疑問を口にする。



「んー、食あたりだって。鈴ちゃんと同じだね」


軽い調子で笑う玲二だが、黒斗は訝しげな表情のままだった。




******




如月高校 職員室――



(……ダルい……)


何とか学校に辿り着いた小野寺だが、自分の席に座るなり机に突っ伏した。



(……コーヒー飲んでから気持ち悪い……)


実は小野寺は、周囲には秘密に付き合っている恋人が居る。


今朝、その恋人から貰ったインスタントコーヒーを飲んだのだが、それから具合が悪くなった。


吐き気がするし、頭もボーッとして目眩がする。


体調不良なら休めばいいのに、何故か小野寺は「大丈夫だろう」と根拠の無い自身に満ちていた。




「小野寺先生、大丈夫ですか?」


声をかけられて顔を上げると、心配そうに見つめてくる佐々木の姿があった。



「顔色悪いですよ? 保健室に行かれた方が宜しいのでは……」


「大丈夫ですよ。しばらくすれば治ります」


「でも……」


なかなか引かない佐々木に、小野寺は舌打ちをする。



「大丈夫だと言ってるのが聞こえないの? 親子そろって面倒くさいぐらいの心配性ですねえ」


やや嫌みな言い方になってしまったが、小野寺は佐々木に悪いとは思わなかった。



「……はあ。辛かったら本当、ご無理なさらずに」


大丈夫だと言い切られては佐々木もこれ以上何も言えず、席に戻る。




(……今日の小野寺先生、変ね……いつも、あんなキツイ言い方しない、物腰柔らかな人なのに……)


佐々木が不思議そうに見つめるなか、小野寺は再び机に突っ伏した。




******




如月高校 1年E組 教室内――


1時限目の授業の始まりを告げるチャイムが鳴り響くが、教室に教師が姿を見せる様子は無い。



「おい、先生来ないじゃん」


「なになに、自習という名の自由時間?」


「いやっほー! 王様ゲームでもしようぜ!」


「先生のくせに遅刻するとかマジありえないんですけど」


教師が現れないことに生徒達は多種多様の反応を示し、教室内に喧騒が起こる。



(1時間目って確か数学だっけ。やっぱり小野寺先生、具合悪いのかなあ……)


今朝、真っ青だった小野寺の顔を思い出し、心配する玲二。




ガラガラガラ




乱暴に扉を開ける音が鳴り響き、生徒達が一斉にそちらを見た。



「……は~い。しぇんせいは、きょーもげんきい、はようまら~」


訳の分からないことを言いながら入ってきたのは、小野寺。


フラフラとおぼつかない足取りで教壇に向かうが、一歩進む度に、頭がグラグラと揺れ動き、口から流れる唾液が服や床に垂れていく。



「えへ、えへへへ。でるぞでるぞ。あめこのこ、おいひい」


グニャグニャと動く小野寺の目は、完全に“イッて”いた。



「……先生、何かおかしいよ……」


「ひょっとして何か薬でも……」



明らかに普通ではない様子の教師に、生徒達も不気味がる。



「せ、先生……だいじょう、ぶ……?」


恐る恐る声をかける玲二だが、小野寺は聞こえていないのか、ヘラヘラと笑ったまま何も答えない。



「あ、きれなしゅかーと。あんただれ、だれ」


小野寺は黒板に手をつけた、すると――




ガンッ ガツッ




黒板へ自分の頭を叩きつけ始めた。




「キャアアアアアアアッ!!」


突然の自虐行為に悲鳴をあげる生徒達。



「きもい、きもいんだよ、こっちくんなボケがああっ!」


叫びながら頭を叩きつけ続ける小野寺。



「先生、やめて下さい!」


1人の男子生徒が小野寺の身体を掴み、黒板から遠ざける。


だが小野寺は、額から血を流しながらも抵抗する。



「うあああ、はなせはなせキサマー! わましのちゅきなんてキモいきめい! ウワアアアアア!!」


華奢(きゃしゃ)な見た目からは想像できない馬鹿力 で、小野寺を拘束していた男子生徒が振りほどかれ、教壇へ強かに身体を打ち付けてしまう。



「きもいよおお、よんなカス、ブォケ、シネシネシネシネ、クロスぞぉ!!」



叫びながら小野寺は机を蹴飛ばしたり、教師用の机の上に置かれた物を手に取ってはデタラメに放り投げる。




「うわああああ! 先生が狂ったあぁーっ!」



教師の乱心を目の当たりにした生徒達が悲鳴をあげながら、我先にと教室から逃げ出していく。



「あ、ひゃひやひゃひゃ!」


額から流れる血液で顔を赤く染めながらも、小野寺は笑い続けている。




「ひ、ひあ……」


恐怖のあまり固まってしまう玲二。



「や、だっ、助けてえ!」


小野寺ではない男の声が聞こえて我に返ると、先ほど小野寺を止めようとした男子生徒が、床についた両膝を引きずりながら逃げようとしている。



「っ、今、行くよ!」


錯乱している小野寺の側に居ては、危害を加えられるかもしれない。


そう思った玲二は震える己の足を叱咤(しった)しながら、男子生徒の元に駆け寄り、肩に手を回して移動させる。




グシュ




嫌な音が聞こえて反射的に振り向く玲二。


その目に映ったのは、目元の辺りで指を動かす小野寺の背中。



「げへ、へへげっ」


ズジュルという嫌な音と共に、小野寺の血でベットリと濡れた指先が露となった。


そして、そのまま小野寺は糸が切れた人形のように崩れ落ち、右目から血を噴き出しながらビクビクと痙攣(けいれん)を繰り返した後、動かなくなった。





「………………」



それを見た玲二と男子生徒は、ただ立ち尽くすしかなかった。




******




如月高校 2年A組 教室内――




「だからあ、背水の陣でも諦めないことが大切なのよー」


授業とは関係ない、自身の体験談を得意気に語る佐々木。



真面目に聞いている生徒が半数以下なのは、安定の佐々木クオリティといったところか。




ガラガラガラッ




その時、扉を開けて飛び込んできた人物が1人。


生え際が後退し、広いデコが目立つ細身の中年男性――如月高等学校の教頭を勤める人物である。



「あら、教頭先生。どうなさったんですか?」


キョトンとする佐々木に教頭は駆け寄ると、耳打ちをした。



教頭が何を言ったのか生徒達には聞こえなかったが、佐々木の表情が驚いたものに変わったことから、何かトラブルでも起きたのだと推測する。



「……貴方達、しばらく自習していなさい。あ、だからってサボったりするんじゃないわよ!」


しっかりと生徒達に釘を刺してから、佐々木は早足で教室を出ていった。




佐々木の足音が遠ざかっていくのを確認すると、やはりと言うべきか、生徒達が騒ぎ出した。



「何かあったのかな、慌ててたけど」


「サボるなって言われてサボらない奴があるか!」


「自習じゃなくて帰らせてよー」


「コッソリ見に行かねえか?」


喧騒のなか、鈴は居眠りしている黒斗を揺さぶり起こす。



「なあなあクロちゃん……何かあったんやろか……」


「……ん、……さあ、な……」


寝起きの為か、黒斗はボンヤリとした様子で受け答えする。




「ただならぬ事態なのは間違いないね、あの先生の様子的に」


いつの間にか傍らに立っていた大神が言葉を発し、黒斗が顔をしかめた。



「どうせ何が起きたのか知ってるんだろ? 事件に詳しい大神さんよ」


「別に詳しい訳じゃないさ、たまたま知ってたんだよ」


飄々(ひょうひょう)と応対する大神。


いつもなら2人を(なだ)める鈴だが、今日ばかりは訝しげな視線で大神を見つめている。



「……大神くん。前に、みきほさんとは知り合い言うてたよな?」


母親に殺され亡くなったみきほの名を口にすると、僅かに大神の眉がピクリと動いた。



「みきほさんに訊いたら、大神くんのことを知らへん言うとったで。大神くんは、みきほさんの何だったんや? 何で知り合いやって、ウソついたん? ……それだけやあらへん」



一呼吸置いて、鈴は更に続ける。



「大神くん、ただの男子高校生にしては事件に詳しすぎや。冤罪(えんざい)やった田島さんの件も、動物虐待の件も……。何で、そないに詳しいんや?」


「……………………」


やはり何も答えない大神。


そんな彼に詰め寄る鈴。



「そうやって、いつも黙って誤魔化すなんて卑怯な人間のやることやで!? やましいことが無いんやったら、堂々と言えばええやないか!」


怒りを露に怒鳴りつけるが、大神は口を開かない。



「……そうか、あくまでも何も言わへんつもりなんか。それならええわ。ウチ、もう大神くんのことを一切信用せえへんから」


プイッとそっぽを向くと、鈴は席に戻った。



「……へえ。そうやって橘は気に入らない人間はとことん信じず、親しい人間には無条件の信頼をおくのか」


ずっと黙っていた大神が口を開き、黒斗と鈴が彼の顔を見た。


口元は楽しそうに歪められているのに、目は全く笑っていない。



「ねえ、橘は僕の何処を怪しいと思ってるの? 何処を信用できないの?」


「それは……何を訊いても、ちゃんと答えへん所とか……」


「何も言わないから怪しい、か。でも、それは君の友達だって同じじゃないか」


大神の赤い瞳が、怪しく輝く。



「君の友達も何も言わないだけで、裏では何をしてるか、隠しているか分かったもんじゃない。本当は……何度も弱者を暴行して金を奪っているかもしれない。人の罪を隠蔽(いんぺい)しているかもしれない。本当は……」


チラリと黒斗を見やる。



「人を殺す事を楽しんでいるサイコパスかもしれない」



大神の言葉に黒斗は何も答えず、ただ睨みつけるだけだ。


一方、鈴は拳を固く握りしめ、ブルブルと肩を震わしている。



「……ウチの友達は……そないな悪いことせえへん! 知ったような口をきかんといてや!」


「…………あくまでも盲目の信頼を寄せるか。それならそれでいいだろう」


そう言うと、大神は教室の出口に向かって歩き出した。



「……おい、自習してろと言われただろう」


「もう帰っていいよ」


大神が言い終わると同時に、校内放送が始まった。




『全校生徒に告ぐ! 本日の授業は全て中止します! ただちに帰り支度を整え、真っ直ぐ自宅に帰るように! ただし、1年E組の生徒は全員、体育館に残っていなさい! 繰り返す……本日の授業は全て……』


「おい! 外を見てみろよ、パトカー来てんぞ!」


1人の生徒が窓の外を指差すと、他の者もそちらに集まった。




「1年E組……レイちゃんのクラスやないか……何があったんや……」


「……さあな」


素っ気なく答えながら、黒斗は帰り支度を始めるのだった。




******




突然、帰宅を命じられ、不審に思いながらも生徒達は学校を後にしていく。



「なあなあ、コッソリ1のEに行ってみようぜ!」


その中から何人かの好奇心と野次馬根性を出した生徒達が、立ち入りを禁止されている1年E組や、体育館に向かった。




「……クロちゃん。ウチらも行ってみんか?」


「そうだな……」


事件が起きたのが玲二のクラスというだけあって、気になった黒斗と鈴は、まず1年E組の教室に向かった。




「……やっぱり入れへんようになっとるな」


1年E組に向かえる廊下の途中には、“KEEPOUT”と書かれた黄色いテープが張り巡らされており、立ち入りを禁じられていた。


さすが警察は仕事が早い。



「コラ、貴方達!」


黒斗と鈴の姿を見かけた佐々木は、直ぐさま駆け寄って来た。



「校内放送、聞いてなかったの!? ウロチョロしてないで、さっさと帰りなさいっ!」


「すんません……」


ペコリと頭を下げる鈴。



「そういうアンタは、何だって1年の教室の辺りをウロチョロしてるんだ?」


「貴方達みたいに、立ち入り禁止区域に入ろうとする子が居ないか見回ってるのよ! お願いだから、今日ばかりは大人しく帰ってちょうだい」


「はーい……」


額に手を当てて、疲れた様子を見せる佐々木に注意された黒斗と鈴は、その場を後にする。


佐々木から離れ、辺りに誰も居ないことを確認すると、鈴が黒斗に耳打ちをした。



「先生にはああ言われたけど……やっぱり、レイちゃんに何か無かったか気にならへん? 体育館にも行ってみようや」


「……いつもより聞き分けが無いな。さっきの大神の言葉を気にしてるのか? 裏では何をしてるか分かったもんじゃないってヤツを……」


「そ、そないなことあらへん。ただ気になっただけや。ほら、行こうや」


そう言って鈴は、先に歩き出していった。


黒斗も数秒遅れて、彼女の後を追う。



前を歩く鈴は、唇を噛みしめている。



(……ウチ、イヤな子や。クロちゃんにもウソついて、レイちゃんも疑って……)




“親しい人間には無条件の信頼をおくのか”


“君の友達も何も言わないだけで、裏では何をしてるか、隠しているか分かったもんじゃない“



大神の言葉が頭の中で繰り返される。



友達を信じるのは当たり前だと思っていた。



それなのに――



一瞬でも疑ってしまった自分が居る。



(……信じることが正しいのか、疑うことが正しいのか……ウチには分からん……)



見つからない答えに頭を痛めながらも、鈴は歩みを進めるのだった。

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