罪と罰10
「……封印された時は どうなるかと思ったが……また こうして暴れまわることが出来て良かったぜ。これだけはヨッシーに感謝だな」
うんうん、と1人で頷く鈴。
完全に自分の世界に入っている彼女を、対峙している黒斗は怒りの形相で睨みつけた。
「……実の父親を殺しておいて その態度か。罪の意識に苛まれている橘とは大違いだな」
「当たり前だろ。アタシは奴に封じ込まれる所だったんだぞ? 殺したのは正当防衛だっつの」
嘲るように鼻で笑うと、鈴は「それに」と前置きを してから言葉を続ける。
「人間のアタシは、自分が殺したってことに対するショックよりも、父親を殺しておきながら何も知らずに のうのうと生きてきた愚かな自分が許せないという気持ちの方が大きいらしいんだよなあ。
殺してしまった父に対して申し訳ない、自分のことも許せない。だから、罪を犯した罰として自分が消える……それがアイツの選んだ答えだ。
まっ、アタシとしては奴が消えてくれた方が この身体を完全に自分のものに出来るし、出たり引っ込んだりを繰り返したりせずに すむから、願ったり叶ったりなんだけどな」
「……ふざけるな」
半笑いで紡がれた鈴の言葉を、ドスのきいた低い声で一蹴する黒斗。
しかし、彼女は その威圧感のある声に怯む様子は見せず、むしろ呆れた様子で手をパチパチと鳴らしている。
「ふざけてんのは そっちの方だろ? 今さらアンタが何を言ったって無駄なんだよ、とっとと諦めて大人しく殺されな!」
「無駄なのは、お前の その品の欠片もない下劣な煽りだ。橘は まだ消えた訳じゃない……諦めるには少し早すぎるだろう?」
不敵な笑みを浮かべ、しっかりと鈴を見据える黒斗。
自信と負けん気の強さが滲み出ている、その憎たらしい顔が兄である大神と重なって見え、鈴は胸焼けを しているようにムカムカとした不快感を覚えた。
「…………ムカつく……ムカつく、ムカつく、ムカつくっ!! その顔っ、笑いかたっ! 何もかもが見ていて苛つくんだよ!!」
狂気によって歪んだ顔で叫ぶと、鈴は瞬時に黒斗へ接近して襲いかかってきた。
(……チッ、やるしかないか……!)
内心 舌打ちを しつつ、身体の向きを そらして攻撃を かわすも、激昂状態の鈴は休む間も なくデスサイズで斬りかかってくる。
どうやら先程の黒斗の態度は、彼女にとって不愉快極まりないものだったようだ。
素早い降り下ろされてきたデスサイズの刃を鎌の柄で受け止め、黒斗は目の前に居る死神の鈴ではなく、人間の鈴に呼びかける。
「おい、聞こえているんだろう!? お前は本当に、このまま消えてしまって いいと思っているのか!?」
「だーかーらー……いくら叫んでも無駄だっつってんだろ!!」
互いに一歩も譲らない黒斗と鈴。
睨みあったまま熾烈な つば競り合いを続ける2人を、内河と佐々木は固唾を呑んで見守ることしか出来ない。
黒斗と鈴は互いのことしか目に入っておらず、外野の2人も彼らから片時も視線を外さない。
だからこそ、誰も気づいていない。
レギオンが ゆっくりと、争っている黒斗達の元へ歩み寄ってきていることに。
「くらえっ!!」
鈴が勢いよく鎌を引くと黒斗のデスサイズが弾き飛ばされ、遠く離れた床に深く突き刺さった。
「ははっ、ざまあみろ!」
目を丸めて呆然としている黒斗を嘲るように、大口を開けて下品に笑う鈴。
彼女が今 浮かべているのは、相手の武器を弾いたことによって、自分が有利な立場になれたと信じて疑わない――そんな自信たっぷりの笑顔だった。
(……デスサイズを呼び戻そうにも、距離が ある分 手元に戻るのには時間が かかる。その間に ぶったぎってやりゃあ いいんだよな)
ただでさえ歪んでいる口の端を さらに吊り上げ、鈴は余裕を見せつけるようにデスサイズを片手で くるくると回し始めた。
すぐに こうして相手を侮り、おごり高ぶるのが彼女の欠点なのだが、残念ながら本人は そのことを全く気に止めていない。
むしろ、常に慢心した態度を とるのが彼女の通常運転である。
「おやおやあ、どうした月影? デスサイズが無いと何も出来ないってのはガチだったのか? ハハハ、いいき」
「橘っ!」「れいじ!!」
鈴の後ろを見据えた黒斗と、ある者の存在に気づいた佐々木の叫び声が重なり、掻き消されてしまう鈴の言葉。
黒斗の視線を妙に思い、鈴が訝しげな表情で振り向くと、そこには爪を伸ばした手を降り下ろそうとしているレギオンの姿が あった。
「…………あっ!」
思わぬ事態に驚愕した鈴の動きが一瞬 止まり、降り下ろされてきた爪の回避に遅れてしまう。
避けきれなかった鋭い刃は、鈴の身体を容赦なく肩から袈裟懸けに切り裂き、破れたコートの一部と鮮血が宙を舞った。
「うわあああああああああ!! 橘があああああ!! 俺の橘が傷物にいいいい!! オウ・マイ・ガーッドネス!!」
鈴が負傷すると同時に、頭を抱えて涙目で悲鳴を あげる内河。
しかし、傷を負った当の本人は よろめきこそしたものの、苦痛の声を漏らすことなく冷静に傷口を押さえている。
「いてて……クソッ、こういう時は気を察知できない自分を呪いたくなるな……」
返り血が付着しているレギオンを殺気が秘められた目で睨む鈴。
「……折角の楽しい殺しあい……それを邪魔する無粋な奴は…………さっさと始末するに限る!」
「……っ!」
レギオンに武器を向ける鈴を見て、黒斗は急いでデスサイズを引き寄せる。
だが、離れた位置で床に深く刺さっているせいで、なかなかデスサイズは手元に戻ってこない。
仕方なく黒斗は鈴の背中へ必死に声を かける。
「やめろ橘! お前の相手は俺だろうが! 佐々木に手を出すな!」
「うるせえよ……大体、先に手を出してきたのは この化けもんだろうが!」
言いながらデスサイズに魔力を込める鈴。
彼女の殺意に反応し、レギオンもまた赤子のごとき鳴き声を あげながら全ての手の爪を伸ばし、完全な戦闘モードに移行する。
「……このバカ共が……!」
悪態を つきながら、黒斗はデスサイズを持っている鈴の右腕を掴む。
レギオンから彼女を遠ざけるべく、強引に投げ飛ばそうと考えたのである。
しかし、渾身の力を込めて鈴の腕を引いているにも関わらず、両足で しっかりと踏ん張っている彼女の身体はピクリとも動かない。
そのことに対して黒斗が焦りを露に眉間へシワを寄せると、鈴は満足そうにイヤらしい笑みを浮かべてみせた。
「恥ずかしくねーのかあ? 男のクセして女に力で劣るとかよお! まあ、欠陥品だから仕方ないか、けっ・かん・ひん、なんだからな!!」
「くっ……」
文句の一つや二つ言ってやりたかったが、いかんせん彼女の言う通り、情けなくも黒斗は生来の能力が低い故、腕力でも魔力でも一般的な死神には劣っている。
それ故 反論することも出来ない。
(……だが こうして腕を掴んでいれば、いざコイツが攻撃しようとした時に邪魔を することが出来る……とにかく、デスサイズが手元に戻るまでの我慢だ)
当初の予定とは異なるが、作戦を思い立った黒斗は小振りに頷く。
その様子を見ていた鈴は、彼が自分から離れる気配は無いと悟り、疲れたように深い溜め息を吐き出した。
「ハア……あのさあ、しつこい男はモテねえぞ?」
「モテなくて結構だ」
不毛な やりとりを交わす2人。
そんな彼らに狙いを定め、レギオンは威嚇するように爪を立てて唸り声を あげる。
体格の違いこそ あれど、無数の腕と刃を持つ その姿は戦いの神・阿修羅を思わせる迫力を持っていた。
「おー、おー、殺る気満々じゃねえの。で、お前さんは どうするんだ?」
試すような口ぶりで鈴が問うも、黒斗は何も答えずに ただ唇を噛み締めるだけだ。
ここで鈴から手を離し、レギオンの攻撃を“一人で”かわすのは簡単だ。
でも、手を離したら どうなる――?
レギオンが鈴に致命的なダメージを与えてしまうかもしれない。
逆に鈴が中に組み込まれている玲二ごとレギオンを始末してしまうかもしれない。
最悪の事態が次々と思い浮かぶ この現状、手を離して自分だけ無傷で いるのは得策ではないだろう。
しかし、鈴の手を引いて一緒に攻撃を かわそうにも、意地の悪い彼女は決して床から足を浮かそうとしてくれない。
恐らくレギオンの攻撃程度、大したダメージには ならないと思っているのだろう。
もしくはダメージ覚悟でレギオンに反撃しようと考えているのかもしれない。
手を離しても離さなくても、待っている未来は どれも悪いものばかりではないか。
(…………こうなったら、俺がレギオンの攻撃を受け止めるしかない、か……)
熟考の末、己が2人の間に立ちはだかり、盾になる結論に至った黒斗。
運が悪ければ鈴とレギオンの攻撃、両方 食らってしまうかもしれない、だが彼女達を文字通り身体を張って守ることは出来る。
生命力だけは自信が あるので、さすがに死ぬことはないだろう、と黒斗は腹を括る。
死なないという根拠は どこにも無いが。
「ヴアアアアアアッ!!」
気合いを溜めているようなレギオンの遠吠えを聞きつつ、黒斗は鈴から手を離し、彼女とレギオンの間に立った。
「ほほう、守ってくれるってのか? なかなか従順な犬じゃないか」
デスサイズに さらなる魔力を込めながら ほくそ笑む鈴。
その態度に口の端を引きつらせながらも、黒斗は険しい表情を崩さないまま右手を高く挙げる。
するとデスサイズが飛んでくる速度が増し、まるで意思が あるかのように真っ直ぐ黒斗の右手に やってきて、それを掴んだ彼は胸の辺りに構えて防御の姿勢を とった。
(……来るなら来い……!)
勿体ぶっているように手をブラブラと振るレギオンを睨みつける黒斗。
その鋭い視線を受け、レギオンは いくつもの顔を憤怒の形相に変えながら、無数の爪を自分より遥かに小さなターゲット目掛けて振り上げた。
強い衝撃を予想して、柄を持つ黒斗の手に力が込もる。
彼の後ろで魔力をチャージしている鈴は、他人事だとばかりに下手な鼻歌を口ずさんでいる。
遠くから その様子を見守っている内河は、「おぎゃーー!!」と毎度お馴染みの意味不明な奇声を あげながら おちゃらかほいの仕草を している。
そして、そんな内河の隣で黙って佇んでいた佐々木は、不意に一歩 前に歩みを進めた。
「………………れいじっ!!」
広い室内の隅まで響く、凛とした佐々木の声。
声を発した彼女へ、レギオンも含む この場に居る全員の視線が注がれた。
注目の的となっている佐々木はレギオンを見据え、おもむろに口を開く。
「……れいじ、しょうきに もどって。あなたは いま、たいせつな ともだちを きずつけようとしているのよ?」
「…………オガアサン…………トモ、ダチ…………」
言われてレギオンは黒斗と鈴を横目で見やる。
すると顔に浮かんでいた怒りの表情が、見る見るうちに悲愴な面持ちへと変わっていった。
「……ア、アー…………スズ、チャン……アニキ……ヴー……」
「っ!」
レギオンの言葉に目を丸くする黒斗。
一方 鈴は面白くなさそうに口を への字に曲げている。
「……アニキ、スズチャン……オカアサン、オカアサン……キズツケタク、ナイヨ……」
伸びていた爪が瞬く間に短くなっていき、元に――赤子と同じ長さと大きさに戻っていく。
醜い巨体から殺気が消え、佐々木の顔が思わず綻んだ。
「れいじ……よかった、わかってくれたのね」
震える身体で祈るように手を組む佐々木。
黒斗もまた、構えていたデスサイズを下ろし、レギオンを見上げる。
その時、レギオンの丸い身体の上部に ついている顔の一つが眼球を動かして黒斗に向けてきて目が合った。
「もっと、もっと呼びかけるんだ」
「なっ……!?」
いつものレギオンが発するものとは違う、流暢で爽やかな言葉に驚く黒斗。
彼を尻目に、顔の一つは真剣な表情で さらに続ける。
「レイジ、くんだっけ? レギオンの核にされた子。あの子は鈴と比べて自我がハッキリ残ってる。だから、君や母親が呼びかければ……レギオンの魔力も弱まって、解放できるようになるかもしれない」
「ほ、ほんと!?」
謎の声が言ったことに希望を見出だし、佐々木の曇っていた顔が太陽に照らされたようにパアッと明るくなる。
しかし、警戒心の強い黒斗は その言葉を完全に信じきることが出来ず、怪訝な表情を崩さない。
そして彼の後ろに居る鈴は、茫然とした様子で黒斗の肩越しにレギオンを見つめている。
「…………マジ、かよ…………ああ そうか……そういうことだったのか……」
腑に落ちたように1人で何かをブツブツ呟く鈴。
彼女が急に動揺したことが気になりつつも、黒斗はレギオンから目を離さずに疑問を口にする。
「いきなり出て来た不審な相手の言うことを、はい そうですかと鵜呑みに出来る訳ないだろう。お前は一体 何者なんだ」
黒斗の問いに一瞬 言葉を詰まらせるも、すぐに答えた。
「……俺はタイプΛ(ラムダ)、ナンバー7ヘプタ……人間の世界で生きていた時は……橘 蒼と名乗っていた」
「死神……っ!? それに……橘だと……?」
背後に佇む鈴と前に立つレギオンを交互に見やる黒斗。
事前にウンデカから話を聞いていた お陰で、彼が鈴と大神の父親であることが分かった。
「……遺体が誰かに持って行かれたって時点で、大方ヨッシーの仕業だと思っちゃいたが まさに その通りだったとはなあ」
蔑んだ目で蒼を見据える鈴。
彼女の言葉から、黒斗は蒼の亡骸は大神ら教団の手によって奪われ、こうしてレギオンの肉体の一部として使われたのだと察した。
他の亡骸と違って彼だけ自我が あるのは、死神だからだろうか。
「しっかし、情けない姿になっちまったなあパ~パ。オマケに またアタシに殺されることになるとかさあ」
「……鈴。お父さん、お前には幼かった頃に自由が得られなかった分だけ幸せに なってほしいんだ。たから……頼む……俺を殺したことなんか気に病まずに戻ってきてくれ!」
目に じわりと涙を滲ませながら紡がれた懇願は、父親として娘を思う気持ちが ひしひしと感じられる。
しかし それさえも鈴は鼻で笑い飛ばし、呆れたように首を横に振ってみせる。
「あーもー、揃いも揃ってバカばっか。もう手遅れ…………」
不自然に言葉を区切ると、鈴は驚愕を露に目を大きく見開いて固まり、急に頭を抱えて踞った。
「橘?」
いきなり様子が おかしくなりだした彼女へ振り向き、疑問符の付いた声を かける黒斗。
鈴は その呼びかけに返事をすることも顔を上げることもせず、代わりに いやいやと頭を左右に振り始める。
「…………おと、ん……おとん が、いる…………ウチが殺した……おとん、が……」
「!!」
狂気と殺意に満ちた甲高い声ではなく、弱々しい涙声に目を剥く一同。
この声を発したのは鈴――死神ではない人間の方の鈴だと誰もが瞬時に理解した。
ずっと死神の人格が表に出ていたのに、突然 彼女の人格が出てきた理由は不明だ。
だが人間としての心は やはり まだ消えていないのだと証明は され、暗雲に希望の光が射し込んできたことを感じられた。
「く…………ぅ……今のは何……出てくるな……出てくるなあっ!! アタシの自由を奪うなあああ!!」
喉が はち切れんばかりに怒号し、勢いよく立ち上がる鈴。
顔が上げられた時、彼女の瞳が一瞬だけ赤色ではなく青色であったのを黒斗は見逃さなかった。
「ちくしょう、父親の声を聞いて反応しやがったのか……やっぱり先に化けもんを倒した方が良いみてえだな!」
言うなり鈴は魔力の槍をレギオンに向けて射出する。
しかし、飛んでいった槍はレギオンに当たる直前、黒斗がデスサイズを薙いだことによって真っ二つに切り裂かれ、そのまま虚空へ溶けるように消え入った。
「……お前の相手は俺だと言っただろう」
「この野郎……邪魔をするなっ!!」
黒斗にレギオンへの攻撃を阻まれ、激昂した鈴は間合いを とり、高く突き上げた人差し指からレーザー光線を三本 撃ち出す。
魔力によって形成された黒きレーザー。
それらは真っ直ぐ黒斗に飛んでいかず、宙をグニャグニャと動き回った後、間を置いて それぞれ一本ずつターゲットである黒斗を貫こうと向かってきた。
だが黒斗はレーザーの動きを冷静に見極め、身体の向きを少し ずらすだけという、隙の少ない回避だけで全てのレーザーを綺麗に かわす。
そして間髪入れず、距離が空いた鈴へデスサイズを構えながら駆け出していく。
「頼むよ、娘を……人間に戻してくれ!」
「アンタに頼まれるまでもない」
蒼の言葉に軽口を叩きつつ、黒斗は まず鈴の持つデスサイズを手放させるべく、狙いを彼女の右手に定めて得物を振りかぶった。
「させるかよ!」
彼の動きに気づいた鈴は右手を後ろに回し、左手による手刀で降り下ろされた刃を弾く。
予想より大きな力で押された黒斗の体勢が僅かに崩され、一瞬だけの無防備な状態を狙って彼の腹に回し蹴りを お見舞いする。
「ぐ、ぅ……!」
鈴の足が柔らかい腹部に深く めり込み、気が遠くなるような痛みと共に膝を つく黒斗。
続いて鈴が追い打ちとして、彼の脳天を かち割ろうとデスサイズを降り下ろしてくる。
「つきかげくんっ!」
佐々木の悲鳴が耳に届いたのと、歯を食い縛りながら痛みに耐え、横に転がって攻撃を かわすのは同じタイミングであった。
ローリングによって鈴と距離をとり、黒斗は再び武器を構えて立ち上がる。
「まだ やる気かよ!? しつこいんだよテメーは! アイツは自分の意思で引っ込んで、消えようとしてるんだぞ! 消えるのはアイツの勝手なのに、どうして邪魔を する!」
「確かに それはアイツの勝手だな。だが……それを止めようとするのも俺の勝手だ!」
「ケッ……やっぱ お前 気にくわねえわ!」
言ってデスサイズを振りかぶりながら突撃する鈴。
黒斗は その攻撃を刃によって弾き、続けて彼女のデスサイズを直接 攻撃しようとするも、先程 自分が やった時と同じように刃で弾かれる。
「往生際が悪いんだよっ!」
「それは こっちの台詞だ……! いい加減にしろ橘っ!」
刃を刃で弾く、熾烈な攻防。
金属同士が激しく ぶつかりあう鈍い音と、2人の怒声、そして内河の どうでもいい野次だけが この場を支配する。
「うおおー、頑張れ橘ーっ! い、いや……橘が勝っちゃダメだ、月影を応援しないと……ああでもなあ! 俺としては月影よりも橘を応援したいなあ!
だってさあ、むさい男と可愛いアンド思いを寄せる女の子……どちらか選べと言われたら、そりゃあ女の子に決まって……いや、しかし橘が勝ったらヤバイ……」
1人で悩ましげに髪を掻き乱す内河は放って、佐々木は無言のまま黒斗達の戦いを見守る。
だが――
「ヴ…………オオォォン……ヴガァアア……」
ずっと大人しくしていたレギオンが突如 呻きだし、短くしていた爪を再び伸ばし始めた。
彼の異変に気づき、佐々木は素早く そちらに視線を移す。
「ま、まずい……またレギオンの魔力が強まってきた……早く、レイジくんの心に呼びかけるんだ!」
憎悪に表情を歪ませている顔の中、蒼だけは沈痛な面持ちで佐々木に声を かける。
その言葉を受け、佐々木はレギオンの前に両手を広げて立ちはだかった。
「だめ、れいじ! いいこ だから、おとなしくして……ね?」
「ヴヴヴゥ……オカアサン…………」
佐々木の姿を認め、爪を伸ばすのを止めるレギオン。
しかし、いくつもの手を身体に当てながらフラフラと左右に揺れる その姿は、危うさを感じさせる。
玲二としての意識とレギオンの魔力、二つが戦っているのだろう。
「…………オカアサン、サミシイヨ……モウ、イナクナッタリシナイデ……ズット イッショ ダッテ、ソウイッテヨ…………」
「そ、それは…………」
辿々しく紡がれた言葉に何も言うことが出来ず、閉口する佐々木。
出来ることなら ずっと側に居て守ってあげたい。
だが、自分は既に死んだ身である。
戸籍上 亡くなったことになっている自分に、この世界での居場所は無い。
その無情な現実を彼女も理解しているからこそ、首を縦に振ってあげることが出来ないのだ。
「…………ごめんね、れいじ…………」
「…………ヴ、ヴヴヴヴヴ……」
絞り出された佐々木の掠れた声に、レギオンは表情は歪め、嘆くように顔を掻きむしりだす。
(……あっちもあっちで まずいか……くそ、どちらか一方だけでも正気に戻せれば、まだ何とかなりそうなのに……)
戦いの最中、黒斗は武器を振りながら佐々木とレギオンに視線を配り、舌打ちをする。
だが、その油断とも言える一瞬の余所見が、鈴の強力な一撃を許してしまう。
彼女は不意に後ろへ跳んで、着地と同時に魔力を帯びた左腕を床に つけたのだ。
そのことにより、直ぐ様 黒斗の背後の床から黒い槍が にゅっ、と顔を覗かせる。
「はっ……!」
黒斗が槍の存在に気づいた刹那、床から勢いよく槍が飛び出て、彼の心臓を貫ぬくべく迫った。
反射的に黒斗は横に跳んで攻撃を避けようとする。
だが――回避は寸での所で間に合わず、槍は心臓にこそ当たらなかったが、脇腹を貫いてしまった。
腹から飛び出し、血で赤く濡れた刃が視界の隅に移る。
脳が皮膚と肉を裂かれたことを理解すると、遅れて脇腹に激痛が はしった。
「うぁ……っ」
苦悶の声が唇から漏れ、続いて目眩に襲われる。
黒斗の膝が折れると同時に、彼の身体に刺さっていた槍がバラバラに砕け、破片は床に散らばった。
「ハハハ、人を見下すってのは気分が良いぜ」
膝をつき、傷口を片手で抑える黒斗を嘲りながら見下ろし、おもむろにデスサイズを振りかぶる鈴。
「マイガーーーー!! ダメだ橘、人殺しになったらダメだああああ!!」
今まさに黒斗へ とどめを刺そうとしている鈴に絶叫する内河だが、それで彼女が動きを止める訳もない。
「…………く、そっ……!」
動きだそうとする黒斗だが、回復しきっていない為に傷口の痛みが引かず、浮かそうとした腰は途中でまた落ちてしまう。
ならば、と黒斗は頭部を庇うようにデスサイズを構える。
しかし――いつまでも経っても鎌が降り下ろされることはなく、鈴は大きく振りかぶった姿勢のままピクリとも動かず、固まってしまった。
(……なんだ……?)
防御体勢をとったまま、眉を潜めて上目遣いで彼女を見やる黒斗。
すると、彼女の瞳から赤色の色素が薄まり、代わりに青みが帯びはじめていることが分かった。
「…………橘……橘なのか!?」
数秒の間に傷が多少 回復し、立ち上がって彼女の目を真っ直ぐ見つめると、鈴は瞳に じわりと涙を滲ませた。
その涙を見た黒斗は人間の意識が再び表に出てきたのだと悟り、彼女の肩を鷲掴みにした。
「おい、大丈夫なのか!? 自分の意思で人格を出せるのなら、消えようだなんてバカな真似は やめて元に」
「クロちゃん」
黒斗の声を、鈴は涙を流していることによって震えている小声で遮ると、泣きながら弱々しい笑みを浮かべた。
「……もう、エエから…………ウチは、もう おとんの時みたいに誰かを殺したくないねん……せやから……皆を……死なせてしまう前に……今のうちに……ウチを、殺してや」