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デスサイズ  作者: LALA
Last Episode 罪と罰
105/118

罪と罰8

 


「…………れい…………じ……」


 愕然(がくぜん)とした様子で息子の名を呼ぶ佐々木。


 すると こちらの声が聞こえているのか、まるでマネキンのように意思を感じられない表情をしている玲二の眉が、ピクリと動いた。



「…………お、か…………ん。おかーさ、ん…………」


「れいじ……っ!」


 下半身も腕も失い、まるでダルマのような状態となっていても、玲二は意識があり、言葉を発することも可能なようだ。


 しかし、その瞳からは光が消え失せ、黒く濁りきっている。


 かつて瞳に宿していた、磨きたての原石のような輝きの面影など一切なかった。



 そんな彼の変わり果てた姿を、ウンデカを除く全員が呆けたように見つめる。



「……ど……どうなってんだよ、マジで……核とか何とか、よく意味わかんねえけど……ようするに、あの化け物の原動力が佐々木ってことか!?」


 混乱した様子を見せながらも、ウンデカの言っていたことを元に状況を分析する内河。


 もともと肝の座っている性格のお陰か、あまりにも非現実的なことが起き続けて慣れてしまったのか、冷静さは失われていない。


 また、大神と鈴も玲二に対して思い入れもない為か、最初は驚きを露としていたが今となっては興味が失せたように、冷めた目をしている。



「……ウンデカもなかなか残酷だねえ。よりによって、月影の友達を使うなんて。まあ、どうせ彼の怒りを買う為だろうけど」


「ふーん……つうか、この化け物ウンデカの趣味の悪さが出すぎだろ。見かけもキモけりゃ中身もキモい。頭と胸しか無いまま生きているとか、ゾンビよりタチ悪いっての!」


 玲二を指差しながらケラケラと笑う無慈悲な兄妹。


 あのような痛々しい姿でさえ、彼らにとっては嫌悪や(さげす)みの対象でしかない。


 同情心など持ち合わせていないのだ。


 ちなみに、せっかく作ったレギオンに対して かなり辛辣な言葉を述べられているウンデカは、特に気分を害した素振りもなくニコニコとしている。



「ハハハ、その言葉は私にとって何よりの誉め言葉だ。まあ貴様らが何を思おうが どうでもいいがな。それよりナンバー4、お前は どうだ? これを見て素晴らしいと思わないのか?」


 右腕を伸ばしてレギオンと化した玲二を示すウンデカだが、黒斗は俯いたまま何も答えない。


 しかし、彼の唇は激情を抑える為に強く噛み締められており、切れ目から小量の血液が顎を伝っている。


 それに加えて握り拳も痙攣(けいれん)を起こしているように小刻みに揺れている。


 今の黒斗は、さながら破裂寸前の風船と言ったところか。


 あと少しの刺激で壊れる――そんな危うい状態だった。




「おやおや、レギオンの出来が素晴らしすぎて言葉も出ないか? そうだろうなあ。何せ、核である?あの少年は強力な感情エネルギーの持ち主だからなあ。


  彼は絵を(たしな)んでいるだけあって感受性が高く、実に豊かな感情を持っていた。お陰でレギオンの起動が予定より早く済んだ。佐々木?玲二には感謝の言葉しかないよ」


「…………っ!」


 黒斗の瞳が揺れ、鮮血色に輝きだす。




「オカアサン、オカアサン…………サミシイヨ、コワイヨ……クライヨ……」


 悲痛な声で助けを求める玲二だが、真っ二つに裂けていたレギオンの身体が元に戻っていき、彼の身体を再び隠していく。



「れいじっ!!」


「ちょ、待てって危ないっての!!」


 レギオンの身体が完全に戻り、玲二が見えなくなる前に駆け寄ろうとする佐々木だが、内河に腕を引かれて阻止された。



「はなして、はなしてええっ!!」


「ダメだって! 確かにアレは中身が佐々木だけど、でも今はヤバイから近づいちゃアウトだってえ!」


 さっきとは立場が逆転し、再び揉み合う2人。



 そんなことをやっている間にレギオンの身体は戻ってしまい、玲二は再び死体で出来た肉体の中に閉じ込められてしまった。



 だが――





「オカアサン…………アニ、キ…………タス、ケテ…………」


 玲二の か細い声が周囲に響き渡り、それを最後に彼の声は聞こえなくなった。




「……さ、さき……」


 絶望に打ちひしがれた様子でレギオンに視線を向ける黒斗。


 それを見たウンデカはニヤリと笑い、彼に揺さぶりをかけた。



「やれやれ、佐々木 玲二は強力なエネルギーの持ち主ではあるが、強力ゆえに自我が少々 残っているようだな。消去しておくとするか」


「………………」


 無言のまま立ち尽くす黒斗の眉が吊り上がる。



「おやナンバー4、ご立腹のようだな。ああ、佐々木 玲二の肉体が欠損していることが不満なのか? 確かに私は、彼が死んでいないとは言ったが……五体満足で生きているとは言ってないぞ?」


「…………黙れ、ウンデカ…………!」


 拳を強く握り締める黒斗。


 爪が食い込み、指の隙間から赤い液体がポタポタと流れて床に歪な模様を描いていく。



「ふう、そう かっかするな。佐々木 玲二はレギオンと一体化してしまったが、お前が そこまで思い入れがあるのなら、神々亡き後の新たな世界で彼と同じ姿をした人形でも……」


「…………もういい。それ以上 喋るな」


 ドスの利いた低い声でウンデカの言葉を遮ると、黒斗は素早い動きで黒い穴を開き、そこからデスサイズを取り出した。



「は……? え、え、ちょっ、おま……それ、鎌っ!?」


 いきなり黒斗がデスサイズを取り出し、構えたことに驚愕する内河。


 しかし、注目を集めている本人は内河を尻目にウンデカへ鎌の切っ先を向ける。



「…………貴様だけは……貴様だけは絶対に許さん………………殺してやるっ!!」


 不気味な光を(たずさ)えた瞳でウンデカを見据えると、黒斗は光のような速さで瞬時に接近し、躊躇(ためら)いも無くデスサイズを降り下ろした。


 だが、ウンデカも また目にも止まらぬ動きでデスサイズを胸の辺りに構える。


 そうすることによって、ウンデカの心臓を貫く筈だった刃は柄に当たり、金属同士が ぶつかったような鈍い衝撃音と火花が飛び散った。



「どうした? お前の怒りは そんなものか? 殺すつもりの わりには、随分と(ぬる)い攻撃だな」


「くっ……!」


 挑発され、瞳の輝きが増していく黒斗。


 それに伴い、彼が持つデスサイズの刃が黒いオーラを纏い始める。



「いいぞ……もっと怒れ、憎しめ、悲しめ! その感情こそが、お前を強くするんだ! それでこそ佐々木 玲二を利用した甲斐が あるというものだ!」


「……佐々木は……やっと…………やっと自分自身と向き合って、過去を乗り越えたんだぞ……! それなのに……貴様の、せいで……!!」


 黒いオーラが広がり、黒斗の身体をも包んでいく。


 オーラの勢いは以前 大神と対峙した時と比べて弱いが、憤慨(ふんがい)している黒斗は冷静さを失っている為 安い挑発にも乗り、このままでは暴走状態となってしまう。



「つきかげくん! だめよ、おちついて!」


 黒斗が興奮したことによって、逆に落ち着きを取り戻した佐々木が彼に呼びかける。


 けれども頭に血が上っているせいで、彼女の声は黒斗の耳に届いていても、高ぶっている感情を抑えることは出来ず、意味を成していない。



「だめだってば! このままだと、ウンデカの おもう つぼよ!?」


「…………分かっては、いる……! だけど……佐々木の……あの声が……耳に こびりついて離れないんだっ……!」


 掠れた声で喋り、歯軋りを する黒斗。


 鎌の柄を持つ手にも力が入り、ミシリと軋む音が鳴る。


 自分でも今の状況が危険だとは分かっている。


 だが、身を焦がすような怒りを簡単に(しず)めることが出来るほど黒斗は器用でもなければ、悟りを開いている訳でもない。


 それどころか、先程 聞いた玲二の声が脳内で再生される度に、彼の怒りは増していく始末である。




「……どうしよう……このままじゃ……! おねがいだから、れいせいに なってよ つきかげくんっ!」


 ウンデカと競り合ったまま離れない黒斗を見て、焦燥感に駆られる佐々木。


 彼女は大神から黒斗の暴走について聞かされた為、今の彼が いかに危険な状態なのか理解している。


 だからこそ、彼が自我を失い取り返しが つかなくなる前に止めなければならない。


 だが、いくら呼びかけても黒斗の怒りを抑えることが出来ず、もどかしさから歯噛みを する。



 その時、ずっと高みの見物を決め込んでいた大神が不意に一歩 前に出て 口を開いた。



「あのさあ月影。君がキレるのは勝手だけどさあ、今ここで暴れたらウンデカは おろか、鈴や佐々木先生、それに玲二くんが入ってるレギオンと、ついでに内河も殺しちゃうことに なるんだけど?」


「……っ!」


 大神の言葉を聞いた黒斗の脳裏に、冥界で暴走した時の場面が映し出される。



 立ちはだかる者、ただ牢屋に入っているだけの者、命乞いを してくる者関係なく、情け容赦も せずに皆殺しにした自分。


 身体に傷を負っても、痛みに呻くどころか己の血を見て興奮ぎみに笑っていた自分。


 死んだ死神を解体して楽しんでいた自分。



 忌々しい記憶に胸の奥がズキリと痛み、一瞬 視界が大きく揺れる。


 あまりにも激しい胸の痛みに呼吸が浅くなるものの、その痛みの お陰で黒斗は我に返り、身体と鎌の刃から黒いオーラが消え去っていった。




「……チッ、義之の奴 余計な真似を……」


 舌打ちを しながら文句を口にすると、ウンデカは先程までの勢いが削がれた黒斗を突き飛ばし、イヤらしい笑みを浮かべている大神へと歩み寄っていく。


 一方 飛ばされて尻餅を ついた黒斗は放心したように、その場に座り込んだままだ。




「……どうやら、ナンバー4を仲間に引き入れる前に、お前を始末した方が良いようだな」


 大神の前に立ち、デスサイズを構えたまま睨みつけるウンデカ。


 対する大神は笑顔を崩さず、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な態度で彼と接する。



「始末ですか。あのまま月影が暴走してたら貴方まで殺されてたんですよ? 彼を止めた僕に感謝するべきでは ありませんか?」


「ハア……誰に似たのか、口の減らない奴だ。第一、お前が心配せずともナンバー4の制御は出来る」


 溜め息を挟みつつ、ウンデカは さらに続ける。



「……まあ いい。邪魔者は さっさと消し去るに限る……先に貴様を処分しておこう。とはいえ、ここでは手狭だな。場所を変えるとするか」


 ニターッと気色悪い笑みを浮かべると、ウンデカは手を かざしてゲートを開いた。



「ここでは狭いから場所を変える、か。わりと本気で かかってくるつもりなんですね」


「お前は、一応 私の部下だったからな。それなりの もてなしをしなくてはな」


 偉そうな態度で言い切り、ゲートの中に入って姿を消すウンデカ。


 それを見ていた大神も、彼の後を追ってゲートへ入ろうと足を踏み出す。



 しかし、その歩みは隣に居る鈴に肩を掴まれたことによって阻まれた。



「おい待てよヨッシー、なにガキみてーにホイホイついて行こうとしてんだよ! アイツが開いたゲートだぞ!? 罠だらけの部屋に通じてるかもしんねーじゃん!」


 甲高く、やや耳障りな声で迂闊(うかつ)な兄を注意する鈴。


 だが大神は、そんな忠告など全く心に留めた様子もなく、ヒラヒラと片手を振ってみせる。



「例え罠が あろうが、ウンデカ自身は大したことないうえ、力なら僕が上なんだ。恐れるに足らないさ」


「自信過剰だなオイ。そーいう余裕ぶっこいてる奴ほど、足を すくわれるんだぞ?」


 ピン、と立てた人差し指を振りながらクドクドと大神へ さらなる注意を促す鈴だが、注意を受けている本人は それを右から左へ聞き流すばかり。



 あまりにも おごり高ぶった その態度に、さすがの鈴も苛立ちを覚え始める。




「……人の話を聞けよ。つうか、その自信は どっから湧いてくるんだよ。何か、見てるとスッゲーイライラすんだけど?」


 顔を しかめ、大神にガンを飛ばす鈴。



 けれど、その精一杯の威圧でさえも大神は鼻で笑い飛ばした。



「アッハハハ! そんな可愛い顔で睨まれても怖くないって! それに、僕の心配よりも自分の心配しなよ! 君の相手は あの気持ち悪いレギオンなんだよ?」


 通路の端で佇むレギオンを顎で示す大神。



 ちなみにレギオンは主であるウンデカが おらず、殺気を向けられている訳でもない為か、暴れることなく壁に 寄りかかって待機している。




「あんな木偶(でく)の坊なんかアタシの敵じゃねえんだよ。それより厄介なのは、あっちの失敗作だろ」


 そう言うと、鈴は未だに座り込んで動かない黒斗を横目で見やった。




「……月影なら大丈夫だろう。あの様子じゃ しばらく動けないだろうし、仮に動いたとしても奴は君を殺す気がないから、あっちが圧倒的に不利だ」


「ほほう。じゃあスルーしときゃいいんだな。んで、向かってきた時は殺っちゃってもいいと」


 物騒な言葉を鈴が嬉々とした様子で言い放つと、大神はクスリと笑いながら頷いた。



「そうそう。ただ、奴に とどめを刺すのは僕だということを忘れずに」


「ラジャー。死なない程度にボコれってことだな」


 無邪気に笑いあう2人。



 そして作戦を立て終わると、大神は鈴に手を振りながらゲートに足を踏み入れた。



「じゃあ、お互いに生きてたら また会おう」


「あいよ~」


 緩い会話を交わし、大神の姿はゲートの奥へと消え入る。


 相次いでゲートが何事もなかったかのように音も無く塞がり、そのまま消滅していった。



 そうして兄を見送ると、鈴は心底 楽しそうな明るい表情を浮かべて、動く気配のないレギオンに振り向いた。



「と、いう訳で……お前さんの相手はアタシだよ。大きい分 殺りがいがありそうで楽しみだねえ」


 獲物を見定めた蛇のように舌舐めずりをし、射抜くような鋭い眼光をレギオンに向ける鈴。


 表情こそ幼さを感じられるような可愛らしい笑顔ではあるが、彼女が今 惜しげもなく放出している殺気のせいで、その笑顔は やけに狂気じみて見える。



 クスクスと声を漏らしながら、鈴は一歩、また一歩とレギオンに近づいていく。


 その傍らで佐々木は、青ざめた表情で鈴とレギオンを交互に見やり、頭を抱え込む。



(……どうしよう、あれには、れいじが はいってるのに……! これじゃ、れいじまで、ころされちゃう……!)



 最悪の事態を想定し、身震いする佐々木。


 本当なら今すぐ駆け出していきたいが、鈴の迫力に気圧(けお)された足は石のように固まって動かない。


 仮に動けたとしても力では鈴に敵わないだろうが、それでも何も出来ずに立ち尽くしているだけなんて、情けなくて仕方ない。



(つきかげくんも とめられなくて、れいじも たすけられない……なにも できない…………みんなの あしを ひっぱるために、でてきた わけじゃないのに……!)


 無意識のうちに悔し涙が零れ落ち、頬を濡らしていく。


 その間にも鈴はレギオンの前に立ち、左手に黒い魔力を溜め始める。


 それでもレギオンは戦闘体勢を とらず、相変わらずボンヤリと虚空を見つめている。



「おいお~い、シカトですかあ? さすがに無抵抗で無反応な奴を ぶっ殺すのは つまんないんですけどー」


 砕けた口調でレギオンに語りかけるが、やはり反応は ない。



「……化けもんの癖にシカトとか いい度胸じゃねえか……」


 無視され続けた鈴もシビレを切らし、左手に溜めていた魔力をレギオンに向けて放った。


 放たれた黒い魔力は彼女の左手と繋がったまま ぐんぐん伸びていき、先端が鋭く尖って槍のような形となって、勢いよくレギオンの身体――厳密に言うと、顔の1つに当たる。



 ――が、鋭い魔力の槍はレギオンの身体を貫通せず、それどころか金属音を響かせただけで刺さりも していない。


 刃が当たった顔の眉間には掠り傷が ついているものの、レギオンに とっては虫が くっついてきた程度の認識だろう。



「……見た目は ふにゃふにゃ してて柔らかそうなのに、案外 頑丈なんだな……」


 不機嫌そうだった鈴の顔に笑顔が宿り、伸ばしていた魔力を再び手元に戻してデスサイズを構え直す。



 すると彼女の殺気を感じとったのか、ずっと動かなかったレギオンが重圧感のある足音を響かせながら、不敵な笑みを浮かべる鈴へと近づき始めた。


 ようやく戦闘モードに入ったレギオンを見て、鈴の口角が さらに吊り上がり、興奮から頬が僅かに上気しはじめる。



「そうこなくっちゃ、面白くない! かかってこいよ!」


「ヴアアアアン!!」


 手招きする鈴を攻撃しようと、爪を伸ばして振りかぶるレギオン。


 その鈍重そうな見た目とは裏腹に、素早く接近して爪を降り下ろすものの、バックステップと いとも簡単に かわされてしまう。



「やーい、ウスノロ! 鬼さんコーチラ、てーのなーる ほーうへっ!」


 後ずさりをしつつ、手を叩いてレギオンを(おび)き寄せようとする鈴。


 そんな彼女の誘いに乗り、レギオンは巨体を揺らしながらズシズシと後を追っていき、予想通りの動きに鈴は満面の笑みを浮かべて小走りに駆け出す。



「捕まえてごらんなさーい、なんてなーっ!!」


「ウオオオオオン!」



 どことなく間抜けな声を あげながら、鈴とレギオンは通路の奥へと姿を消すのだった。




 後に残された3人は、呆気にとられた表情で2人が去っていった方角を見つめていたが、ふと内河が我に返ったように頭をガリガリと掻きむしりだした。



「い、いかんいかん! あまりの超展開の連続に、開いた口が塞がらん状態だったぜ! 俺様としたことが!」


 内河の大声を きっかけに、ポカーンとしていた佐々木も事態の深刻さを思い出し、緊迫した面持ちとなる。




「と、とにかく……あとを、おいかけなくちゃ! このまま ほうっては、おけないわ!」


「だ、だな! ああいうドS小悪魔系の橘も悪くないし、あの橘にハイヒールで踏まれてみたい願望は あるが、俺は やはり いつもの誰にでも優しく、明るくて元気な橘の方が好きだっ!


  一刻も早く大神の魔の手から解放する……それが俺の使命だあ! そうと決まったら さっさと行こう、さあ行こう! やいやい月影、いつまでも座ってる場合じゃねえぞ!?」



 妙な性癖を露呈(ろてい)しつつも、張り切った様子で尻餅を ついたままの黒斗に声をかける内河。


 しかし彼はボーッとしたまま反応せず、沈痛な表情で俯いているだけ。



 鈴と玲二の危機だというのに動こうとしない彼に苛立ち、内河は大股でズカズカと彼に近づき、乱暴に肩を掴んだ。



「おい、何やってんだよ! 早く橘を正気に戻さなくちゃいけないんだぞ!?」


「あ、ああ……」


 戸惑った様子で立ち上がる黒斗。


 しかし立ち上がったのはいいものの、彼は迷いが あるように目を伏せ、頼りない様子で視線を泳がせるばかり。



 その煮え切らない態度に、内河の不満が爆発した。



「橘が あんなことに なってるのに、何で助けに行こうとしねえんだよ! そんなの、いつも迷いなく行動する お前らしくないじゃねえかっ!!」


「………………」


 内河の言葉に唇を噛む黒斗。


 そんな2人のやりとりを見ていた佐々木は、意を決したように小振りに頷いた後 おもむろに口を開いた。



「つきかげくん、あなた、もしかして こわいの? ぼうそう、してしまうのが」


 凛とした口調で言い切る佐々木。


 彼女の言葉に黒斗は何も答えなかったが、動揺したように瞳が一瞬 揺れ動いたのを佐々木は見逃さなかった。



「……ずぼし、ね。さっき、ウンデカに まんまと、のせられたことを、きにしてるの?」


「…………ああ」


 ようやく言葉を発した黒斗は俯いていた顔を上げ、心配そうに眉尻を下げている佐々木を見やる。


 ずっと虚ろだった彼女の瞳には僅かに光が宿っており、その輝きは今にも消えそうな(はかな)げなものだったが、心の奥まで見透かしているような――そんな不思議な雰囲気を醸し出している。



 嘘を吐いたり誤魔化したりすることは出来ないと悟り、黒斗は心情を吐露(とろ)した。



「アンタの言う通り、俺は怖いんだ。自分の知らないうちに、皆を殺してしまうかもしれないことが…………」


 声を発する度に、胸を鋭利な刃物で刺されているような痛みに襲われ、(おの)ずと眉を寄せる黒斗。


 己の弱さを2人に話すことは、恥ずかしいというよりも申し訳なかった。


 ただでさえ鈴や玲二が あんなことになり、非現実的でショッキングな出来事が続いている中、内河も佐々木も、気丈に振る舞っているだけで不安を抱えているだけだ。


 それこそ、押し潰されそうな程の不安に。



 だからこそ彼らを守らなくてはならない、しっかりしなくてはならない――それなのに。


 自分の弱さと迷いを見せてしまい、2人に更なる不安を与えてしまっている。


 本当なら心の奥に秘めておくべきだった。だけど、言葉にして口から吐き出さないと、爆発してしまいそうだったのだ。


 なんとも情けない話である。




「本当は、今すぐに橘と佐々木を助けに行きたい。だけど……感情を抑えきれずに暴走してしまったら……皆を殺してしまったら……そんな不安が消えなくて、怖くて……なかなか、動き出すことが出来ないでいるんだ……」


「つきかげくん…………」


 消え入りそうな声で辿々しく呟いた黒斗に、佐々木は どんな言葉を かけてあげれば分からず、思わず頭に片手を当てる。



 助けに行きたいのに、暴走するのが怖くて動き出すことが出来ない。


 相反する感情に対する彼の苦しみは、佐々木が想像よりも大きいだろう。


 それを考えると、そう簡単に大丈夫などと何の根拠も無い薄っぺらな言葉を かけられない。


 かといって、彼の心配を少しでも無くせるような気の利いた言葉を かけられる訳でもない。


 目の前で黒斗が苦しんでいるのに、その苦しみを一緒に背負ってやれない――肝心な時に役立ずな自分に、佐々木は歯噛みをすることしか出来なかった。




「……すまない。俺が……2人を守るべきなのに……引っ張っていくべきなのに……(かえ)って不安にさせてしまった。


  余計なものを背負わせてしまった。俺に殺されてしまうのではないかという恐怖さえも、植えつけてしまった。……本当に、すまない……」


 今にも泣きだしそうな顔で佐々木達に謝る黒斗。


 その姿に いつもの気丈な雰囲気はなく、このまま音も無く虚空に溶け込んで見えなくなってしまうような――そういった儚さが滲み出ていた。




(……どうしよう、つきかげくん……)


 言葉を発することが出来ずに押し黙る佐々木。


 黒斗も内河も何も言わず、暗い空気と共に重たい沈黙が舞い降りる。



 だが それも一瞬で、すぐに この沈黙は破られることとなった。


 そして、その沈黙を破ったのは――



「月影のバッキャロオオオオオオオオオ!!」



 いつも賑やかなムードメーカー、内河 松男であった。



「きゃああっ!? な、なによ! いきなり、さけんで、ビックリするじゃない!」


 心底 驚き、悲鳴を あげながら内河を睨みつける佐々木。


 その傍らで、黒斗は驚いたように目を瞬かせながら内河をジーッと見つめている。



 2人から穴が あくほどの視線を向けられている内河だが、彼は特に緊張した様子も恥じらっている素振りもなく、胸を張り堂々とした出で立ちで さらに言葉を続けた。



「何が俺が守らなくちゃ、だよ! 何が余計なものを背負わせた、だよ! んなもん、俺達にバンバン背負わせりゃいいんだよ! そんなことで、いちいち謝るなっての!!」


 拳を何度も振り上げながら、大声で淀みなく喋る内河。


 その熱い口調にはツッコミや横槍を入れる隙間がなく、黒斗と佐々木は あんぐりと口を開けたまま彼の話を聞き続ける。




「……大体、お前こないだ偉そうに説教してきた時に言ったじゃねえか。人は支えあうから強くなれるって。


  確かに、俺らは お前みたいに戦えない。不本意極まりないが、守ってもらってるのは確かだコンチクショー。


  橘を助けられるのも……血の涙が流れるほど悔しいが、お前だけだ。俺らが出来ることなんか何も無いかもしんねえ」



 無力さを嘆くように拳に力を込めると、内河は「俺様 無能!」と叫びながら自分の顔を殴りつけた。


 端から見れば ただの自虐行為というか奇行にしか見えないが、彼は至って真剣な顔であり、ふざけているつもりは一切ないようだった。


 今の行動に意味があるのかどうかは ともかく、黒斗と佐々木は口を挟まずに彼へ注目を続ける。



「…………けどな、無能なら無能なりに出来ることだって あんだよ。お前が こうして不安を吐き出すことによって、少しでも気が楽になるのなら いくらでも話せ。


  俺達は戦えないけど、お前が1人で背負ってるもんを一緒に背負うことは出来んだよ! 暴走とか何とか……正直 言って訳ワカメだが、お前が ぶちギレて1人で突っ走ろうとした時は、ぶん殴ってでも正気に戻してやる!


  つーかよ、何でもかんでも1人で気負いすぎんなよな! 見てると、危なっかしくてヒヤヒヤするっての!」


 長い台詞を淀みなく言い切ると、内河は得意気な顔でグッ、と親指を立てて見せる。


 息切れもせず、並外れた肺活量を披露(ひろう)したところで ここからが肝要とばかりに、立てた親指を自分の胸に差した。



「大体、この俺様が信じてやってんだぞ? お前も自分のことを信じろっての!」


「…………内河…………」



 照れくさそうに鼻を指先で擦る内河と、彼の先祖である松太郎の姿が重なって見えた。



 少し口が悪いが、正義感が強く気の良い松太郎。


 常にテンションが高く、やることなすこと空回り気味の内河。



 彼らは同じ血を引く内河家の人間であれど、別人なのだから口調等 多少 似ている点があっても、大まかなところは全く違う。



 だけど――2人の“根”は同じだ。


 情に厚いところも、熱血漢なところも――同じ。




(……やっぱり、松太郎の子孫なんだな。そういう考えとか……アイツに よく似ている)


 生まれて初めて出来た友のことを思い返す黒斗。


 そして それと同時に、母の言葉が脳内でハッキリと再生された。




 “……感情が爆発しそうになったら、自分では抱えきれなくなったら……誰かに助けを求めればいいわ。いつも貴方が言っているように”



 “……自分を信じてあげて黒ちゃん。それに……守ってあげたい子達が居るんでしょう?”




 母も内河も、自分で1人で背負うなと――自分を信じろと言った。


 確かに自分は、人に偉そうなことを言っているばかりで、誰にも頼ろうとせず、自分のことすら疑わしく思っていた。


 けど、それは愚かなこと――



 自分で どうしようもなくなって、それでも人に助けを求めず、結果 自滅するなんて お話にならない。


 誰かに頼ることは、弱さを見せることは恥ずべきことではない。


 そうすることが出来るのも、一つの強さの証だろう。



「……まさか内河に諭される日が来るとはな……一生の屈辱だ」


「くっ、クツジョーク!?」


 なかなか良い雰囲気だったにも関わらず、黒斗が容赦なく言ってのけた辛辣な言動にフリーズする内河。


 顎が外れそうな程 大口を開けて固まっている彼を尻目に、黒斗は涼しい顔で脇を通り抜けていく。



「……………………ハッ! やいやい月影、人に無礼を働いておいて、どこに行くつもりどぅわああ!!」


 黒斗の発した言葉を よく噛み締め、内河は怒りの形相で回転しながら声を あげる。


 すると、黒斗は ゆっくりと振り向いてニヤリと不敵な笑みを浮かべた。



「どこに行くかって? そんなの、橘と佐々木の所に決まっているだろう」


 どこか吹っ切れたような――迷いを感じられない、清々しそうな口調で答える黒斗を見て、内河はキョトンとした様子で立ち尽くす。



 しかし その驚きも一瞬のことで、我に返った内河は去っていく黒斗の背中を指差しつつ、早歩きで後を追う。




「うあちゃあああ!! なんでえなんでえ、さっきまでヘナヘナだったくせにエッラソーにカッコつけやがってよー! お前なんか、一生ヘコんでりゃいいんだあああ!!」


 これでもかとばかりに悪態をつきまくる内河。


 その口調とは裏腹に、やけに嬉しそうな顔を していることに、恐らく彼は気づいていない。



 ずっと2人の やりとりを心配そうに見守っていた佐々木も、黒斗が いつもの調子を取り戻したことに安堵し、ニッコリと しながら内河へ声をかける。



「ふふふ、あなたたち、なかがわるいようで、あんがい なかよし、なのね」


「な・か・よ・し!! 心外だっ! 心外にも程がある! どこを どう解釈すれば、そんな結論に辿り着くのか! 俺には理解できない! 奴は俺のライバルだってのに!」


「もう、すなお、じゃないんだから」


 口ばかり達者なひねくれ者をクスクスと笑う佐々木。


 どんなに内河がカッコつけても、身体というのは素直なもので、彼の口角は吊り上がり、顔は照れくささから耳まで真っ赤に染まっている。




 そんな内河の顔を微笑ましそうに見つめていた佐々木だったが、ふと あることが気になり、彼に疑問をぶつけてみた。



「……そういえば、あなた、こわがらなかった、わね。つきかげくんが、しにがみだって、わかっても……」


「ん、ああ……まあ、奴が いきなり鎌を取り出した時は心底ビックリしたけどよ、でも……アイツは大神や教祖と違って、俺らのこと守ろうとしてんじゃん?


  それに……俺にとっては黒歴史かつクツジョークな出来事だが……アンニャローに励ましてもらったことも あるしよ……まっ、つまりは俺様の人を見る目は確かだという結論に辿り着く訳だ!」


 そう言って胸を強く叩く内河。



 ――が、力が入りすぎたのか勢いよく むせこんでしまい、格好つけたつもりなのに、滑稽(こっけい)な印象を残してしまうこととなった。


 もはやバカとしか言い様のない間抜けな姿に佐々木は、半笑いを するしかない。




(……でも、なには ともあれ、あんしん、した。あのこが……つきかげくんが、いい ともだちに、めぐまれてて)


 にこやかな表情を浮かべつつ、佐々木は内河と共に黒斗の後を追うのであった。

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