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デスサイズ  作者: LALA
Last Episode 罪と罰
101/118

罪と罰4

 


 部屋の外に出て少しだけ歩き、道を塞いでいる化け物の前に立つ黒斗。


 彼に気づいているのかいないのか、未だに化け物は動く気配が無く、ただ目玉をギョロリと動かしているだけだ。


 その醜悪な外見だけでも生理的嫌悪感が凄まじいというのに、鼻が曲がりそうな悪臭を周囲に漂わせているのだから堪ったものじゃない。


 扉越しでも相当 酷かったが、改めて近くで()ぐと、さらに とんでもない匂いだった。


 常人ならば気が狂ってしまうことだろう。


 生ゴミや大便、吐瀉物(としゃぶつ)を遥かに凌駕(りょうが)しており、それらが可愛いと思えるほどのレベルである。




「…………まるで、腐った死体を混ぜ合わせたような存在だな」


 悪臭に眉を潜めつつも、黒斗は片手を上げてデスサイズの召喚を試みる。



 月の光は射し込んでいるものの、照明は点いていないので魔力が封じられてはいない筈だ。


 しかし、先程ゲートを開けなかったこともあるので、もしかしたらデスサイズが使えないかもしれないという不安が あった。



(デスサイズ無しでコレを相手にするのは、かなり厳しい……制限されているのはゲートだけだと思いたいところだが果たして……)


 ゴクリと唾を飲む黒斗。


 だが、彼の心配もどうやら杞憂(きゆう)だったらしく、手を上げた場所には黒い穴が いつもと同じように開いてくれた。


 そのことに安堵の溜め息を漏らし、黒斗は穴の中に手を入れて、相棒であり分身のような存在であるデスサイズを引き抜いた。




「……アーアーアー……」


 黒斗がデスサイズを手にした刹那、呻き声を あげて一斉に彼へ注目する化け物の顔達。


 先程とは違い、人の顔は皆 怒りの表情を浮かべて黒斗を睨みつけている。


 明らかに こちらへ敵意を抱いている様子だ。




「……向けられている殺意ぐらいは分かるようだな」


 皮肉を口にしながら、切っ先を化け物に向けて身構える。


 それに対して化け物も威嚇(いかく)するような遠吠えを あげながら、黒斗へ にじり寄っていく。



(……動きは鈍い……一気に畳みかければ何とかなるだろうが、まずは様子見だ)


 相手が どんな攻撃手段を持っているのか分からない以上、こちらから突っ込んでいくのは危険だ。


 敵の出方を窺うべきだと、黒斗は なるべく部屋に化け物を近づけないようデスサイズを構えたまま ゆっくりと接近していく。



 やがて互いの距離が目と鼻の先ほどに なったところで、化け物が短い手の1つを上げると、指先の爪が瞬く間に伸びてきた。


 生まれたての赤ん坊のような可愛らしい手に そぐわない、獰猛(どうもう)な獣が持つものよりも長く鋭い爪。


 それを目の当たりにした黒斗は まるで映画に出てくるキャラクターのようだと苦笑を漏らす。




「アゥゥゥゥアアアアア!!」


 鋭利な刃となった五つの爪を持つ手を黒斗目掛けて素早く振り下ろすが、デスサイズで それを弾く。


 そのことによって化け物は よろめき、生じた隙を狙って黒斗は袈裟懸(けさが)けに斬りつける。


 だが化け物の身体は外見よりも非常に硬く、黒斗の腕力とデスサイズの刃を持ってしても、かすり傷しか つけることが出来ない。



「……見た目は死体の寄せ集めだってのに、無駄に頑丈だな」


 舌打ちをしながら独り言を漏らす黒斗に急接近してきた化け物は正面に ついている顔の口を大きく開け、そこから黒い矢を飛ばしてきた。



「なにっ……!」


 思わぬ動きに一瞬 動きが遅れた黒斗の右肩に深く突き刺さる黒い矢。


 傷口から鮮血が飛び散るのを見て、化け物は勝ち誇ったように したり顔を浮かべる。


 しかし、そんな化け物を尻目に黒斗は表情を変えずに肩から矢を引き抜き――



「この程度じゃ、俺の首は取れないぞ?」


 ニヤリと笑って、それを化け物に投げつけた。


 刃部分が赤く染まった矢は勢いを削ぐことなく、真っ直ぐ化け物へと向かっていき、先程 矢を飛ばしてきた顔の眉間を貫通した。




「ウヴヴアァアン!!」


 けたたましい苦痛の声と共に、風穴から噴き出す大量の血液。


 もはや鮮血を通り越して、完全に黒く染まっている その血は顔から顔へと流れ落ち、化け物の醜さに拍車をかけた。


 とはいえ、大したダメージには なっていないようで化け物は よろめくことなく怒りの形相を浮かべている。



「ウヴヴヴ……アアァヴヴヴ!!」


 駄々をこねる幼児のごとき叫び声と同時に、さらに3つの手を突きだし、瞬時に伸びてきた爪で黒斗を貫こうとするも、バックステップで攻撃を かわされる。



「アアアアアアアアアアンンンン!!」


 身体から生えている無数の手を振り乱しながら、地団駄を踏む化け物。



 黒斗も化け物も負っているダメージは同程度であり、どちらかが有利な戦況という訳でもない。


 それなのに あちらは何故か苛立っているようで、冷静さを失っているように見えた。


 まあ、あの気色悪い生き物に最初から冷静さというか知性が あったのかは知る由もないが。




「ヴンヴン……ヴヴヴン……」


 呻き声を あげながら、爪が伸びていない手で顔を撫で始める化け物。


 その行動に何の意味が あるのか分からない。しかし、隙だらけということは明らかである。


 だが黒斗は敢えて敵に突っ込まず、何が あっても すぐに動けるよう身構えて様子を窺う。





「アーウー、アアウ…………ヴーエエエ」


 まるで何かを堪えているように、ペタペタと顔に触れては撫でることを化け物は繰り返し、一向に攻撃を しかけてくる気配はない。


 さっきまでの殺気も消え失せており、すっかり戦意を喪失している様子だ。


 意味の分からない化け物の行動に、黒斗はデスサイズを持ったまま怪訝な眼差しを送ることしか出来ない。



(……何なんだコイツは……強い殺気は感じられたのに、繰り出してくる攻撃は隙だらけで簡単に流せる……まるで手加減しているようなものばかり……。


  それに加えて、この謎の戦意喪失。身体が死体だからって、脳まで腐っているというのか?)


 ゴクリと唾を飲みつつ、動きを観察する黒斗。



 すると――




「ヴヴ……オカ……サン…………オカア、サン……」


「……えっ?」


 今まで まともに喋らなかった化け物が、突如 言葉を話し始めた。



「オカアサン、オカアサン……ドコ? サミシイ、サミシイヨ……ウヴアヴ……」


 伸ばしていた爪が引っ込み、黒斗が居る所から逆方向に歩きだす化け物。


 その間にも母に呼びかけるような声は続いており、まるで迷子の子供が母親を探しているような動きだ。



「…………オカアサン、アイタイヨ……アイタイヨ、サミシイヨ……」


「…………っ…………」



 寂しげで切ない――縋るような弱々しい言葉に、黒斗の胸がズキンと痛みだす。


 痛みの理由は分からない。



 だが、あの声を聞くと何故か やるせない感情が胸中を巡り、胸の奥が掻きむしられているように(うず)きだしたのだ。



(……さっきから散々、気味の悪い声を聞かされていたというのに……何で今さら こんな……妙な……気持ちになるんだ……?)



 自分でも理解できない痛みと感情に戸惑う黒斗。


 その間にも化け物は遠ざかっていき、その後ろ姿が角を曲がって見えなくなるまで、黒斗は浅い呼吸を繰り返しながら見送った。




「…………居なくなった…………一応、追い払えた……のか……?」


 唐突すぎる戦闘終了に黒斗は どんな反応をすればいいのか分からず、化け物が去った方角を呆然と見つめている。


 苦戦しなかったのも、時間を無駄にロスしなかったのも何よりであり、理想的とまではいかないが上出来な結果だ。



 しかし、黒斗の耳には あの化け物が去る寸前に発した『オカアサン』という声がハッキリと残っており、その言葉の意味が気になって仕方ない。


 だが、疑問の答えを探ろうにも とっかかりとなる手がかりや情報が無い為、考えても分かる訳がない。


 それに今は一刻を争う状況なのだ。こんな所で足を止めている場合ではない。




 そう考えた黒斗は踵を返して部屋へと向かい、扉を開けて中で待機している佐々木と内河に声を かけた。



「待たせたな。何とか、奴を追い払うことが出来た」


「えええ、マジでっ!? お前マジ何者だよ!? 実は どっかの秘密結社のエージェントとかだったりしないよな!?」


 顎が外れるのではないかと思うほど、大口を開けて驚く内河。


 そんな彼に黒斗は「漫画の読みすぎだ」と軽くツッコミを入れ、早く行こうと2人に手招きをする。


 すると側に寄ってきた佐々木が悲しそうに目を細めて、彼に声を かけてきた。



「……けが、してる。だいじょうぶ……?」


「ああ、大したことはない。放っておけば、勝手に治る」


「……そう? なら、いいんだけど……」


 安心したように呟くものの、まだ何か不安や気がかりが残っているのか、(うれ)いの表情のまま俯く佐々木。


 アナスタシオス教団の本部に居るという状況下で、不安がるのは分かるものの、心なしか化け物が現れる前よりも、顔色が悪い気がする。


 この数十分の間、彼女の胸中に どのような思いが よぎったのか――気になった黒斗は口を開いた。



「何か あったのか? 俺が化け物の所に行く前よりも、落ち込んでいるようだが」


「…………こえが、きこえたの。あの、ばけものの、こえが……おかあさんって、こえが……」


 痛みに耐えるように目を固く閉じる佐々木。



「……そのこえ……というか、はつおん、が……ちいさいころの、れいじに、にてた、から……だから……なんか、きになって…………いや、やっぱり、なんでもない、いまのは、わすれて」


 そう言い終えると、佐々木は気まずそうに黒斗から目を逸らした。



 佐々木は何でもないと言い張るが、内心では化け物の声が気になっているのだろう。


 黒斗は幼い頃の玲二を知らない為、彼女の違和感を肯定することも否定することも出来ない。


 だが佐々木は玲二の母親だ。記憶を失っていても、母親としての第六感が身体に残っていても おかしくはない。


 その感覚が彼女に このような違和感を与えているのだから、あの化け物と玲二は何か関係が あると見るべきか。



(……二度と会いたくないと思っていたが……佐々木の行方に関する手がかりとなるならば、再び邂逅(かいこう)したいところだな)



 そんなことを考えながら、黒斗は佐々木と内河を連れて部屋を後にするのだった。




 ******




 黒斗達が地下室を脱出した その頃――




 窓から射し込む月の光によって、青白く照らされている廊下を、鈴と大神は進んでいた。


 探索を始めてから早数十分――その間、2人が会話を交わすことはなく、ひたすら沈黙が続いている。


 しかし、それは決して気まずい沈黙などではなく、無駄に干渉しあわないという互いの了承の元の沈黙だろう。


 実際、大神も鈴も一定のリズムを保って響く自分達の軽快な足音に心地よいとばかりに微笑を浮かべており、無言に対して気分を害している様子はない。


 仲が悪いという訳ではないが、兄妹にしては やや淡白な関係である。



「…………ん?」


 ずっと歩き続けていた大神だったが不意に足を止め、何か気になるものでも見つけたように真剣な表情で周囲を見渡した。



「……どうしたんだよヨッシー。変な虫でも居たのか?」


 大神の様子に気づき、彼より三歩ほど前を歩いていた鈴が振り返り、同じように辺りに視線を はしらせる。


 だが大神が気にするような おかしなものや異変は見つからず、鈴は訳が分からないというような珍妙な表情で彼をジトリと見つめた。



「……何にもないんですけど? 遂に本格的にイカれちまったのか?」


 (あざけ)るような態度を とる鈴。


 対して大神も、逆に彼女をバカにするように眉を寄せながら口の端を歪な形に吊り上げて醜い笑みを浮かべた。



「イカれているのは君の方だろう? この殺気が感じられないとは、とんだ中古品だねえ」


「……は? 殺気?」


 きょとんと小首を傾げる鈴。


 本当に何のことなのか分かっていない様子だ。



「……君はパワーはあるけど、勘が悪いというか……気配を察知する能力が低いねえ。脳筋だけでは生き残れると思ったら大間違いだよ? 何故なら……」




 大神が皆まで言う前に、鈴は溜め息を吐きながら右手を上げ、背後から飛んできたデスサイズの刃を指で止めた。



「……こういうことに なるからか?」


 ふてくされた表情で呟きながら、掴んでいたデスサイズを放り投げる鈴。


 彼女の身長を凌ぐ大きさを持つ鎌は、空中で弧を描き、刃が床に突き刺さった。



「不意打ちとか、結構セコい手を使うもんだな」


「死神の世界では当たり前だよ。だから、力だけではなく気配を察知する能力を高めろと言っているんだ。今だって僕が注意を呼びかけなければ、君は生首となっているところだったよ」


 呆れ顔で諭すように言う大神だが、鈴は ただでさえ機嫌が悪そうな顔を さらに歪める。


 どうも大神のネチネチとした言い方に機嫌を損ねたようだ。


 彼女は つかつかと大神の元に歩いていき、自分よりも背が高い兄を睨みつけた。



「あのさあ……アタシは人に偉そうに されるのが嫌いなんだよね。たかだか数秒 先に生まれたくらいで、人生の先輩ぶってんじゃねえよ」


 ずっとニヤケていた大神だったが、その言葉を聞いた瞬間 彼の顔から笑顔が消えた。



「……………………」


「な、なんだよ……その反抗的な目は」


 何も言わず、無言のまま鈴を見つめる大神。


 無表情の為に彼が何を思い、どのような感情を抱いているのかは分からない。


 だが氷の如く冷たい眼差しは、気が強い鈴にさえも威圧感を与え、ガラにもなく彼女は怯んだ様子を見せている。




「やれやれ……敵の前で兄妹喧嘩か。随分と余裕を見せつけてくれるではないか」


 廊下に響く、ウンデカの低い声。


 それと同時に、床に刺さっていたデスサイズが ゆっくりと浮かび上がり、くるくると回転しながら後方に飛んだ。


 まるで意思のある生き物のように、迷いなく飛んでいくデスサイズ。


 やがて それは、ゆっくりと大神達に歩み寄ってきていたウンデカの手元に戻り、彼は満足そうに微笑むと、柄を鷲掴みにした。





「……コイツがヨッシーの“元”上司か。ふ~ん……見るからに性根が ねじ曲がってる顔を してんなあ」


「初対面の相手に対して随分な言い草だな。私の お陰で、貴様らは生まれることが出来たというのに」


「知らねえよ。恩着せがましい野郎はモテねえぞ~。大体、初対面の相手に鎌を投げつけてくる奴が言い草が どうのって言える立場か?」


 売り言葉に買い言葉。


 まるで子供同士の喧嘩のような稚拙(ちせつ)な やりとりを交わす鈴とウンデカ。


 そんな2人の様子を、大神は眉1つ動かさずに見ている。



 しばらくレベルの低い口論を鈴と繰り返していたウンデカだったが、一息ついて彼女の背後に佇む大神に視線を移した。



「……全ての信者共に集合命令を かけておいた。間もなく数千人の信者が押し寄せてくるだろう。貴様の快進撃も ここまでだ」


 得意気な表情で言いきるウンデカだが、大神は彼の言葉を鼻で笑い飛ばした。



「神の元に集まった信者は たかが数千人ですか。スケールが小さいってもんじゃない。まあ人間が数万人、数億人と押し寄せて来ようが、僕らに とっては虫けら同然ですがね」


「そういうこと! 虫が集まってきても、簡単に潰せるんだから無問題(もうまんたい)……なんつってな」


 見下すような冷笑を浮かべる大神と、底意地が悪いことがハッキリと感じられる薄ら笑いを浮かべる鈴。


 仲が良いのか悪いのか いまいち分からない半神半人の兄妹は、自分達の力に絶対の自信が あるらしく、ウンデカに対しても高圧的な態度を全く崩さない。


 確かにウンデカより、彼らの魔力の方が高い。実際 2人がかりで襲いかかられたら、すぐに やられてしまうことだろう。


 しかし、それでもウンデカは何か秘策でも あるのか怯えた様子は見せず、己の1人勝ちを確信している余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)の笑みを たたえている。



「……ふう。義之、お前は もう少し賢くて見所の ある男だと思っていたが……残念だよ。まさか こんなにも愚鈍だったとはな」


「今さら貴方に何を言われても、痛くも痒くも ありませんから お好きにどうぞ。それに…………見限られるのには慣れてますから」


 目を伏せながら、大神がポツリと言い捨てる。


 それに対してウンデカは わざとらしく目元を片手で覆って嘆くような仕草を する。



「ああ、あんなにも手塩に かけて育ててやったというのに……恩を仇で返すとは まさに このこと。育ての親として、私は悲しいよ」


 感情の こもっていない棒読みで、演技かかったセリフを発するウンデカ。


 彼の言葉を聞いて、不意に過去の記憶が大神の脳裏を掠めた。

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