エピローグ
椎香がいなくなった部屋にオッゴン=ザイの武官が倒れていたことから、アギル国は騒がしくなるかと思われた。
だが精霊庁の祭祀の元に、水着を着た砂まみれ少女がやってきて、椎香からの手紙を運んできた。そこには「オッゴン=ザイのやつに襲われたから消えます。キノコ娘には優しくして下さい」と書かれてあった。
慌てて少女に事情を聞くべく顔を上げた時にはもう、少女の姿はなかった。
事態を重く見た精霊庁は、ついにオッゴン=ザイに囚われているキノコ娘の解放を決意。オッゴン=ザイ以外の国へ根回しし、すべての国を味方につけることに成功した。
強国オッゴン=ザイとはいえ、1国ですべての国と同時に戦う力はない。相手の条件を全面的に受け入れる形でオッゴン=ザイは調停を結んだ。こうしてキノコ娘は解放されたのだが、果たして気ままなキノコ娘たちに囚われているという認識があったのかは定かではない。
誰もいなくなった精霊庁の建物の隅っこにある丸い袋の口がパカっと開いた。中から茶理の顔が出てきて、辺りをうかがう。
「やれやれ、人が多いところは緊張するな。早く誰もいないビーチにいこう」
とことこと、茶理は誰にも知られず精霊庁を後にしたのだった。
こうして椎香は消えてしまったのだが。それと同時に、キノコの栽培方法を教えて回る夫婦が各地に現れた。
アギル国の飢饉は、2人の夫婦が教えた方法のおかげで乗り越えられ、今ではキノコ料理で有名な国へと変わり、旅人もシイタケの煮物を楽しみにアギルへと旅をする。
「というお話だったのさ」
椎香はテーブルにすわり、紅茶のようにキノコの味噌汁というスープをすすっている。
反対側には、椎香に少しにているが、髪の内側がぼんやりと薄緑色に明るく、服は黒を基調としたドレスのような綺麗なものを着ていた。ピチピチのロングブーツに網タイツを履いている。なぜか1段高い椅子に座っている上に、スカートに癖があるのか、重力に逆らってヒラヒラと持ち上がっていて下履きが見えてしまう。そのせいで俺は普通にテーブルに座っていたというのに、
「こら見るな!」
と椎香に怒られてしまい、今は俺だけ背中を向けて寂しく味噌汁をすすっている。
彼女は月夜と言って、椎香と同じキノコ娘らしい。司るのはツキヨダケ。毒キノコだ。
「へえ、といっても大体のことはみんなから聞いたけどね」
「なんだ」
旅の途中、ここらへんに友達の家があると椎香が言ってきたので寄ったのだ。森のなかにあったこじんまりとした家に月夜は住んでいた。なんか森の村では魔女がいると散々脅されたが、月夜が色々イタズラしているかららしい。
「さすが毒キノコ」
「なにか言った?」
「気のせいだ」
俺は1人て密かに笑った。
「しかし椎香がねぇ、まあ人気者だったけど、精霊の子を引き当てるなんてやるわね」
「えへへ」
「で、子供はいつできるの?」
「うぇ!? いやいや、まだ早いよ」
「あら、まだなの、まさかまだ手を出していないなんて言わないでしょうね?」
「う、いや、その」
「まあやだ、この子ったら奥手なのね」
月夜の声からは椎香をイジって楽しんでいる調子が手に取るように分かった。さすが毒キノコ。
「大体、あれプロポーズされたようなものでしょ?」
「プロポーズ?」
つい、俺は口挟んだ。プロポーズとは何のことだろう?
「月夜!」
椎香が焦ったような声を上げた。しかし構わず月夜は言葉を続けた。
「株分けってのはね、精霊の世界では、子供を作るって意味なのよ」
「……ああ、アギルを出た時の俺の言葉」
目で見なくても、椎香が茹でたシイタケのようになってしまっていることはよく分かった。
子供か、そろそろ考えるか。
俺は再び家族というものを手に入れようとしていた。