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 アギル国の荒野の中、寒々しくそびえ立つアギルの都。俺たちはようやく目的地へとたどり着いた。

 門をくぐり、プノムから教えられたこの国に駐在しているイックアの人間がいる建物でと向かう。

 寂れた表通りを俺たちは進んだ。


「もうすぐゾクタともお別れか……」

「そうだな、無事にたどり着けて良かったよ」

「良かったかな……アタイは少し寂しいね」

「確かに、折角シイタケ料理が食べれるようになったのに、これでお終いか」


 椎香は白い歯を見せて笑った。


「また作るよ、気軽に会いに来ておくれよ」


 俺は何も言えなかった。



 そして俺たちは旅の終点へとたどり着いた。


「おお、椎香さま。よくぞご無事で」


 扉の向こうへと椎香は歩いて行く。だが扉の直前で立ち止まった。


「ゾクタは?」


 足を止めた俺の方へと振り返った。


「ゾクタはここまででございます椎香さま、これからは我々が御身のお世話をさせていただきますので」

「ゾクタ、来ないの?」

「俺の仕事は椎香を守ることだったからな」


 そう言って俺は一歩後ろに下がった。


「あっ……」


 椎香が手を伸ばしたが、もうそこに俺はいない。


「ありがとう椎香、おかげでシイタケ嫌いが克服出来たよ。達者でな」

「待って!」


 俺はくるりと背を向けた。椎香の顔が歪んていたような気がしたが。気のせいかもしれない。



 それから3日後。

 椎香は豪華な部屋で、綺麗なビロードの上着を着て座っている。机の上には果実とキノコがおいてある。彼女は小さなため息をついた、これで何度目のため息になるのか。

 あれからゾクタ=オカは一度も姿を見せていない。自由になったゾクタはもうどこかに言ってしまったのだろうか?

 ちゃんとしたお礼も言えずに行ってしまった、それに……。


「はぁ……」


 椎香はため息をついた。



「椎香さま、やっと相手の用意が整ったようです。お待たせして申し訳ありません」


 いつまでも塞ぎ込んでいても仕方がない。そういうのは椎香のキャラではない。


「そういうのはガレリーナ・コレレに任せればいいよね」

「は?」

「ううん、こっちのこと」


 それでも、部屋を出るときに綺麗な自分の着ているマント見て、椎香はため息を付いたのだった。



「この度は、我がアギル国へ来ていただき、誠に誉れなことで」


 アギルの王の長々とした謝辞を聞き流しながら、椎香は部屋をこっそりと見渡した。探している顔は見つからない。

 新しい部屋は豪華だったが、イックア国の部屋より住みにくそうだ。イックア国にはいつでも飲める水場や、近くの雑木林にすぐに行けた。

 椎香はまたため息を付いた。



 料理をしたいと頼んでみたが、断られた。そんなことはされられないという。ではアタイは何をすればいいのかと聞けば、部屋で大人しくして欲しいと言われた。言い方はもっと丁寧だったが、意味は同じことだ。



「ゾクタに会いたいな……」


 1人部屋にいる椎香は寂しくなったのか、そう呟いた。



 その夜のことだった。

 椎香の部屋が音もなく開かれた。やることがなく昼寝をしていたせいで目が冴えていた椎香は眠っていなかった。


「だ、誰だい!?」


 椎香は驚いて声を上げる。

 5人の影が武器を持って入ってきた。


「こんにちはキノコ娘」


 男は剣を構えて意地悪く笑う。あの顔には見覚えがある。


「あんたは盗賊の」

「憶えていてくれたか、光栄だな」


 金髪碧眼のその男は、森の橋にいた男だった。


「さて、この世は血なまぐさく薄汚い世界だとお分かりになっただろう」

「な、何を……」

「人斬りどもと旅をするなど、私なら臭くてとても耐えられないな、よく耐えたものだ、キノコ娘というのは我慢強いものなのかね? 私が育てたキノコはすぐにダメになってしまってね」


 碧眼の男はまた一歩足を進めた。


「違う!」


 椎香が大きな声で叫んだ。碧眼の男の足が止まる。


「一体どうされたので?」

「黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって! 世界は薄汚くなんて無いやい! 辛いこともあったけど、アタイはこの旅に後悔なんてないよ!」


 椎香は足を踏み鳴らして激昂した。


「アパルもイブンもビジクも、ゾクタも! みんな素敵な人だった! あいつらに比べたら、テメエの面の方がよっぽど気味が悪くてありゃしない! 鏡を見てから物言えってんだ!」


「このアマ、人が下手に出てればいい気になりおって」

「へん! すぐに頭に血が上るあたりはやっぱ三下だね!」

「殺せ! 二度とこの世界に来るなど考えないように惨たらしく殺せ!」


 全く、椎香も後先考えずに啖呵をきってしまうのは考えものだ。そろそろ動くとしよう。

 俺の手から迸った稲妻が斬りかかった3人の盗賊を引き裂いた。ブスブスと音を立てて、黒焦げになった盗賊が地面に倒れる。

 不可視の呪文の効果が消え、俺の姿が露わになった。


「ゾクタ!?」

「知っているか蛮人! 椎香は雷が好きなんだぞ!」

「な、な、なんで貴様がここに!」


 俺は曲刀を奴らに突きつけた。


「俺の任務は最初から椎香を守ることだ、すべてに優先してな。最初からお前らがこのタイミングでも襲ってくることは予想済みなんだよ三下。アギル国の王はお前たちの傀儡くぐつだしな」


 俺は椎香が言った三下というフレーズが気に入った。さっそく使ってやった。


「ドラゴンに襲わせた時点で、椎香を殺すつもりだとは予想していたさ。椎香を守れなかったイックアに難癖つけてキノコ娘を奪うつもりだったんだろ? 貴重なキノコ娘を保護するだのなんだの抜かして」


 碧眼の男は絶句する。開いた口からはひゅうひゅうという空気が漏れた。


「渡せねえよそりゃ。椎香はテメエらには渡せねえ」

「こ、こ、殺せ!」


 ようやく碧眼の男はそう叫んだ。だが生き残った最後の1人は真っ青な顔をして首を振った。


「無理です、無理です。あいつはネフィリムです」

「なんだそれは! もたもたするな! あいつらを殺せ!」

「ライトニングクローにインビジブル、普通の魔術師では扱えない高等魔法です!」

「だからどうした!」

「だからネフィリムなんだよ無能が!」

「な……き、貴様」

「物質化した精霊と人間の間に生まれた種族、その精霊の血を受け継ぐ半人半霊の者、それがネフィリムなんだよ! 人には扱えないような強い力を持つ長命種族なんだよ!」


 そうだ。俺の先祖の誰かが精霊だったらしい。それがキノコ娘なのかそうでないのかまでは知らないが、とにかく俺はネフィリムと呼ばれる精霊の末裔だ。


「お、俺は降りる! あとはあんたがなんとかしろ!」


 残った1人はそう言い捨てると、碧眼の男を突き飛ばし一目散に逃げ出した。


「おい! 待て! おい!」


 泣きそうな碧眼の男を前に、俺はゆっくりと曲刀を振りかざす。


「ひっ!?」


 そして、俺は決着をつけた。



「ゾクタ!」


 椎香が俺に飛びついてきた。慌てて両手で受け止める。


「大丈夫だったか?」

「怖かったよ!」

「死にはしないんだろ?」

「でもこの身体を無くしたら、ゾクタのこともみんなのことも無くしちゃうんだよ」


 そう言ってぎゅっと椎香は俺の背中に回した手に力を込めた。椎香の体温は落ち着く。


「ゾクタ、精霊の子だったんだね。人間はネフィリムって読んでるんだっけ?」

「そうだな。というか気がついていなかったのか?」


 椎香はキョトンと首を傾げた。


「お前がイックアにやってきたのは200年前だろ、その時に俺が囚人になったんだから、普通の人間じゃないって分かりそうなものだけどな」

「盲点だった」


 俺は思わず笑ってしまった。



「そういえば、ゾクタ、ずっとこの部屋にいたのかい?」

「ん、まぁ正確にはずっと椎香のそばにいた」

「…………」

「不可視の呪文は自分にしか効果が無いし、激しく動くとすぐ効果が切れるから旅では使えなかったけど、待ち伏せするには便利だろ」

「ずっと?」

「うん」

「アタイが独り言を言う時も?」

「28回名前を呼ばれたな。思わず返事をしそうになった」

「ぎゃー!」


 椎香は俺から離れると、ベッドに顔をうずめてしまった。



「さて、これからどうする?」


 一息ついたところで俺は椎香にたずねた。


「どうするって?」

「俺はこれで晴れて自由の身だ。これから落ち着ける場所を探して旅をしようと思う」

「ふむふむ」


 椎香は俺の言葉に頷いている。


「で、椎香はどうする? 一緒に来るか?」

「はい?」


 椎香が目を丸くした。


「嫌か?」

「嫌じゃないよ! でもちょっと前まで一線引いてどっかに行こうとしてたんじゃ」

「ありゃまだ任務中だったしな、それに敵の目を欺く必要もあったし。任務が終われば自由の身、あとは好きにさせてもらうぜ」

「なんか性格もちょっと変わったような。もっと影のある感じだった気が」

「こっちが地なんだよ」


 俺がおどけてそう言うと、椎香は呆れたように笑った。


「まぁ影を払ってくれたのは椎香だけどな。だから一緒に来てくれると俺は嬉しい」

「……うん」


 椎香は小さく、でもしっかりと頷いてくれたのだった。



「じゃあ、これ」


 と俺は、持ってきた荷物を椎香に投げた。


「おおっと、ってこれ」


 受け取ったものを椎香はじっと見つめている。


「そんな綺麗なおべべじゃ、旅なんてできないだろ?」


 擦り切れたマントをぎゅっと抱きしめると、椎香は嬉しそうに笑った。



 俺たちは夜のうちにアギル国を抜けだした。


「これじゃあ」


 門をくぐり抜けたところで、俺はふと思いつき、呟いた。


「俺のところに椎香が株分けしたみたいだな」


 それを聞くと、なぜか椎香は顔を真赤にして俯いてしまったのだった。

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