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 一面に広がる砂。僅かな草がまばらに生えるだけの不毛の大地。椎香は俺に背負われ、苦しそうに目をつぶっている。

 俺は数日前の選択を後悔していた。


 ゼシュの密林への入り口は狭い。すでにあれほどの盗賊が配置されているなら、ゼシュの密林の入り口も抑えられているとみて間違いないだろう。このまま進むのは自殺行為だ。

 とすると別ルートを取ることになる。北は恵みのグローニュ山脈。どんな干ばつでも水を絶やさない霊峰だが、人が通り抜けられるような道は限られている、すべてのルートを見張るのは容易い。

 となると南のスズの砂漠を抜けることになる。ルートは無数にあるし、砂漠で待ち伏せというのは北の蛮族には難しいだろう。

 問題は、キノコ娘である椎香が砂漠に堪えられるかだが、


「アタイなら大丈夫!」


 と握りこぶしを作って言われた。他に手もないし、最大限の配慮をして進むしかない。



「み、水……」


 背中の椎香が呻いた。不運だった。

 付近の村でラクダを買い、砂漠へと進んだ俺たちだったが、途中で巨大な砂蜥蜴に襲われ、ラクダを無理に走らせ逃げたのだ。なんとか振り切ったのだが、無理をさせたラクダは潰れてしまった。


 俺たちは荷物を抱え、それからは徒歩で進んでいた。しかし、もう水を使い果たしつつある。


「ひ、一口でいいか……ら」


 そろそろ限界か、俺は椎香に水筒を渡した。


「悪いな、最後の水だ」

「そ、それなら2人で分けないとね」

「そうだな、俺がそこまでと言ったら飲むのを止めるんだぞ」

「あいよ……」


 椎香は震える手で水筒を掴むと、少しずつ水を口に含んだ。ごくごくと音を立てて干からびかけていた椎香に吸い込まれていく。

 ごくり。そして最後の一滴まで水は椎香に吸い込まれた。


「飲んだか?」

「……なんで! なんで止めてくれなかったのさ! 最後まで飲んじゃったよ!」

「叫ぶな、水分が勿体無い」


 俺は空になった水筒を砂の中に投げ捨てた。


「……なんでみんなそこまでしてくれるのさ」

「この任務はやり甲斐があるんでつい張り切ってしまってな」


 だが、砂漠を出るにはあと1日はかかる。この1本の水筒なんて、ただの自己満足でしかない。俺は自分の判断ミスを心から悔いた。



「椎香、大丈夫か?」

「…………」


 ついに椎香は俺の呼びかけに応えなくなった。ぐったりとしていて、うめき声すら上げていない。


「くそ……」


 俺はふらつく足を叱咤しながら歩き続ける。頭はガンガンと痛み、目の前が時折暗くなった。それでも倒れる訳にはいかない。気迫だけで俺は足を踏み出し続ける。


「……ついに幻覚が見え始めたか」


 俺は絶望感に襲われた。目の前にいるのはあまりに非現実的な存在だった。

 水着を着た女の子が、丸い袋に腰掛け、氷の入ったグラスの水を飲みながら日光浴をしていた。手足や髪には、砂が付着していて、まるでここがどこか海岸沿いなのではないかと勘違いしそうになる。


「幻覚が見えてもおかしくないくらいには衰弱しているようだけど、わたしは本物よ」


 そう言って、幻覚は俺に向かってヒラヒラと手を降った。目つきが鋭く、じろりと睨まれているようだ。砂まみれの茶色い髪を揺らし、口と鼻を覆ったマフラーをモゴモゴと動かしている。


「もしかして精霊娘か」

「そうだよ、椎香と同じキノコ娘。わたしはスナヤマチャワンタケの精霊、砂山茶埋すなやまちゃうず

「俺はゾクタ=オカ。頼む水を分けてくれないか」


 茶理は鋭い目を細め、腰掛けていた袋を持つと、ついてくるように促した。



 茶理が住処にしているのは、水の湧き出る砂漠のオアシスだった。水のそばに椎香を運び、水をゆっくり飲ませて、木陰で休ませ、ようやく俺は一息ついた。忘れていた疲れをどっと思い出し、俺も木陰に座り込んだ。


「お疲れ様」

「助かった、もうダメかと思ったよ」


 俺は隣に、ただ木陰ではなく日向に座る茶理にお礼を言った。


「たまたま近くにいただけよ、気にしないで」

「まさかこんなところに精霊娘がいるとは思わなかったな」


 俺がそう言うと、茶理はじろりと俺を睨んだ。


「堂々とキノコ娘だと名乗って活躍しているキノコ娘もいれば、自然に混じってひっそりと暮らしているキノコ娘もいるのよ」

「そういうものなのか?」

「あなただって、ここに来るまでに別のキノコ娘に合っているし、キノコ娘に縁のある人にも出会っているわよ?」

「思い当たる子もいれば、そうでないのもいるな……だけど、そんなことを世の魔術師が知ったら、腰抜かして街に飛び出すぜ」

「人との関わりかたはキノコそれぞれよ、目立つキノコもいれば落葉の下でひっそり隠れているキノコもいる、そういうことよ」


 コキュ、コキュ、と喉を鳴らして、茶理は手にしている氷の浮かんだグラスの水を飲んだ。


「で、茶里はこんな砂漠で何をしてるんだ? ひっそりと人と交わるといっても限度があるだろ、誰も通らないぞこんなところ」

「……人見知りなのよ」


 茶理はそう言ってじろりと俺を睨む。


「それは悪かった」


 何と言っていいか分からず、とりあえず謝っておいた。



「それにしてもずいぶんと椎香に気に入られているのね」

「ん、そうなのか?」


 茶理はキッと俺を睨んだ。


「キノコ娘にとって物質的な死は、本当の死じゃないのよ。本質はキノコという種そのものだから、キノコ娘が死んだって、本来の人格を持たない精霊の一部として戻るだけ。仮初かりそめの死は一瞬だけど、砂漠の熱は死ぬより辛かったはずよ」

「…………」


 横になっている椎香の顔色はずいぶんと良くなっていた。


「だから普通なら、やってられないとキノコ娘としての姿は捨てちゃうはずなのよ。それをしなかったのは、あなたを気に入っていたからだわ」

「そうなのか……その、死んだ時の記憶ってどうなるんだ?」

「そりゃキノコ娘であるわたしたちの精神は人間に近いから、死の記憶は恐ろしい物よ。でも、精霊としてはキノコという種が生まれてから今日までのすべての記憶があるのだから。単純な量の問題よ。キノコ娘としての記憶なんて、大海に毒を一滴垂らしたようなもの」


 茶理はコキュと喉を鳴らした。


「消えちゃうわよ、キノコ娘としての人格もろともね」


 それは人間の死と何が違うのだろうかと、俺は思ったが、口には出さなかった。



 椎香はそれから数時間経って目覚めたが、今日はここで泊まることにした。椎香の体力を回復させるというのもあるが、俺自身かなり消耗している。

 万全とまではいかなくても、失った力を少しでも取り戻さなくては。

 久しぶりにぐっすりと眠り俺の横で、椎香と茶理はなにか楽しそうに話していた。彼女たちの楽しげな声のおかげか、とても良い夢を見たような気がした。

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