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「俺、シイタケ嫌いなんだ」


 そう告げると、目の前にいる茶色い髪をした少女は、信じられないという顔をしたあと、なんて哀れな人なんだろうという顔をして、それでもこの人を見捨てちゃいけないという顔をした。


 事の発端は1週間前のことだった。


 手枷をつけられた俺は、国王の前に連れて来られた。

 豪勢な部屋には、王座に座ったこの国で一番偉い男がが俺を見下ろしている。以前来た時とは大臣の顔が変わっていた。以前の赤鼻丸顔大臣の方が親しみがあったのだが、今の大臣は鷲鼻で頬のけた厳つい顔の男だ。


 赤いビロードのカーテンが両脇の壁を装飾していた。燭台の光が宝石で彩られた壁の剣を照らし、キラキラと輝いている。


 だがなにより目を引いたのは、王の隣にいる少女だ。


 茶色い髪をして、その頭には上から見たらバッテンに見えるであろう奇妙な白いヘッドドレスをつけている。首の周りをモコモコとしたファーで覆っていて、ノースリーブなのに、なぜかモコモコした腕貫で手首から肘を覆っている。暖かそうなのか涼しそうなのか判断がつかない。

 腰には茶色い帯を巻いている。ずいぶんと太く、あまり見たこともない形をしていた。

 足首まで覆うロングスカートはこれまた白く、モコモコしている。スカートに隠れて足元は良く見えないが、見たこともないブーツを履いているようだ。

 総じて奇妙な姿の少女だ、王の愛妾あいしょうではないだろう。それに、何より目を引くのは髪と同じく茶色の瞳をした両目に浮かぶ文字だ。


 右目に「椎」。左目に「茸」。


 この文字は精霊文字だ。普通の人間どころか生半可な魔術師ですら読めない神代の高等言語。強い力を持った言葉だ。


「囚人ゾクタ=オカよ」


 少女をじっと見つめていた俺は、後ろから小突かれ、無理矢理跪かされた。


「汝、殺人と盗みの罪を犯した者、本来なら縛り首であるところを、特別な大赦たいしゃを持って、罪を償う機会を与える」

「王の大海よりも広き恩情に心より感謝いたします」


 俺は決められた言葉を形式通りに口にした。この言葉を言うのはこれで7度目だ。


「うむ、貴様には重要な任務が与えられる。詳細は文書管理官プノムに聞くのだ。本任務は貴様の罪を償うに値する神聖な任務である。身命を賭して全うするのだ」

「王の大赦に必ずや報いましょう」


 ガシャリと手枷が音を立てた。無作法とされるが、王はほんの僅かに眉を動かしただけで気にした様子はなかった。


「では、ゆけ」


 俺はもう一度一礼すると、兵に付き添われながら部屋を後にした。



「どうだった」


 頭に白髪が混じりごま塩を振ったようになってしまったプノムは、俺の手枷を外しながら聞いた。


「精霊娘がいたな」


 あの少女は十中八九、精霊娘だろう。見たこともない服装に、両目に浮かぶ精霊文字。いくら牢屋暮らしが長いとはいえ、あれが今の町娘のスタンダードなんて言われても俺は信じない。


「さすがだな。あの精霊娘を護衛することが、ゾクタの最後の仕事だ」

「精霊娘の護衛? なんでまたそんな大事な仕事を俺のような囚人に」


 精霊。この世界の森羅万象の一部を司る超常の存在。火の精霊がいなければ火は起きず、川の精霊がいなければ、川の流れは止まり濁って腐る。

 そんな精霊の中で、我々人間という種族に興味を持ち、自分の一部に人格を与え物質化して人間と交流を持つ精霊がいる。

 それが精霊娘。この世界の一部が擬人化したといえる存在だ。


「少し待て」


 プノムは懐から小袋を出し、中の粉をあたりに振りまき呪文を唱えた。


「プロテクション・フロム・ディテクト(感知防御)か、機密情報というわけだな」

「そうだ」


 プノムはふぅと息を吐いた。


「あの精霊娘はシイタケの精霊だ」


 一瞬、俺は言葉を失った。


「シイタケの精霊だと? 固有種精霊をあんな堂々と人前に立たせるだなんて何を考えているんだ」


 普通、人間と交流をするような精霊は、森羅万象のほんの一部を司る下位精霊だ。庭の花壇の精霊や、長く愛用している道具の精霊といった存在であるのが普通だ。

 対して固有種精霊とは、それだけで世界に存在する要素すべてを司る精霊だ。シイタケの精霊が万が一致命傷を負うことがあれば、世界中のシイタケが腐って落ちることすらありえる。


「大丈夫だ、シイタケの精霊は我が国に3人いる」

「大丈夫じゃねえよ、3人だろうが100人だろうが、精霊娘に何かあれば、司るモノに多大な影響があるのはよく知っているだろう」


 憤慨する俺を見て、プノムはまたため息をついた。


「そうだなお前の言うとおりだ、だがそれくらいで憤慨していては身が持たんぞ」

「護衛と言ったな、ならアドバイスしてやる。よく聞け、今すぐ精霊娘を城の奥に引っ込めろ、俺みたいな囚人なんて使う暇があったら、1000人以上の訓練された軍団で周囲を囲め、魔術師が10人は欲しいな、交代制で周囲を感知し続けろ」

「そうもいかんのだ、まぁ聞けゾクタ」



「株分け?」

「ああそうだ、隣国のアギルに彼女を贈る、アギルは凶作で飢饉が広がっているからな。それの救済だ」


 精霊娘を相手に贈ることを株分けという。精霊信仰の総本山である、精霊庁は精霊娘を独占することは善くないこととしており、精霊から好かれているこの国はよくそのことで突かれているのだ。


「そんなのシイタケでも送っとけ」

「精霊娘は独占しないのが、精霊庁の方針だ。とくに固有種精霊のような富を生む精霊はな」

「ふん、どうせオッゴン=ザイのやつらが介入したんだろ」

「話が早いな、だからお前に頼むんだ」

「北の蛮族どもめ、おおかた道中で精霊娘を奪うつもりなんだろうよ」

「さあな、だが大国オッゴン=ザイに介入されたら、こちらとしても認める他ないんだ」


 プノムは苦しそうな表情を浮かべた。北の大国オッゴン=ザイは精霊に対する信仰の薄い国だ。それでも精霊の恩恵は信じているようで、精霊娘を捕らえ自国の奥に監禁しているというのは公然の秘密である。


「……事情は分かった」

「オッゴン=ザイが本気なら軍をいくらだしても精霊娘を守りきれん、必要なのは大軍ではなく少数の精鋭だ」

「ふむ……」

「200人の兵と変装させた娘を囮として出す、本物の精霊娘と君、私の信頼する3人の精鋭をを別のルートで進ませる」


 プノムはテーブルに地図を広げた。そして最短ルートの街道を通る囮と、南側の街道を通る本命に分かれて進むことを説明する。


「なるほど、200人の囮とは豪勢だな」

「200人では守りきれないから囮にしているのだ、戦力不足と言わざるを得ない」

「それもそうだ」


 オッゴン=ザイが本気になれば、この国の全兵力を持ってしても守りきれないだろう。ならば少数精鋭で隠密行をした方がいいということか。


「出発はいつだ?」

「再来週だ、変更は可能だがどうする?」

「構わない、俺の武器はあるな?」

「もちろんだ」


 俺は地図を見ながら、どのような状況が起こりえるのか想像力を働かせていた。

 精霊娘、この場合はキノコ娘か。


「ゾクタ、君に頼みたいのはシイタケ娘の護衛だ、すべてに優先して彼女を守ってほしい。この任務で君の償いは7回目、シイタケ娘の護衛を完了した時点で、君は自由となる」


 プノムの表情に笑顔はなく、しわの増えたその顔は疲労の色が浮かんでいた。この任務にどれだけ心を砕いてきたのだろうか。


「安心しろ……とは言えないが、全力を尽くすよプノム。それだけは安心してくれ」

「ありがとうゾクタ、君が今この国にいてくれることが精霊のお導きではないかと感じるよ。ああ済まない、そんなつもりで言ったんじゃないんだ……疲れているようだ、許して欲しい」

「気にするな……プノムの苦労は分かっているさ。お互い精霊の加護を」

「精霊の加護を」


 俺たちは心を込めて、お互いの無事を祈るその言葉を口にした。


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