虎男の災難 2
もみじは12RTされたらショタな兎の獣人で体格差のある話を書きます。 #獣人小説書くったー http://shindanmaker.com/483657
あなたは『小さな声で異国の歌を口ずさむ』虎男のことを妄想してみてください。 http://shindanmaker.com/450823
念願叶った俺は、城で働いている。
1年契約で、他部署への異動もあり得るとの説明に渋々承諾して契約し、俺は王子プリンシバル様の付き人となった。
護衛でもなく、侍従でもなく……微妙な立ち位置である。おもちゃだとは思いたくない。
うん、考えないでおこう。
王からも直々に「くれぐれも息子を頼む」とお言葉を賜っては従わなくては仕方がないじゃないか。
そりゃもう、このガキンチョ……ゴホン。失敬。
この王子様は、最初の出会い通りの活発なお子様で、たびたび変装しては城下町へと繰り出そうとするそうだ。はた迷惑な王子だな。
王から「くれぐれも頼む」と言われた言葉が身に沁みる今日この頃。
「プリンシバル王子、何をなさっていらっしゃるのですか?」
今日も元気に床下の王族専用通路から脱出しようとしているのを見咎めた。
一度は消えた王子様を探して、城中のみならずレガード中探させられたからな。もう二度と同じ轍は踏まない。
ヒクヒクと痙攣しそうな頬の筋肉を総動員させて、笑みを作ってみた。
おかげで少しは笑顔にも慣れてきて、侍女に卒倒される事はなくなってきたんだがな。この城、どうして侍女は大人しそうな草食系獣人ばかり雇ってるんだ?王の趣味だろうか。
俺はもうちょっと肉感的な肉食系美女が好みなんだがなぁ。
ああ、ちくしょう。街へ繰り出してオネエチャンとよろしくやりたいぜ。まったく、24時間王子様にひっついてなきゃいけないなんざ、労働基準法違反だろうよ。
「家庭教師の皆様がお待ちでございますよ」
まあ、俺も勉強は苦手だ。逃げ出したくなる気持ちは分からんではない。
王子様はこれで変装のつもりでいらっしゃるが、精々いいところのボンボン止まり。庶民に紛れるのは無理があるだろう。だから、人攫いに目を付けられるんだよ。
王子様……ああ! まだるっこしい!
心の中までは不敬罪に問われないだろう。プリンでいいや、プリンで!
プリンは、抜け道に片足をかけたマヌケな格好のまま、すっと真顔になった。こういう顔の時は、コイツも王族の人間なんだな、と納得させられるオーラがある。
「机上の勉強より大切なものがあるだろ、ディガー。実際この目で民草を見て、彼らの生活を肌で感じ、直に声を聴くことがどれだけ大切か。僕は将来この国を治める立場に立ったときに、民の苦しみや悩みの声が聞こえない王にはなりたくない」
ほう。なんだか立派そうなこと言ってるな。さすがは賢王と名高い15世の息子だ。
「街には学校というところがあるんだ。そこには同じ歳くらいの未来ある少年、少女が集まり、共に勉強したり、食事をしたり、遊んだり、走ったり、チャンバラしたり、変顔して笑ったり、歌ったり、踊ったり……」
指折りあげているが、おい。後半遊ぶことばっかりじゃないか。民草の声を聞くだの云々はどこいった。
つまりは同年代と遊びたいんだな。
そう言えば、プリンは子どもらしく頬を膨らませた。
「だって、学校や孤児院の視察に連れて行かれても結局遊べないんだもん。勉強、マナー、勉強、勉強、ダンスの練習、お父様の視察の同行、勉強、勉強……ってそんな毎日ばっかり!!」
「そりゃ、そうだわな」
それが王子に生まれたお前の役割だから仕方がねぇじゃないか。その代わり綺麗な着物を着て、美味いものを食べられているだろう? それが当たり前の生活をしているお前に、それが当たり前じゃない生活を送っている者の気持ちが分かるか?
ああ、そうか。だから見たいのか。
「だからお願い! 見逃して!!」
はあ、と大袈裟に息を吐いた。
まあ、考えりゃ同じ年頃のガキンチョと遊ぶ機会もないプリンはプリンで可哀相でもあるが……。
俺は所詮付き人だからな。
コイツの行くところに付いていきゃいいんだろ。
そういうことだな。
つまり。
「仕方がねぇな。ただし、俺も一緒だ。勝手な行動はお慎みくださいよ、王子?」
ウインク付きで言ってやると、プリンは眩いくらいに顔を輝かせて首が千切れるんじゃないかって勢いで首を振った。
「取り合えずその服をどうにかしよう。そんなんじゃこの前の二の舞だぞ」
面倒事はゴメンだからな。
「で、学校の場所とやらは分かるのか?」
俺ははっきり言って分からん。
このレガードに着いた途端に厄介事に巻き込まれたからな。
「こっち!!」
度々抜け出していたんだろう。プリンの足取りは確かで、森を抜け、レガードの煉瓦道に出た。
ちなみに、プリンが着ているのは俺のシャツだ。頭から被って、腰のところで細い帯で締めている。多少珍妙な格好だが、キラキラのお貴族様丸出しの恰好よりかマシだからな。
さりげなく辺りを警戒しつつ、プリンの後を歩く。
様々な獣人が行き交う光景は王都ならではだな。
人の出入りが激しい街っていうのは、それだけ豊かで賑やかで面白いもんだが、光が強くなれば、その影で闇は深くなるっていうのが世の常だ。
この前の人さらいだけでなく、良からぬことを企んでいる者も集まってくる。
「ここだよ」
んあ?
ただの教会じゃねーか。
街並みに溶け込んであるその建物は、昔々この世界を創造したとされる神を祀った教会だ。
「んあ? シスターに挨拶してかねーのか?」
プリンは教会の入口を通り過ぎ、青い芝生を踏んで敷地の奥へと進む。
「当たり前だ。そんなことしたら、シスター達にばれるだろう?」
そういうと、プリンは茂みに身を隠した。
やれやれと思いつつ同じように身を隠し、プリンが見ている方角を見た。
教会の奥に小さな小屋があった。赤茶色の煉瓦で出来た小さな建物だ。
その前にプリンと同年くらいの子どもが走り回って遊んでいる。
「なんだ。小さいガキばかりじゃねーか」
「当たり前だ。みんなここを卒業したら働きに出る」
「ここでもヤツらは勉強してんだぞ。お前と変わらねぇじゃねーか」
「……ここじゃ、仲間がいる。ひとりじゃない」
大人びた顔しやがって。
ガサガサと繁みが揺れた。
ピョコンと長い耳が揺れて現れ、おかっぱの少女が顔を覗かせ、プリンに笑いかけた。
「そろそろ来る頃だと思った。一緒に遊ぼう」
プリンの表情が年相応に輝く。
「カカに見つかったか」
「行こう!」
「うん!」
虎のおっさんが出ていってはビビらすだけだからな。
俺はこの繁みから見守ることにした。
まあ、プリンは走る、走る。
しなやかに全身の筋肉を使って走り回る姿は、さすがライオンの獣人の子ってとこか。
たくさんの友人と一緒になって楽しそうにボールを追いかけている。
さっきプリンを誘いにきた兎人の少女が輪から外れた。
草っぱらに横になって荒い息を調えたかと思うと、不思議な、でもどこか懐かしいようなメロディが風に乗って聞こえてくる。
カカと言ったか。
ヤツのベージュの麻の上着には色鮮やかな糸で刺しゅうがされている。腰を縛っている焦げ茶色の帯には、小さなコインのような飾りが付いていて如何にも異国風だ。
膝の見える短パンからは健康的な膝が見えていて焦げ茶色の編み上げブーツが脚を包んでいる。
俺はしばしその歌声に酔い痴れていた。
うん? なんだ?
「アイツが……か。ふん、母親にそっくりだ」
「コイツは高く売れそうだ」
不穏なヒソヒソ声が耳に入って、俺はまずプリンの所在を確認した。
よし、視界の中にいるな。
「やっ……!!」
あの兎人の少女が口を押さえられ、物陰に連れ込まれるところだった。
くそう、あいつ等の目的はカカかよ!
俺の仕事はプリンのお守だ。だからといって、目の前で子どもが攫われそうになっているのを見過ごすわけにいくまい?
俺は走りながら腰に佩いた大剣を抜いた。
「どうしてコイツを狙った」
人攫いは二人組だった。1人は伸びていてピクリとも動かねぇ。殺しちゃいないぜ、峰打ちだ。
もう一人は地面と仲良しこよしに這いつくばっていやがる。切っ先がヤツの首筋に当てられているから、青い顔で震えていやがる。まあそうだろうな、小便ちびるなよ。
低いドスの効いた声で誰何したが、答えねえ。
質問を変えてやったら、尋常じゃない汗をかきながらも、バカにした嗤いを浮かべやがった。
「コイツは父親に売られたんだよ」
声の聞こえる場所で座りこんで震えているカカが零れそうな大きな目をさらに見開いた。
「売女の母親と碌でなしの男との子どもだ。母はおっ死んで、カネ欲しさに父親に売られたのさ。俺らはコイツを捕まえて娼館へ連れてくるように頼まれただけさ」
ああ、胸糞悪い!!
「いくらだ」
「はぁ?」
「いくらだっつーてんだよ!」
そして俺は、母親が死んで父親に売られた、いわば天涯孤独の子どもを買った。
いや、なにもいかがわしいことをしようってんじゃない。
あんな大人の所にいるぐらいなら、俺が父親代わりになってやろうと思っただけだ。
おかげでここんとこしこたま貯めた金が無くなっちまった。
しかも結婚もせずにコブ付きだ。ますます酒場とねーちゃんが遠ざかる。
しまいにプリンにゃ「偽善者」呼ばわりされた。
分かってるさ、コイツ一人助けたって不幸な子どもが世の中から消えるわけじゃないってことは。
ああ、そうさ、これは自己満足だってな。
でも人と人は縁だろ。
でもな。
「おじちゃん、大好き♥」
腕に縋ってくるこのカカは、城に割り当てられた部屋に連れて帰ってきた晩から、一緒のベッドに入って来ようとした。
寂しいんだろうがよ、その美少女ヅラは心臓に悪い。
俺の野生が目覚めちまったらどうすんだよ。
「俺はお前をそんな風に扱う為に引き取ったわけじゃねぇ」
カカはしょぼんと長い耳を垂れさせた。
「最近寝不足なんじゃない?」
俺の気も知らず、プリンが笑う。
ご学友が城に住み着いたおかげて脱走癖は少し落ち着いたようだ。
「うるせえ、で、ございます。王子」
「ふうん。知らなかったなぁ、ディガーが少年趣味だったなんて」
「お戯れを……少年!?」
「あれ? 知らなかったの?」
それから俺は、カカが眠れない夜は安心して添い寝してやり、カカが歌っていた異国の歌を歌いながら背中を撫でてやる。そうすると安心してよく寝やがる。
この歌は死んだカカの母親がよく歌ってくれた歌らしい。