「うん、そうじゃ、良い名だろう?」
そして新キャラ、ビルギンスはあまりシステム的なものは充実してないんですよね。
動作確認を終えるとライフスタイルオンラインにログインする。
今日は夕食をとってからの帰宅20時頃だ。昨日は少し早めに落ちたので人が多くなる頃にログインしたのだ。
北通りに向かうためにも先ずは薬草を取りに行こう。露天も多くなっている大通りを抜ける。売っているのは武器やアイテムが殆どで恐らくギルドのある通りだからか。落とされ閉じた門まで来るとコの字鉱が打ち付けられた簡易梯子を上る。
夜の匂いが色濃く風に混じる、ビルの3・4階の高さからは、それでもほぼ正円の壁に囲まれた街を一望できる。
中央に清水の湧く噴水が聖なる光を湛え、広場の露天を柔らかく照らしている。そこから四方の大通りはライトの魔法なのだろう、街灯に照らされ草原に街を浮かび上がらせている。
日本のように眩しい光のない薄暗くもある街並みが昼とはどこか安心させる違う容貌を見せる。空を見上げると、光に阻まれて薄くではあるが星々が瞬いている。それでも光が空を覆う東京とは全くの別物で全くの別世界だった。
どうもコルタクは景色を眺めていると時間を忘れる傾向にあるようで、
「で、お前さんは何時までそうしとる気なんじゃ。」
こつんと見上げた頭を小突かれ無ければ誰かに見られている事に気が付かなかった。
反射的に振り返ると目の前には黒い円柱の底があり、円柱の側面中程から棒が延び地面に向かっている。棒に沿って目を下に向けると身長1m程しかないお爺さんが、ちょこんという擬音がぴったり当てはまるように立っていた。
何も小突かなくとも、と感じたがこの身長では、成る程、小突く以外だと脚を引く位しか手だては無かったらしい。
「えと、どなたですか?」
「うん、礼儀がなっとるな。ダイクじゃ」
腕を組んで重く頷く小人のお爺さんは身を屈めたコルタクに名乗った。
社会人のコルタクとしては誉められて喜んでいいのか分からないが、ネットゲームで外見はいくらでも変えられるのだから初対面は相手を見る少ない要素なんだろう。
しかしダイクであるが、なんだか惟孝の祖父や社長と似た匂いを感じる。長足る貫禄、とでも言えばいいだろうか。話し方もロールプレイの不自然さが感じられない。
「そうじゃな、棟梁をしておった時に迫力を出そうとしてたら其れが定着してな。戻らんのじゃ」
前は儂のことは僕、なんて言っておったんじゃがな。と問うたコルタクに蓄えられた顎髭が揺れる。地面すれすれに揺れる其れだが邪魔にはならないのだろうか。
「だからダイクさんなんですか」
感心するようにコルタクは言う。既に引退したような言い方だったが、名乗るとき誇らしげだったのは仕事に誇りを持っているのだろう。
「うん、そうじゃ、良い名だろう?」
「はい、ダイクさんがどんな方かよく分かります。」
「うん、それでコルタクはずっとここにおったが何していたんじゃ?」
ダイクの言葉にそう言えば恥ずかしい所を見せたと少し恥じ入る。壁の上は柵も無いので下から見れば高台で空を見つめる変な奴、と映っただろう。
「目立ってました?」
もしかしてと訊ねたコルタクにダイクは笑って首をふる。
「いや、誰も気に掛けて居らんかったさ、儂くらいじゃろ」
「あー、良かった、依頼で薬草採取に行こうとしたんですけどね、景色が綺麗なもんですから」
「まあ、儂も初めてインした時は、と言うか今もじゃな、鍛冶しては散歩ばっかしとるでな」
景色に見いっていた、とはにかむコルタクに、鍛冶と散歩ばっかと笑うダイク。お互い似た者同士だと、どちらともなしに言うと早速フレンドを交換した。
「でも良いんですか、薬草採取のお手伝いなんて。ダイクさんもっと先に行ってるんじゃないですか?」
指定の薬草が密集している場所を知っている。と言うダイクの横をライトの魔法で頭上に浮かんだ光球に照らされ歩くコルタクは申し訳なさそうに言う。
隣で歩くダイクは、ドワーフをイメージして作ったようで低い背に反して肉は厚く岩とも表することができるほど盛り上がっている。
頭には目を完全に守るゴーグルが帽子代りに乗せられている。装着すると鍛冶の成功率の上昇の効果があるらしい。小さくも力強い体を包むのは形こそ初心者装備であるコルタクの革鎧と似ているが、鮮やかな赤茶の革に銀装飾がされている。
靴も同じ趣向が凝らされている、恐らくプレイヤー製の一点物だろう。コルタクの喪のとは月とすっぽんだ。
それでもダイクは快く笑うと、担いだ長柄の金槌で方を数回叩く。
「元は噂の黒大鹿を見に来たんだが、日が落ちきるとすぐ現れるんじゃ、今日も外れみたいでな。露天を見ておったんじゃよ。あいつのお陰でトッププレイヤーもよく来るもんで、掘り出し物も多いんじゃよ。」
黒大鹿防衛戦と称されている黒大鹿の出現するイベント。
いくら攻撃しても怯むだけで倒れないし、隙あらば門に突っ込むが門に強化魔術がかけられていてびくともしない。以前プレイヤーが一緒に門を壊してみようとしたが、なにも起こらなかったそうで、掲示板では専用スレも立てられ考察が交わされている。
今ラスタン一の謎とされている。どうもバグではないという告知もあるのだ。
このゲーム、世界観の説明はあってもストーリーについては触れられていないのだ。
思考が逸れそうになった所でダイクの声が続く。
「そこでお前さんを見付けてな、気になったんじゃ。からして、どうせ暇じゃし構わんよ」
「そうだったんですか。」
「お前は見たことあるのか?黒大鹿」
「いえ、無いですね。何せ昨日始めたばっかで」
得物を手遊んでいたダイクが成る程、と頷く。
「なら景色眺めていたのも当然じゃな」
そう言い再び金槌を肩に担ぐ。現役職人時代常に金槌を手に持っていたからこうして持っていた方が楽なんじゃ、と目を細めるダイクは随分な高齢らしく長年の無理も祟って殆ど動けない。
生活はほぼ家の中、今年就職した孫が退屈そうに元気をなくす祖父を見かね初任給はたいてギアを買ったのだ。
とはいえ、まさか多い日は半日をゲームに費やすほど嵌まるとは考えていなかったようで、そしてその生活で、予想以上に生き生きしている祖父に驚いていた。
その様子を思いだしダイクは少し吹き出してしまいコルタクに不思議な顔をされるが、気にせず進む。
前以上に笑い、そして活を飛ばす元棟梁に戦く弟子を見る事を楽しんでいることを知っているのは女房だけだ。
「おーこっちじゃ、こっち。採り尽くされてはないみたいじゃな」
「おー、ホントだ。ありがとうございます」
いい香りするなあ、と摘んだ薬草を嗅ぐ。見た目ミントそのまま爽やかな匂いが鼻腔を擽る。
心なしか弾んで聞こえるその声にダイクが勧め始めた女房の言葉を思い出す。
「そういえば、薬草のパンケーキが美味しいと女房が言ってたな。甘いのは好かんのじゃが」
「どこですか」
数歩離れて屈んでいたはずのコルタクの眼が至近距離で覗き込んできて 思わず声もなく仰け反る。
「っ…さあ、場所までは…。…また今度聴いておこうか?」
見るからに落ち込んだコルタクを見兼ね、進言すると再び目に星を写し、
「是非お願いしますっ!」
至極元気に声を発した。
ダイクに目線を合わせる為に、腰を落とし、膝を開いて股の前に両手を突いて、つまり所謂オスワリの格好で、喜ぶコルタクを忠犬ハチ公と思っていたのは知らぬが吉ということだろう。
ーーーチラ裏設定4ーーー
武器について
基本的に、ダメージが与えられそうなものなら何でも殴れます。
「そうびは そうび しなければ うんぬん」という事にはならず、手に持てばその時点で装備判定が付きます。足で蹴っても武器判定が付きます。
ゲームではなく現実よりの世界だと思っていただければいいかと