「俺頑張ってエスコートします!」
2話投稿です。初めてですので指導鞭撻お願いします。
会社づてに送られるものだと思っていたVRDIVE試作次号機だが、了承した翌々日、自宅のマンションに直接送られてきていた。
家に帰ると郵便受けに配達証と引き取りの紙が入っていたので受け取りにいくと件の会社のロゴが入った段ボールを渡された。
まさか、と思いつつ、持ち帰り開いてみると案の定フルフェイスヘルメットのような機械が入っていた。部下の家に置いてあるものより小さくなっている、試作機、それも発売が公表されているものだろう。つまり開発はほぼ終わっている機体というわけだ。
よりよいレビューを書いてもらうには、まず快適な環境を。という配慮もあるはずだ。良いんだろうかと少なからず優越感を歯に噛みながらコントローラーのヘルメットギアを手に取る。
持ち上げると思っていたより軽い、最初機は30分被っていると肩が凝ってくる、という曰く付きだったがこれならば心労も少なくプレイできるだろう。試しに量ってみると大体500グラム程度だった。
本体の据え置きハードも小型化され、pcの横に縦置くと邪魔になるほどではない。
手早くネット接続を終えると早速被り、電子と幻想の夢へ、
――――――――ライフスタイルオンライン、タナカ出張レビューページより
惟孝は渋ってはいたが斎藤のいう通りゲームっ子で、昔は毎日のようにゲームをしていた。
新作機を使って、今話題のゲームを会社公認でプレイできる、と意気揚々と会社を早めに上がり18時、晩飯もそぞろにギアを被る。
「ようこそ、バーチャルダイブ・ホームです。」
とヘルメット内部に流れ、耳に音声が入ってきた。この時点ではまだ疑似体感機能は作動しておらずベッドに寝そべった感覚も残ったままだ。
「ダイブしますか?」
続けてアナウンスが流れ、はい、と答えると視界が徐々に暗くなり、青、橙色、白と点滅が起こり、手足を動かすように指示される。
感覚の確認が終わり、不具合があればすぐ浮上するようただし書きが流れ、再び現れたらダイブしますか、にイエスと答える。
惟孝はさすがに慎重だな、と苦笑いを浮かべつつ、微睡んでいった。
ーーーーー
目が覚めると、既にダイブは完了していた。
アナウンスが脳内に浮かび、キャラメイクの説明を始めた。それを聞いて理解した惟孝は早速キャラメイクと意気込む。
キャラメイクはリアルをベースにちょっと渋かっこよく、薄くなってきた頭髪は白髪多目ではあるが量も多い老紳士のように、お腹を違和感のない程度に引っ込める。ちょっと気になる部分を手直しして軽く動いてみる。
「僕こう見るとけっこう格好いいんじゃない?」
コルタクは革鎧に身を包んだ姿を鏡に映し満悦し腕を上げたり前蹴りの動作をしてみる、が、すぐリアルの風呂上がりの裸をおもいだし、恥ずかしくなり落ち込んだ。所在無げに少し萎んだお腹の肉を軽く抓んでみる。
「あ、いや、そうだよなぁ、リアルだとこんな肌綺麗じゃないし、鼻もちょっと高くなってる気もするし、ぼくの髪様…ね」
地面に膝をつけ、盛大にため息をつく。
そのまま「うああ」と奇声を発し、土の臭いを感じながら、冷たい湿り気のある苔の上に体を横たえる。仰向けに空を見ると疎らに並ぶ針葉樹の開いた緑が天日を受け止め、溢れた光が体を点々と照らす。
葉を揺らす風の音に大きく息を吸い込むと草のにおいとこんこんと湧き出る泉の香りが肺を充たしていく。
VRDIVE機に感覚が慣れ、データを明瞭に受け取り始めたのだろう。意識もできなかった自然が、世界が、塗りつぶされるように五感に押し寄せる。世界の誕生を見た。そんな感慨に胸が震える。
「すごい…」
我ながら、レビューを書いている癖に他に表現は無かったのか、という安直な感想だったが、それでもどうにか吐き出したその言葉に言い知れぬ感動が込められていただろう。
神秘の自然を生きる、を主題にして作られたゲームというだけある。
ふっと詰めていた息を吐き出すと立ち上がり泉から湧き出た水が作り出した長円の鏡を見る。一時の興奮を治め、少し現実の惟孝の姿に戻すと、もう一度水の姿見を眺める。
「うん、これで行こう」
なんともなしに呟いた刹那、水鏡が弾け泉へかえっていく。鏡が落ちた波紋の中央が光を放つと、広がった波紋から水が立ち上がり、女性の姿を形作る。
「ゆかれるのですね」
透き通る声。
「はい…、失礼ですがあなたは泉の精とかですか…?」
話す言葉動作の違和感のなさにもしかして操作空いている人がいるようにおもえてつい訊いてしまう。
しかし、これはチュートリアルなのだろう。恐らくNPCだ。質問の後に続いた空白に、このキャラクターは決まった受け答えしかできないのかもしれないな。と考えつつ、相手の言葉を待つ。
「私はウンディーネ、生命を司る精霊です」
しかしすぐに微笑んでウンディーネは答えた。初め無感情に感じたが、そうでもないらしい。
「私の事を聞いてくる方は珍しいですね。最近では初めから私をウンディーネと知っている方も多いですから」
只、人間の形を真似ただけ、そんな印象を受ける水で形作られた女性が人差し指を唇へつけて笑う。ウンディーネといえば水の大精霊、と言った所だろうか。知れ渡っているという事は他のプレイヤーがこういった受け答えをし掲示板に載せたのだろう。
掲示板といえば、ゲーム内であってもラスタンホームページはアクセスができるはずだ。掲示板には実況スレも少なくない。ちなみにラスタンウィキというページも存在する。
行かれるのでしたら、とウンディーネが話を戻し、泉から森の根の間を流れていく小川ともいえない小さな流れを示す。
「この水を伝って行くと始まりの街へ着きます。魔物も出現しますが温和な子たちですので安心してください」
「はい、ありがとうございます」
頭を下げ小川沿いの道を進んでいく。少し歩いて振り返ると微笑んだままのウンディーネが首をかしげ手を振ってきた。
母親に見守られてお使いに出る幼子の心地がして、こっ恥ずかしさを隠すように一礼し、早足で森のなかを行く。
ーーーーー
それから暫く歩いて森を抜けると草原の向こうに壁が見えた。
まわりは一面草原でそこに線を引くように砂利の道が壁の辺りから方々へ伸びている。
草原には猪や鹿が点々と居り、ファンタジーのような不自然もない、森のなかでも見かけたので多分あれがウンディーネの言っていた魔物、つまり初期雑魚なんだろうな、と森の敵が野性動物、と捻る気も無さすぎてむしろ珍しいという状況に苦笑し、砂利道を進む。
森を進んで気づいたが、この体は随分と動きやすい。個々まで駆け足で抜けたがここ数年の体力だと既に2桁は休んでいるはずだ。
身軽な体に気分が昂ったまま、また草原を駆ける。
低レベルの狩り場だからかボチボチと人がいる。
今は19時過ぎ、人が集まるには早い時間帯だ。これから増えていくだろう。
開始初期の風景も見たかったなと、思いきっと森からテンションの高い集団がわらわら出てきたんだろうと想像し、笑いを抑えながら街へ一直線に走る。
「ぁ……の人…ない…!」
興奮していたせいか、横から聞こえた声に気づき振り向こうとした瞬間、既に衝撃が走りわき腹に何かがめり込み横合いに吹き飛ばされた。
痛みは余り無かったが、衝撃はかなり来て宙を舞う感覚に腹部への痛みを幻覚し軽い吐き気を催す。
「うく、な…にが」
と地面に伸びた状態から上体を起こし前を見ると蹄が土を抉る音と共に毛玉が直ぐ横を通過していった。
「すっすみませんっ!受け流しの方向間違ってっ!」
と、駆け寄って、大剣でまた地を掻いて突進する準備をしていた猪を一撃に倒すと、武器を納めた後、声を掛けてきた彼が土下座しそうな勢いで頭を下げてきた。
「体力大丈夫ですか!?ポーションいりますか!?」
呆然としていた意識をその声で現実に引き戻すと、目をつぶって集中する。こうしないと自分のステータスが見れないようだ。
「3割り持ってかれてる…一撃でこれか…」
「牙猪の突進直撃でしたからね、避け安い分体力の持っていかれ方半端ないんですよね、どうぞ」
そう言って青い液体の入った瓶を差し出されたので礼を言い仰ぐ。
飲み下した後もう一度確認するとHPは全回復していた。
「ほんとスミマセン」
「いやいや、ちゃんと注意してくれてたんでしょ?テンションあがりすぎて気づけなくって」
ごめんね、と申し訳なく謝る。実際、爽快さに前もろくに見ずに走っていた気がする。
「いえ、僕がもっと気を付けてれば…」
あ、これは延々続く気がする。と、コルタクは直感する。
「それより…その、犬…ですか?」
何時までも謝りそうな勢いに話題転換にと口から出た言葉は、実はずっと頭の中を巡っていた疑問だった。目の前の人物は、左胸当てに腰布、ブーツ、という軽装に似合わぬ背に負う大剣、体躯は2mと言った所だろう、まあ大きい、大きいがそれだけである。
問題はそこから、鼻と口は突き出て先端に黒い小さな鼻が湿っている。目は三白眼が切れ長に、頭上にはぴくぴくと動く三角耳。
水色の毛並みをした犬の顔が心配そうに惟孝を覗き込んでいた。
全身薄っすらと万遍なく毛に覆われた体は均整のとれた筋肉が盛り上がりを見せ野性味を醸し出している。
獣人というキャラメイクもあるのか、と思いサイトのキャラメイクの説明を思い出す。
ベースを自分のリアルの体にし、そこから思考して自分の姿を変える。そう、キャラメイクは貴方の創造の自由なのです。というような謳い文句が付いてたような気がする。ほんとに自由なんだな、と改めて実感する。思い描いた通りに自分の姿を変えられるらしい。
余り現実と変わり映えしない姿をしているのはもしかして想像力に乏しいからだろうか。としみじみと考えていたが、目の前の彼が何故か少し苦い顔になっていた。気になり少し首をかしげ言葉を待つ。
「…狼です」
小さく、少し咎めるような口調で告げた。
「あ、…ごめんなさい」
気まずそうに目線を地面の上に投げ掛けて狼の彼は小さく唸った。
おそらく、彼のイメージでは狼を想像しても犬っころに近くなってしまうのか、ベースとなる彼の風貌が柔らかすぎたのか、自分でもあまり狼だと断言できないでいるらしい。あまりはっきりとは言えていない。
そんな彼は少しすねた様に答えたあとも、それでもこちらを心配そうに窺っている、どうやら先程の件、まだ気にしているようだ。それにしても、人の顔をしていなくても表情は読めるんだな。とわき道に逸れかける思考を戻す。
「あー、そうだ、僕ね、全くの初心者だからさ。街の案内とかしてもらえると嬉しいんだけど。」
「え、あ、はい!えっと…俺頑張ってエスコートします!」
ともあれまだ気にしてるようなので、提案してみると、思ったより元気に乗ってきた。一瞬戸惑ったがこちらの思惑を察してくれたのだろう。要するにこれでお相子、貸し借りなしというわけだ。
とはいえ、狼の彼にしてみれば初心者に対しトレイン、敵の引き連れ行為マナー違反とされる、を仕掛けた、というひどい失態をしているのだが、惟孝はそこまで深く考えていない。むしろ無視して逃げれたのに注意を投げかけてくれた親切な人とまで思っている。さらにポーションまで使ってくれたのだ。
この場にいるということは彼もまだ初心者。ポーションも安くはないだろうに。
惟孝にしてみれば、親切を受けてばかりで擽ったいものがあるのだが、どうにか忘れることにしたようだ。誤解というのは悪い事だけでもない。
多少の食い違いはあったものの、互いに優しい人だなあ、という第一印象なので、少し話す内、すぐに親しくなり歩きながら話そうという流れになった。
「じゃ、行きましょっかコルタクさん」
「うん、そだね。護衛と案内よろしく」
「任せてください。って言ってもここら、攻撃しかけない限り何もしてこないですから、誰かの巻き添えにならない限り安全なんですけどね。」
よいしょ、と剣を背に担ぎ、ワルクと名乗った彼が歩き出す。
「ウンディーネさんが言ってたね、温和だって。僕みたいに巻き添え食らわないと安全なんだ。へぇ」
「コルさん」
すみません、て言ってるじゃないすか。と咎める口調で、流し目を送る惟孝に拗ねるようにぼやく水色の狼獣人。
コルタクとワルクは歩いていく。
草原に囲まれた街、始まりの街、ビルギンスへ
ーーーチラ裏設定1ーーー
時代は大体2013年現在から40年ほど経った時期です。
つまり、惟孝さんはあと10年後くらいに生まれる子供ということになりますね。
惟孝さんは明記はしてないですが30代前半、体力の衰えが芽を出してきたあたりでしょう。
サボリ部長こと間部長は惟孝と同い年、同期です。やることはちゃんとやるタイプのサボリです。4歳の娘がかわいい盛り。
社長は60歳、物語の少し前に定年を迎えていますが、退く気はなし、持ち前の元気で会社を引っ張っていきます。大学時代ははラグビー部だったとか、食文化研究部だったとか。
・・・え?斉藤さん?何を言ってるんですか・・・僕は、まだ、五体満足で、いたいの、です。