ライフスタイルオンライン、略してラスタン
初投稿です。
13 9 30 改稿
VR-DIVE-sistemが日本に普及して随分経つ。
元は医療利用として研究されていた技術だが今や、医療だけでなく軍事から家庭料理のネット講座に多岐利用されている。
バーチャルダイブ―所謂、疑似体感コンピュータ―は開発当初の20年前は世間の誰も失笑と共に吐き捨てるような眉唾物だったが、それと近い時期に空間に画像を写し出すという技術が公表されると、元々需要が高かったのも助けとなり、新技術への信用度は格段にはね上がった。
以来、スポンサーが大量に付き高ピッチで推し進められた。
途中、紆余曲折あったみたいだが、技術のなり損ないのような発見は、得てして10年足らずに安全な、万人に使える装置として誕生した。
そこから更に十年間、様々な分野に転用されていき、形も変え現在へと至る。
古い形の完全現実型のコンピュータも変わらず普及しており旧型のディスプレイ型とバーチャルダイブを合わせたPCの前で惟孝はキーボードを叩いていた。
キーボード一つとっても彼が子供の頃普及していたようなパネル式でなくタッチスクリーンディスプレイにキーボードが浮かび上がるという仕様になっている事からも、技術進歩の闊歩も揚々たるや、と言ったところだろう。
因みにこのキーボードはペンタブレットとして利用出来るので暇なときに落書きしたり、と惟孝も気に入っている。
コーヒーをちびちびと啄みながら黙々と書類を書き上げていく。この食品会社に入社して10年ほど、最近課長を任されたが、面倒な手続きが増えただけで心持ち変わったところはなくのんびりと過ごしている。
広報部として新入りの時、任された自社製品レビューページは役職を得ても息抜きとして継続している。感想や掲示板を流し見る限りなかなか好評を得ていると思っている。
今書いている書類は、VRゲーム内での提携商品の告知とイベント案のまとめだ。書き上げた書類を部長へ持っていくため印刷にかける、メールで送れば、という部下もいるが惟孝は紙媒体好きで、不要な手間とは考えていない。
惟孝の直属の上司である間部長も同じく紙好きで文庫本を片手に定食を食べている姿をよく見る。尤も、一番見かけられるのはゲーム機片手に人気の無いどこかでサボっている所だろうが。
印刷し終わった紙のインクの香りに鼻歌をもらし、「ちょっと行ってくる」と部下に告げると喫煙所でサボっているだろう部長を探す。
最近はよく喫煙所か休憩所でゲームに勤しんでいる。その彼も喫煙所にはいなかったが、案の定、自販機の置かれた休憩所にいたので声をかける。少し屈んでゲーム機を操作している彼には、もはや慣れてしまって呆れもしない。
「部長、ラスタンの宣伝案まとめて来ましたよ、狩りは中断してください」
「あ、田中君早かったね。うん、今終わったとこ」
そう言って挨拶がわりに振った右手の携帯ゲーム機からはファンファーレが流れている。呑気に、おつかれー。等と言っているのを見ると社内で通信しているらしい。いつの間にかサボり仲間を増やしているらしい。
「うん、やっぱり田中君の纏め方は見易いね。じゃ、社長に持っていってあげて」
「はい、じゃあお願いします…え?」
「あ、斎藤さん?今から田中君そっちにいくから通してあげて?うん、そうあの田中君」
「あの、部長?何言ってるんですか、脳までサボり始めましたか」
「失礼だな君は」
思わず心の声がでてしまったが、そこは軽く謝罪して確認をとる。
「僕が社長に持っていくんですか?てか斎藤さんって…社長秘書がなにゲームしてんですか、勤務時間中でしょ」
そうだよ、君がいくの。社長直々の御呼び出しだから。ほらいったいったほらほら、あ、秘書だって遊びたいんだ、だってさ、彼女怖いんだからあんまり怒らせないでよ?
などと宣い、蹴るようにして押しやられ、しかし直々の呼び出しと来れば無視するわけにも行かず、階段を登り社長室の前までやって来た。
はぁ、とため息と気合いを一息に吐き出し、戸を叩こうと拳を上げる。が、
「あ、はい、開けますね」
ノックもしない内にドアが開けられた。
惟孝は、なぜ自分が扉の向こうに居るって分かったんだろうか、と眼鏡をかけた丸っこい顔を凝視してしまう。
当の彼女はその視線に思い当たることは無いらしく、訝しげに首を捻る。
「…?どうかしました?照れますよ?」
「ん、いや何でもないです。社長は何のようで?」
「さあ、私もよく」
知らされてないです、と斎藤は肩を竦める。ふと彼女の机を見ると隠す気もなく携帯ゲーム機が乗っかっている。あれはどうなんだろうか。と質問すると、
「あ、いえ、外にいるのが田中さんだって分かってましたから。他の方なら隠しますよ?」
「あ、そうなん、ですか」
と返事が帰ってきた。空返事はするが、なぜ分かっていたのか、という新たな疑問が浮かぶ、廊下には監視カメラが付いてはいるが、当然社長秘書室に監視カメラの映像が写るはずもなく、
「社長、田中さんがいらっしゃいました。お通しします」
社長室の戸を開けられ、浮かんだ疑問は謎のまま迷宮入りとなった。
中に入り、失礼します。と、一声かけると、いやぁよく来た、と席を立った恰幅の良い初老の男性が惟孝の会社の社長の多田浩一氏だ。最近は白髪が大半を占めてきたと笑っている。
「私はこれで失礼します」
と斎藤は一礼をして部屋を出ていく。
「いやあ、すまんね。急に呼び出して。まあ座って座って」
「いえ、たいして忙しい時期でも無いので。失礼します」
快活にいう社長に従って、柔らかいソファに尻を落とし、印刷したばかりの書類を渡す。社長は一通り目を通し、相変わらず見易いね、と部長と同じ言葉を出す。部長を通さずに書類を渡すのはこれが初めてのはずだが、相変わらず、と言うのはどういうことだろう、と思うが、さて、と改めた多田の声に遮られる。
「今日呼んだのは、サイトのレビューのことなんだよ。俺もレビュー見ててね、ツブヤキもフォローしてるんだよ」
嬉しそうに話し、蓄えた顎髭を摩る。
これには惟孝も驚いた。メッセージサイトのフォローの件は知っていたが自社レビューも気に入ってもらえているとは思っていなかった。
思えば、確かに自社製品の紹介、気に入ってもらっていなければレビューの持続など出来ていない。
「それでね、このライフスタイルオンラインの提携商品とあとゲームのレビューみたいなのもやってほしいなって要望が先方からあってね、あ、先方ってラスタンの主催会社さんね、社長さんがあのレビュー見てるらしくって」
大手ゲーム会社の社長に見ていただいているのか、恐れ多い。と一瞬、素通りしかけた言葉をどうにか引っかけ一瞬押し黙る。少し唖然と、そして、は?、といいかけた口を閉じ、落ち着くため、息を一拍はいてから尋ねた。
「レビューってどういう…」
「要するにスクリーンショット録って、日記みたいなこと書いてほしいって言われたんだよね。こちらとしては恩も売れるし、僕も読みたいし、困らないんだよね。一応本人の意思で、って言って頂いてるんだけどどうする?やってくれるよね?」
質問の形をとってはいるものの既に確認口調になっている多田の様子を見て惟孝は、あ、これは受けること前提で話が進んでる。と直感すると問題点がないかどうにか頭を捻ってみる。
「VRDIVEゲーム持ってないんですが」
「試作機のテスターにって」
「実は今仕事が多くなって」
「間部長に丸投げして良いよ」
「僕、実はVRゲーム体質的に合わなくて」
「あ、そうだったの」
「嘘つかないでください。新入りの人とFPSとかやってるって間部長言ってましたよ」
「斎藤さん?」
「ほんとはゲームっ子だって聞いてます」
「斎藤さん…いつ部屋に入ってきたんですか」
気づかぬうちに惟孝の後ろに控えていた。
事実体質的に長時間、仮想現実に浸かっていると意識が朦朧する、といった弊害が出るのだが大した物ではなく、一日浸かっていたりしないと常人と変わりはない。
つまり嘘を言った訳ではないが断る理由としても弱い。一応の弁明はするが多田は考えに更ける仕草をする。
「そんなに嫌なら彼方には俺が断りにいくけど…」
惟孝のかたくなな態度に多田がいかにも悲しそうに首をかしげる。彼の図体で子犬のように様子を窺われると、どうにも罪悪感が圧し掛かってきそうで断りづらく、十数秒考え、
「いえ、分かりました、お受けいたします」
頭を垂れ、ため息を隠しながら了承せざるを得なかった。
下げた頭の中で、今人気だし、新型試作機さわれるらしいし。とどうにか軌道修正を行う。
おかげで、下げた頭の上で二人の間でアイコンタクトが交わされていたことに、気づけなかった。
ひとまず、社長室を退した後、まだ休憩所で寛いでいた間部長の頭を薄毛が進行するようにと呪いながら叩いた事は、反省しないでおく。
数日後、ライフスタイルオンライン、略してラスタンのホームページに惟孝の会社との提携商品の告知とレビューページが新規追加された。