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第七話 最低最悪の初登校



「よし」


 制服OK。教科書OK。筆記用具OK。靴も体操服も鞄も・・・全部OK!

 今日はなんといっても初登校だ。失敗は許されない。この一日で、俺の印象と評価が決まるといっても過言ではない。


 交友づくりにおいて編入は入学よりも難易度が遥かに高い。なにせもう生徒の関係図が出来上がっている所にいくのだ。言ってみれば俺はバランスを崩しに行くお邪魔虫だ。


 その上俺は異端者という、この世界で疎まれている存在として行かなければならない。

 難易度が高すぎる。あの時の猫族達が浮かべた目が脳裏にフラッシュバックする。真面目に昨夜は色々考え過ぎて眠れなかった。


 まずは自分の正体を明かすか明かさないか。ひたすらこの二択問題を繰り返しながら、俺は木漏れ日さす寮のドアを開いた。


「おはようございます。レンカさん」

「あ、アイカ・・・?」


 いきなり飛び込んできたのは、それはそれは予想外の光景だった。

 寮を出てすぐの所に居たのは、制服姿のアイカ。両手で鞄の紐を持って、丁寧にお辞儀をしてきた。


「お、おはよう。まさか、俺を待ってたのか?」

「はい。今日がレンカさんの初登校ですから。せっかくですのでご一緒したいと思いまして。・・・迷惑、でしたか?」


 どこをどうしたらこの状況を迷惑がるのか、逆に教えてくれ。

 俺は慌てて首を横に振った。自分でもびっくりするぐらいの高速で。アイカはそれを見てホッと一息ついていたが、俺の動悸は全く収まらない。


 いつもの巫女服ではなく、学園の制服を纏ったアイカは想像以上の破壊力で、俺は初めてのお買いものばりにオロオロしていた。

 なんか喋らないと。でもなにを?


 ふと、アイカを見ているとあのアイカのファンという男達を思い出した。これだ!


「な、なあアイカ。今日のお前の下・・・」

「はい?私の下??」


 俺は今、なにを言おうとしたのだろう。わからない。全然わからない!ただ言えることは、多分それは人生最大の地雷だったということだ。

 幸いにもアイカは頭の上にはてなマークを浮かべながら地面を見ていた。セ、セーフ・・・だよ、な?心の声が震える。


「いや、間違えた。ミ、ミノルはどうした?一緒に来たんだろう」

「え、ミノルさんですか?ミノルさんなら今車を駐車場に置きにいっていますよ。うーんそれにしても、なにとレンカさんは間違えたのでしょうか。私の、下・・・?」


 意外としぶといな。どこまで俺へのプレッシャーを強めるつもりだ。

 アイカに悪気がないのはわかっている。だけどなおさらその方がタチが悪い。俺だってまさかこんなこと口走るとは思わなかったんだから。


 今日のお前の下着は白のリボン付きか?だなんて。完全に変態じゃないか。

 毒されている。俺はミノルをこれでもかと恨みながら、今日はいい天気ですね、というテンプレ的な挨拶を振ってお茶を濁した。


「お、レンカ。それにアイカさんじゃないですか。おはよーっす」


 背後からの爽やかな挨拶に振り返ると、そこには丁度ドアから出てきたユウスケの姿があった。


「あ、ユウスケ君。おはようございます」

「お、おはよう・・・」

「あ?なんでそんなカタコトなんだ。なにかあったのか?」


 お前はまた余計なことを!ユウスケのその一言で、隣のアイカがまた興味津々な目を復活させたのがわかった。


「そうなんです。実は・・・」

「おお、レンカ君にユウスケ君。みんな揃ってるんだなぁ。おはよぉ~」


 今度はアイカの後ろから、腹にひびく重低音の挨拶が飛んできた。

 その声、その訛り、その姿。忘れものか。まさしく主犯のご登場だ。


「ようミノル。今日はちゃんと車置いてきたか?」

「おお。もうあんなことはゴメンだからなぁ。レンカ君もあの時は迷惑かけたねぇ。わざわざ一緒に来てくれて助かったよぉ」

「いや、助かったもなにも。元はといえば俺のせいだからな」


 ミノルがいやいや~とのんびり謙遜する。結局風紀委員とやらに撤去されたミノルの車は、学園管理局という校舎に隣接された建物の前まで運ばれていた。そこからの出来事は、まあそれはそれで記憶に残る出来事だったな――――

 

 息も絶え絶えにようやくたどり着くと、車内には赤髪に、ほっぺたに絆創膏を貼り付けた少女が乗っていて


「お、来たなあ悪ガキ共。このリン様が成敗してくれるっ!」


 とうっ!あの放送で聞いたのと同じ声で叫びながら、少女はジャンプしてどこから持ち出したのか竹刀を振り下ろし、ミノルの首筋ギリギリのところで寸止めした。

 いきなりなんだこいつっ。けれどミノルは全く動じずに、むしろへらへら笑っていた。


「いやぁ、すみませんねぇ。ちょっと離れたら忘れちゃっててぇ」

「全く、ミノルはダメな奴だなあ。一体これが何回目?もし今日委員長がいたら、君、絶対殺されてるよ??」


 首元を竹刀でコツコツ突きながら少女はにへらと不敵に笑う。それでもなおミノルは表情を変えない。肝が据わってるのかただ鈍感なだけなのかよくわからない。

 俺が蚊帳の外で他人事のように眺めていると、少女はようやくこちらに気付いた。


「おや?そちらは誰かな?このシマで見ない顔だけど」


 ここはお前の縄張りか!


「あぁ、彼はレンカ君だよぉ。明後日からこの学園に編入するんだぁ」

「どうも、レンカです。えっと、それでそのミノルの車なんですけど。ミノルは寮の場所がわからなかった俺を案内するために車から離れたんです。ようは自分のせいなんです。だからミノルをあんまり責めないでくれませんか?」

「ほほう・・・」


 少女はなにかおもしろいものでも発見したように唸った。

 なんだか嫌な予感がする。念のためいつでも動けるようにスタンバイしておく。


「君、見かけの割に素直だね。そういう子は嫌いじゃないよ?レンカ、だったっけ。その名前、憶えておこうじゃないか!」


 はーはっはっは!少女は胸を張りながら高らかに笑い出した。なんとも全てにおいて上から目線な奴だ。典型的な先輩風を吹かせる姿はむしろ清々しく、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。


「あぁそれでリンさん。その竹刀風紀委員長のものですよねぇ。いいんですかぁ?これバレたらむしろリンさんが殺されるんじゃないですかぁ?」

「はっはっはー・・・ああ。さ、さすがだねえミノル君。いいところに気が付くね」

 

 少女は目に見えて動揺を募らせる。声が上ずってるし。


「我輩は別に委員長みたいになりたいから~とか、そんなことを思っているわけじゃない。「たまたま」この竹刀を委員長が片づけるのを忘れていたから、今から戻しにいくところさ」

「へぇ~それはそれは。でも委員長さん、基本竹刀は室内でしか使ってない気がするんですがぁ?」

「う、うん・・・そう、かもね」


 なんだなんだ。妙にミノルが攻めてるぞ。先程までと攻勢が逆転している。

 ミノルの訛りの効いた喋りが余計にパワーがあって、少女の逃げる場所をどんどん埋め立てていく。


「う、うーんそうだ!君たちは、この車を返して欲しいんだよね?」

「そうですねぇ」

「じゃあこうしよう。今回は特別にお咎めなしで返却する。そ・の・か・わ・り、あなた達二人はこの竹刀を見ていないし、我輩も知らない。この意味がわかるよね?」

「わかってるよぉ。俺の車が戻ってくるなら、もちろんOKだぁ」

「よしっ。いい返事だ!じゃあこの件はこれにて一件落着っ」


 いや、全く落着してないだろ。なんだこの下心満載の会話は。

 どうにも意外だった。ミノルがこんなに策士だったとは。もちろん相手の器が小さかったというのもあるが、どうやら彼はやる時はやる男らしい。


 それだけこの車が大事ということか。

 少女から車を返却してもらいわかりやすいぐらい顔を綻ばせるミノルに、少女はここぞとばかりに竹刀を構えながら言い放った。


「二人とも!もしこの契約を破ったら――――」

「食べちゃうからね♪」


 冗談ではなく本当に食べられそうで、鳥肌が立ったのは記憶に新しい。


「ミノルさん、なにかあったんですか?レンカさんのせいって・・・」

「ああアイカさんはまだ知らないのか。実はミノルの奴この前――――」


 お、いつのまにかアイカの興味がミノルの話へと移り変わっていた。

 これは素晴らしい。良い仕事だミノル!主犯だなんて言って悪かった。俺はすぐさまアイカの後ろで苦笑いを浮かべているミノルに声をかける。


「ミノル、サンキューな」

「うん?お安い御用さぁ?」


 絶対ほとんど意味の分かっていないミノルは、後頭部をさすりながら恥ずかしそうにはにかんだ。







「では行きましょうか、レンカ君」

「はい」


 玄関で三人と一旦別れて、そこから学長、担任の先生へと順に挨拶を終えた。

 そして遂に、今から教室へと向かう。とうとう俺の初披露目ということだ。


「この学校は教室もたくさんありますから、迷わないようにしてくださいね」

「はい。なるべく早く一通りの場所を憶えていきたいと思います」


 担任のうさ耳をつけた可愛らしい先生の後ろを、適当な会話を交わしながらついていく。ああ足がガチガチだ。超緊張してる。一晩考えに考えた自己紹介文も、なにかのはずみで忘れてしまいそうだ。


 落ち着け、リラックス。一人ゆっくり深呼吸していると、いつのまにか先生がその姿を見ていてクスクス笑っていた。は、恥ずかしいっ。


「はい、ここが君のクラスになる2年A組の教室です。準備はいいですか?」

「は、はい・・・」


 先に先生が教室へと入り、号令をかけてHRを始める。

 出席等を確認してから、先生は「今日は転校生を紹介します」と、明るい声で言いながら廊下で待っている俺の名前を呼んだ。


「レンカ君、入ってきて~」

「は、はい」


 教室に入った瞬間、一気に奇異の目が自分に集中してきたのがわかった。

 だから嫌なんだよな編入ってやつは。所々からなんだ男かよなどなど、様々な声が上がる中、俺は教壇の横へと辿り着いた。


 ふと、目の前の大勢の生徒達を見渡していると、その中にアイカ、ユウスケ、それにミノルの三人の顔があることに気付いた。同じクラスだったのか。

 俺の視線に気付いたアイカが優しく微笑む。ユウスケは歯を見せながらピースをした。


 ああ、なんだかあいつらのおかげでだいぶ落ち着いてきた。サンキュー!


「えー猫族の町、コーシカ町から来ました。人間ヒューマンのレンカです。今日からみなさんと一緒に勉強させていただきます。どうぞよろしくお願いします」


 丁寧にお辞儀をすると、ざわめく生徒の中からポツリポツリと拍手が湧きだす。だんだんその数は多くなっていき、あっという間に教室中が拍手で埋め尽くされた。


 よかった。なんとか噛まずに挨拶を終えれた。プレッシャーからの解放と達成感で、思わず口元が緩んでしまう。


「はい。レンカ君は今日が初めての登校ですから、みなさん色々と手助けしてあげてくださいね。では、なにかレンカ君に対して質問はありますか?」


 え、そんなコーナーがあるのか。完全にやりきった感に浸っていた俺は、慌てて再び姿勢を正した。

 ざわざわと騒然とする生徒達。なんだ、どんな質問が飛んでくるんだ。


 びくびくしながらその時を待っていると、一人の手がざわめきを切り裂くように颯爽とあげられた。


「質問、よろしいですか?」

「はい。ヴィルヘルムさん、どうぞ」


 先生の促しで立ち上がったのは、アイカの後ろに座っている金髪の少女だった。

 アイカよりも長い髪を片手で後ろに掻き分けて、頭のてっぺんに虎柄の耳をつけた少女は、俺を睨むように見ながら口を開いた。


「あなた・・・、異端者、ですよね?」

「え・・・?」


 俺は思わずぽかんと口を開けて固まってしまった。そんな俺を問い質すように、少女は言葉を続ける。


「隠したかったのかもしれませんが、私は知っていますよ。あなたがあの闇属性の魔法を操る異端者で、コーシカ町では竜族の連中を殺して町を追放されたということは」

「違いましたか?レンカさん」


 少女は最後にニヤリと不気味に口元を吊り上げると、静かに着席した。

 騒がしかった声がピタリと止んだ。再び俺へと注がれた視線は、奇異の目からおぞましいものを見るような恐れの目へと変わっていた。


 最高のスタートから一変、俺は最低最悪の始まりを迎えた――――








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