第四話 異端者降臨
今回も文が長くなってしまいました。スイマセンm(_ _)m
明くる日の朝。ここに来て初めての一夜を、アイカの屋敷の部屋を借りて過ごした目覚めは、慌ただしい廊下を歩く足音によるものだった。
「・・・なんだ?」
まだ視界がぼやけていたので軽く目をこする。足音が鳴り響く廊下に目を向けると、障子越しに人の影が慌ただしく行ったり来たりしているのがわかった。
お屋敷の人達ってのは朝からこんなに活発なものなのか?それにしたってちょっと度が過ぎている。
ふと、一人の影が障子の前で立ち止まった。そのシルエットから誰かは簡単に想像できる。
軽く縁を叩いてから、その人物はゆっくりと障子戸を開く。
「あ、起きてたんですね。おはようございますレンカさん」
「おはようアイカ。今起きたところだよ」
巫女服姿でニッコリと微笑むアイカの顔が眩しい。
こんな風に寝起き一番に美少女と挨拶を交わすというのは、健全なる男子なら憧れるものではないだろうか。いいや間違いない。俺はちょっとばかり優越感と幸せを感じる。
そんな雑念を俺が抱いているとは知らないアイカは、俺からの言葉を待つように無垢な表情を浮かべながら尻尾をプラプラさせていた。
「そういえばさっきから物々しいけど、なにかあるのか?」
「あ、やっぱり煩かったですか?すみません。今日と明日はちょっと特別な日なので、家の中も町も少々騒がしいかもしれません」
「特別な日?祭りでもあるのか?」
俺が何気なくその言葉を口にすると、予想外に彼女の表情が曇ってしまう。
まただ。昨日俺が魚とマタタビ酒が猫族の特産品、と言った時と一緒だ。わからない。なにが彼女をそうさせてしまっているのか。うーん・・・
そんな唸りながら考える俺に気付いたのか、アイカはハッと顔を上げて再び微笑む。
「そんなことより、朝食の準備が整ってますよ?私も今から食べに行くところですから、一緒にどうですか?」
「お、朝飯か。あれ、もしかしてそのために起こしに来た?」
「はい。どうせならレンカさんと一緒に食べたいなあと思いまして。迷惑でしたか?」
少し不安げに首を傾げる彼女に、俺はすぐさま「いいや」と答えて同じく笑った。こんな美少女に食事を誘われて、行かない男がどこに居るのかと。
「迷惑なわけないだろ。じゃあ支度するから、ちょっと待っててくれるか?」
「はい。ではここで待っていますね」
アイカは喜んで返事すると、障子戸を閉めて律儀に直立不動で待ち出した。
そんな姿勢正しく待たれてもこちらが焦るだけなのだが。支度といっても、ただ借りた寝間着からこれまた借りた袴に着替えるだけだ。
しかし俺は、その短い間に少々考え込んでみたかったのだ。
アイカのことだし、多分素で気付いていないんだろう。悪いことは直接言うよりも、下手に隠した方がより相手に強い印象を与える。事実よりも、頭が上方修正するからだ。
あのライカさんにも物怖じしないアイカが表情を硬くする。どうやら少なくとも楽しいことではないらしい。その内容は依然全く分からないが、とりあえず猫族全体に関わっていることのようだ。
不意に胸がざわつくの感じて、少し不安を覚える。だがそれを見せればアイカは必ず心配するだろう。なんとも彼女の不安げな表情は俺の心臓に悪い。袴の形を整え、俺は頬を何度か両手で叩いた後、できるか限り明るくアイカに声をかけた。
「お待たせ。さあ、飯食いに行こうか」
相変わらず豪華な朝食を食べ終えた後、アイカは甲斐甲斐しく食器を片すために立ち上がる。が、すぐさま使用人の人に大慌てで止められて、反論虚しく結局食器は持って行かれてしまった。
「本当は自分のことは自分でしたいんですけどね」
苦笑いを浮かべるアイカは、ちょっぴり残念そうだ。
「そういやライカさんとユリカさんは?食事の時に居なかったけど」
食事をとるための少し大きめの和室には、あらかじめ二つの御膳しか用意されていなかった。昨夜はせっかくなので親子共々(ライカさんは執拗になんでお前がと愚痴を言っていたが)合わせてみんなで食事をとっていたのだが。
いきなり押しかけて食事に泊まる所まで提供してくれたのだ。こんな素晴らしい待遇をしてくれたのに、お礼ぐらい改めてちゃんと伝えないわけにはいかない。
「ああ、お母様もお父様も一足先に食事をとって出かけていきました。猫族を治める側として、この二日間は大忙しですからね」
「そうか・・・。アイカは?学校とか行かなくていいのか?」
「学校も今日と明日はお休みですよ。他の種族とも一斉に行われるものですから」
なに、他の種族も今日と明日になにかあるのか?おいおい、ますます想像がつかなくなってきたぞ。アイカが暗い表情を浮かべるほど良くないことで、学校をお休みにしてまで他の種族も含め一斉に行うもの・・・。
パッと思いついたのは運動会。ってそれじゃあマタタビ酒も魚も関係ないし。それにそれだと、まるでアイカが運動が苦手で出たくないとごねているような状態になるじゃないか。
失礼だな。もう少し真面目に考えろ、俺。
そうだ。そういえば今日と明日のことに関してはあの人も言っていたな、と。昨日のマイカさんとの会話を思い出した。
「その強大な力は、誰かを守ることもできるし殺すこともできる。ただ、言えることは、どちらにせよ使えば相手に恐怖を植え付けるということ。憶えておきなさい」
「・・・わかりました。憶えておきます」
「レンカ殿には迷惑をかける。なにしろ、この世界では異端者は破滅と災いをもたらすと言い伝えられているんじゃ。それは大きな間違いだというのに」
「違うん、ですか?」
俺が尋ねると、マイカさんは小さく頷く。
「そういう異端者も居たかもしれんが、大方の事実はこうだ。異端者は世界の均衡を取り戻し、世界の秩序を整える存在だと。つまり、異端者とは世界の均衡が崩れた時に訪れるということじゃ」
「均衡が崩れた時、ですか。あれ、ということは、今世界のバランスは崩れているということですか?」
世界のバランスといっても、なんのことか見当もつかない。
マイカさんはそんな俺を諭すように、穏やかな口調で答えてくれた。
「丁度明日と明後日にある。その時にわかるさ。この世界が、いかに均衡を崩しているかが」
「儂はあなた様を待っていたよ。入り口の結界が反応するのをいまかいまかと待っていた。反応した時には、やっと来てくれたと大層喜んだものだ」
「入り口の、結界?」
あれ、確かライカさんは邪心を持つ者を遮るためのものだと言っていたが・・・?
「もしなにか、尋ねたいことがあったらまた来なさい。人々はあなた様を理解しないかもしれないが、いずれその誤解も解けるだろう」
「私達一族は、レンカ殿を歓迎いたします。どうぞ、よろしくお願いします」
本当はまだ、色々聞きたいことはあったのだが。そこでライカさんが迎えに来て、マイカさんとの話は終わってしまった。なんでも長話はマイカさんの体に負担がかかるらしい。
アイカからすれば、俺には深入りしてほしくないことなんだろう。けど、話を聞いているとそうもしていられないような気がする。むしろ、マイカさんの言い方は俺が関わってこそ事態が動くというような感じだった。
さて、そうなるとどうしよう。なるべくアイカに迷惑をかけず、今起こっていることを知るにはどうすれば・・・
「良かったら、見てみますか?」
「え?」
「別に知られて困るものではないです。ただ、楽しいものではないとだけ・・・」
予想外の展開だ。まさかアイカから誘われるだなんて。
できれば遠慮してほしいという気持ちが顔にばっちり現れているが、こんなチャンスをみすみす見逃すわけにはいかない。俺はすぐさま首を縦に振る。アイカはやはり複雑な表情を浮かべていた。
「では、参りましょうか。表に出ればすぐにわかると思います」
無理やり作られた笑顔は余計に心が痛む。
俺はアイカの後ろをついていく間、その背中にすまないと小声で呟く。自分の両手の甲を眺めて、お前のせいだぞ、とやきもきしながら睨んだ。
「これは・・・」
家を出て、長い石段を下り大道路に出ると、その光景は広がっていた。
異様に閑散としている居住区の長屋。その対照的に、市場エリアの方は大勢の人でごった返していて、大人から子供まで駆けずり回っている。
それも買い物や商売をしているんじゃない。むしろ店にある魚を一心に台車にかき集めて、それぞれが同じ方向へ列になって運んでいく。みんなの顔は鬼気迫るような必死さで、恐怖すら覚える。
「今日と明日は、納税の日なんです」
「納税の・・・日?」
アイカは言い放って、奥歯を噛みしめるような顔をした。
「竜族の方に納める、品物を集めているんですよ」
品物を乗せた台車の列はどこまでも続き、曲がって酒蔵エリアの方に入ると今度は大きな酒俵を積み込んだ台車の列に合流する。
屈強な男たちがえいやっ、と掛け声を上げながら重いだろう台車を引っ張っていく。
竜族への納税?まさか、それがマイカさんの言っていた世界の均衡の崩れなのか。
これを他の種族も一斉にやっている?ただ竜族に納めるために?意味がわからない。初めて見ただけでも、それが胸の奥が気持ち悪くなるほどに異常なことぐらいはわかる。
「どうして、竜族とやらに納めなきゃいけないんだ?これは猫族の人達の物だろ?」
「・・・今、この世界で一番強い種族は竜族なんです。その圧倒的な力で他種族を支配し、従えています。その一つに納税があって、これを怠った種族には罰が下されるんです」
「私達も、みんなも、自分たちの町を守るために必死なんです」
アイカが向けた達観するような細めた目は、皮肉を超えた怖さがあった。
なんてことだ。この猫族の町は平和で、平穏で、みんなが幸せに暮らしているように見えていたのに。それは仮染め。先にはこんな仕打ちが待っていたなんて。
どこが世界は平和だよ。最初からそんなものないじゃないか。あのアイカに向けていた優しい笑顔を、彼等がどんな思いで浮かべていたか。考えるだけで身の毛もよだち鳥肌が立つ。
竜族のために汗水たらして品物を提供する。それは、もはや「奴隷」といってもおかしくないじゃないか。これで世界のバランスが取れているなどと言う奴がいたら、そいつは本物の大馬鹿野郎だ!
これが、本来俺のどうにかしなければいけないものなのか。異端者であるこの俺が。
あまりにも重すぎる。でかすぎる。それはもはや、どう考えても手遅れと言わざるを得ない状態だった。
「あ、私そろそろ会合の方へ出席しなければいけません。レンカさんはどうします?これから・・・」
「キャアッ!!」
アイカが思い出したように言いかけた時、突然背後で女性の悲鳴が上がった。
「まあまあ、大変!」
振り返ると、一人の女性が魚を積んだ台車をひっくり返していた。
俺が口を開く前に、アイカはすぐさま女性の元へと駆け寄る。全く、このお嬢様は色々強すぎて追い付けないな。
「大丈夫ですか?あ、血が出てる・・・」
「す、すみませんアイカ様。すぐに元に戻しますので」
「これ全部台車に戻せばいいのか?」
「はい。お願いします。さあ、ここはレンカさんに任せて、あなたは手当てをしないと・・・」
「兄ちゃん俺も手伝うぜ。おい、そこのお前もちょっと手貸してくれ!」
いつのまにか台車の周りに大勢の人が集まりだしていた。
誰もが自分から助けようと動いている。地面に落ちた魚を拾い上げながら、俺はまた一つ、自分の間違いに気付く。
そうだ。この人達は、こんな状況でも自分達を見失っていない。ただ竜族に屈服しているのではなく、自分と仲間の住むこの町を守ろうと闘っているのだ。
この人達は奴隷なんかじゃない。そうであってたまるものか。
この人達の意志を、どうにかできるなら。俺はそれをやらなくてどうする。今はどうにもできなくても、いつかやれる力が本当にあるのなら――――俺はやりたい。
胸の奥でなにかが沸々と湧き上がる感じがする。心の中でよしっ、と叫ぶと力がみなぎってくるような気がした。
するとそこへ、なにやら騒々しい足音が近づいてきた。
「あれ、そんなに慌ててどうしたんですかみなさん」
「ア、アイカ様!よかった・・・。ライカ様達はどこですか?」
「お父様達はもう会合の会場に居るはずですが。なにかあったんですか?」
肩で息をしている数人の男達の顔はひどく青ざめている。ただごとではない。俺もアイカも他のみんなも、作業を中断して彼等に注目する。
「竜族の奴らが今回の魚の納品目安量が少ないって悪態をつきだして、今漁師の組長と揉めてる。まだ被害は出てないけど、俺らじゃ止めようがないんだ」
「早くしないと、じきに奴らが手を出してくる。そうなったら終わりだ」
「そんな・・・わかりました。今すぐ私が行って時間を稼ぎます。あなた方はお父様の元へ」
「お、おいアイカ!それって・・・」
「すみませんレンカさん。ちょっと私、行ってきます!」
行ってきます、じゃねえよ!アイカは俺の言葉を無視して一人駈け出して行く。
もう少し色々考えてくれ。彼等の表情は一筋縄でいくような争いを伝えていない。もっと深刻で、汚くて、血生臭い匂いを漂わせているんだぞ。
「兄ちゃんここは任せてアイカ様についていってくれ」
「ああ、わかってる。すまん。ここは任せた」
集まった助っ人達にこの場を預けて、俺もすぐさま駈け出す。
くそっ、意外とアイカ足が速い。あっという間に小さくなった背中を、今度ばかりはアイカに怒りをぶつけながら一心に追いかける。
俺が行くまで絶対になにかやらかすなよ。お前の血なんか、見たくねえんだからなっ!
「だから、足りないって言ってるだろ!何回言わせれば気が済むんだよおらあっ!!」
異様に人だかりを出来ている場所に辿り着き、隙間を縫うようにして前へ進むと大量の酒俵や魚などが積み上げられている広場が見えた。
その前に数人の男達と、それに対してお辞儀を繰り返している猫族の男が居る。
あの先ほどからけったいな罵声を浴びせている奴らが竜族か。その頭には角ばった角が生え、尻尾は金属の塊のように鋭利でゴツゴツしている。
そんなことよりまずはアイカだ。どこだ。人が多すぎてあいつの姿を捕まえられない。
「この通りだ。ここ数日海が荒れていて漁獲量が少ない。これ以上納めたら我々の食糧が足りなくなる」
「そんな言い訳聞いてねえよ。お前らは黙って死ぬ気で納めればいいんだ。それとも、この町をぶっ壊されたいのか!?」
「頼む、お願いだ!」
「しつけえなっ。ちょっと黙ってろよ!!」
その瞬間、鈍い音が広間に響き渡る。見れば、竜族の一人が猫族の男の腹に思いっきり膝蹴りを浴びせていた。
猫族の男が痰を吐いて前へと崩れ去る。周りから一斉に血の気の引いた悲鳴が上がった。
なんだこれ。無茶苦茶にも程があるだろ。
竜族の連中は突っ伏した男を見て下品に笑っている。なんて醜くふざけた奴らだ。だけどその姿に、文句を言える者は誰も居ない。
ただ、一人を除いて。
「やめなさい!あなた達なにをしているんですか」
人混みの隙間から倒れそうになりながらアイカが姿を現していた。
どうやら他の猫族の連中がアイカを必死に止めていたらしい。けれど彼女はそれを無理矢理振り払って修羅場へと躍り出てしまったようだ。
最悪だ。一番転がってほしくなかった状況になってるじゃねえか。
あちこちでアイカ様、という声が上がっている。手が出せない奴にとっては、それが最大の抵抗のようだ。
「なんだお前?」
「私は猫族長の孫の、アイカという者です。あなた達、自分がなにをしているのかわかってるんですか?」
「ちっ、ライカの娘かよ。邪魔すんじゃねえよ。それともなにか?お前が不足分を補ってくれるのか??」
ケケケッ、と笑いながら竜族の奴はアイカの腕を掴んだ。
アイカ、こんな薄汚い奴らにはお前の正論は通じないぞ。くそっ、このままではアイカが危ない。俺はすぐさま人混みを掻き分けて前へと前進したが、なんとそれよりも先に飛び出した者が居た。
「アイカ様に触れるなあっ!」
小さな石が、緩やかな弧を描いてアイカを掴んでいる竜族の頭に命中する。あまりの急な出来事に油断していたのか、竜族はびっくりしたように大袈裟に後ろに下がって距離をとった。
「イテテ・・・。ちっ、誰だ!?」
「アイカ様に近付くな!!」
アイカの前に颯爽と一人の猫族の子供が現われていた。その震える手に、小さな木の枝を構えて。
「い、いけません。こんなところに来ちゃ」
今この場に居る全ての人が凍りついただろう。竜族の奴らの目の色が変わった。怒りに満ち、確かな殺意が芽生えさせて。
やばい。やばいやばいやばいっ!
「調子こいてんじゃねえぞ。小動物の分際がぁっ!!」
竜族は大きく息を吸い込み、ガバッと開いた口からいきなり猛烈な光線状の炎を吐き出した。空気を焦がしながら、敢然とアイカとその前に居る子供を呑み込まんと炎が迫りくる。
「アイカ!!」
「守護たる天地天上の霊光を、第一象限 神楽!」
アイカはすかさず少年を横に突き飛ばし、胸元から数枚のお札を取り出して振りまく。するとお札は空中で囲むように円状の形になり、アイカの前で光り輝く薄い膜をつくりだした。そこに竜族の放った炎がぶち当たる。激しい閃光がほと走った。
「キャアッ!」
しかしアイカの技があと少し間に合わなかったのか、炎が膜を突き破ってアイカを吹き飛ばした。アイカの体は宙を舞い、数メートルも飛ばされたところで地面に叩きつけられる。
「う、うう・・・」
「ちっ、結界を張りやがったな。忌々しい技を使いやがって。今度は仕留める」
地面にひれ伏したアイカは、かろうじて体を動かしていた。よかった。大事には至ってはいない。しかしそんなアイカを見下ろしながら、竜族の奴は再び息を大きく吸い込んで炎を吐きだそうとしていた。
なに考えてんだあいつ、ふざけるのも大概にしろ!!
「おら、どけっ!!」
俺は壁になっている猫族の連中をなぎ倒し、集団を抜け出そうと突進する。が、最後の最後に誰かの足が引っ掛かり、勢いがついたままの俺の体はバランスを崩した状態で投げ出されてしまった。
これじゃ届かない!必死に手を伸ばしても、どう考えても炎の直線状には距離が足りない。
竜族の口から炎が漏れ出す。やばい。間に合わない。だけど届かない!?
あの炎が襲えば、アイカが、アイカが・・・っ!
届け、届け。なんでもいいから届いてくれよっ!!
「くそったれがあーーーーっ!!!」
――――承認
渾身の力を込めたその瞬間、伸ばしていた手の甲の紋章が妖しく黒く光った。
手のひらに渦を巻くようにして黒い帯状のものが急速に集まり、球状に凝縮し、限界を超えたそれは小さな稲妻を放ちながら炸裂する。
真っ黒に染まった巨大な帯が、竜族の放った炎の横っ腹を貫き一気に呑み込んだ。腹の底から響いてくるような、轟音が大地を揺らしどこまでも響き渡った。
遥か彼方まで飛んで行った黒い帯はやがて力尽きたように地面に墜落する。またしても耳をつんざくような爆音が鳴り響き、その地点に漆黒の柱のような黒煙が天高くそびえ立った。
「い、今のは・・・」
地面を擦った腕が赤色に染まり、ところどころ血が滲み出している。
けれどそんなことはどうでもよかった。地面に這いつくばりながら、俺の向ける視線は一点に注がれていた。
「これ、は。うっ!?」
その時突然、強い動悸が俺を襲った。
それと同時に紋章が更に輝き、俺の手のひらの上で小さな稲妻が弾けた。