機密情報の扱い ―顧問―
第37話
デート①
あ、甘くならない…だと!?Σ
まあそんなことタイトルから予想できますよねっ(汗
「うわ、寒っ」
おばちゃんに挨拶をしてから寮の外に出た第一声はそれだった。先生はまだ玄関にはいなかった。
今の時刻は8時55分。待ち合わせ場所に着くには最適な時間だろう。
とはいえ寒いものは寒い。昨日まではぽかぽかとした春の陽気が漂って…もいなかったが、ここまで寒くもなかった。畜生、なんでこの日に限ってこんなに寒いんだ。
本当は10分前について待っている予定だったが、余計なことを思いだしていたせいで遅くなってしまった。
今日の私の服装。
上は白地に模様入りのラグラン袖のシャツを着て、ショール風のジャケットを羽織っている。下はボーダーニットショートパンツ、と言うらしい白黒の横縞のショートパンツ。裾にひらひらのついた可愛いものだ。更にタイツとロングブーツを履いて、カジュアルにまとめてみた。
眼鏡も変えて、と。
所詮私のコーディネートだから、たかが知れいてるんだけどさ。いいじゃん。久しぶりにあの店に行くんだから、おしゃれしたいじゃん。
あ、ちなみに服の名称とかは全部おばちゃんの受け売りね。さっき食堂で会ったときに聞いた。おばちゃんマジパねえっす。
正直ショートパンツとタイツにしたのは失敗だと思っている。こんなに風が冷たいなんて聞いてない。畜生、天気予報のお姉さんめ。嘘を吐いたな。今日は暖かいと言っていたじゃないか!窓を開けて確かめろって感じですよね、分かります。
キキィッ
天気予報のお姉さんに呪いをかけようとしていたら、目の前にいかにも高級!と言う感じの車が止まった。むしろ急停止した。窓には黒のシートが貼ってあり、中が見えないようになっている。赤く輝く、すらっと引き締まったフォルムは周囲の景色と全くそぐわない。
…私、はね馬のエンブレムって初めて見た。
時計を見れば、9時ちょうど。
「よお」
左の窓を開けて顔を出したのは、やはりというか雷先生だった。ここで別人だったらそれはそれで驚くけどね!
「…おはようございます。まさかフェラーリで来るとは思いませんでした」
「かっこいいだろ?」
「…ソウデスネ」
かなり目立つけどな!
***
あれから先生の車に乗り、20分ほど経った。私は助手席に座らされている。なんで後部座席に座らせてくれなかったのだろうか。私が乗り入ろうとしたときには既に助手席の扉が開かれており、そこから入るしかなかったのだが。
うん、まあそれはいい。それはいいとして、なんで一介の教師がこんな車を持っているんだ!
ゲームでの主人公とのデートの時は、先生の車はベンツだった。…うん、その時点でおかしいね!ベンツにしろフェラーリにしろ高級車だしね!しかもどう見ても中古じゃないよ、この車!
設定集には車を何台か持っている、という情報も出ていた。つまり、ベンツ、フェラーリの他にも何台か車を持っているわけで。しかもそれも恐らく高級車なわけで。
その一台一台でさえ一介の教師が買える物ではないというのに、それを何台も持っているとは…雷先生、恐ろしい人…!
いやまあ理由は知っていますけど。あえてぼけてみただけですけど。それともここは直接聞いた方がいいんでしょうか。疑問に思わないのは恐らく変なことだと思うのですが。先程から当たり障りのない話ばかりなんですが。丁度今さっき会話が途切れたばかりなんですが。
「あのー…聞いてもいいでしょうか?」
「ん?なんだ」
「なんでこんな高級車、持っているんですか?一介の教師が買える物じゃないと思うんですが…。しかも窓は全面黒シートですし」
「…うちの学校、国立だろ?で、国内唯一の特能持ち養成機関。教師もほとんどが特能持ち。学校にいる人数は少ないが、国の予算は莫大。つまり、そういうことだ」
「…汚い大人の事情を垣間見た気がします」
「当たり前だろ、俺たちは希少なんだから。金で釣らなきゃ制御もできない無能ども、ってな」
「…」
あー、なんかやっちまった気がする。
後半の発言は小さくて聞き取りづらかったし、先生自身も私に聞かせるつもりのなかった言葉なのかもしれないが、残念ながらばっちり聞こえてしまった。
正直釣られる方も釣られる方だと思うけどね!
この発言は、先生の中のトラウマに起因するもの。主人公でなくては癒せないもの。
今この場で私が適当なことを言ってごまかすことも出来なくもないが、何故かそれをしたくなかった。きっと、今の先生の顔が、凄く寂しそうだったから。
とか全然そんなんではなく。ただ先生の言ったことは矛盾があるので正したくなっただけで。
その証拠に先生がどう思うかなんて全く考えずに。
「…そんなに希少ですかね?」
ちょっと反論してみちゃいました。てへぺろ。
あ、後半の部分は聞こえなかったことにしてあげたよ。べ、別に関わるのが面倒くさいから、とかそんな理由じゃないんだからね!
「希少だろ?」
「あぁ、確かに日本では、という注釈が入るなら希少ですね」
「…どういうことだ」
「世界規模での特能持ちの数を考えたことはありますか?」
「…特能持ちが多くいるのは、日本だけではなかったのか?」
「いいえ、まさか。一体誰がそんな嘘吐いたんでしょうねぇ」
全く、嘆かわしいことです。わざとらしく溜息を吐きながら、言う。
先生は案の定、胡乱げな顔で此方を見ている。
そりゃそうだ。日本では、特能持ちがいるのは日本だけ、他の国にはいてもごく少数、能力も弱いと認識されている。
もっともそれは、情報収集能力の低さからくる勘違いなのだけど。
「世界中に特能持ちは存在しますよ。ごく弱い特能も含めるのなら、世界の人口の3分の1は特能持ちだと言われています。そして、そのほとんどの存在が公表されていないだけ。日本は先進国の中で最も特能持ちが少ない国じゃないか、とさえ言われています」
これ、ゲーム終盤に明かされる事実なんだけどね。細かいことは気にしない。
「誰が言っているんだ」
「日本以外の国の特能研究者ですよ」
「何故そんなことを知っている?」
「海外に、その研究所に勤めている友人がおりますので」
「…友人?」
「えぇ、友人です。海外の大体の研究所は、頭さえあれば国籍性別年齢関係なく入ることが出来るのですよ」
あの娘、元気にしているかなあ…。いわゆる男の娘なんだけど。意外と趣味が合うんだよね。実際に会ったことはないけど。
ていうか先生よ、まず真っ先に聞くのがそれでいいのか。もっと他に聞くことがあるだろう。研究所云々とか外部への機密情報漏えい云々とか。
「その研究所というのは、多国合同研究所なのか?」
「えぇ、そうみたいですね。 仲間外れは、日本だけ」
くすくす、と笑いながら言う。我ながら意地が悪いと思うが、日本が仲間外れにされているのは完全に自業自得だ。世界に比べて特能の研究が圧倒的に遅れているのも、それに気が付かないのも。
いや、気が付けない、の間違いか。先進国が聞いて呆れる。
「…他国は、まだ根に持っているのか。あの事件を」
「そうなんじゃないんですか? そろそろ、仲直りの時期だとは思いますけどね」
少なくともこの1年で仲直りしてくれないと困る。
…先生、私の話をまさか全面的に信じているわけじゃないですよね?どこがソースかも分からない話を全て信じるなんてそんなバカな事、してませんよね!?
確かに嘘は言っていないけど。でも、だからと言って簡単に信じていいというわけではない。
「あ、この件は内密でお願いします。少なくとも、私から聞いた話だとは言わないでくださいね?」
「…分かった。 そう簡単に本当か判断できる内容じゃあないしな」
「あぁ、よかった。ありがとうございます! じゃ、こんな堅っ苦しいお話はここまでにして」
自分で始めたとはいえ、息の詰まる話はもうおしまい。
「allegroの話でもしましょう!」
運転席にいる先生が何故か滑ったような気がしたが、気のせいだろう。
***
あれから更に20分ほど、計40分ほど過ぎた後、ようやくallegroにたどり着いた。時計を見ればもう9時40分。あ、そのままですね、はい。
あの真面目っぽい雰囲気は完全に流れ、allegroの話で予想外に盛り上がってしまった。私だけでなく先生もヒートアップしてしまい、何度か事故になりかけた、なんて事実はなかった。
「うし、着いたな」
そう言って車から降りる先生。あれ、私も降りたいんですけど。なんでかな、ドアが開かないよ!?
「ばーか。こういう時は相手が開けるのを大人しく待つんだよ」
ドアを開けようとしても開かず、軽くパニックになってがちゃがちゃやっているのを見た先生は、にやりと笑った。
あぁ、やっぱり先生にはその表情が似合っている。私が先生を救ったわけでも、慰めを口にしたわけでもないが、今だけでもあの暗い表情が消えているのならばよかった。
だって空気が重いと面倒くさいじゃん。
「…すいませんでしたありがとうございますっ」
見られたことへの羞恥で顔を赤くしながら、差し出された手を取って車から降りる。ここは、カフェの近くのコインパーキングのようだ。
すぐ近くにallegroが見える。暫くは来れないかな、と思っていたのに。いや私からすれば十分来れていなかったけどさ。
先生に連れられて、中に入る。日曜日なので平日よりも若干人は多いが、それ以外はいつも通り。外装も内装も、配置も雰囲気も変わっていない。もちろん漂ってくる匂いも。
懐かしい、この店独特のコーヒーの匂い。それを目一杯吸い込み、そのまま深呼吸をした。
「くくっ」
と、頭上斜め上あたりから押し殺したような笑い声が聞こえてきた。心外な。何故笑う。
少しムッとして、未だつながっている手を引いてこちらに注意を向けさせ、睨みつける。
「あぁ、悪い悪い。 ただちょっと、大袈裟だなと思って」
そう言いつつも笑い続ける雷先生。いい加減やめてほしいと思ったとき――スパン!と小気味の良い音が店内に響いた。
大事なことをあっさりと暴露してしまいました。
主人公、考えているようであんまり考えてないです。バカです。
ですが、この行動にも意味がありますので悪しからず。




