初特訓 ―顧問―
題35話
またも間が空いてしまい、申し訳ありませんでした!
生徒会見習いとしての活動初日を終え、2日目の活動も滞りなく進み、初の訓練となった。
今いるのは、生徒が体育館と呼ぶ北館の最奥、耐高温耐低温耐電耐摩耗性などなど様々なことに対しての適性審査をクリアしており云々我が国トップレベルの防操持ち盾操持ちが結界を重ね掛けしており云々という、要するにとても安全で訓練に最適な場所。外で核爆発が起ころうとこの中にいれば無事、という恐ろしい場所。いざという時は避難所代わりになるらしい。以上、入学者用学校パンフレットからでした。
「…おい、もう始めていいか」
「あ、どうぞ。よろしくお願いします」
私が脳内で長ったらしい説明文を思い出している間に、顧問は準備が整ったらしい。何の準備だかは知らないが、待たせるなんて申し訳ないことをしてしまった。
もっとも私が雷先生の準備を待っている間の暇潰しに説明文を思い出していただけなのだけど。
「おう。今からお前には、この円周上を延々と移操で回ってもらう。使い過ぎで倒れるまで、な。もちろん倒れたら看病してやるから、ちゃんとやれよ」
「…やる気ないですね。先生が看病するんじゃなくて保健室に運んでください」
「えー」
「えー…」
「別にやる気がないわけじゃないんだよ。ただすこーし楽しようってだけで」
「それを人はやる気がないと言います」
「気のせいだ。そんなことばっか気にしてたら将来苦労するぜ?」
「今の時点で十分しているのでお気になさらず」
悪かったな老けていて。ていうか苦労させているの誰だよ畜生。
先生がしていたのは、半径3メートルほどの円を床に描くことだったようだ。それが終わり、私に声を掛けて指示を出した。これじゃあどういう風に飛べばいいのかも分からないんですが。あれ、やっぱり手抜きですよね?
あぁ、言い忘れたけど、この特訓部屋はかなり広い。実はお隣にあるという第2体育館と同じくらい広い。生徒約360人と教員が全員入ってもまだ隙間が目立つ程度には広い。
無駄な金かけてんじゃねえよ!と思ったが、無駄でもなかったので口には出さなかった。私偉い。
「こういう質問は失礼かもしれませんが、私が気絶しても大丈夫なんですか?その、まだ眠りが深い時のコントロールの練習ってしてませんし…」
「あぁ、それなら大丈夫だ。2時間程度なら持つし、これはお前の本来の香りの量になれるための俺たちの特訓でもあるんだよ」
「…俺たち?」
「あれ、言ってなかったか? 今日は俺一人だが、しばらく様子を見てからは他の生徒会の奴らも来るから」
いや、聞いてないっす。そういうことは早く言えよ!
ていうか2時間しか持たないのか…?前回は…まあ流石に2時間は寝てなかったけど。やばい、不安だ。
でもこれも、今後のためにはなる。万一他の所で私が意識を失って、香りがばらまかれた場合、生徒会の人たちが私の香りに耐性がなければ大問題になる…と思う。うん、だって誘拐犯とか出るくらいだし。
あ、そういえばあの誘拐犯は一般人で、結局学校に残った。手足を縛られただけで特に何かされたわけではないし、本人も凄く反省しているようだと聞いたので、退学処分の取り消しを願ったのだ。私が、生徒会の方々に。
上杉志信をはじめとしたあのメンバーは始め反対していたが、最後には折れてくれた。だって、その誘拐犯だってある意味被害者でしょう?一般人は特能の匂いに対抗する術がないわけだし。
閑話休題。
「…どのくらいの隙間を空けて飛べばいいですか?」
「別に適当で構わん。ただし、あくまで円に沿って飛べ。少しでもはみ出たらアウトだからな」
「はーい…」
え、けっこう難しくないですか?
この顧問…なかなかやるな。私が移操のコントロールが下手なことは予め言っておいたから、きっとどの程度のものか見るつもりもあるんだろう。
この円に沿って飛ぶ、と言うのは結構な精度が必要で、少しでもはみ出ずに倒れるまで飛び続けるのは難しい。少しの間なら可能だけど、それでも私の集中力は長くは続かないだろう。正直疲れるだろうからやりたくないし、面倒くさい。けれど、今までそんな風に訓練できたことがなかったからワクワクしているのも事実だ。
中学時代は自分の家で特訓をしていたけど、それでも匂いが漏れないようにするためにあまり沢山は出来なかった。だから、こういう機会は本当に貴重で。
「アウトになったら何があるんですか?」
「んー…そうだな、何がいい?」
「人任せ、良くないです」
「分かった。じゃあ、アウトになるごとに1ポイント。30ポイント貯まったら生徒会室でのお前の席は上杉の隣な」
「…頑張ります」
「あ、ちなみに今日からずっと貯めていくから」
「それ、ポイントを減らすにはどうすればいいんですか?」
「そうだな…じゃあ、その日ノーミスだったらそれまでのポイントから5減らしてやろう。今日ノーミスだったら、マイナス5ポイントからスタートだ」
「…損得勘定が合いません」
「そんなもんだ。よし、とっとと始めろ。俺はこっちを終わらせたいんだよ」
そう勝手なことを言って、採点途中の誰かの小テストをぴらぴらさせていた。ちょ、そんなもん生徒に見せんな!
ていうか無茶言ってんじゃないっすよ!無理に決まってるじゃないですか!私の匂いの量舐めてるんですか!?30ポイントとか今日中に貯まっちゃいそうだよ!
あぁ、でも上杉志信が隣になったらかなり煩そうだなあ…。
きっと今よりも仕事がはかどらなくなるんだよなあ…。
そうすると必然的に帰る時間が遅くなるんだよなあ…。
ということはおばちゃんと会う時間が減るってことだよなあ…。
うん、回避決定。私、頑張る!
決意を固め、特訓に取り組む。今日はノーミス、少なくともアウトは5回までと決める。
そうと決まれば後必要になるのは集中力と忍耐力。今後のためにも何かを考えながらやっている場合じゃない。
ただひたすらに精度を高めることだけを考え、特訓を開始した。
***
「おい、起きろ」
「…んぅ……おはようございます」
「あぁ、おはよう」
特訓を開始して、ただただ縁に沿って前に飛ぶことだけに集中していた。
雷先生のペンが紙をする音も、紙同士がこすれ合う音もしなかった。あるのはただ、自分の呼吸の音と、心臓の音のみだった。
段々自分が消耗していくのは分かった。その感覚が、どこか怖くて、どこか心地よかった。
そして気が付いたら、倒れていた。
あぁ、これが特能の使い過ぎか。
それで倒れたことは既に一度あるくせに、倒れていく間際にそんなことを思ったのを覚えている。
「目ぇ覚めたか」
「…はい、覚めました。ありがとうございます」
お礼を言い、周囲を見渡す。私たちがいたのは、特訓部屋だった。やっぱり保健室には連れていってくれなかったのか。
まあ当然と言えば当然なのだけれど。
今いるのは、何重にも結界の張られた、特能の匂いさえ漏れないほど分厚い壁に囲まれた部屋だ。だから、外にいる人たちは私が倒れて匂いを発しようと何も気づかないし気にしない。
けれど、一度出てしまうと話は違う。またあの誘拐犯みたいな人が出てこないとは限らない。そうならないようにするためにも、雷先生は私をここに置いておいたのだ。
看護はきちんとしてくれたみたいだし、一応感謝しておこう。
「大丈夫か?どこか異常は?」
「ええと、頭が少し痛いです。全体的に体が重いです。眠いです」
「よし、大丈夫だな」
「えぇっ、今の症状のどこが大丈夫だって言うんですか!」
「いやただの疲れだろうが」
「…そうとも言います」
そんな言葉遊びを交わしつつ、休憩する。
ちなみにミスは3回だった。うん、何とか自分に合格が出せそうだ。良かった良かった。
「で、ミスは何回だった?」
いや、数えてなかったんかい!
私が嘘をついていたらどうするつもりだ。と考えて、気が付く。この人の特能なら嘘か真かすぐに分かっちゃうじゃん。
嘘と本当を織り交ぜて言っておいてよかった!
「3回でしたよ」
「そうか。じゃ、あと27ポイントな」
「…分かってますよ!絶対、次回に取り戻して見せますから!」
「おーはいはい。 明日、9時に迎えに行く。玄関で待ってろ」
そう言い捨てて、部屋を出た。そんな私に後ろから声がかかる。
あの約束、覚えてくれていたのか。確かに今日は土曜で、明日の日曜はあの約束をしてから最初の休みだ。
ふふ、楽しみだなあ!
そのまま北館を出て、寮へと向かった。
生徒たちの間で、頬を上気させ、スキップで寮まで帰っている女生徒がいた、という噂が流れるのは少し後の話。
覚えておられるでしょうか?あの約束とは、「化学研究室」で顧問と主人公がした約束のことです。
次回、とうとう喫茶店デートか!?と思いましたが、もしかしたらおばちゃんとの絡みとか入れるかもしれません。




