意外な一面 ―監査・主人公―
第34話
タイトルには監査としか書いてありませんが、一応顧問と会長以外の役員も出てきます。空気気味なだけで。
初仕事になったかどうかは微妙です…。
「歩ちゃーん!」
朝登校してすぐに、歩ちゃんに泣きついた。本当は抱き着きたかったけど、流石に自重した。
あの恐ろしい腹の探り合いの翌日のことだ。
今日の今日とてクラスの方々はおかしかったが、もう慣れたので割愛する。慣れって怖いね。
「おはよう、美穂ちゃん」
「あ、うん、おはよう」
「どうかしたの?」
「えっと、あのね…」
歩ちゃんの方も大分慣れたのか、頬をほんのりと染めるだけで特に反応は見せなかった。むしろ私より冷静。歩ちゃん、恐ろしい子…!
いや、頬をほんのりと染めるってだけで十分おかしいことは分かっている。畜生、現実逃避くらいさせてくれたっていいじゃないか!
いったん息を整え、言う。
「私、Aに移ることになっちゃった!」
『は!?』
あ、小声にするの忘れてた。
いつもの如く私たちの(断じて私のではない)会話を聞いていたらしいクラスの面々は、数秒固まったと思ったら表現するのも難しいくらいそら恐ろしい顔をして詰め寄ってきた。
怖っ!なにこれ怖っ!こんな恐怖体験いらない!
「…何、それ。どういうこと…?」
他のクラスメイトたちと違ってまだ固まったままだったらしい歩ちゃんは、涙目で詰め寄ってきた。
表情?ふふ、無表情でしたよ…。涙目に無表情っていう組み合わせが存在することにまず驚き、その組み合わせの怖さに次いで驚きましたよ。
「詳しく説明…してくれるよね?」
ぶんぶんぶんっ
そう音が出ていそうなくらい激しく頭を縦に振った私は悪くない。
「え、えっとね…?なんかよく分からないけど、5月に生徒会入りすることになっちゃって…。それに合わせてAに移るようにって…」
思わず縮こまって上目遣いで言った私も悪くない。なんだか林堂先輩を前にした上杉志信みたいだ。あ、考えたら嫌になってきた。
いや、それを見たクラスメイトが怖い顔をしつつ頬を薄らと染めているのを見たら流石にしまった!とは思いましたよ?でも、この怖さは…ねえ?
副会長なんて目じゃないほどには怖いっす。ええはい。
「へぇ…。生徒会に。そう…」
「あ、歩ちゃん…?」
なんかキャラ違くないですか?
私の癒しよカムバーック!
「ううん、何でもないよ? 頑張ってね!」
にっこり。
この時の歩ちゃんの笑顔は副会長とは全く違う純粋な笑顔だったのに、何故か彼と同じ雰囲気を醸し出していた。つまりは黒い笑顔。
私の癒しが実は腹黒だったなんて…でもそんな歩ちゃんも可愛い!こわかわだね!がくぶる。
「ね、美穂ちゃんは生徒会に入りたいの?」
その笑顔のまま聞いてきた歩ちゃん。
そんなの、決まっている。
「ううん、入りたくないよ」
当り前だ。誰がそんな面倒くさそうなところに入りたいと思うんだ。生徒会役員のファンは置いておいて。
私が傍観しようと思ったのは、私の特能、眼操と移操があるから。逃げられる自信があったからあんな大胆な真似ができた。もっとも、その自信すら浅はかだったと言わざるを得ないけれど。
「そっかぁ…」
な、なんか目が死んでいやしませんか!?
歩ちゃんは私の言葉に頷くと、クラスメイト目配せを交わした。最近目配せし合う人たちをよく見る気がする。と言っても生徒会の人たちだけだけど。
べ、別に羨ましくなんてないんだからねっ!いやまじで。
「ど、どうしたの…?」
「ううん、何でもないよ!美穂ちゃんは気にしないで?」
いや気になりますって。満面の笑みを浮かべた歩ちゃん。
藪蛇になりそうな本音は出さず、あっさり頷いておく。
「うん、分かった」
歩ちゃんは何度か目を瞬いたあと、ちらりとどこかを見て、言った。
「じゃ、そろそろ座ろうか」
時計を見ると、確かにHRの始まる時間だった。
***
そしてやってきてしまった放課後。
教室から出ると、待っていたらしい主人公が抱き着いてきた。それをクラスの面々が今にも射殺しそうな勢いで睨んでいた。
怖いっす。マジ怖いっす。
KYな上杉志信はそんな視線にも気付かずに抱き着いたまま、生徒会室まで一緒に行こうなどとのたまいやがった。
別に行先一緒だからいいけど。昨日一昨日みたいに生徒会室の扉の前で待たれるよりは…いや、そっちの方がいいか。後でこれからはそうするように言おう。むしろ先に中に入っていてもらおう。
まあ今はそれは置いておいて。主人公をこのままにしておけば明日クラスで嫌な目に遭いそうだったので、べりっと引き剥がした。
そのまま並んで歩いて、生徒会室の前までたどり着く。
「失礼しまーす」
「失礼しますっ」
彼女も大分慣れたのか、挨拶をどもらなくなった。大きな進歩…か?むしろ今までが退化していただけか。
中から返事が聞こえたので扉を開け、新たに2つ増えている席に座る。もちろん座ってもいいか確認を取ってから。
「遅かったね」
「そうですか?」
まだ活動は始まらないようで、雑談程度に聞いてきたのは監査だった。
確かに会計はもう既に来ていて、自分の席で暇を持て余している。それを見た上杉志信が何かを話しかけている。やめとけ、お前は彼に関しては地雷しか踏まないんだから。
ちなみに私の席は監査の隣、上杉志信の席は会計の隣だった。うん、凄くどうでもいいね。
周りを見渡してから、返事をする。
来ていないのは顧問と会長だけだ。副会長は既に仕事を開始している。
「あぁ、確かにそうかもしれませんね。でも、雷先生もまだですよね?」
「そうだね。雷先生はHR、遅いのかな?」
「どうでしょう…?A組よりは遅いと思いますが。先輩方のクラスも終わるの早いですよね」
「うーん、どうだろうね。日によってまちまち、かな」
「そうなんですか。そういえば、火野先輩はまだいらっしゃらないみたいですね」
ボキッ
鳴っちゃいけない音がした。その発生源があると思われる方向を見ると、林堂先輩がそれで作業をしていたであろうペンを折っていた。こう、真ん中でぽっきりと。
え、あなた握力いくつですか。ペンを素手で折れる人とか見たことなかったですよ、今日この時まで。
隣の江陰先輩は苦笑を隠さず、斜め向かいにいる伊山君は頬を引き攣らせている。上杉志信に至ってはもうがくぶるである。哀れなり。かっこわらい。
そんな風に室内にいる全員の注目を集めた我らが副会長サマは、笑顔で「あぁ、壊れてしまいましたね。寿命でしたか」と言って別のペンを取り出し、作業を開始した。
いや、明らかに寿命じゃないでしょう。あなたが壊したんでしょう。事実から目を逸らしちゃいけません。
「…ええと、何でしたっけ」
「あ、あぁ、確か掠が遅いっていう話だったと思うよ」
そんな副会長から視線を外し、また雑談を始める。
と、
ガキッ
先程よりも凶悪そうな音が響いた。またもやその音の発生源となったと思われる方向を見ると、林堂先輩が先程と同じ笑顔でペンを換えていた。寿命の物が多いですね、と呟きながら。
…あー、これはもしかしなくても。
「火野先輩の話って、地雷でした?」
そうとしか思えません。
林堂先輩に聞かれるとまたペンを折って周りを威嚇しかねないため、小声で尋ねた。
「…そうかもしれない。掠はいつも遅れるから」
なるほど。知っていたけど。
この遅れてくる火野先輩にも実は理由があって、ゲームではそれが発覚した際にそれまで何かとぶつかることの多かった両者の友情が深まるというイベントがあるのだ。もちろん主人公の暗躍?で。
「…なるほど。火野先輩がいなくて仕事が遅れる分、林堂先輩がこなしているので機嫌が悪いのですね…」
要はそういうことだと思う。林堂先輩は、本当は仕事大っ嫌いなはずだから。
設定集には林堂先輩が仕事嫌いと言うことは載っていたけど、こういう理由についてまでは載っていなかった気がする。だから間違っているかもしれない。間違っていたら恥ずかしいな。
「うん、そういうことだと思う。よく分かったね」
少し感心したように言う江陰先輩。
いや、ただの予想であり予測であり妄想ですから。
「ただの直感ですよ」
苦笑しつつ、取り敢えずそう返しておいた。
この時点でまだ小声で言葉を交わし合っている状態だ。
「…君たち、仲いーね」
そんないかにも不機嫌です!って感じの声が向かい側から聞こえてきた。
江陰先輩はそこでようやく気が付いたらしく、互いの小さい声を聞きとるために自然と近づいていた顔を物凄い勢いで離し、伊山君に弁解していた。
「いや、そんなんじゃないから!ただ色々と話していただけで!」
隣に林堂先輩がいるせいで話していた内容までは話せないので、ますます怪しまれる。勘違いした伊山君が発言をするたびに江陰先輩の頬は染まっていく。
なんだこの天然記念物、可愛いぞ。画面越しではただのテンプレキャラなヘタレとしか思っていなかったのに。現実だと可愛いのな。お姉さんビックリだ!
そんなこんなで勝手に言い合っている2人を置いて、私の机の上に置かれた書類に目を通していく。江陰先輩は可愛いけど正直どうでもいいし。そんなことより歩ちゃんに会いたい。いや、今の歩ちゃんはなんか少し怖いから、やっぱりおばちゃんに会いたい。
「…ふぁーあ」
2人の言い争い(と言ってもいいと思う)が更にヒートアップしてきたとき、自分の席で伸びをしながら伏せていた顔を上げたのは書記だった。
そういえば居たな。
「んー、どうかしたんスか?」
「あぁ、疾風、おはよう。動矢が変な勘違いをしていてね。言いがかりを付けてくるだけだよ」
「いや、どう考えてもそうとしか見えないしー!ねー?」
「う、うん、私もそう見えました…」
「あれ、そういえば今日からだっけー?」
「あ、はい。よろしくお願いします!」
「うん、こちらこそよろしくー」
水地先輩と上杉志信が和やかな雰囲気を作り上げている間も、両者の言い争いは止まらない。もう面倒くさいからスルーですけどね。
何気に彼女が伊山君の意見に賛同していたことには驚いたけど、それもどうでもいいのでスルー。
山となっている書類を一つ一つ読み、3つに分けていく。
1つ目はすぐに承認できるであろう書類。2つ目は疑問点が残る書類。3つ目は没の書類。
とは言っても、私や上杉志信に振られた書類は恐らく既に林堂先輩か誰かの目が通っており、すぐに承認できるであろう書類の中でもごく簡単なものしか入っていないと思うが。
「ねえ、みーちゃん、どうなの!?」
「安土さんも何とか反論してくれ!」
そうして人が真面目に仕事の下準備をしようとしていた時、邪魔をしようとする不届き者が2名いた。そう、先程までぐだぐだと言い争っていた伊山君と江陰先輩だ。
矛先はこっちに向けんな。上杉志信も水地先輩も、こっちに注目しなくていいから。
「先に仕事、してたらいかがでしょうか?」
そうすれば帰る時間も早くなるし。
無駄なことに時間を使っていた2人、それに上杉志信と水地先輩の間に沈黙が流れ、副会長のサインをする音、書類をめくる音、それに私の書類をいじる音しか聞こえなくなる。
と思ったら数秒後、それぞれがいそいそと動き始めた。どうやら仕事を始めるようだ。
どうせ仕事しないだろうと高を括って言ったのだが、なるほど、言ってみるものだ。
林堂先輩も心なしか満足そうだった。
そうして私の進言通り皆が仕事をして、遅れてやってきた雷先生と火野先輩を驚かせ気味悪がらせたのはまた別のお話。
ちなみに主人公は授業間の休み時間で、ブラック歩ちゃんとイロイロとお話してました。
主人公はブラックに気付くときと気付かないときがあったりします。
「ねぇ、どうして生徒会入りすることになっちゃったの?」
「うーん、私もよく分かってないんだけど、なんかいつの間にか」
「Aに行っても友達だよね?」(首かしげて涙目になりつつ)
「もちろん!」(可愛いよう可愛いようとか思ってる)
ちなみにクラスの面々に特能のことを確認するのは、完全に忘れてます。




