あの日起きたこと
第28話
他の主要キャラを差し置き、直江先生視点。
前回もなるべく毎日とか言っといて今回も1日空いてしまいました…orz
いっそのことこれからは2日に1回にしようかしら……(´・ω・`)
「眼鏡、外すぞ」
「え、あ、ちょ」
返事も聞かずに目の前に座る女生徒から眼鏡を取る。止めようと咄嗟に手を伸ばすのが見えたが、治療の邪魔なので後ろの机に置く。
振り返って女子生徒の顔を改めて見る。
と、そこにいたのは別の生徒だった。
「っ!?」
え、誰だこいつ。
さっきまでそこにいたのは濃いめの茶髪に同色の瞳の、どこにでもいる、地味ですぐに顔を忘れてしまいそうな生徒だったのだ。その地味な生徒相手に先日は不覚を取ったのだが、それは今は置いておく。
ところが今此処にいるのは、同じ配色の、勝気そうな、印象的な瞳を持った綺麗な生徒だった。
「…安土、か?」
「そうですが何か? この短時間で別人と入れ替わっていたらびっくりですね」
「…そうだな」
あぁ、うん、確かにこの無表情に近い顔と結構辛辣な言葉は安土のものだ。
元々顔立ちは整った部類だと思っていたが、縁の厚い黒縁眼鏡をかけていたために瞳が目立たなくなり、地味という印象を与えることに成功していたのだろう。眼鏡を取るだけでここまで印象が変わるとは思わなかったな。
もっともこの生徒は、出会いから既に印象的で忘れるに忘れられなかったが。
俺の特能である癒操を使うために安土の前髪を掻きあげ額に手を置きながら、あの日を思い出す。
***
「…暇だ」
その日の俺は、暇を持て余していた。
新学年に上がって早々のこの時期は、保健室の利用者が圧倒的に少ない。
まだ体調を崩すには早いし、なにより授業をサボろうという生徒がいない。今のうちは受けておいた方がいいことを承知しているのだろう。伊達に進学校と謳われているだけない。
とにかく、俺はすることがなかったわけだ。こんな日に限って本や漫画やゲームは持ってきていない。閑散とした部屋に、男の溜息が一つ…想像しただけで嫌になる。しかもその溜息が自分のものだと思うと…笑えねえ。
とそんな下らないことをつらつらと考えていたとき、俺の意識は突然の外からの香りに完全に奪われた。
「っ! これは、」
誰の香りだ?
自慢じゃないが、中高生の特能制御の特訓の講師をしている俺は今の代の高校の特能持ちの香りは全て覚えている。この学園唯一の後天的な特能持ちである上杉の香りも、毎日嗅いでいるため忘れているはずがない。
そのはずなので、この香りに一切覚えがなかった。それがひどく俺の不安を煽る。
ひとまず香りの発生源を探り、それを回収しなければ。
思考を打ち切り、中心を探る。香りが濃くなっている方向へ進めばいるはずだ。
*
「おい、そいつから離れろ」
そうして見つけた発生源は、校庭で倒れていた。周りをクラスメイトと思しき女生徒たちと、童顔の体育教師が囲んで、心配そうに窺っている。
取り敢えず倒れたままにしておいたみたいだ。もし頭を打っていたりしたら大変なことになる可能性があるので、正しい判断だ。
と思ったが。どうやら彼女らは、誰がこの倒れた生徒を運ぶかで争っていただけのようだ。
「俺が運ぶから」
「えっ、」
「なんか文句あっか?」
「……」
いても邪魔なだけだし、今は授業の時間だ。何より今の彼女らに任せたらこの生徒がどうなるか分からない。この時間が体育だということは、近くで男子も授業を受けているはず。特能持ちや中学からいて香りにある程度耐性のある奴は馬鹿な真似はしないだろうが、高校から入ってまだ香りに慣れていない高入生は危険だ。例え校舎内にいても此方に来るかもしれない。
倒れていた生徒を抱き上げ、元来た道を進む。それを嫉妬と羨望のあまり睨む彼女らの中に体育教師が混ざっているのは問題だと思う。彼女は特能持ちとはいえ一般人とほぼ変わらないのだから、仕方がないと言えば仕方がないのだが、耐性くらいあるだろう。
くだらないことを考えて腕の中の存在をなるべく意識しないようにして、保健室への道を急ぐ。
*
まずい。非常にまずい。
抱き上げて運んでいるはいいが、如何せんこいつの香りが強すぎてくらくらしてきた。俺自身の特能も強いと自負しているが、こいつのそれは俺以上だった。今の密着した体勢のままではいつまで持つか分かったもんじゃない。
「―保健室まで行ってすぐ離れれば何とか……」
いけなくもないだろう。
その後は雷でも呼び出して俺の代わりを務めさせればいい。どうやらこの生徒は雷のクラスの生徒らしいし、あいつも気にするだろうから。
この生徒のクラスが分かったのは、彼女を取り囲む生徒たちの中に見知った顔が何人かいたから。そいつらは他の奴と比べると余り暴走していなかったが、それでも俺を睨んできた。
こちとら仕事なんだっつーの。
*
漸く保健室に着き、扉を開ける。
「おかえりッスー」
「おい、なんでてめぇがここにいる」
「うわっ、超不機嫌!? 休憩ついでにどんな人なのか見に来ただけッスよー」
中にいたのは、今は仕事中のはずの疾風だった。俺がいた時にはいなかったので、今の言は本当だろう。
早速生徒を保健室のベッドに降ろし、雷に電話を掛ける。
無機質な音が数回鳴った後、学生時代に聞きなれた声が聞こえた。
「おい、保健室来い」
「あ? そっちにいるのか。わかった、急ぎの作業が終わったら向かう」
「お前んとこの生徒だよ。 検討はついてるか」
「…マジかよ。あぁ、大丈夫だ。 後どのくらい持つ?」
「知らん。後20分は平気だろ。 お前が来たら交代な。それまでに目覚めてることを祈っとく」
主語もなしに会話をし、電話を切る。これであと10分以内に来るだろう。即座に何のことか悟った様子から、あいつも気が付いたようだ。
あいつが来たら、理事長の所へ説明に行かなければならない。そこら辺で騒がしくしている疾風は放っておいて、それまでにこいつの情報をまとめておくことにする。
まず、特能を隠していたのか否か。
つい先ほど特能に目覚めただけならば問題ない。しかし、これが目覚めたのを分かったうえで隠していたとなると――少々厄介だ。まぁ本人にはあまり実害はないのだが、周りが面倒になる。手続きとか色々と。
次に、この特能の強さ。
今の代の生徒会は、そこの疾風を含めてなかなか強い特能をもっている。更に、新入生で後天的な特能持ちの上杉もそいつらと並んでも遜色ない程度には強い特能持ちだ。生徒会の奴らの方が若干強いため、上杉を相手にしていてもなんともならないが――この生徒は、恐らく無理だ。
あいつらよりも強い特能をもつ俺や雷でも、そう長くは持たないだろう。隠していたとしたら、いったいどのくらいの労力を常に使っていたのか。考えるだに恐ろしい。
つづいて、特能の香り。
この香りから判断すると、どうやらこいつの特能は精神系のようだ。もっともこの強さならば複数持ちという可能性も十二分に有り得るので、一番強い特能が精神系というだけかもしれないが。
特能の香りは、一人一人違う。同じ香りというのは存在しないが、精神系や物理系など、系統によって香りの種類は分かれている。詳しいことは未だよく分かっていないにしろ、誰一人として同じ香りを持つ者は存在し得ないので、個々を判断する材料にもなる。
更に、香りが違うということはその香りの齎す効果も違うということだ。一般生徒には“色香”としか説明していないはずだが、単に色香と言っても様々な種類がある。媚薬まんまの効果を発揮する香りもあれば、それを嗅いだ人に好印象を与える香りもある。この生徒の香りは、後者の強いVer.と言ったところか。
だが、どちらにしろ嗅ぎ続けると不味い。生徒同士でも問題だが、教師が生徒に手を出すなど問題外だ。
――まあこの学園は特殊なので、教師が生徒に手を出した場合も合意の上であれば認められてしまうのだが、倫理的な問題だ。
「んぅ…」
「「っ!」」
そこまで考えた時、ベッドから何やら声が聞こえた。高すぎず低すぎず、耳に心地よく響く声だ。こんなことを思う時点で既に手遅れかもしれないが、まだ手を出すほどではない。大丈夫だ。
ベッドの方向を疾風と二人して見ると、その生徒が寝苦しそうに眉を寄せながら寝返りを打ったところだった。どうやら起きたわけではないらしい。それに安堵して顔を見合わせるが、寝返りを打った際に更に香りが充満して、またもくらくらしてきた。
表情に出すような愚かな真似はしないが、疾風の方はそうも言っていられないようだ。早めに返した方がいいかもしれない。
そう思っていたのだが――
「――ん…、あれ……」
その生徒が、ぼんやりと目を開いていた。何故か疾風は急いで奥のベッドのカーテンの中に隠れてしまう。
それを横目で見つつスルーして、その生徒に事情を聴くべく平然と話しかけた。
「お、目が覚めたか」
「…はい。 あの、ここって――」
「ああ、保健室だ。 お前さんは体育の途中に倒れて運ばれたんだよ」
まだ彼女の立場が分からないので、慎重に話しを進める。
どうやら名前は安土というらしい。安土との会話の中で分かったことは、3つ。
1つ目は、彼女が特能を隠していること。
2つ目は、外部生にも拘らずこの学園の実態について少なからず知識があること。
3つ目は、彼女自身は特能が気付かれたということに気が付いていないこと。
これだけ分かれば十分だ。後は雷あたりをこき使って調べればいい。
こいつには、特能が気が付かれていることは教えないでおく。雷あたりもそうするだろうし、俺が生徒会の立場ならばそうしただろう。
今年は厄介なのが1人入ってきたうえに新しい理事との問題もあり、生徒会は例年より忙しい。それに加えてこいつについても対策をしなければならないのだから、本当に可哀想だ。手伝いなんてしてはやらないが。
しばらくその生徒と話をし、勉強のし過ぎで倒れたと言い訳をする彼女に騙されたふりをして説教をする。そうしている間に雷が到着した。相当急いできたようで、肩が上下しているが気にしない。いくら起きてすぐに香りが消えたとはいえ、大量に嗅いだことに変わりはない。とっとと退散するべきだ。
後は任せた、と目で言い、理事長室へと向かう。今日は理事会があるのだ。
あの理事が、外せない用事があるとかでいないのが救いだった。
あいつさえいなければ説得は容易い。
さて、どう誤魔化そうか。
主人公、眼鏡を取ると派手な顔。超テンプレですねww
次へ続く…かもしれません。




