見送り ―監査・主人公―
第22話
短いです。
「……」
「……」
うーん気まずい。いやそこまで気まずくないけど気まずい。そして眠い。何だこの眠さ誰かどうにかしてくれ。寮までの道のりが異様に長く感じるぞ。こんなこと初めてだ畜生。
「…大丈夫?」
「…ふぇ?」
うわ、あまりの眠さに変な声が出てしまった。こんなの私じゃねえ。気持ち悪っ。
さっきまでだんまりだったのに急に声をかけられた。頑張って目を覚まそうと閉じかけた瞼をさすってたところを覗き込まれるようにして見られて、少し恥ずかしい。声の方が恥ずかしいけど。
「いや、すごく眠そうだったから、さ」
「あぁ、大丈夫…と言いたいところですが、大分眠いです。今ここで寝ろと言われれば眠れます」
「それは止めておきなよ。風邪をひいてしまうよ」
「流石にやりませんよー。まだ寒いですし」
もう春とはいえ、風は冬の名残を残している。路上で寝たら凍死してしまう。いや流石に死にはしないだろうけど。
そのままぽつぽつと会話をし、長いような短いような寮までの道を歩き終える。
「ありがとうございました」
「いえいえ。ご飯は食べてから寝るようにしてね」
「…頑張ります」
からかうように言われた。この人もこういう冗談言うんだ。でも本当に食べる前に寝てしまいそうだし、あながち冗談だけじゃなくて本気で心配されてるかも。
自分の部屋に帰る前に食堂に行くようにしよう。
「先輩はこれから学園に戻ってお仕事ですか?」
「そうなるね。まだ上杉さんの件が残っているから、さ」
「お疲れ様です。それでは」
「ああ。お休み」
いつも微笑んでいる林堂先輩と違って、この先輩は普段は真顔だ。それなのに人には穏やかな印象を与えるのだから、本当に顔のつくりは大事である。
その先輩が微笑みながら挨拶を下さった。あぁありがたやありがたや。別に思ってないけど。
江陰先輩にもう一度お辞儀をして、寮の中に入る。背中にまだ視線を感じるから、きっと先輩は私が見えなくなるまでそこにいるんだろう。
ゲームでも主人公とのデートの時とかはいつも主人公が見えなくなるまでその場に残っていたらしいし。
今すぐ寝たいのを我慢して食堂に行き、ご飯を食べる。まだ夕食をとるには早めのこの時間は食堂内も人はまばらだった。あと30分もすれば部活を終えた人たちやお腹をすかせて部屋から出てきた人たちでごった返すのだろう。
「おばちゃん、A定食、全体的に少なめでお願いします」
「あいよ~! なんだいあんたふらふらじゃないか。とっとと食べて寝なさいよ!」
「ん、そうしますー。ありがとうございます」
私の方を見た食堂のおばちゃん(別名寮のおばちゃん)は、すぐにご飯をよそうと心配そうな顔でそう言った。
…そんなにふらふらですかね。いやふらふらですけど。一見して分かるほどふらふらってどんだけやねん。
カウンターから近い席に座り、おばちゃんと話しながら食事を終える。
毎朝少しずつ話すから、もう顔を覚えられていたらしい。しかも主人公はここまで私を探しに来ているらしいから、それもあって名前もすぐに覚えたとか。
流石暁学園の寮のおばちゃん。そこらの寮のおばちゃんとは格が違うぜ。そこらの寮のおばちゃんって会ったことはないけど。
だだだだだだだだだっ
ん?なんだか物凄い足音が聞こえる。どうしよう、すごく嫌な予感がするよ振り返りたくない。
とはいえ確認しないわけにはいかず振り返ってみれば、そこには案の定あの人がいた。
顔をキラキラと輝かせ、とんでもないスピードで此方に向かってきている。
あぁ畜生もう少しで眠れると思ったのに!
今日はどうやら厄日みたいです。
***
「大丈夫なの!?」
「…」
「誘拐されたって聞いたんだけど!」
「……」
「何もされなかった!?」
「………」
「あぁ、安心して!もし何かされたなら仇はとるから!」
「…………」
「だからお願いこっち向いて!」
「………はぁ。何か用ですか?」
無視するのを諦めてため息をつきつつ上杉志信の方を向けば、途端に沈んでいた顔がキラキラと輝きはじめた。畜生美形め眩しいじゃないか。
…この子の属性ってわんこなんじゃないだろうか。
「えっと、さっき誘拐されたって聞いて心配で駆けつけたんだけど…何もされてない?」
瞳を潤ませ上目づかいで此方を見てくる上杉志信。本当に心配そうな顔しやがって、うっかり絆されちゃいそうじゃねえか。嘘だけど。
「別に、何もされてな「そりゃ本当かい!?大丈夫かい!?」
…おばちゃん。今いいとこ。邪魔しないでおくれ。
心配してくれるのはありがたいけど、後でちゃんと説明するから今はこの子をどっかへ行かせる方が先決なんだよ。
「一応。何もされてないので、大丈夫です」
「そんなふらふらで何もされてないなんて言っちゃいけないよ!こうしちゃいられないね、さぁすぐ寝なさい!あたしが付き添ってあげるからね!」
「い、いえ、付き添いは大丈夫です。ありがとうございます」
「いいってことよ!さあさ、早く行った行った!」
「はい。では、失礼します。じゃあね、上杉さん」
「う、うん、休む邪魔してごめんね。またね!」
もう会いたくないです。上杉さんには何も返さず、おばちゃんにもう一度軽くお辞儀をしてから背を向ける。
おばちゃん、さっきは邪魔とか思ってごめんね。こんなに早く解放されるなんて思わなかったよ。ありがとう!すごく感謝してるよおばちゃん!
軽く邪魔は入ったものの、無事部屋まで戻ることができた。ベッドに潜りつつ、考えを巡らす。
明日の尋問の対策を考えようと思ったけど、眠い頭で考えがまとまるはずもなく、早々に放棄して眠りにつくことにした。
明日は無事に過ごせますように!おやすみなさい!
こんなおばちゃんいればいいな…




