誘拐 ―生徒会役員―
第20話
主人公が奮闘するお話。
どうしてこうも予想外のことばかりが起こるんだろうか。
今日は上杉志信が男子生徒に襲われかける日。
そして朝、私と伊山君がご飯を一緒に食べた日。
そこまではいい。いや、後者はまったくよくないけど、百歩譲っていいとしよう。
今日は上杉志信が攫われて襲われかける日なのだ。朝に予想外のことがあったため、イベントが起こる放課後にだけ眼操を発動させて高みの見物をしようと思っていた。どうせ誰かが助けに行くし。
それなのになぜ、私はここにこうしているのだろうか。
今は放課後。私がいる場所は、北館内にある体育用具入れの中。ついさっき目覚めたばかり。
購買に寄ってから帰ってイベント観賞をしようと思っていたとき、急に背中に衝撃がきた。気が付いたら周りにあるのは三角コーンやら大縄やら色々な種類のボールやらで、手足を何重にも縛られ猿ぐつわをはめられていた。ちなみに手は後ろ手なので、何かを掴もうにも掴めない。
ちなみに現在もその状態のままである。眼操を使って現在地を確認し、ドアの前の景色をみて誰か来ないかを見張りつつどう動こうか模索中。
主人公が助けられたのは監視されていたからで、私は監視されているわけではないので助けは望めない。そもそもなんで私は攫われているんだろうか。おかしいな、今私がいる場所って、本来なら主人公が攫われたときに使われていた場所じゃなかったっけな。
このまま移操を使って飛んでもいいが、そうすると誰かの前に飛ばなければならない。私ひとりじゃこの縄は解けないから。その場合、私の特能がバレてしまう。それに加えて、今以上に目立つことになってしまう。それはごめんだ。
移操を使って縄をほどく方法がないわけではない。ただし、ものすごい集中力と忍耐力、それにコントロールが必要となる。
その方法とは、個々の中を移操で飛びまくり、その際に縄を一つずつ置いていく方法。私にはこれしか思い浮かばない。発想が貧困でごめんなさいね!
なぜ一つずつなのか。それは、私のこの特能が弱いから。私の移操は、私と私の持っている物を一緒に視界に入っている範囲内で移動することができる。ここで問題なのは、私の持っている物の定義となる。例えば、私が着ている服。これは勝手についてくる。例えば、私が付けているネックレス。これも勝手についてくる。例えば、私が手に持っている鞄。これは、集中しないとついてこない。
つまり、私にどの程度触れているかが重要なのだ。さっきの例の逆を考えると、転移したときに上着を脱いでいたいなら集中しなければついてきてしまうため、上着を置いてくるイメージを固めて飛ばなければならない。イメージを固めている最中に他の何かが入ってくると失敗してしまうため、集中の必要な移操の際はなるべく眼操は使わないようにしている。
この縄と猿ぐつわは十分すぎるほど私と接しているので、中途半端な集中だと一緒に転移してしまう。
時間もないので全部イメージして少しずつ外していくしかない。私の能力だと、一つずつイメージしてもそれ以外の物が外れる可能性の方が残念ながら大きい。犯人に来られても困るし、他にいい案も思い浮かばないことだし。
パッ
さっきいた場所から人1人分程度開いた所へ移動する。縄は解けなかった。
よし、もう一度。
パッ
元の場所へ戻る。何本かあった足の縄の内の1本だけ解けたが、一緒に髪留めもとれてしまった。後で拾えばいいので、放置して次行こう。
パッ
今度は先程と逆側に移動する。今度は何も取れなかった。
パッ
手の縄が少し切れていた。さっきまでいた場所に、縄の切れ端が落ちていた。
こういうこともあるのか。
パッ
眼鏡だけを置いてきてしまった。伊達なので見えなくて困ることはないため、これも放置。
パッ
ネクタイがとれかけていた。(我が校の女子制服はネクタイにブレザーなのだ!)そっちじゃないよ。
―――…そんなこんなで50回以上転移を繰り返し、ようやく足の縄と猿ぐつわを取ることができた。後は手の縄が2本だけ。かかった時間は約1時間。体感なのでもっと長いかもしれないし、もっと短いかもしれないが。その間に犯人が来なかったのは奇跡に近い。眼操で見張ることができなかったので、いつ来るかとビクビクしながら作業をしていたのだ。
そろそろ集中力も体力も限界だし、犯人も来るだろうから、早く手の縄を解きたい。とはいえもうふらふらなので、あと4、5回使えば倒れてしまうだろう。そのくらい集中力がいる作業なのだ。失敗の数は数えられない。
ガラッ
あと2、3回で手の縄も解くぞと気合を入れていたのだが、それは突然開いた扉のお陰で挫かれてしまった。
扉の前に人が立っているのは分かるが、逆光で顔が見えない。普通に考えると私を攫った犯人なのだろうが、その犯人は単独犯のはずなのだ。しかし、今扉の前にいる人の後ろにも誰かが控えているようで、私を混乱させた。
誰だこいつら。
「大丈夫か!?」
「…え、」
「っ、何かされたのか!?」
聞こえてきた声は、毎朝毎夕聞きなれた雷先生の声だった。
倉庫に入ってきて私の肩をつかんだかと思うと、ひどく驚いた顔をした後に顔を盛大にしかめ、そんな言葉を放った。
なにか誤解があるような気がする。
「来るのが遅くなって済まなかった。もう大丈夫だから、安心しろ」
「へ、いや、その」
「何も言わなくていい」
なぜか私を抱きしめ、幼子をあやすように背中をぽんぽんと軽くたたいてくる先生。
やっぱり誤解があるような気がする。
「先生、私は何もされてませんよ?」
「そんな格好をして、そんなことを言うのか」
私が誤解を解こうと事実を言ったら、お互いの顔が見れる程度まで顔を離した先生に沈痛そうな表情でそう言われてしまった。
だから誤解ですってば。
確かに今の私の格好は、非常にだらしない。
集中が切れるたびにネクタイやら髪ゴムやらを置いて飛び、まだ回収していないので、髪はぼさぼさだしネクタイはとれていてシャツのボタンは飛んでいるし上着はずり下がっているしで、ひどい状態なのだ。
傍から見れば襲われたように見えなくもないだろう。
「これは違います!縄を解こうと奮闘した証なんです!」
「…そうなのか?」
「そうなんです!本当ですから!何かされるどころか、私はまだ犯人の顔すら見ていません!」
それは本当だった。後ろから襲われて気が付けばここに一人で横たわっていたし、今までずっと縄を解こうと孤軍奮闘していたのだ。
そんな私を疑うかのようにじーっと見つめた後倉庫の床に散らばった縄の残骸を見た先生は、はぁっとため息をついた。
「…とにかく、無事でよかった」
「ご心配をおかけしました。それで、その、そろそろ放してくださるとうれしいのですが」
「あ、あぁ。すまん」
いつまで経っても抱きしめられた状態のままだったので、放すように催促すればあっさりと放してくれた。
「大丈夫ー?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
いつの間にか私の後ろにまわり、手の縄を解きつつそう聞いてきたのは伊山君だった。
頭を横から出して私の顔を覗き込みながら聞いてくる。正直ふらふらで今すぐ眠りたかったが、今ここで言う必要はない。
「うっわ、相当きつく縛られてるよ、これー」
「そうなの?」
「うん、痕が残っちゃってる」
「うわー、ほんとだ」
言われて確認してみれば、確かに手首と足首に赤い痕が付いていた。
縄が食い込んでる感じはあまりしなかったが、感覚が麻痺してたのかね。
「…どうやって解いたんですか?」
「へ、」
「どうやってきつく縛られた縄を、こんな状態で解いたんですか?見た所相当な量の縄で縛られていたようですが」
「え、えっとー…」
うわ、流石鬼畜副会長。誘拐されてようやく助けられたっていう人を尋問しますか。
床に千々に散らばっていた縄の残骸を拾いつつそう言った林堂先輩は、私に微笑みかけてきた。思わず目をそらして答えがどもってしまった私は悪くない。はず。
なぜでしょう、後ろに黒いオーラが見えます!わざわざ手を煩わせるな、自分で解決できただろうとオーラだけで言っています!なにこの人器用!超器用!
「そこのサッカーボールを入れるかごの突起にすり付けました」
まぁ嘘ではない。何度か転移に失敗してそこの突起が手首や足首に刺さってしまった。といっても浅くだし、もう痛みはないので問題ないが。その際に少し縄がとれたことは確かだ。刺さったときは結構痛かったので。首に刺さらなくてよかった、とは思う。
「…そうですか」
ほんとうに何故でしょう。爽やかな微笑みのはずなのに舌打ちしている林堂先輩が見えます。
「…静、やめておきなよ。怖い思いをしたばかりなのに」
あぁ、江陰先輩が天使に見える!
副会長の追究から私を助けてくれたのは、監査だった。
ていうかなんでこんなに生徒会役員がいるんだ。揃いも揃って暇なのか。そうか暇だったのか。
「大丈夫?怖かったね」
「いえ…、大丈夫です。ありがとうございます」
幼子にするように私の頭をぽんぽんとたたいた先輩は、犯人について聞いてきた。
「…見ませんでした。本館と東館の間の渡り廊下を歩いていたときに、後ろから衝撃が来て…」
「そうか…。ありがとう」
すまなそうに苦笑いしてる顔も美形とかほんと美形は得だな畜生。損も多いだろうから私は今のままでいいけどさ。
「おい」
「…なにか?」
次に居丈高に話しかけてきたのは会長だった。眉間にしわが寄っていて、いかにも不機嫌そうな顔をしている。
本当にこの先輩は偉そうだ。ゲームでは結構好きなキャラだったと記憶しているが、今では苦手な人の1位を争うほどには苦手になってしまった。もちろん争う相手は伊山君。
「なんでこの部屋、香りが充満しているんだ?」
「は…?香り、ですか…?」
はて、なんのことだろうか。香りなんてちっともしないが。
「言っておくが香水は校則違反だぞ」
「は?いや、香水なんて、」
そこまで言ったところで、火野先輩に髪を引っ張られた。先輩の黒髪が私の首にあたってくすぐったくなるが、それよりも引っ張られた髪が痛い。少しは手加減しろ馬鹿野郎!
「っ、痛いです!離してください!」
「確かにいい香りだが…付けるのは俺の前だけにしておけ」
最後だけ、私だけが聞こえるように言った先輩はものすごく獰猛な笑みを浮かべていました。
「私は香水なんて付けてませんってば!人の話を聞いてください!」
…なんて言えたら楽だったんでしょうね。もちろん現実で言えるはずもなく。(初めて会った時はきっと頭のねじが緩んでたんだ。そうに違いない)そもそもこんなフラグ立ちそうなセリフを言うつもりもなく。
睨みつけるだけにとどめておきましたともええはい。
「掠センパーイ、女の子に乱暴しちゃだめッスよー」
うわ、また来た。
未だに髪を引っ張り続けていた会長を私から引きはがしてくれたのは、書記だった。
江陰先輩の時は救世主に見えたのに水地先輩だと若干引くのはなんでだろう。まぁいいか。
なぜかこの場に生徒会役員全員が揃ってしまった。やっぱりお前ら暇なのか。
「ありがとうございます」
若干引いてしまったとはいえ言いがかりをつけられていたところから助けてもらったことは本当なので、頭を下げてお礼を言う。
「いえいえ~。とりあえず、保健室行こっか」
「え、」
「ん?当たり前でしょー。幸いまだ直江センセは帰ってないみたいだし」
「…分かりました」
詳しい話はそこで聞くから、と目が言っている。明るく笑っているのに。なんでこの生徒会には腹黒が多いのさ!怖いよお前ら!
顧問は抱き着き魔に決定しました(・∀・)ヒャッハーイ




