化学研究室 ―顧問・会計―
第17話
ラブシーンの書き方が分からないですorz
ちゃんと甘くなってますかね…(´・ω・`)
どうしてこうなった!って叫ぶのも何回目だよ!
あぁ畜生伊山君め!
結論を言うと、雷先生の準備室には誰もいなかった。
伊山君が嘘つきで他人をからかうのが好き、というのを失念していた私にも非はあったと思う。
だけど、あんなさらっと嘘をつかれるなんて誰も思わないだろう。
少なくとも私は思わなかった。
あー、畜生。悔しい。悔しいが、これでまた伊山君に対してアクションを起こせば彼の思うつぼだ。ここは私が大人になろう。実際に精神年齢的には大人なわけだし。
「ん?何やってんだ?」
「っ! ってなんだ、雷先生ですか。何でここにいるんですか、驚かさないでくださいよ」
「おい、なんで自分の準備室の前にいるのを責められなきゃいけないんだよ」
「私の機嫌が悪いからです」
「ひどいなおい」
「気のせいです」
いつの間にか私の真後ろに立っていた雷先生は、私の顔を覗き込んで聞いてきた。
驚かされたので、仕返しにと責めてみる。あなたの生徒が嘘をついて私に無駄な労力を使わせたんです、少し私に責められるくらい我慢してください。
「で、俺になんか用か?」
「いえ、さっき伊山君に先生が準備室でお待ちだと聞いたので。どうやら嘘だったようですが」
「…そうか。伊山がすまなかったな。あれには俺から言っておく」
「いえ、先生のせいではないので。伊山君にはちゃんと言っておいてほしいですが」
「…そう言ってもらえると助かる。安心しろ、再教育しておく」
「成功は期待せずに待ってますね。それでは失礼します」
「そこは期待して待ってろよ。あ、ちょっと待て」
伊山君の再教育を頼んで、お辞儀をして先生の脇を通り抜けようとしたら腕をつかまれた
ま た か 。
「なんでしょうか?」
さっきの会長のことは先生とは関係がないので顔には出さずに、首をかしげ目線を合わせて聞く。
「今、暇だろ?ちょっと来い」
「へ、」
そう言って先生は強引に私を準備室の中に押し込み、中の椅子に座らせた。
…きちんと整理整頓された準備室だことで。
腕を引っ張られて若干体勢を崩しながら入った先生の準備室は、少々殺風景ながらも整理整頓されていたが、ところどころに埃の積もった部屋だった。
「えっと、失礼します」
「おぅ。そこの椅子に掛けろ」
「はぁ…。整理はしてるのに、掃除はしてないんですね」
無理やり入れたくせに偉そうな先生は、自分の椅子に座ると私に先生の椅子の前にあるパイプ椅子に座るよう言った。図らずも向き合うかたちになってしまう。
…これくらいの皮肉は許してくださいね?
「うるせぇな、整理してるだけましだろ」
「そうですね。整理されていたことに驚いてます」
「…失礼な奴だな」
「今更です。で、何のご用でしょうか?」
「…はぁ。 伊山が迷惑をかけたようだからな。詫びとして特別授業をしてやる」
こっちを見下ろす先生は、ため息をついた後にニヤリと笑ってそう言った。
…優男風の顔のくせにそういう笑顔が実によく似合っていますよ、先生。
「…辞退する権利は」
「ないな。喜べ、今日の4限目のお前が休んでいたところを教えてやる」
「……先生の担当って化学じゃ」
「あ?残念だったな、俺は英語と数学の教員免許も持ってるんだよ」
「…わーありがたいですねー」
「棒読みすぎだぞおい。 ほれ、やるぞ」
悪い笑顔のままそう言った先生は、丸めたプリントの束で私の頭を軽く叩いた。
確かに先生の机の上には、今日私が出れなかった授業の範囲のプリントが赤ペンで色々と書き込まれた状態で乗っている。
…ほんと、いい先生だなあ。まだ始まったばかりということもあり、前世の記憶もある上に予習をしている私にとって理解できている範囲なのでわざわざ教えてもらう必要はないのだが、教えてもらった方がより確実なのも確かだ。それに、ここまで親切にしてもらって無碍にするということは私にはできなかった。
「はい、お願いします」
そうして始まった先生の特別授業は、とても分かりやすかった。
化学の授業でも非常に分かりやすく教えてくれるので当然と言えば当然なのだが、他の教科まで教えられるなんてずるいと思います。
今先生は私が解いた問題の丸付けをしている。さっきまでふざけていたとは思えないほど真面目なその表情は、先生に興味のない私でもかっこいいと思えた。
いつもそういう表情をしていればいいのに。もったいない。
「なんだ、ちゃんと分かってんじゃねぇか」
「先生の教え方がいいお陰です」
「褒めてもなんも出ねぇぞ?」
「ホントのことですよ。あぁ、でもジュースくらい欲しいなー」
「んー…あぁ、コーヒーならあるぞ」
「あ、欲しいでーす」
「じゃあちょっと待て。今淹れてやるから」
「わーい!」
私の言葉に気をよくしたらしい先生は、コーヒーを淹れるために立ち上がってコーヒーミルで豆を挽いている。
…なんで準備室にコーヒーミルがあるのか、とかなんで豆を挽くところから始めるのか、という突っ込みは入れまい。雰囲気って大事だよね。
私はコーヒーが大好きなのだ。寮にもコーヒーミルを持ち込んで、毎日のように飲んでいる。だから身長が伸びないんだ、と言われたことがあるが、前世からの習慣なので止めることはできない。…コーヒーって成長と関係あるんだろうか。
「ほれ、できたぞ」
「ありがとうございます」
軽くお辞儀をしてカップを受け取る。湯気が立っていていかにも熱そうなので、息を吹きかけてから少し飲んでみた。
なんだこれはすごく美味しいじゃないか畜生。それに、私の大好きな味と大変よく似ている。
「うわ、美味しい!」
「お、そうか?ならよかった」
「はい!淹れ方を教えてほしいくらいです!」
「それは秘密だ。今の俺は機嫌がいいから、お茶菓子もやろう」
非常に悔しいが私が淹れたものよりも美味しいので素直にそう言えば、先生は気をよくしたまま壁際に会った棚から見覚えのある箱を取り出した。
もしかしなくてもこれは。
「…これ、allegroで1日50個で限定販売されてるマカロンじゃないですか!?」
「お、よく知ってるな。ここの菓子、よく食うんだよ」
やっぱり。
少し驚いたように先生が言ったが、私も驚いた。
高校に入学してからは行っていないが、中学の時は少なくとも週に3度は必ず通っていた。
allegroはコーヒー喫茶で、独自のブレンド豆と手作りの茶菓子が絶品の、知る人ぞ知る名店だ。コーヒー豆と茶菓子の販売もしており、私が自分で淹れるコーヒーはすべてここの豆を使っている。
裏路地にある上に一見喫茶店とは思えないような外装をしているため知っている人は少ないが、ここで出されるものはすべて絶品で、一度食べたらやみつきになってしまう。そのため常連は多く、斯く言う私も常連の一人だ。常連同士もマスターも顔見知りで、見かけたら挨拶する程度には客は固定されている。
その私がallegroの中で未だに食べたことのないお菓子、それがこのマカロンだった。開店1時間で売り切れ、何回行ってもマスターに申し訳なさそうな顔で売り切れだよと言われる。決してよく食べる程度で買える物ではないのだ。
「このマカロン、私が何度行っても売り切れだったんですよ!どうやって…」
「ん?あぁ、allegroのマスターとは知り合いでな。頼み込んで特別に作ってもらったんだよ」
な ん だ っ て !?
笑いながら言う先生に嫉妬心がこみあげてくる。
あぁ、駄目だ、抑えなきゃ。今食べれるんだからいいじゃないか。むしろ先生に感謝しなければいけない。
「…羨ましいです」
「まぁそう言うな。ほれ、食え」
それでも少し剥れてしまうのは仕方ない。
子供っぽい態度の私に先生は苦笑してマカロンを勧めてくれた。こういう所は大人だな、と思う。
いただきます、と言って箱から一つマカロンをつまんで食べる。
「…ありがとうございます。初めて食べました。やっぱり美味しいですね」
とろけるような美味しさに、自然と頬がほころんだまま先生にお礼を言った。
「あ、あぁ…。気にするな」
「そういえば先生、このコーヒーの豆もallegroのなんですか?」
「ん?あ、あぁ、そうだぞ」
「やっぱり!私も使ってるんですよ。こんなに美味しくはならないんですけどね…」
マカロンの美味しさとallegroを知っている人に初めて出会った嬉しさから、少し興奮したまま先生に言う。
今の私はきっと満面の笑みなんだろう。攻略キャラ相手になに笑ってるの、と昔の私に言われそうだが、そんなことどうでもいいと思えるほど嬉しかった。
顔見知りの常連さんとは挨拶をする程度だし、今まで周りにコーヒー好きがいなかったのだ。思う存分語りたい。
「淹れ方は教えないぞ?」
「えー、先生のケチー!」
「また来い。そしたら淹れてやるから」
「む、ならまた来ます!明日にでも!」
「早いなおい」
「だってこの味、マスターの淹れる味と似てるんですよ!最近行けてないから、せめて似た味を飲みたいじゃないですか…」
淹れ方は教えてくれなかったが、また淹れてくれると約束してくれた。明日また来ると言えば、笑って突っ込みを入れられる。最近マスターのコーヒーを飲んでいないことを思い出して、少し悲しくなってしまった。
「そういえばマスターが寂しがってたな。最近常連客の中で唯一の若い女性客が来ないって。あれ、お前のことだったのか」
「はい…。うぅ、行きたいですぅ。でも、なかなか都合がつかなくて…」
店の外観のせいで、女性客というのは私くらいなのだ。
その唯一の女性客の私も地味な容姿なので、マスターがよく華やかさに欠けるよと嘆いていた。
それでもマスターは私のことを可愛がってくれて、よくサービスしてもらっていたのだ。
「なら今度の休みにでも連れて行ってやるよ」
「え、ほんとですか!?」
「あぁ、俺も久しぶりに行きたいからな」
「やった、先生ありがとうございます!」
マスターのことを思い出して寂しくなってしまった私に先生がくれた約束で、一気に気分が上昇して、椅子に座っている先生に飛びついてしまった。そんな私を支えるためにか先生の手が恐らく無意識に私の腰におかれ、椅子の上で抱き合う形となってしまう。
はっとした時にはもう遅く、先生も驚いたようで沈黙が流れる。
離れようにも先生の手が邪魔で離れられず、恥ずかしさに顔も上げられない。
私から抱き着いてしまったが抱き返したのは先生で、いつもの私なら気持ち悪いなどと思うはずなのに、嫌な気持ちには一切ならない。
それにまた驚いて、このままでは危ない、と思い離れようともぞもぞ動くが、先生の腕に力が込められるばかりで一向に抜け出せない。
「…安土」
「っ、」
先生がかすれた声で私の名前を呼ぶ。息が私の耳にかかり、それで更に恥ずかしくなって、身体が揺れてしまう。
どうしてこんなことに。普段の私なら絶対にこんなミスは侵さないのに。攻略キャラに近づいたのがいけなかったのか。
あぁ、なんにせよきっと今、私の顔は真っ赤に違いない。
気まずい沈黙が部屋を満たしたとき、ドアがノックされた。
それに驚いたのか先生が力を緩めたのを逃さず、ぱっと先生から離れる。
「す、すいません!つい嬉しくって…」
「い、いや、構わない。俺こそ悪かった」
「いえ、先生が謝ることありません!私が悪かったんですから!」
「安達が悪いなら俺も悪い。だから、謝る必要はない」
「…ありがとうございます。じゃあ、このことはなかったことに」
「あ、あぁ、そうだな」
申し訳なさでいっぱいになって謝ると、先生は大人な対応で私の気を軽くしてくれた。その優しさが嬉しくて、微笑みながらなかったことにする。
少し顔をしかめた先生は気になるが、それよりも今後の対策を練らなきゃいけなくなってしまった。
ついしてしまった先生との約束も、よくよく考えればフラグなんじゃ、と思えてきてしまう。もっとも反故にする気はないのだが。
どうやら私は先生に気を許しかけているようだ。どうにかしなければ。攻略キャラと恋愛する気はない。理由は単純、面倒くさいから。
恋すれば面倒だなんて思わなくなるよ、と友人が言っていたが、面倒くさいことはごめんです。なるべく気を引き締めていこう。
とそこまで考えていたら、ドアが開いた。
そういえば誰かがノックしてたな。もう私の顔もまだ少し熱いが目立たない程度だし、隠す必要もないか。
「らいさーん、いるー?」
返事も待たずに入ってきたのは、諸悪の根源、伊山君だった。
ついつい恨みがましい目で見てしまうのは大目にみてほしい。
「あぁ、なんだ動矢か。どうした?」
「しずセンパイが呼んでたよー。あと、美穂ちゃんいるかなって」
「そういえばお前、俺が呼んでいると嘘をついて安土を送り込んだったな」
ふざけたように言う伊山君に、そこでようやく思い出したのか先生がじとっと伊山君を睨む。
ていうか何勝手に名前呼びしてやがるんですかこの野郎は。名前で呼ばれるのは親しい友人にしか許してないのに。その友人は歩ちゃんを除いて誰もこの学校にはいないけれど。
「あははー、ちょっとしたいたずらじゃん。大目に見てよ、ね?」
「…残念ながら安土にお前の再教育を約束したからな。覚悟してもらうぞ。じゃあ俺は行くから、安土も早く帰れよ」
「へ、ちょ、ちょっと美穂ちゃん!どういうこと!?」
「なにが?ていうか私、君に美穂ちゃん、なんて呼んでほしくないんだけど」
「呼び方は変えないから!っていうか、再教育ってなんで!?」
「君の性格が悪いからに決まってるじゃないか。その呼び方だと返事しないよ」
「そんなぁ!じゃあみーちゃんって呼ぶ!」
先生は伊山君に向かって宣言した後、準備室を去っていった。必然的に伊山君と二人きりになってしまう。
先生の去り際の言葉に慌てた伊山君が私に訴えてきた。随分な慌てようを見て、少し溜飲を下げるが、先生にやめるよう言うつもりはない。これで彼の性格がよくなれば万々歳だ。
手を組んで私を上目使いで見上げてくる伊山君は、髪が長ければ完全に女の子だった。顔は好みなのになあ…。残念だ。
とりあえずまだ反省してないようなのでとりあえず彼の頭に軽く拳骨をお見舞いしてみた。
「いったーい!ひどいよみーちゃん!」
「その呼び方、やめてくんない?腹立つから」
「えー、やだー」
「…じゃあ、私帰るんで」
それでも懲りずに呼んでくるので、伊山君の横を通り過ぎようとする。
みーちゃんと呼ばれるのが腹立たしいのもあるし、どうでもいいことに時間を割きたくない。
そろそろクラスの人も完全にいなくなってるだろうし、早く帰らなきゃ部活帰りの人たちと鉢合わせてしまう。
「あ、ちょっと待って」
ま た か 。
本日三度目、横を通り抜けようとしたら腕をつかまれて止められた。
「何、っ」
苛立ちながら振り返ると、彼の顔がやけに近くて、頬に柔らかいものがあてられた。
それに驚いて硬直してしまう。あぁ、きっとまた私の顔は赤くなってるに違いない。
「じゃぁまたね、みーちゃん」
そんな私の様子を見た伊山君は、満足そうに笑うと私の腕を離して準備室から去っていった。
「もう二度と会ってたまるかぁぁあああ!」
私の叫び声が一人になった準備室に虚しく響いた。
それが叶わないことと知りつつも、叫ばずにはいられなかった。畜生め!




