3条―なんてったってアイドル
グルコース堤下が目を覚ますとディスコだった。
「なんでやねん」
関西かぶれの堤下はつたない関西弁でつっこみを入れた。
もう説明の必要はないかもしれない。
トップオブ経済アナリストのグルコース堤下は、巨悪・赤の組織に常に命を狙われている。毎度毎度彼は見知らぬ土地に飛ばされているが、それに何の意味があるのかは謎に包まれている。
「あるいは飛ばされた先になにかメッセージが込められているのであろうか…」
堤下はグルコースにそっと火をつけ、冴えわたる思考を最大限に駆使して現状を推測した。
余談だが筆者はディスコなるものがどんなものなのか全く知らない。かろうじて回転するミラーボールのもとで猛った若者が愛のサンバに身を焦がす様子を思い浮かべるのみだ。
このときも隅の椅子にもたれかかった堤下に、きらっきらっとミラーボールの光がちらついていた。
「たまにはこういうのもいい」
堤下が胸の奥に響く重低音に己のビートを合わせ始めた、その時だった。
ズキュウウウウウウウウン
説明しよう。この物語は万物をリスペクトしているため、どこかで聞いたような響きに疑問を抱いてはいけないのだ。
――時が止まった。
今までせわしなく踊っていた若者たちがぴたりと静止し、音楽はやんだ。
あまりの異様さにさすがの堤下も狼狽した。彼だけは動くことができたのだが。
「いったい何が起きている」
堤下は思いがけず足がすくんだ。恐怖していたのだ。
滴る冷や汗もそのままに、堤下は周りにじっと目をこらした。
すると、ひとり、動く影を見つけた。
「誰だ…」
声になっていたのかもわからない。堤下はその動く影に意識を集中した。
その影は堤下に近づいてくる。
へっぴり腰の堤下の数メートル先に来た時、ようやく明かりのもとでそれは姿をみせた。
堤下は息をのんだ。
少女だった。なんと美しい。
堤下は古代ローマの女神ακβを信仰し、平安貴族の妄想記・桃色車軸草乙の熱烈なファンであったが、そのようなものではまったくもって太刀打ちできないほどの可憐さ。
堤下は心を奪われた。
と同時に、この少女に男殺しの相が出ていることにも気づいていた。
この少女は出会う男どもを片っ端から骨抜きにしてしまうほどの妖しい美しさをもった魔女といえた。
堤下の純情やいかに。
つづく