2条―人の秘密は知るほうが不幸
どれくらいの時間がたっただろうか。
対峙した二人の勇士はにらみ合ったまま微動だにせず、汗だけがコンクリートの床にぽたぽたと流れ落ちた。
しかしなにぶんポイズン丸山を担いだままのジャスティス佐原は分が悪い。かといって多くの刑務官が群がるこの場で丸山を放っておくわけにもいかないのだ。
「このままでは私は足手まといだ…」
丸山は息も絶え絶えにつぶやいた。
「ありがとう。君の好意に感謝する。私は置いて行くんだ」
しかし佐原は耳を貸さなかった。
信じていたのだ。
丸山の無実と、自分の正義を。
「行け!行くんだ粘着アメーバ鈴木!」
所長であるプリズン片岡は叫んだ。
「殺してもかまわん!こんな反逆の徒にはもはや用はない!」
鈴木は足を一歩踏み出した。
とその瞬間、ジャスティス佐原は驚異的な脚力をもって飛び上がった!
その跳躍、かのロシナンテもかくやというほどの飛翔。
観衆は圧倒された。
「で、でたあ!佐原の必殺、超絶跳躍!これをやられては鈴木などひとたまりもないぜえ!」
とモブは言った。
彼の時給は750円である。
ジャスティス佐原の超絶跳躍――
かつて配管工をはじめとして医術、芸術、レーサーなどを極めたルネサンス期の万能人、真理王に師事したことのある佐原は、その奥義ともいえる超絶跳躍を伝授されていた。
ジャスティス佐原の峻烈な蹴りが鈴木を襲う。
迫りくる佐原の足裏に鈴木は一つの真実を見た!
これほどの男がかける丸山への信、そして自分の義を。
一瞬のことだった。
鈴木は蹴りをうまいことよけて所長に当たるように誘導したのだ。
造作もないことだった。
なにしろ真理王に師事した佐原とは対照的に、その一生を常に日陰のもとにすごしたと言われる悲劇の人、類維持の門下であった鈴木にいなすことのできない困難などない。
スペインの闘牛士よろしくひらりとかわした。
「ぐえ」
所長は死んだ。
☆
とある病院。
「今回も無事でよかった」
亜空間で気がふれかけた堤下は、面会に来た丸山に語りかけた。
「あの二人には助けられたよ。なにしろ法に背いてまで私を救ってくれたんだからね」
丸山は微笑みながらDVDプレイヤーをとりだした。
「それは…?」
「ああ、あの二人は外国へ高飛びしたんだが、私の身を気遣ってビデオレターを送ってくれたのさ」
そう言って丸山がDVDを再生すると、そこには佐原と鈴木が濃厚な感じで映っていた。
メッセージを聞く間もなく丸山はそっと電源を切った。
苦い顔の丸山に堤下は漸く言った。
「あの二人は風流人だったのさ」
そう。世の中には言い知れぬ風流がある。その良さは他人にはなかなか理解されないものなのだ。
END




