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その後も、友樹は笹雨との関係をからかわれ続けていた。
いや、むしろそれは激しくなり、
「やっぱり、つき合ってるんだろ? 白状しちゃえよ!」
「ふたりの関係は、どこまで行ってるんだ?」
「そりゃあ、きっと、最後まで……」
「え~、マジでっ!? 笹雨、本当なのかよ!?」
といった感じで、教室を移動する必要のない休み時間のたびに、囃し立てる声が響く毎日となっている。
それにしても、どうしてそんな話になるのか、友樹にはまったくわからなかった。
なにせ、噂が流れ始めてからも、さすがに意識してしまうためか視線を何度か交わしてはいるものの、笹雨と実際に言葉を交わしたりなんて一度もしていないのだから。
必死になって否定すると余計に怪しまれるし、だからといって黙っていればからかわれる。
どうしたらいいのか、友樹には見当もつかなかった。
「人の噂も七十五日、そのうち消えますねん。それまでの辛抱ですのん」
ねみみは他人事だと思ってか、軽い口調でそう言うだけ。
「……長いよ……」
はぁ~っとため息をつく友樹の肩をそっと叩き、黙って慰め続けるねみみだった。
(それにしても――)
友樹は考える。
男子女子を問わずクラス全員から、からかわれる声を受けている感じではあったが、だいたい最初にその話題を大声でわめき始めるのは男子のようだった。
それも、笹雨といつも一緒に行動している杉崎薪と檜山優助のふたりが声を上げて、それに便乗して他のクラスメイトもからかい始める、といった流れであることが多いように思えた。
薪と優助は笹雨の友達なのだから、自分とつき合っていないことは、すぐにわかるんじゃないだろうか。
それなのに、どうしてあんなことを言うのだろう?
いくら考えても、友樹には答えが導き出せなかった。
普通なら少し考えれば、笹雨が友樹に好意を寄せていて、薪と優助が囃し立てることで意識させ友人の恋を応援しようとしている、といったような結論にたどり着きそうなものだが、やはり友樹は鈍感だった。
もっとも実際には、笹雨もべつに友樹が好きというわけではなく、友人ふたりが勝手に勘違いしているだけなのだから、その結論にたどり着いたとしても真実には手が届かないのだが。
どちらにしても、笹雨のほうもしっかり否定すればいいものを、友人相手だというのにそれを止めたりもしない。
さすがに気が弱すぎるだろう。
とはいえ、そんな気の弱い笹雨と、おとなしすぎる友樹。
薪と優助のふたりでなくとも、お似合いだと思ってしまうのは、ある意味当然の流れだと言えるのかもしれない。
笹雨本人は今のところ、友樹と会話を交わしたりはしていない。
だが、友人のためにいろいろと訊き出そうとしているのか、薪と優助のふたりは、友樹を質問攻めにすることが多くなっていた。
友樹としては、男子と話すことに恥ずかしさを感じてはいたものの、クラスメイトから話しかけてもらえるということだからか、少し満足気に微笑みながら、質問に答えたり恥ずかしがって答えなかったり。
森母先生も、ホームルームや担当する国語の授業でこの教室に入るたびに、クラスの騒がしい雰囲気に気づいてはいた。
おとなしい友樹と笹雨のふたりを、周りのみんなでからかっている、ということにも気づいていた。
それでも先生の目には、思春期の微笑ましい青春のひと幕、という感じにしか映らない。
若いっていいわね~、なんてほのぼのと考えるに留まっていた。
☆☆☆☆☆
「……ねぇ、仲良さん。最近、男子にからかわれたりしてるけど、平気?」
ある日の放課後、ひとりの女子生徒が友樹に話しかけてきた。
光林瑞菜。クラスメイトのひとりで、友樹ほどではないものの、どちらかといえば目立たない女の子だった。
放課後となり誰もいなくなった教室でゆっくりとカバンに教科書やノートをしまっている友樹に、瑞菜は声をかけてきたのだ。
いつもなら放課後も友樹とお喋りしているねみみが、今日はいつの間にか消えていた。
ねみみが樹の精霊だと、友樹はわかっている。
だから、そういうこともあるのだと理解はしていた。
ただ、もう少し話したいと思っていたため、こうして教室に残っていたのだ。
「光林さん……。うん、大丈夫。あまり気にしてないし、杉崎くんとか檜山くんとか、ねみみちゃん以外ともお話できたりしてるから、そんなに嫌ではないかも……」
瑞菜と話したことのなかった友樹は、少々遠慮がちに話し始めた。
最近の出来事で心に余裕ができていたからか、素直な思いをぽろっと口にした、といった感じだったのだが。
「ふ~ん……」
ふと漏れたその、ふ~んという瑞菜の声の響きが、友樹にはなんとなく冷たく感じられ、若干浮かれ気味でもあった心が現実へと引き戻された。
(光林さん、どうしてボクに話しかけてきたのかな……? もしかして……)
友樹は、冬野たちのことをふと考える。
冬野たち同様、この人も自分のことを嫌っていて、調子に乗るなとか、忠告しに来たのだろうか?
そんなマイナス方向の考えが湧き上がってくる。
しかし――。
「そっか、よかった」
にこっ。優しい笑顔を浮かべる瑞菜。
「実はね、わたしも小学校のときはクラスに馴染めなくて、その……、いじめられたりもしてたの。だから仲良さんもこのクラスで、倉梳さん以外とはあまり馴染めてないみたいだったから、あんなにからかわれてつらくないかなって、心配になって……」
その言葉を聞いて、友樹は自分が恥ずかしくなっていた。
(光林さんは本気で心配してくれてたんだ。それなのに、ボクは疑ってしまった……)
「ありがとう、光林さん……」
考えを改めた友樹は、こうして瑞菜に明るい笑顔を返したのだった。