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「友樹ちゃんは今日も、素敵な天然パーマですのん~。クシも通らなそうです。頑固な友樹ちゃんの性格と同じですねん」
「もう、ねみみちゃんってば、意地悪~。……っていうか、ボクってそんなに、頑固な性格じゃない……と思う……けど……」
「ん~、ウチは、結構芯の通った強さを持ってると思いますのん」
「そういう言い方だと、悪い気はしないかな……」
「髪の毛も芯が通ってて硬いですのん」
「そっちは、イヤ……」
「あは、友樹ちゃんってやっぱり、からかうと楽しいですねん」
「はううっ。やっぱり、意地悪だ~」
友樹は休み時間のたびに、こんな感じで、ねみみとのお喋りに夢中になっていた。
それによって友樹は、数日前の出来事、つまり松園寺冬野たちに呼び出されて泣いたことも、綺麗さっぱり忘れていた。
いや、もしかしたら、ねみみが言っていた精霊の力によって、忘れるように仕向けられていたのかもしれない。
そしてそれは、冬野とその取り巻きたちにしても同様で、あのとき友樹を屋上のドアの前に呼び出し、いじめの一歩手前とも呼べるような行為に及んだことなんて、すっかり記憶から欠落していた。
しかし、ただひとり。冬野本人だけは完全に忘れてしまったわけではなさそうに思えた。
どうやら冬野はずっと、怪訝な思いを抱えたままのようだ。
精霊の力とやらも、万能ではないということだろうか。
じっと見つめる冬野の瞳。その視線はいつも、友樹とねみみに向けられていた。
そんなある日のこと――。
「仲良さんと笹雨、つき合ってるらしいぜ!」
「マジかよ! ヒューヒュー!」
中天を少し過ぎた強い日差しが、眠気を誘う暖かさで教室内を包み込む昼休みに、男子たちの囃し立てる声が響き渡った。
まだ給食を食べ終えていなかった友樹は、思わずスープを吹き出してしまう。
ねみみの机と自分の机をくっつけ合わせて後ろを向き、ねみみと会話しながら給食を食べていた友樹。
あまりに唐突だったため、手で押さえたり下を向いたりもできず、友樹が吹き出したスープはものの見事にねみみの顔面へと命中していた。
具を口に含んでいない状態だったのが、不幸中の幸いだろうか。
「う~、友樹ちゃん、きちゃないですのん……」
「ごほっごほっ、ご……ごめ~ん」
咳き込みながら謝罪の言葉をかける友樹だったが、今はねみみがスープまみれになったことよりも、男子たちの会話の内容のほうが問題だった。
男子だけではなく、友樹とねみみが発した突然の大声を聞いたクラスの全員が、友樹のほうを振り向き、興味津々の視線を注いでいる。
ねみみが友達になってくれて話し相手ができたとはいっても、友樹は結局、他のクラスメイトには馴染めていないのだ。
たくさんの視線を一身に受けて、友樹は顔から火が出そうなほど真っ赤になっていた。
(ボ……ボクが、男子と、つつつつ、つき合ってる、なんて……、そんなこと……!)
あるはずない。そう友樹が思うのも当たり前だ。
実際につき合っている男子なんてもちろんいないどころか、ここ最近、男子と会話すらしていないのだから。
「へ~、そうなんだ~。仲良さん、いつの間に。やるわね~」
「おとなしそうな顔して、油断ならないわ~」
「べ……べつに、ボクは、そんな……」
男子たちの会話が聞こえていたのだろう、女子からも好奇の声をぶつけられて、友樹はしどろもどりになりながら、どうにか反論の言葉を返す。
ただ、女子たちの投げかけてくる言葉には、不思議とトゲトゲしさはなかった。
それは、あらぬ疑いをかけられているもうひとりの当事者、蛍風笹雨が、ちょっと変わり者だからなのかもしれない。
見た目はそれなりにカッコいい部類に入ると思うのだが、かなりズレた発言が多くてつかみどころがない上、性格的にもちょっと気が弱かったりと、ぱっとしない印象なのは否めない。
そんな感じだからこそ、女子たちも、あのふたりならべつにいいや、といった考えにしか至らないのだろう。
「笹雨、よかったな!」
「べ……べつに、ぼくは、そんな……」
冷やかす男子に、おとなしい友樹とまったく同じ受け答えを返すあたりからしても、笹雨のぱっとしない雰囲気が感じられる。
実際のところ、どうしてこんなことになっているのかといえば、数日前のちょっとした会話が原因だった。
数日前――。
笹雨は、友人の杉崎薪と檜山優助のふたりともに、他愛ないお喋りをしていた。
性格的に微妙な部分はあるものの、笹雨はごく普通の学校生活を送っていた。
多くはないが友達もいる。そのあたりが、友樹とは違っていた。
ねみみと喋る姿はクラスメイトにも見られているが、他の人とは全然話さない友樹。
その印象が、「暗い」とか、それに近いマイナスのイメージになるのも、当然といえば当然だ。
「仲良さん、いるじゃん? あいつってさ、暗いよな」
「そうだな。倉梳さんとしか喋らないし」
「でも、胸は大きいんだよな~」
「あはは、確かにそうだな」
なんて話題を何気なく口にする、笹雨の友人ふたり。
それを聞いた笹雨は、
「やめなよ、そういうことを言うのは」
と言ったのだ。
ちょっとした正義感みたいなものは、あったのかもしれない。
しかし、笹雨としてはそれよりも、胸が大きいだとか、そういった話題が恥ずかしいという思いのほうが強かったのだろう。
まだまだ小学生気分の抜けきれていない中学一年のこの時期。
気になる話題ではあるものの、人によっては恥ずかしくて口にするのをためらってしまう。
ただそれだけのことだった。
だから、笹雨が友樹のことを気にかけていたとか、そんなことはまったくなかったのだが。
ともあれ、その笹雨の言葉を聞いた友人たちは、そうは考えなかった。
そうか、そうだったのか。だったらおれたちが、友人である笹雨のためにひと肌脱いでやろうじゃないか。
勝手にそんな思考へと流れていったのも、さほど不思議なことではなかったのかもしれない。
そんなこんなで、クラス全体から、からかいの言葉を向けられるようになった。
気の弱い友樹と笹雨は、否定の言葉を返しはするものの、その声は消え入りそうなほど小さく、面白がって囃し立てるクラスメイトを静めるような効果があるはずもなかった。
友樹は笹雨と話したことなんて一度もない。
言うまでもなく、好きとか嫌いとか、そんなことを考えるような対象ではなかった。
そもそも友樹自身まだ、恋とか愛とか、興味がないわけではないが、よくわかっていない。
そんな感じなのだから、こうやって囃し立てられても困ってしまうだけだ。
だが――。
(なんとなく、悪い気はしないな)
ほのぼのとした、温かいけど恥ずかしくて胸がむずがゆいような気持ちを、友樹が感じていたのも、また事実だった。
そしてねみみは黙ったまま、真っ赤になっている友樹の様子を、ただ優しげな瞳で見つめ続けていた。