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帰りのホームルームを終えると、友樹はそそくさと教室を出た。
いつもならカバンに教科書やノートを詰め込み、すぐに昇降口へと向かうのだが。
今の友樹は、手ぶらだった。
時間は少しさかのぼる。
トイレから戻ってくると同時に五時間目の休み時間が終わり、六時間目のために教科書とノートを取り出そうとした友樹は、淡い桃色の封筒が入っていることに気づいた。
……え? これってもしかして、ラブレター?
一瞬そう思って頬を染めたものの、隠れて中の手紙を読んでみた友樹は、愕然となる。
――放課後、ひとりで屋上前に来なさい。
つまりこれは、いわゆる呼び出しというやつだ。
おとなしくてクラスで孤立している状態の友樹。
そのうちこういうことだってあるかもしれない。友樹本人としても、そういった可能性を考えていないわけではなかった。
ともあれ、実際にこうしてその身に迫ってみると、どうしていいかわからず、思い悩んでしまう。
六時間目の授業なんて、まったく頭に入らなかった。
思いきって、無視してしまおうか。
一旦はそう考えはしたのだが、状況が余計に悪化してしまう可能性もある。
覚悟を決めて、友樹は呼び出し場所へと向かうことにしたのだった。
手紙には差出人の名前は書かれていなかったが、そこに待つのが誰なのか、ある程度の予測はついていた。
移動教室でもなかった休み時間に、机の中へ手紙を忍ばせる。
そんなことができるのは、クラスメイトをおいて他にない。
六時間目の終わりを告げるチャイムが鳴ると同時に、友樹はさりげなく教室内に視線を巡らせていた。
廊下側の席に座っていた元気なサッカー部の男子ふたりが、先生よりも早く教室の前のドアから飛び出した。
――あのふたりは、いつも真っ先に飛び出していくから、違うよね。
友樹はそう考えながらも、教室にふたつあるドアへと神経を集中させていた。
こういう場合、教室全体が自然に見渡せる窓際の一番後ろの席というのは、非常に都合がよかった。
そんな中、続いて後ろ側のドアから四人組の女子が出ていく。
――あの四人だ!
友樹は直感的にそう思った。
そのあとは普段どおりの放課後の流れといった雰囲気で、あるいは部活に、あるいは家路にと、それぞれがドアをくぐって出ていった。
そんな流れに紛れるようにして、友樹も教室を出る。そして生徒たちの流れとは逆方向、昇降口へ向かうには遠回りとなる階段へと急ぐ。
使われることの少ない四階の端のほうにある寂れた階段の、さらに使われることの少ない屋上へと続く上り階段を、友樹は重い足取りで一歩一歩踏みしめていた。
☆☆☆☆☆
「遅かったわね」
階段を上りきる前に、凛とした声が響いた。
カギがかけられて開かないようになっている、屋上へと出るドアを背に、腕を組んで友樹を見下ろす女子生徒の姿が見える。
松園寺冬野。全国展開しているデパート「松寺屋」などを傘下に持つ松園寺グループの社長令嬢だ。
先ほどの声の主は、彼女だった。
冬野の前には家臣のごとく三人の女子がつき従い、友樹に鋭い視線を向けている。
間唯、大和田幸緒、坂本美春の三人だ。
いくらクラスに馴染めていない友樹とはいえ、クラスメイトだから名前は覚えていたし、彼女たちがいつも一緒にいるグループだというのも知っていた。
お金持ちのお嬢様と、その取り巻き。四人は、そんな雰囲気だった。
「……なにか用、ですか……?」
同級生だというのに、友樹は敬語で言葉を返す。
どんな目的で自分がここに呼ばれたのか、なんとなくは予想がついているのだろう。
だからこそ、無駄な波風は立てないようにしようという心理が働き、敬語での受け答えとなったのだろうが。
しかしそれが余計に、相手を調子づかせてしまう結果となる。
「なにか用ですか、だって! あはは!」
「ほんと、あんたって暗いよね~」
「クラスの雰囲気を壊してるのよ、あんたの存在が」
取り巻きの三人が、罵声を投げかけてきた。
「ごめんなさい……」
ついつい謝ってしまう。
おとなしい性格の友樹には、下手に出ることしか対処するすべはなかったのだ。
だが当然ながら、そんな友樹の態度も、彼女たちをつけ上がらせる火種にしかならない。
「謝って済むんなら、警察はいらないっての!」
個性のかけらもないセリフを吐きながら、美春が友樹の腕をつかんで引き寄せる。
「きゃ……っ!」
友樹はそのまま階段の上へと引っ張られ、待ち構えていたかのように両手を広げていた幸緒によって、背中から羽交い絞めにされる。
「大声出しちゃ、ダメだからね」
冬野はドアの前から動くことなく、取り巻きたちの行動をただ見守り続ける。
「この子、胸、大っき~よね~。いやらし~」
幸緒が、羽交い絞めにしていた手を友樹の胸に押し当て、そのまま鷲づかみにする。
「や……、ちょ……っと、やめて……ください……」
声を押し殺して身をよじり、友樹はそう懇願する。
もちろんそんな様子も、彼女たちには逆効果になるわけだが、今の友樹にそこまで考えられるような余裕などない。
「写真撮っちゃおう! 幸緒、ブラ外しちゃえ!」
唯はケータイを友樹に向けて構える。
ケータイの持ち込みは校則違反となっているが、こんな田舎町の中学校とはいえ、実際にはほとんどの生徒が守っていない。それが実情だった。
もっとも、友樹は今どきにしては珍しい、ケータイを持っていない中学生なのだが。
「おっけ~!」
幸緒は唯に言われたとおり、友樹のセーラー服の裾を強引にまくり上げると、手を背中に滑り込ませていく。
友樹の両腕は目の前にいる美春によって押さえつけられていたため、身をよじるくらいしか成すすべはなかった。
無論、それは無駄な抵抗でしかない。
「や……だ……、やめ……て……」
涙目になる友樹に、唯はしつこくケータイのカメラを向ける。
「写真撮ったら、クラスの男子にばら撒いちゃおうか!」
「いいね~、それ。あっ、男の先生とかにも送りつけちゃおう!」
口々に好き放題言いながら、友樹を追い詰める三人の前で、
「う……ぐ……、やめ……て……、ひっく、ひっく」
友樹はぼろぼろと大粒の涙を流し、泣き出してしまった。
沈黙の時間が流れる。
すでに抵抗することもなく、崩れ落ちそうな勢いの友樹の様子に、さすがの取り巻き三人組も少しうろたえ始めていた。
ちょっとからかってやろう、最初はそんなつもりだったに違いない。
だが、次第にエスカレートしてしまった。そんなところなのだろう。
大声を上げたりはしていないものの、友樹の涙は止め処なく溢れてくる。
ケータイのカメラを向けたままの唯も、セーラー服の中に手を突っ込んだままの幸緒も、腕を押さえつけている美春も、どうしていいかわからなくなってしまったようで、ただ呆然と慌てた視線を友樹に向けていた。
そこで、落ち着いた面持ちで成り行きを見守っていた冬野が、すっとドアから身を離す。
「もう、ちょっとした冗談だってば。なに泣いてんのよ」
冬野は三人の取り巻きたちを下がらせると、友樹のセーラー服の裾を引き下ろし、あわらになっていた肌を隠す。
「松園寺さん……ひっく……」
「言っとくけど、告げ口なんてしたら、ひどいことになるからね?」
冬野は友樹を睨みつけるように言い捨てると、取り巻き三人を従えて逃げるように階段を下りていった。
あとにはただひとり、まだ少し服装が乱れたまま頬を濡らす友樹だけが、ドアの窓から夕焼けの赤が微かに差し込むこの寂れた場所に取り残されていた。