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学校の机というものは、何年も使われるものだ。
ましてやここは、余分な運営資金もない山間の田舎町に建つ学校なのだから、それはなおさらだった。
そして長年使われていると、落書き程度は当然のこととして、授業中の暇つぶしに鉛筆の先などを使って穴を掘られてしまう机も、結構あるものだろう。
友樹の机の端っこのほうには、そんな穴があった。
大きな穴、というわけではない。
ただ少し気になるのは、机の上板を斜め方向に完全に貫いているということだ。
椅子に座って穴に目を向けると、床板のくすんだ木目が見える。
錐やコンパスの針なんかを使って、わざわざ貫通させてできた穴なのだろう。
興味のない暇な時間に、ついつい夢中になって掘ってしまった、そんなところか。
しかし今日の友樹は、その穴についてさらに気になる部分を発見していた。
「あれ? 穴の周りがすすけてる……?」
つぶやいた言葉のとおり、友樹の机にある穴は、周囲が少し黒く変色しているようだった。
(昨日までは、黒くなかったと思うけど……)
首をかしげる。
(もしかしたら……これって、いじめ? ボク、こんな状態だし、いじめられても不思議ではないよね……)
友樹は一旦そう考えてから、それを否定する。
(いじめだったら、こんなわかりにくいし全然害もないこと、わざわざしないよね。きっとボクの気のせいだ。それか、教室掃除の人が雑巾で机を拭いたときに汚れが移ったのかも)
最終的に、そう頭の中で結論づけた。
おとなしくて友達もいない友樹。
今でこそ、そんな状況に甘んじているが、以前からそうだったわけではない。
友樹は小学校時代、九州地方のとある住宅街に住んでいた。
その頃の友樹は、毎日楽しく小学校に通う、ごく普通の生徒だった。
もちろんそれなりに友達もいて、笑顔をこぼしてはしゃぎ回る活発さすら見せていた。
おとなしい性格自体はその頃から変わっていないのだが、周りの友人たちに引っ張られるように、楽しい輪の中に紛れ込んでいた。
要はタイミングと運、なのだろう。
友樹は小学校を卒業すると同時に、父親の転勤に合わせて今の学校のあるこの田舎町へと引っ越してきた。
そんなわけで気分一新、この中学校に入学して新たな生活をスタートさせたものの、タイミングと運が悪かったからか、はたまた神様のいたずらか、現在のような状態に陥ってしまったのだ。
とはいえ、友樹にまったく非がないとは言いきれないのかもしれない。
状況を好転させようという努力もせず、本でも読んで静かに過ごしていればいいやと、諦めの境地に自らの身を置いてしまっていたのだから。
☆☆☆☆☆
そんなある日の、ホームルームの時間。
チャイムが鳴ったと同時に森母先生が入ってきて教壇に立ってもなお、生徒たちは無駄話をやめず、教室内には騒がしい声が反響し続けていた。
みんな席には着いていたのだが、後ろを向いたり、隣の席の人と話したり、勝手気ままにはしゃいでいる状態だった。
バンッ!
「こら、みんな! 静かにしなさい!」
とっても温厚な森母先生ではあったが、さすがに声を荒げる。
黒板を平手で叩き、みんなの注目を集めて大声を響かせた先生だったのだが。
生徒たちの騒がしいざわめきは、ほんの一瞬だけ静まるに留まり、
「わっ! もりもんが怒った!」
すかさず男子生徒が茶化しにかかり、どっとクラスが笑いに包まれる。
中学生とはいっても、いや、中学生だからこそか、生徒たちをまとめるのはなかなか大変なようだ。
なお、男子生徒が言った「もりもん」というのは、森母先生のあだ名だ。
そのままという感じではあるが、一応由来がある。
なぜかマゲを結っている可愛らしいモンスターの絵が描かれた人気カードゲーム、「まげっとモンスター」からつけられたものだ。
モンスターには数値化された強さと、必殺技が書かれてあり、また、属性や組み合わせなどによく特性なんかも設定されている。
カードは三枚を一セットとしてチームを組み、特殊カードと合わせて出すことで相手と戦う。
そういうゲームだ。
ゲームのタイトルにもなっている、一番人気の「まげっとモンスター」を筆頭に、かぎっこモンスターとか、まねっこモンスターとか、そういったネーミングのモンスターがたくさんいるらしい。
長い名前がつけられている場合、呼びやすいように略されるのが自然な流れだろう。それはこのゲームでも同じだった。
例えば先ほどのモンスターであれば、それぞれ、マゲモン、カギモン、マネモン、といった感じで略されることになる。
そんなカードゲームが、小中学生を中心に熱狂的なブームとなっていた。
ところで森母先生は、あまり長くない髪を無理矢理ポニーテールにしている。
しっぽのように垂らすほどの長さはなく、いわばパイナップルみたいな感じだろうか。
それを見た生徒のひとりが、「マゲみたい」と言って囃し立てた。
その「マゲ」からまげっとモンスターを連想し、「もりもん」というあだ名がつけられたのも、至極当然の結果だったと言える。
「もりもん言うな~~~~!」
可愛らしい声を上げて、右手のこぶしをブンブンと振り回す森母先生。
そんな言い方をしたら余計に、生徒たちのいたずら心に火をつけるというもので。
「もりもん、もりもん、もりもん~!」
「怒りのもりもんパンチが来るぞ~!」
などと、先生をからかう声が続いて繰り出されるのも、ごく自然な展開と言えるだろう。
「がるるるる~~!」
「うあ~、もりもんファイアーの前兆だ!」
「逃げろ~!」
教室には明るい笑い声と、先生のうなるような叫び声がこだましていた。
主に子供気分の抜けきれていない男子たちを中心に、若い森母先生をおちょくって楽しんでいる。
こんな様子も、ごくごくありふれた、このクラスの日常風景だ。
「あはははは……」
笑いの渦に包まれた教室の雰囲気に呑まれ、おとなしい友樹ですらも微かな笑い声をこぼすくらいに、それは平和な日常だった。
しかし、そんな平和で和やかな空気がこれから徐々に変わっていくことになろうとは、このときはまだ誰も思っていなかった。