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ねみみに水の吸血樹  作者: 沙φ亜竜
第5章 ねみみに涙の終結記。
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-5-

「ウチは、吸血樹なんて言われたりしていますですが、本当はクラスの結束を強めるという意味の、『級結樹(きゅうけつき)』ですねん」


 ねみみは、ゆったりとした口調で語り出した。


「誰も、いじめをされたくてされるわけじゃありませんですのん。同じように、いじめる側だって、したくてするわけじゃないですのん」


 周りにいる誰もが、言葉を発することなく、ただただ黙ってねみみの話に耳を傾けていた。

 精霊の力で喋らないように精神を操られていただけなのかもしれないが、どちらにしても、ねみみの語りに口を挟めるような雰囲気ではなかった。


「人は誰しも不安を抱えているものだから、立場が下の存在を作り上げることで、自分を安心させようとしますねん。それは結局、その場しのぎでしかないですねんけど」


 人間は弱いもの。いじめられる側もだけど、いじめる側だってそう。

 心の奥ではみんなわかっている。

 わかっているけど、どうにもならないことは、人間社会には無数にあるものだ。


 ねみみは優しげな声で語り続ける。

 その言葉は、みんなの心に染み渡っていく。

 みんな、ただ黙ってねみみの話を聞いていた。


「人間は、弱い生き物です。だから、なにかきっかけがないと変われないですねん。ウチはそんなきっかけになるために、存在しているんですのん」


 ねみみは最初から、そのために友樹に近づき、声をかけた。

 樹の中で長い眠りに就いていたねみみが目覚めた時点で、そのクラスの結束は崩れているはずだった。

 そういう暗く渦巻いた空気を感じ取ったときに、ねみみは目覚めるからだ。

 そして、そんな崩壊しかけたクラスをどうにかするのが、ねみみの役目なのだという。


「最初に目覚めたとき、松園寺さんたちに呼び出された友樹ちゃんは、泣いていましたですのん。だからウチは、今回目覚めた原因はこの人たちだと、そう直感したんですねん」


 だから冬野たちの心を操り、「きっかけ」を作るための準備を始めた。

 あまり唐突に行動すると不自然さが出てしまうため、じっくりと時間をかけて導いていく。

 それが、ねみみのやり方だった。


「それでウチは、松園寺さんを操って友樹ちゃんを追い詰めていきました。友樹ちゃんには、つらい思いをさせてしまいましたですねん。目的のためとはいえ、ごめんなさいですのん」


 ぺこりと、ねみみは素直に頭を下げる。


「ううん、いいよ……」


 友樹はただひと言だけ返す。

 それで充分、気持ちは伝わった。


「……冬野を操っていたって、本当なの? ずっと?」


 友樹が言葉を発したからか、唯も静寂の呪縛から解き放たれたようで、ねみみに質問をぶつける。


「あれ? でも、ねみみちゃん……教室から出られないんじゃなかったっけ……?」


 唯の声を聞いて、友樹もさらに質問の言葉を加える。


「ウチが教室から出られないというのは根も葉もない嘘ですねん。そう言っておいたほうが、なにかと動きやすいですから。実際、この樹は一階から屋上まで貫いていますし、根だって張っているのですから、この教室だけでしか存在できないなんて、それこそ不自然でしょ?」


 ねみみは事もなげに、そんな答えを返した。

 ともかく、ねみみはそうやって精霊としての力を使いつつ、冬野を、そして友樹を操り、徐々に追い込まれていくように導いた。


「友樹ちゃんは、おとなしい子ですけど、とても強い意思を持っていました。それがわかっていたから、ウチはそのまま計画を続けることができたんですねん。ウチに導かれて飛び降りてしまっても、こうやってクラスに戻ってきてくれるって、信じていましたですのん」


 ねみみは、そうつぶやく。


 精霊としての力も、学校の外までは働かない。だから、病院に運ばれた友樹が戻ってきてくれるかは、ねみみにとっても賭けだったようだ。

 友樹が飛び降りる前、屋上の前に呼び出した冬野たちは、ねみみが完全に操っていた。

 この時点で冬野たちがねみみの思いどおりに事を運んでくれないと、作戦は失敗に終わるからだ。


「松園寺さんは、霊感が強いみたいですので、ウチの力もなかなか効かなかったんですねん。だからあのときは、かなり気合いを入れて力を出しました。その余波で、一緒にいる間さん、大和田さん、坂本さんにも、影響を与えてしまったんですのん」

「……そうなんだ……。だからあたし、あのときのことを、あまり覚えていなかったのね……」

「わたしたちもだよ……。なんとなく、部分的に思い出せたりはしたんだけど、よくは覚えていなかった」


 冬野たちは、口々に言葉を吐き出す。


(そっか、あのひどいいじめ行為は、ねみみちゃんに操られていたからだったんだ)


 友樹はひとり、納得の表情を浮かべていた。


「そのあと、友樹ちゃんの精神にも干渉して、そのまま屋上へ行かせたんですのん。カギは開けておきました。この学校に長いこと憑いているウチですから、カギなんて簡単に開けられるんですねん」


 ねみみはそのまま、友樹を屋上の端へと誘導し、そこから飛び降りるように仕向けた。

 ねみみが宿る大樹は、一階から屋上までを貫いている。

 見えない枝を巻きつかせ、友樹を屋上のへりまで導き背中を押すことなんて、造作もないことだった。


 落下した友樹の体には、見えない枝が巻きついたままだった。

 また、校舎の一階部分にも大樹の幹はあり、地面にも根を張っている。

 それらの根や枝葉を伸ばすことによって、ねみみは友樹をしっかりと受け止めた。


「ウチは絶対に友樹ちゃんに大ケガをさせたりはしない、そう決意を固めていましたから、必死に受け止めましたですのん」


 友樹のことで、みんな我に返る。

 その後、クラスに友樹が戻ってきた暁には、みんな仲よくなれる。


 そういうことだったらしい。


「いろいろと不測の事態も起こってしまいましたですけど……」


 だが、ねみみの思惑どおり、クラスの結束は固まったと言えるだろう。


「友樹ちゃん、つらかったですよね? でもウチには、こういう方法しか、思いつかなかったんですねん。長年ずっと、こうしてやってきましたですから……」


 ねみみはどうやら数年から十数年に一度目覚め、毎回同じように生徒たちの心を操り、結果としてクラスの結束を固めるということを続けてきたらしい。


「少しびっくりしたけど……。でも、ボクは大丈夫。だって、ねみみちゃんも言ってくれたじゃない。ボクは、強いから。それに、周りのみんなも、いてくれるんだから」


 友樹の言葉にクラスメイトたちは全員――もちろん冬野や彼女の取り巻きたちも含めて、力強く頷くのだった。


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