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さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返った、屋上へと出るドアの前のスペース。
昼休みの終わりを知らせる予鈴だけが空しく響いていた。
友樹はふらふらと立ち上がり、今の自分の姿を見下ろしてみる。
制服は上着もスカートもハサミで切り裂かれ、太ももや腕があらわになっていた。
中に着ていたインナーにも、かなりハサミが入れられてしまったようで、おなかや背中の白い肌までもが露出している。
冬野たちは下着にまでは手を出さなかったものの、それでも今の姿のままでは、人目に触れるわけにもいかないだろう。
「こんな格好じゃ、教室にも戻れないよ……」
冬野は去り際に、またね、と言い残した。
つまり、これからもまた、同じようなことをされるということだ。
そう考えただけで、瞳には再び涙の粒が溢れ出してくる。
「ボク……もう、ダメ……」
友樹はふらふらと、なにかに導かれるかのように、屋上へとつながるドアのノブに手を伸ばしていた。
普段、そのドアはカギが閉められていて、開けることができないはずだ。
しかし――。
カチャッ。
ギィィィィィィィ……。
開けられることが少ないからか、鈍い音を立てながらも、ドアは友樹を招き入れるようにすんなりと開いた。
屋上から吹き込む風が、友樹の短い髪と切り裂かれたスカートをなびかせる。
さあ、おいで。
空を厚く覆い尽くす灰色の雲が、友樹をいざなっているかのように、広く深く、彼女の心に両手を伸ばしてくる。
ゆっくりと、一歩一歩、屋上の端に近づいていく友樹。
もちろん、屋上はフェンスで囲まれていて、下に落ちることがないように設計されている。
だが友樹は、そのフェンスをもするすると登っていく。
かなりの高さがあり、上のほうは若干内側に向かって斜めになっているというのに、友樹はなんの苦もなくフェンスを乗り越えた。
フェンスの外側は、数十センチくらい足場となるコンクリート部分があるものの、その先はもう、なにもない空間だ。
一歩足を踏み出せば、真っ逆さまに落ちていくだろう。
そんな屋上のへりに立ち、友樹が視線を落とすと、吸い込まれそうな景色が友樹の目の前に広がる。
中庭の地面が、自分を呼んでいるようにすら感じられた。
とはいえ、さすがに足がすくむ。
(楽に、なりたい。だけど怖いし、それに痛そう……)
友樹の最後の葛藤が、胸のうちで続いていた。
(生きていれば、なにかいいことがあるかな……?)
肌寒さを感じさせる風が友樹をかすめゆく。
風は友樹の心を穏やかにしてくれるのか、それとも……。
(でも、今まで頑張って生きてきて、結局、ボクはこんな状況になってる……)
友樹は首を下げ、視線を自分の制服へと向ける。
その目には、ビリビリに切り裂かれた無残な制服がはっきりと映っていた。
(松園寺さんたちに目の仇にされて、光林さんにまで裏切られて……)
どうやら中庭にいた生徒が友樹の姿に気づいたらしい。屋上を指差しながら、なにかを叫んでいるようだった。
ともあれ、そんな声も今の友樹には届かない。
(そして、ねみみちゃんも現れなくなった。もうボクに手を差し伸べてくれる人なんて、誰もいないんだ……)
自分の考えが、余計に自分の心を追い詰めていく。
友樹には、止め処なく流れ出る涙を抑えるすべも、見つけることができなかった。
(もう……こうするしか、ないよ……。みんな、さよなら――)
ふわっ。
友樹の小柄な体が、湿った風に抱きすくめられるかのごとく、宙を舞った。
スローモーションのように友樹の足が屋上のへりを離れると、そのまま、地面へとまっすぐに吸い寄せられていく。
冷たそうな地面が、どんどんと近づいてくる。
ドサッ、バキバキバキッ!
大きな音を轟かせる頃には、友樹の意識はすでに失われていた――。
次に目を開けた友樹が最初に見たのは、病院の真っ白い天井だった。