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ねみみに水の吸血樹  作者: 沙φ亜竜
第4章 ねみみの陰と濡れジャージ
24/31

-6-

「さすがに、ひどいよな……」


 水飲み場に集まっていたクラスメイトのひそひそ声が、友樹の耳に微かに漏れ聞こえてくる。


「そうだな……。こんなことをするような奴には見えなかったのに……」


 その話の流れに、友樹は思わず耳を傾ける。


「たまに仲良さんと話したりしてたし、仲が悪いわけじゃないと思ってたんだけどな、光林さん……」


 ――光林さん……。


 ある程度予想していたにもかかわらず、クラスメイトのつぶやいた名前に、友樹は愕然となった。

 瑞菜が犯人だろうと、ほぼ確信に至ってはいたものの、確証まではなかった。

 なにかの間違いであってほしい。友樹としては、そう願っていたのだ。


 そんな微かな望みは、もろくも崩れ去った。

 涙が、溢れた。


「仲良さん……」


 薪は声をかけようとして言葉に詰まる。どう声をかけていいかわからない、といった様子だった。

 しばらくして、


「……ジャージ、取らないと……」


 よろよろと水飲み場の窓に近づいていく友樹に、


「あ……、おれが取るよ」


 ようやく声をかけた薪は、水飲み場の土台に足をかけると、窓に貼りつけられたジャージをはがす。

 ジャージは、表側の肩口や襟、裾などをガムテープで貼りつけた上、裏側にも輪っか状にしたガムテープを何ヶ所かに貼り、窓に固定されていた。


 水に濡れているのはジャージの表側だけだった。

 ということは、窓に貼りつけたあと、水道の蛇口を上に向け、指で押さえるなどして狙いを定めて水をかけたのだろう。

 現に、ジャージの周りの窓も水に濡れ、その雫は下の窓枠に向けて流れ落ちていた。


 瑞菜は今までずっと、隠れて嫌がらせをしていた。

 今回も、誰も周囲にいないことを見計らって行動を起こしたに違いない。

 だが、突然男子生徒たちが現れ、逃げるようにその場を去っていった。

 おそらくは、そういうことだったのだと考えられる。


「……ほら……」

「ありがとう……」


 薪からジャージを受け取り、小声でお礼を述べる友樹。その声のトーンは、当然ながら沈んだままだ。


「これ、光林さんがやったのか……」


 さっきのクラスメイトの話は、薪にも聞こえていたらしい。薪は小さくつぶやきをこぼす。


「こんなことするような子じゃないはずなのに……」


 その声は、とても悲しげだった。

 友樹に対する哀れみの念も含まれてはいただろう。

 しかしそれよりも、別の想いのほうが強いように、友樹には感じられた。


(……杉崎くん……)


 まだ涙に濡れた瞳を向ける友樹に、薪は優しげな表情を返していた。

 と、すぐに薪は、はっとした顔になる。


「あっ、おれ、これから部活だった! ごめん、もう行かないと……。仲良さん、大丈夫?」

「うん、大丈夫。心配してくれて、ありがと」


 走り去っていく姿が見えなくなるまで、友樹の視線は薪の背中を追っていた。



 ☆☆☆☆☆



 水がビシャビシャと跳ねる

 友樹がジャージをしぼって溢れ出た水だ。

 ジャージは、かなりの量の水を吸い込んでいた。


(ふう……。こんなもんかな……)


 とりあえず力の限りしぼりきって、友樹は息をつく。

 もちろん、まだ濡れてはいるものの、雫が流れ落ちたりしないほどにはなっていた。


(教室の窓を開けて、風に当てて乾かすしかないかな……。それともすぐに家に帰って、ドライヤーを使ったほうがいいかな……)


 友樹は沈んだ足取りで教室のドアを開ける。


 中にはもう、誰もいないはず――。

 友樹はそう思っていたのだが。


「友樹ちゃん、大丈夫?」


 不意にかけられた優しい声。

 すがりつきたいときに、そこにいてくれる友達の姿を、久しぶりに見つけることができた。

 思わず友樹の目に、熱い雫が溢れ出す。


「……ねみみちゃん……!」


 冷たいジャージを握りしめたまま、友樹はねみみに駆け寄り、すがりついた。

 そして、わんわんと大声を上げて泣いた。


「ねみみちゃん! ねみみちゃん! うあぁぁぁ~~~ん!」


 大粒の涙をぼろぼろとこぼしながら、ねみみの名前を連呼して泣きじゃくる友樹。

 友樹の短い髪の毛を、ねみみは何度も優しく撫で続けた。


「光林さんまで、ボクのことを……! なんかもう、誰も信じられないよ……!」


 ずっと心の奥に溜め込んで、我慢し続けてきた思いが、滝のように言葉となって流れ出してきた。

 ねみみはただただ、黙って友樹を抱きしめ返す。


「松園寺さんも、ボクのことを嫌ってるみたいだし! ……ボクもう、生きてるのが、つらいよぉ……!」


 そこまで思い詰めていたなんて、誰も考えはしなかっただろう。

 いや、泣きじゃくりながら思いの丈を吐き出した友樹本人でさえも、自らの言葉に驚いているくらいだった。

 そんな友樹に、


「バカッ!」


 ねみみは突然大声をぶつける。と同時に、

 バシッ!

 大きな音を響かせて、ねみみは友樹の頬に平手打ちを食らわせた。


「死んだって、どうにもならないですのん。だから、そんなことを言っちゃ、ダメですねん」


 叩かれた頬を手で押さえ、友樹は呆然とした表情を返す。


「……帰ってジャージ乾かさないと……」


 友樹はふらふらとカバンをつかむと、ねみみに背を向けて歩き出した。

 教室のドアに手をかけ、廊下へと出ていく瞬間、


「……ありがとう、ねみみちゃん」


 穏やかなつぶやきを残して、友樹はとぼとぼと歩き去っていった。

 その様子をじっと見つめていたねみみ。


「ふふふ……」


 教室にひとり残された彼女は、なぜか微かな笑い声を漏らしていた。


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